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星の戯れ 竹取物語変化  作者: 龍月小夜
    其の二・・・影より出でよ
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第9話 伝説の村

 ―――遥かな昔、土地土地での争い事から逃れた人々が噂を頼って『あの山の向こう』に集まっていきました。色々な方角からやって来る人々にとって、四方を他より険しい山々に囲まれた、広々とした盆地であるそこは、誰にとっても『あの山の向こう』だったのです。

 中には、遠い『縄文の頃』の伝承を秘める者たちもおり、その口伝もあって、やがて自分たちの幸せのためだけの、決して争わない共同体としての村を作っていきました。『我欲』が争いのもと、と決して生きるのに必要なもの以上を求めず、それ以上を手にした者は争いを生み出さないためにまわりに分けました。決して隠し持つようなことをしてはならないのです。皆で田畑を開き、物作りをし、できたものは誰の持ち物とも決めません。必要な者が貰い受け、必要でなくなれば村に戻すか人にまわす。それで回っていたとしても人々は全体としての豊かな物量を夢見て、誰もが熱心に働きました。一人が多くを持つのではなく、村全体が安寧のもとにあるように。誰一人として逸脱する者はいません。『村の豊かさ』を壊したくないから。

 もちろん、それは飢饉などの天災が起こった時の備えのための『豊かさ』でもあるのです。

 そしてそれは一人一人が村で自由に生きられる基盤にもなっていきました。『豊か』だから、好きな時に好きなものが手に入る。それは自分も好きなことをして得られたものを村に『還元』するから。間に入る対価もなく、個人同士でも何かをしたからといって『返礼』をしたり、返礼されることを期待することもありません。自分が何かをしてもらうこともあるのですから。それは当たり前で、村が豊かで皆が笑顔なだけで幸せ。

 その代わり、我欲を捨てきれない者は村に住むことはできない・・・。

 それに逆らい、村の暗黙のうちに出来上がってきた空気のような『規範』に反するような者たちは、不本意ながら、暗黙のうちに追放され、山中で『抹殺』されるようなこともあったのです。『村の幸福』を守る・・・そのために外部からの不純な侵入者を招かないように。この村のことを知って、我欲を持ったまま村から抜けられるようなことはあってはならないのです。

 そして、それは止むに止まれぬ場合の最終的な手段でした。村の全員の合意の下に。

 しかし、幸いなことに大抵の者たちは元の土地が嫌でやってきたのですから、元の生活を思うと我欲を捨てることを選ぶ者たちばかりでした。そして、苦労しながら村に馴染んでいくのです。もちろん、村としてはたまには外からも入ってきてほしいのです。村の中の血縁関係が狭くならないように。そして外の情報もたまには必要なのです。村としてはなかなか微妙なところでした。

 外の世界から見れば、どういう訳か山を越えて行った者は決して戻ってこない。戻ってこないからどんな村なのか、行った者がどうなったのかもわからない。外の村々では『行った者は鬼に食われる』だの『実際は何もなく絶望して飢えて死ぬだけ』だの様々な噂が囁かれ続けました。実際に、村を見つけるまでに山中で力尽きて行き倒れ、そのまま骨になる者たちも少なからずあったのです。そしてたまたまそんな遺骸に出くわし、怖気づいて中途で逃げ帰る者も。無事に帰る者と言えば、そんな者たちぐらいでした。そんな話もあって、敢えて山越えをして見に行こうという興味本位な者もいなくなり、やがて噂は噂として鎮まっていき、誰も表立っては言わなくなりました。

 そんなある年、稀に見る長雨がこの地方を襲い、北方の村々にとっての南の山々が崩落し、麓近くの多くの家が土砂に呑まれ、山に開いた道はそのほとんどが失われました。山肌は荒々しく削られ、ただでさえ敬遠していた人々をそれ以上に決して寄せつけないものに変貌してしまったのです。その山崩れは他の方角に位置する村々にも「忌むべき話」として伝わっていき、尚更『あの山の向こう』を隔てる山々に近づかなくなっていきました。それらの山もまた長雨でもあればいつ崩れるかわからない、という『恐れ』が広がったからです。

 以来百有余年――。荒ぶる山肌は緑が化粧を施しはしましたが、その険しさは今も変わりはありません。その間も、都が京へ移ったりというような世の変化もあり、ますます『村』の話は忘れられていきました。

 本当にあるかどうかわからない村の存在は、まさにただ語り継がれるだけの伝説として人々の心の隙間に残っているだけとなったのです―――。

 

 弦庵が千丸の言葉を考えているうちにも千丸は言葉を続けました。

 「赤子がちゃんと生きとるかと言われりゃ、わしも気にならんではない。あの山二つ越えてく気があるんじゃったら、わしも何とか思い出してお供さしてもらわんでもないかな」

 「南のあの山を・・・どうやって越えたんじゃ?」

 弦庵は何から何まで腑に落ちない千丸の話に、苛立ちを隠せないまま聞きました。千丸は不思議そうに弦庵を見ました。

 「どうやってって・・・ただ必死で歩いとったら山越えになって、その家に出くわしただけじゃ」

 「あの山に道なんぞないじゃろ。方角間違うとるんでないか?」 弦庵は食い下がりました。

 「いいや、南に向こうて行ったんは確かじゃ」 千丸も言い張ります。

 「ほんまにあの山を越えた気でおるんか?」

 「越えて、赤子を置いて、戻ってきたんじゃ。それしかあるまい」 実際、千丸にはそれしか言いようがありませんでした。

 「あの山を越えたんなら、そこにあるのは『伝説の村』じゃ・・・あると言われとるだけじゃが。その村の話は聞いとるよな?」 弦庵の質問は続きます。

 「ああ・・・そんな話は昔に聞いたことがあるような気がするが・・・わしは知らん」 興味なさそうに言います。

 弦庵はとりあえず案内してくれると言うならこの男の行くままについて行ってみるしかあるまいと決めました。南だろうと方角違いだろうと、赤子を置いた家に辿り着けるのなら。

