第21話 宣告
「おら・・・あに様のあに様の代わりなんか・・・?」
タケがタケルを見てそうつぶやきました。その途端・・・
(・・・おまえがタケか・・・待っとったぞ・・・)
突然、タケが何かに引っ張られたかのように立ち上がりました。
「あ・・・・ああ・・・」
天を仰いでそう声を上げたかと思うと、そのままその場に崩れ落ちました。「タケ⁉︎」 驚いて受け止めるタケルと、おとうとおかあ。
タケの目の前が真っ白になり、何かがそう語りかけてきました。
ただ白い光のようなものがまだらにあたりを満たしています。
(・・・わしは生まれ出るのにしくじった・・・勝手に守り神にされてしもうたが・・・おまえはわしが呼び寄せたようなもんじゃ・・・じゃが、人の子でないからこそ、できたこと・・・)
タケルノカミ・・・?
・・・人の子でない・・・? 何? それ・・・おらは・・・何者だという・・・⁉︎
(おまえは私が送り込んだ不確定因子だ)
突然、他の声が割り込んできたかと思うと、白い光景を切り裂くように真ん中に一本の巨大な竹が立ち上がってきました。その見上げる天上に、あたりにも増して青白い、巨大な『月』が煌々と竹を照らしています。
(邪魔をするな)
何だかその『月』はそんなことを言いながらこちらを見下ろして、カラカラと笑っているように思えました。
やがて視点は見上げる竹からその内側へと吸い込まれていき・・・
・・・うーん、苦しいよお・・・
・・・もう我慢できない・・・!
竹を引き裂き、割ってこの世に生まれ出る・・・
タケは誕生の時を追体験していました。
誰もいない、誰にも見つけてもらえない・・・
冷たい地面を這いまわり、飢えに泣き、愛情を求めて叫び続けた・・・
ただ(生きよ)と命じられるままに。
やがて、薄れゆく意識の中で、抱き上げられる感覚が・・・
乳だ・・・乳が飲める・・・助かった・・・
本能がそう囁く・・・
いや、これは・・・?
これじゃない。こんなんじゃないの!
必死ですがりついても、求めるものは流れてこない・・・
求めても、求めても・・・
ふっと、糸が切れたような・・・
失われた生命の糸・・・
そこから放り出され、やがて、再び、遺棄されようと・・・
(・・・わしは呼び寄せたおまえがどうなるか興味があるでの・・・)
白い世界はまるで吊り幕が落とされたかのようにそこで遮断され、消え去りました。
遠く、深い暗闇の底へ・・・。
・・・・
遠くに、おとうや、おかあや・・・タケルの話す声が聞こえてきます。
「・・・始めに赤子を引き取ってもええ言うた家にやっといたら、すんなり夫婦にしてやれたかも知れんかったな」
「それはないで。わしゃよそん家で大きゅうなったタケに惚れたかどうかはわからん」
「ほんに、おまえらはお互いに女房と亭主を作り合うたみたいじゃな」・・・
「・・・タケがタケルよりでかくなったときはほんにどうするべと思うたが・・・」
「今はええ塩梅に一つ違いぐらいに見えるようになったで、兄と妹にしといてよかったわ」
「ハハハハ」
楽しげに笑うタケルの声が・・・
タケは目を開けました。薄暗い中に自分の家の天井が見えました。寝床に寝かされているようです。
「タケ・・・大丈夫か?」
最初に気づいたのはタケルでした。そばに寄ってきて、タケの額に手のひらを当てます。
「熱は、大丈夫じゃな」
「おら・・・どうなったべ?」 力のない声で聞きます。
「おまえがいきなりぶっ倒れたで、大急ぎで帰ってきたんじゃ。何がなんかさっぱりわからんまま、えらい熱でな・・・おかあにも村の誰にもようわからんまま、もう一日中寝とったべ。そのうちに熱はそう長うは続かんと下がったで、疲れたんじゃろうと思うて、好きなだけ寝かしてやれいて」 おとうが機嫌良さげに言います。
呑気じゃの・・・タケはなぜかそう思いました。何か、夢を見ていたような気がするのですが、どんな夢だったのかさっぱり思い出せません。あまりいい夢でないことは確かなようですが。
でも、二つだけ、覚えていることがありました。タケは布団の中でうーんと大きく伸びをしました。
「あに様」 タケが自分を見下ろしているタケルを見ます。タケルはなぜかほんわかした笑みを浮かべたまま返事をしません。
「あに様のあに様に言われたべ・・・やっぱり、タケは代わりに呼んだもんじゃて」
「夢見とったんか。あの墓は忘れるための墓じゃて」 タケルは何か吹っ切れたような顔をしています。タケが寝ている間に、タケのことを知る村人も交えてもっと色々と話もしたのでしょう。
タケは覚えているもう一つのことは口に出しませんでした。恐ろしくて、とても言えませんでした。夢の話でもあることです。
『人の子でない・・・』
これだけは自分の心の奥底にしまい込み、錠を下ろしました。相手がタケルであっても。いや、タケルなら尚のこと・・・。
しかし、何で『タケルノカミ』にそんなことを言われるような夢を見たんだろう?
おかあが家のいくつかの場所に置かれた燈台に火をつけて部屋を照らすと、タケに煎じ薬を盆に乗せて持ってきました。
「え? またそれ?」 タケが不服そうに言います。小さい時から苦手な薬でした。うっすらと漂ってくる匂いだけでわかります。今はそんなものよりちゃんと夕餉をとりたい気分なのですが・・・残念なことに夕餉はもう済まされてしまったようです。
「滋養じゃ。タケルがたっぷり採ってきてくれたからたんとあるぞ。これ飲んで朝までもうひと休みせえ」 布団の上で起き上がるタケの枕元に盆を置きながらおかあが言います。
「そうじゃ。まだいつものタケの声が出とらんでな」 タケルがそう言いつつ、
「タケ・・・大丈夫か?」 何か心配そうにまた聞きました。
タケにはわかりました。この問いかけが、家族から外れることの覚悟を聞いているのだと。ふたりの、村の、望みを叶えるために。
・・・人の子でないとまで言われとるんじゃ、家族でなくなることぐらい・・・
「もう、タケルはあに様ではない」
タケはそう言い切るとお椀を手に取り、思いっきりにがい顔をしながらおかあの煎じ薬を空腹の中に流し込みました。
ふと、脳裏に何かが降りてきました。
新たな『物語』の着想でした。
『月の人がこの地上にやってきたとしたら、何を思うだろう?
地上の人たちは、どうするだろう・・・?』




