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星の戯れ 竹取物語変化  作者: 龍月小夜
    其の二・・・影より出でよ
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第13話 幼な子の姿

 その後何日か、弦庵は許されて文庫の書物を読んで過ごしました。医術関連を色々探してみましたが、目新しいようなものは特段なさそうです。よそ者にも手に取れるような場所に大それたものを置いていることもないか、と弦庵は勝手に納得していました。

 病棟側の建物より二層高く重ねて三重の塔のように建てられている巨大な文庫の棟は室内からは吹き抜けを見上げるような形で、周囲を書棚の並んだ回廊がぐるりと取り囲み、心柱を回り込むように螺旋階段と共に上層へと登っています。今も上から下まで子供や何人もの村人が色んな書棚に群がっています。

 弦庵はこれが村の人々の知識や探究心を支えているのだと思うと、そういう形を取れない他の村々や京の生活が何だか哀れなものに思えてきました。やはり、この村のことを教えることができるのは、本当に他の世界を求めて戻るつもりのない者に限られるのだろう。生半可な下心のある者が揉め事を起こさずに暮らせるような所ではない・・・。

 そして、そういう世界を築いている人々に、尊敬と畏怖の念すら湧いてくるのです。規模はそこらの荘園よりも大きそうだが、一つの『村』に過ぎないこの世界を守り、できることなら広げてほしいとすら思います。

 そうして何日か後、弦庵はもとの旅支度に戻りました。弦庵の身につけていたものは早くに洗濯され、破れなども繕われていました。ずっと病棟で提供される患者用の衣服を借りていたのです。体が回復しても「遠慮なさるな」とばかりに着せられていました。それは『村の一員ではない』ということを自覚させるためのものだったのかもしれません。

 新しい布に包まれた往診道具を肩に斜め掛けにすると、

 「何から何まで世話になってしもうた。何の礼も持ち合わせておらぬが・・・」

 建物の前庭に降り立った医者が申し訳なさそうに言います。

 「傷が癒えて元気になるのが何よりの礼じゃ」

 笑顔で応える幼な子のおかあが女の子を片腕に抱き、おとうとおかあに両手をつながれた男の子と、面倒を見てくれた村人何人かの見送りを受けて、弦庵は村を発ちました。道案内の若者が一人つきます。

 例の女の子のことはもう振り返りませんでした。そうであろうとなかろうと。

 村の中を渡らないように麓に沿って北へと向かい、難儀な山越えの道を若者は先導して行きます。とりあえず、『隠し山道』以外にも長年の間に崖を避けることができる道筋はつけられていました。それも頂上までです。

 時々若者の手助けを受けながらようやく頂上に立ち、弦庵は今一度後ろを振り返って名残惜しげに村の景色を眺めました。

 自分がいた薬草庭園はせり出す山の向こう側にあるのだろう。ここからその姿を望むことはできませんでした。

 弦庵はもうここでいい、と道案内を断りました。ここから先に道は望めず、もうひと山ありますが、行くのも帰るのもそれ相応の労苦が必要な村であることがこの村の『価値』でもあるのだと思えたからです。ここから見る限り、自分が来るときに辿った道が見つかるかどうかはわかりませんでした。事によると、もっと楽な道を見つけることはできるかもしれません。

 弦庵は若者と、村の景色に向かって深々と頭を下げると、両手に杖をつきながら、ゆっくりと、足元を探りながら下りの山肌を辿り始めました。

 若者は丁寧なお辞儀をされて少し面食らいました。が、その姿が木々の間に見えなくなるまで見送ると、『隠し山道』に戻るべく、来たのとは別の方角に向かって木々の間に入って行きました。


 客人が去って、囲炉裏端で夕餉のあとのお茶をゆっくりと喫しながら、朱野(あけの)が言いました。傍らではタケとタケルが向き合って手まりを間に渡したり取り上げたりを繰り返しています。

 「あのお医者が言うとったんじゃが・・・タケは二度も捨てられたらしい」

 「何と?」 与助(よすけ)がびっくりします。

 朱野は医者から聞いたことを与助に話しました。『食いちぎり』をうまく省いて。村の会合の席で、朱野は医者から聞いた話を全部話していた訳ではないのです。タケにそんな過去があるとは自身が受け入れられなかったからです。医者は捨て子の無事を確かめにきた、ということだけです。

 「そしたら、タケはますますどこのもんかわからんようになったっちゅうことか?」

 「じゃからこそわしらのもんなんじゃ」 朱野が言います。

 タケとタケルの手から手まりがそれてコロコロと転がっていきました。それをタケルがパッと立って追いかけていきます。それを機会に朱野はタケを抱き上げ、自分の膝の上に向かい合わせに座らせました。

 「ちゃー」 純真な笑顔でおかあを見上げるタケに、

 「赤子じゃったとはいえ・・・辛かったろうのう、しんどかったろうのう」

 おかあは涙声でタケを胸に抱きしめました。いまだ言葉の出方も遅く、まだ乳を恋しがるタケはいつもおかあの胸の合わせ目を広げるのがクセでした。そして、今度はその柔らかいふくらみにふくらましたほっぺたの口を押しつけると、ブーッと吹きました。その音が面白いのかキャッキャと笑っておかあを見上げると、また、ブーッ! 笑っては、ブーッ! 

 おかあも一緒に笑います。涙で滲みながらもこぼれ落ちないように堪えながら。

 二度も捨てられて、普通に成長できなくなったとしても、自分が母になったからには・・・。

 タケの新しい遊びに、おかあはいつまでも、タケが飽きるまで身を委ねました。

 ・・・こんな子が食いちぎりなんぞするはずはない! 絶対作り話じゃ! こんないたいけな子に、罪を被せよったんじゃろう!・・・

 「おかあ、おんぶ!」 タケに前を占領されているのを見て、タケルがおかあの背中におぶさりました。

 「何じゃ、わしのとこには来てくれんのか」 おとうがすねたように言います。

 「そのうちじゃ、そのうち・・・」

 おかあは目を閉じて前後に体を揺らしながら言いました。


 この、『捨て子』にまつわる一件によって、『タケルノカミ』の墓石はどこともわからぬ草むらの中へとしまい込まれたのでした。

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