 「どっちにしろ、案内はしてくれるんか?」 医者は確かめます。

 「かかと娘と、二人も診てもろうた礼代わりじゃ。そん時に受け取ってもらえんかったでのう」

 とりあえず今日は拾った竹林を案内し、山越えは明日朝早く発つということになりました。お互いにもう年です。急ぐ旅にすることもありません。千丸は亭主が迎えに来るまでの四、五日の間に戻れればいい、と言いました。

 千丸は狩りの支度を整えました。もうこの家もたたむのであまり食材も置いてないから、ついでに山鳥かうさぎかなんか仕留めて夕餉に供すると言うのです。今度は弦庵の方が恐縮しました。思わぬ世話になってしまいそうです。

 往診道具を置いて身軽になった弦庵と、矢束と弓を入れたカゴを背負った千丸は家を出て裏山に向かいました。千丸が「あの山じゃ」と指差す裏山はなるほどなだらかで、子供でも四半刻もあれば頂上まで登れそうです。竹林はその向こう側に広がっていると言います。弦庵は散策気分で千丸の後に従いました。

 頂上に着くと、低い山ながら眼下に鬱蒼たる竹林を見下ろすことができました。次に続く山の中腹あたりまで竹林は生え登っています。

 「もう、枯れてしもうてだいぶなくなっとるかのう。まあ、目印ぐらいは残っとろうが」

 千丸は竹林を見下ろしながら独り言のように言いました。あれ以来この竹林には来ていません。ここを通るのは避けて、狩りの場所を変えていたのです。ここの様子を最後に見ておくのも、この場所を離れる締めになろうか、千丸はそう思っていました。医者が来なければそんなこと思いもしなかったでしょう。

 「目印とは?」 弦庵が聞きます。

 千丸は竹林に向かって歩き出しながら言いました。

 「赤子のそばに、真っ二つに裂けたえろうでっかい竹が一本立っとったんじゃ。泥だらけの赤子を拭いてカゴに寝かしたあと、このまんまじゃ危ないと思うて、根元から斧でバッサリやったんじゃがな・・・多分、まわりの竹に引っかかって宙ぶらりんな感じになって、地べたに倒れはせんかったような」

 「その竹が残っとればそこが赤子のおった場所っちゅうことか」

 「そう・・・じゃが・・・わしはそん時からずっとそこには行っとらんで・・・村の他のもんは何べんでも行っとるはずじゃが、全然そんな竹の話はせん。はて、どうなっとることやら・・・」

 弦庵は何だかいきなり雲行きが怪しくなってきたような気がしました。

 「とにかく行くしかあるまいな」 弦庵は自分に言い聞かせるように言いました。

 山を下り、竹林の入口に立つと、弦庵は千丸が進むままに竹の間に入って行きました。

 千丸はどんどん奥へ、竹林を深く入り込んで行きます。いつまでも歩を緩めないので、玄庵は「まだか? どこまで行くんじゃ?」と千丸の背中に声をかけました。

 千丸が振り返りました。その顔は何か不安に取り憑かれたような表情になっています。

 「・・・わからん」 千丸が言いました。

 「何と?」 弦庵が聞き返します。

 「裏山を登り降りする道は一つしかない。竹林に入る場所もそこと決まっとるから、場所をたがえるはずもない。確かあん時も、竹林の中をうろうろせんと、今みたいに真っ直ぐ入ったはずじゃ。こんな歩いたはずはないんじゃが・・・」

 「跡形もないんか?」

 「ない。全く、何にもない。あんなでっかい竹が三年やそこらで根っこもなんも、生えとった場所までなくなるなんぞあるはずがない。地面に穴ボコぐらいあってもよかろうもんを」 千丸はまさに信じられないものを見たかのように言います。

 弦庵は上半身をめぐらして、竹林を天から地面まで、近場から奥までぐるりと見まわしました。見る限り、あたりは一面どこまでも普通の竹が、特にすいた所もなく生え揃っているようです。

 「赤子のおったとこがわからんちゅうことじゃな?」

 「いや・・・確かにここまでの間には違いないはずじゃ」 千丸は言い張り、片手を振り上げて入ってきた方を指し示しました、

 弦庵の脳裏に千丸への不信感が膨らんでいきました。

 「誰が食いちぎったんじゃ?」 弦庵は改めて問い直しました。

 「赤子じゃ! 他に誰がおるんじゃ⁉︎」 千丸は初めて疑われていると知ったのか、一瞬に青ざめて叫びました。「赤子の話がウソじゃと?」

 「こう影も形もないんではのう。何を見てそう思えばええんか、こっちもわからんで」 弦庵は落ち着き払って言いました。

 「狩りは取りやめじゃ。そういう話になるんじゃ、先生のお供なんぞできるもんでないわ」

 千丸は弦庵の横を通り過ぎて、さっさと来た方へ引き返し始めました。

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