第36話 誕生
昔むかし、歴史も忘れた隙間の昔、豊かに根を張る広大な、とある竹林。
その中の、一本の竹の空間に、一つの生命がもたらされました。
その根元が黄金色に輝き始め・・・
タケルと添うて四十余年。
タケはすでに物語の『語り』からは引退し、短い随筆を書いたり、タケルの焼き物や木工の解説冊子を書いたりしています。それはタケルの手法技法の全てを残すものでした。器の姿絵や製作過程の絵図はタケル自身が描き、タケによって一つ一つその製作の詳細が添えられています。所々、こぼれ話だとか豆知識なども挟まれているので、今や二人の共著となった作品群は相変わらずの人気です。後々の陶芸士や木工士たちの、タケルが学んだ古からの伝承に続く更なる道標ともなるのでしょう。
さらにタケルは横笛の名手として、何かの行事があると音曲士たちと掛け合いをすることも普通のことになっていました。
おとうとおかあもすでに亡く、揃ってすっかり白髪となり、今は本当に二人きりの生活です。
もう、二十年も前のこと。タケが村人から恋い乞われて、生涯の大作となる『竹取の姫の物語』をタケルと共に再演したのを最後として『語り』から身を引き、落ち着いた生活に入ったのを見て安心したのか、おかあはタケの家でタケルもおとうも一緒に四人でお茶を喫しているときに、くつろいだその姿のまま静かに天へと帰って行きました。『魂』の姿が見えるはずのタケはタケルとの冗談話に気を取られていて、それをそばで楽しみながらこそっとこの世を離れたおかあとの、あまりにも静かな別離にその姿を見逃してしまったのです。おかあは、おとうのそばで二人睦まじく笑い合うのを見守りながら昇ったのでしょう。
薬草の大家とされるおかあの、村を挙げての葬儀は盛大でした。おかあはそんなことは望みませんでしたが、村人たちは「しめやかにするのもなあ」と心残りなように言います。まして往年の『千両役者』夫婦の母なのですから。二人がオタオタしてあまりその辺を主張できないでいるうちに話を進められてしまいました。
葬儀が終わると気が抜けたようにぼんやりとなってしまったおとうが気がかりで、悲しむ余裕は二人にはあまりありませんでした。二人とも実家に泊まり込んで世話をし―――そして七日とせずにおとうも後を追うように帰ってしまったのです。この時はおとうの寝床の傍らに並んで、タケはタケルに「今、帰って行く」とその姿を目で追いながら知らせることができました。タケルもタケの視線を追って何もない空間を追いかけたのです。おとうは、二人にきっちり見送られながら旅立ったのでしょう。
立て続けの葬儀ということもあり、特に技するところがなかったおとうの葬儀はしめやかなものでした。
何もかもが終わって、初めて本当に二人きりになって、タケとタケルは改めてあふれてきた涙の海に沈んでいきました。二人にとって、ただ一組の両親だったのですから。どちらがどちらを慰めるでもなく、互いに抱き合ったまま、涙が枯れるまで泣きました。タケにとっては命を救ってタケルと添わせてくれた人であり、タケルにとってはタケを救って添わせてくれた人・・・。
それから二十年。
タケとタケルの多くの作品は文庫や手元に置いている者の家には伝わっていますが、読み物にあまり興味のない者たちの中には『竹取の姫の物語』を知らない世代も出てきています。書物としてはタケルが挿絵として場面ごとに絵を入れた新たな改訂本が出され、文庫の棚に置かれていました。もちろん、大皿に描いたかぐや姫の誕生の場面もあります。器に描いてきた絵を書物の中に落とし込んだようなものでした。そしてこればかりはそのまま写本できる者もいないので、ただ一冊の希少本となりました。タケルの絵に憧れている者たちにとって、それを誰かが写本するなど畏れ多いことなのです。と言って、タケとタケルでこれを二冊、三冊と・・・というわけにもいきません。
そんな穏やかな日々の中、タケは薬草庭園の裏手に広がる広大な竹林へ竹を取りに行きました。家の戸口のそばにちょっとした竹垣をしつらえて風流してみたくなったからです。体が元気なうちはまだまだ人に頼まず、できることは自分で済ませるつもりでした。往年の金太郎の伐採力もまだ残っているつもりです。竹を好みの長さに切り分ける頃には、タケルが工房の仲間を引き連れて運び出しに来てくれることになっています。
とりあえずは鬱蒼たる竹林の空気を深呼吸して味わいながら、斧を片手にどれにしようかと見繕いながら竹の間をぶらぶらと歩いていると、
突然、何かに背中から引っ張られるような感じがして思わず後ろを振り向きました。
振り向いた視線の先に見えたのは、
