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星の戯れ 竹取物語変化  作者: 龍月小夜
    其の二・・・影より出でよ
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第8話 真実の在処

 弦庵は惨事の家をあとにしました。

 みやは気がついたものの、気を病んでそのまま床に伏しており、千丸と宗次とでようやっと相談して、誰も知らないことだし内々に済ませようと、かやは寝床に忍び込んでいた蛇に噛まれて毒が回ったことにするとなったようです。弦庵もそれに合わせた見立て書を(したた)めました。今さら長にもらった薬のことなど言ってみても仕方がなく、動物に噛まれたものでないことは明らかですが、長にはそう伝えることにして、勘当の身でありながら宗次が実家に要請して相応の葬儀をする、と請け合いました。

 千丸はすっかり憔悴しながらも、気丈にも弦庵に謝礼を申し出てきました。と言ってもこれから用意すると言います。弦庵は珍しく断りました。手の施しようがなかったとはいえ、結局一度に二つもの命を取り逃がしてしまったのですから、謝礼には値しない・・・そう自戒したのです。

 手荷物が増えた訳ではないので弦庵は見送りも断り、一人で帰ることにしました。前の時は、この千丸が各家からのひえや粟や根菜など精一杯の謝礼品を背負って家まで送ってくれたのです。量としてはわずかなものでしたが、それでも道具と一緒に持って帰るには大層なものでした。 


 その後も、弦庵にとっては相変わらず周辺の村々へ往診に行く平穏な日々が続いていきました。千丸の村からは年に一度あるかないかくらいしか言ってこないので、再会はしていませんが。

 それにしてもこの件は終わったのかどうか・・・弦庵にはいまだ赤子のことが気になって仕方がありませんでした。何しろ、事の発端はその赤子なのですから。千丸が言う「赤子が食いちぎった」という話を真に受けるとして。今やそこに赤子がいたかどうかはその男しか知らないことなのです。

 ・・・もういいじゃないか、忘れよう・・・。

 そうも思ってみるのですが、もしそれが本当のことだとしたら、千丸が置いたと言うその家で、赤子には無事に育っていてほしい、と思うのです。あの一件だけで三つもの命が失われるのは耐えられないことでした。捨て子を拾ってろくに養生もせず、また遠い山々を越えて捨てに行ったというのですから、赤子の無事も疑わしい・・・。

 弦庵はそれを確かめないことには、この件に自分の中で本当の『見立て書』を立てることはできない、と思いました。もし『赤子』が作り話なら、食いちぎった張本人を暴きに行って、場合によっては検非違使に突き出すだけです。千丸にちぎられた乳首の残骸も見せられ、本人の傷の状態からも、食いちぎり自体は本物というしかないのですから。それにも増して患者について作り話をされるのはそれこそ耐えられないことでした。下手をすれば誤診の元にもなりかねません。

 そうこうするうち、年月は流れ・・・

 久しぶりに千丸の村から呼び出しがかかりました。急ぎやって来た迎えの者は違う家を知らせましたが、弦庵は長年の気がかりを確かめる機会と思い、長くかかることを予想して、家の門扉に『都合により当分留守にて』と書きつけた木札をぶら下げて、半ば旅支度で出かけました。留守の間に盗人にやられるのは毎度のことです。本当に取られて困るものは地面を掘って隠してありました。薬類は自家製のものが多いので、売り飛ばすにも訳が分からず敬遠されるものばかりでしょう。盗っても処分が難しいからか、最近は盗人も来なくなりました。

 迎えの者は玄庵の重装備に怪訝な顔をしましたが、弦庵は「ちと都合があるでな」とだけ答えました。

 はやる気持ちで、迎えの者より先を行く速足で進んで行きます。

 村に着き、山で自分が仕掛けたシシの罠に足を取られたいう初老の男のケガの治療を終えると、弦庵はそれとなくその家の者に千丸の家のことを聞いてみました。家々は一軒一軒が離れて散らばっていて、四、五軒向こう、というところでしょうか。

 とりあえず、千丸はまだその家で一人で暮らしていることはわかりました。

 弦庵は思い切って訪ねてみることにしました。嫌な話を思い出させるようで、心苦しいところではあるのですが・・・。

 弦庵は戸を叩き、呼びかけました。

 ガラリと戸を開けて現れた男は無精髭もなく、思いのほか元気そうでした。

 「先生・・・お呼び立てはしておらんが」 千丸は突然の訪問に目を丸くしました。

 「いや、他で呼ばれたんでな・・・どうしておるかと思うてな・・・ついでじゃ」

 「そりゃどうもご丁寧なこって」 千丸は恐縮しつつ、家の中へと招き入れました。

 囲炉裏の端に落ち着き、折りしも湯気を立てている鍋から千丸が白湯の用意をして供すると、弦庵は一服した湯呑みを囲炉裏の縁に置きながらおもむろに、

 「どうじゃ、息災か?」と聞きました。

 千丸はさらにペコペコと恐縮しながら答えます。

 「ああ・・・何とか一人でやってきたんじゃが・・・もうじき娘のとこへ行くんじゃ」 少し嬉しげです。

 「ほう?」 弦庵は少し驚きました。

 「お陰さんで娘がまた身ごもったで、吉祥に近くに越してこいて言うてくれとる。近所で一緒に暮らそと」

 「それはそれは」 弦庵は安堵しました。少なくとも娘を救うことは叶ったようです。

 しかしそうなると、この男がいなくなる前に何とか・・・。

 「ちと相談があるんじゃがの」 弦庵は切り出しました。

 「へ? 先生がわしに相談?」 びっくりした目で見ます。

 「わしゃ・・・あの赤子のことが知りたいんじゃ。事の始めの赤子のな。わしゃ赤子の姿は見とらんで」 単刀直入に言います。

 「もしかして・・・親かなんか、わかったんか?」 逆に聞いてきます。

 「いや、そういうわけではない。ただ、どこで拾うてどこに置いたんかがわかりゃ、そういうこともわかるかもしれんでな」

 「わしにそれを教えてくれろと?」

 医者は思わず男に目を合わせました。

 「できんのか?」 もし嫌だと言うなら、思い出したくないから嫌なのか、作り話だからできないのか・・・? 

 弦庵は千丸の答えを待ちました。「ただ、置いた先で赤子が無事に育っとるかどうか、遠くからでも確かめたいだけじゃ」 そう追い討ちをかけながら。それは今さらどの子がそう、など確かめようもないかもしれませんが。

 千丸の答えは意外なものでした。

 「拾うた場所ならいっつも狩りに行く裏山の奥の竹林じゃが・・・置いたとこはこっから山二つ向こうのわしも知らんとこじゃから・・・それも南っかわの険しい方の山のな。今そこまですんなり行けるかどうか自信はないが・・・」 あっけらかんと言います。赤子の話が疑われているなどとは微塵も思わないようです。

 弦庵は驚きました。南側のあの険しい山々の向こうとなると、ただ事ではありません。この男はあの『伝説の村』に置いてきたとでも言うつもりなのか・・・?

 ・・・『伝説の村』・・・?

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