根元が黄金色に輝く一本の竹・・・。
タケは引き寄せられるようにそばまで行き、斧を置くとしゃがみ込んで輝く根元を両手で包みました。普通よりかなり太めで、輝きは両手をその光の中に隠してしまうほど強く、かといって目を刺すような眩しさはありません。まわりを明るくするようでもない、そこだけ輝いている不思議な光。そして、
ほんのりと温かい・・・。
何でこんな竹が・・・
タケは先端まで見上げました。他の竹より抜きん出て天を突いて立っているように見えます。
カサ・・・カサ・・・
突然、遠くかすかに誰かが来る気配がして、タケは思わずそこを離れ、竹林の外へと逃れて庭園の山水の使い残りの大きな岩陰に隠れました。何だかわからない妙な胸騒ぎがしています。そこからは竹の間を通して光る竹の姿も見えます。
やって来たのは竹職人のおじいでした。長年、タケも愛用している竹カゴや一輪挿しや竹炭などの作り手です。今回の竹垣もおじいや何人もいる竹職人に頼むこともできたのですが、結局彼らの好き勝手に作られてしまいそうなので、何となく自分勝手に作ってみたくなったのです。タケより何年か年下のおじいは、今は亡き伝太やその連れたちほどのなじみはなく、タケルとの夫婦話のときもまだ参加できるほどの歳ではありませんでした。
そのおじいも、光る竹に気がついたのか、真っ直ぐそこへ向かって行きます。
しばらくその竹のまわりを見てまわると、おじいは斧を取り、光の少し上あたりを打ち始めました。
タケは嫌な予感に苛まれながらそれを見ていました。
竹が切り落とされると、その節の中からも黄金色の光があふれ出し、
おじいは仰天して斧を放り出し、尻もちをつきました。
光に包まれて、小さな女の子が、きちんと着物を着揃えて座っているのがちらりと見えたからです。
おじいはしばらく竹の切り口を凝視していましたが、こわごわ起き直ると、もう一度確かめるように切り口をのぞき込みました。
確かに、そこにいます。女の子は眠っているように頭を垂れています。
そして、やはりこわごわ、腫れ物に触るかのように筒の中にゆっくりと手を差し入れ・・・そう、両手が楽々入るほどの太さなのです・・・女の子を取り上げました。身の丈三寸ばかり・・・。ちゃんと、生きている・・・
そこでタケも仰天しました。予感はしていたものの、女の子が出て来たのがはっきりと見えたからです。
『竹取の姫の物語』!?
自分が書いた話の冒頭部分が目の前で実際に起こっている・・・!?
おじいは両手の中にその女の子を包むと、竹は取らずに竹林を出て行きます。やはり手首から先が消えるぐらい光があふれています。
タケは身を翻すと、慌てて家へ向かって駆け出しました。足元に置いた斧を忘れたまま。
あのおじいの頭にも『竹取の姫』の話は浮かんでいるに違いない。何でこんなことが起こるのか、何だか恐ろしくておじいのそばに行ってみる気にはなれませんでした。
タケは途中で出会う村人たちと声をかけ合うのもそこそこに家へ駆け戻ると、奥の部屋で布団を頭からかぶり、うずくまりました。走り通してきた息の荒さとガタガタする体の震えとで今にも全身が弾けてしまいそうです。まさか、あの女の子は三月で大人になって、竹取の姫になって、五人の男どもや帝を恋焦がれさせて、月へ帰っていくのか?
ただただ混乱しているうちに、外が騒がしくなり、
「タケ!」とタケルが呼びながら上がって来ました。外でタケルの仲間や村人たちも集まっているようです。
「どうしたんじゃ? 竹林へ行ってみたら、竹は一本しか切ってないしタケはおらんし、途中に斧は放ってあるし。なんか真っ青になって走っとったて村の衆が」 布団の小山に向かって声をかけます。
「・・・その・・・竹の根元・・・光ってなかったか?」 タケは布団の中で震えながらくぐもった声で聞きました。
タケルは戸口で顔を並べて見ている仲間を振り返りつつも言いました。
「いや、別に・・・普通の竹じゃったが?」 戸口の顔も一様にうなづき合います。
「もうじき、えらい騒ぎになる・・・すぐにじゃ」 タケはますます縮こまりました。
「は? 何を・・・」
とタケルが言ったところで、
「大変じゃ〜〜!」という声が遠くから響いてきました。一人や二人ではありません。何人もがまるで村じゅうに知らせるかのように叫んでまわっているようです。その中の一人がタケの家の前まで走り込んできました。そして戸口にたかっている人々をかき分けるようにして土間にまで転がり込んでくると、上がりがまちに立っているタケルに向かって息を切らせながら、
「た・・・竹取の姫が生まれたあ!」




