オマケ(1)
オマケを書いたのでUPします。
後日談くらいの時系列、グレイスの友達フェイ視点です。
「魔法学園に入る方法?」
大魔導師が俺の執務室に現れた。
謹慎期間が終わって、定期訪問の必要がなくなってからも時折経過観察と称してあの森の家には通っていたが、向こうから俺を訪ねてくるのは初めてだった。
一体なんの用かと思えば、彼は挨拶もなくそれを問うてきたのだった。
この場合の「入る」は入学ではなく「侵入」の意味だろう。
彼自身はとっくに卒業しているし、彼の庇護下にある例のお嬢ちゃんも、無事に試験をクリアして入学を決めたと聞いている。
では何故この男が魔法学園に侵入したいのか。
そんなもの、例のお嬢ちゃん関連に決まっている。
最初こそどうなることかと思ったが、思いの外面倒見が良かった彼は、あの子のことを非常によく気にかけていた。
どちらかといえば過保護なくらいだ。
前会った時には「まだバレてない」とピースサインを見せられたが、よくバレないなと不思議に思う。
ノアの方はグレイスと違って、魔法以外のことでもそれなりに頭が切れるタイプなのかと思っていたが……そうでもないのか。もしくは、灯台下暗しというやつなのか。
……まぁ、禁術を躊躇なくぶっ放すあたりは似たもの師弟だが。
「んなもん、普通に父兄として授業参観にでも行けばいいじゃないですか」
「僕は父兄じゃない」
冷たく言い捨てられた。
そりゃあ父でも兄でもないだろうが、ほとんど保護者みたいなものだろうに。
そこでふと思い出した。そういや、学園に入ったら離縁するとか言ってたなぁ。
そういう意味では、親類でもなくなるわけか。
しかし、会いたがっているということは……ノアの方には、離縁する気はないのでは。
そのあたり、あいつの言うことは本当に信用ならない。人間への理解度が低すぎる。
「寮に行きゃ会えるでしょう」
「女子寮だから。僕は入ったらまずいだろ」
何を言っているんだという顔をされたが、お前こそ何を言っているんだという気分だった。
禁術がよくてそれがダメな理由を教えて欲しい。死者蘇生する人間の倫理観マジで分かんねぇな。
「何とかして」
「何で俺が」
「……あんた、先生の友達なんだろ」
ぶっきらぼうに放たれたその言葉に、思わず彼の顔を見た。
不満が口をへの字に曲げてはいるものの……そして相変わらず睨むような目つきであるものの、ちゃんとこちらを見ている。
間違いなく俺に言っているらしい。
「先生が大魔導師だった時にどうしてたか、知ってるかと思って」
「……驚いたな」
本当に、言葉通り驚いた。
「お前に先生の何が分かる!」とか「お前は先生の何なんだ!」とか「勝手に知ったふうなこと言うな!」とか、散々噛みついてきた人間の言葉とは思えない。
この変化は時の流れがもたらしたものか、それとも……環境がもたらしたものか。
彼がフンと鼻を鳴らして顔を背ける。
「別に。先生は素晴らしい人だから、友達くらいいただろうって。考えを改めただけ」
それだって十分大きな変化だ、と思う。
数年前なら、俺の口からグレイスの話を聞いたところで信じなかっただろうし、ましてやこうして自分から聞きに来るなんてあり得なかっただろう。
相変わらず、あいつのことを妙に崇め奉っているのは変わらないらしいが。
「友達だし。ただの」
「一言余分ね、お前……」
苦笑いした。
根っこのところは変わってないな。
だが……いい変化だ。少なくとも、彼を更生させたがっていたグレイスは喜ぶだろう。
にーっと口角を上げて笑う彼女の顔が脳裏を過ぎる。笑い方は、前世も今世も、おんなじだ。
「魔法学園勤務の知り合いに聞いときます。大魔導師様のお越しとあっちゃむしろ向こうは大喜びでしょう」
◇ ◇ ◇
「グレイス」
ノックとほぼ同時に、研究室のドアを開ける。
相も変わらず床の見えないほどに散らかった部屋だ。
散らばった紙類を避けて束ねながら、足を踏み入れる。
「んー」
彼女は返事なのか何なのか分からない唸り声を上げて、机に向かったまま片手を上げた。
「お前、そろそろ片付けないと埋もれちまうぞ」
「魔導書に埋もれて死ぬなら本望かもね」
やっと顔を上げた彼女が、こちらを振り向いてへらりと笑った。
この時はそんなことで死ぬ大魔導師がいてたまるか、と思った。まさかこの言葉が半ば予言のようになるとは思っていなかったのだ。
「これ。今度の表敬訪問の案内」
「……ああ、魔法学園かぁ」
彼女は俺の手から受け取った羊皮紙を眺めて、そして適当に紙飛行機の形に折ると、すいと空中に滑らせる。
旋回の魔法をかけられたそれは、天井近くをくるくると飛び回っている。
「えー、話合うかな。子どもって何が好き? でっかいヘビとか?」
「お前の精神はずっとクソガキのままだから安心しな」
「失礼だなぁ、もういい大人だよ」
いい大人は子どもと話が合うか気にしないだろう。
子ども相手でも対等に話そうとしているあたり、本当に子どもじみている。
出会った頃から何も、変わっていない。
「ああ、こら、フクロウ、ダメだって」
何やらぎゃあぎゃあやっていると思ったら、彼女のペットのフクロウが紙飛行機を獲物と勘違いして襲いかかったらしい。
ただの愛玩用のフクロウだが、こうして悪戯をするとなると役に立つどころか仕事の邪魔をしている。
猫とか鷲とか、普通に役に立つ魔法動物を飼えばいいのに。
ま、必要な書類を紙飛行機にして遊ぶ方が悪いとは思うが。
彼女が嘴で齧られつつも紙飛行機を取り返すと、おもちゃを取り上げられて不満だったのか、フクロウがこちら目掛けて飛んできた。
そして俺の頭皮に鉤爪を食い込ませながら、髪の毛を引っ張り始める。
「あだだだ! やめろ! 焼き鳥にすんぞ!」
「フェイ、嫌われてるよねー」
お前がちゃんと躾けないからだろうが。
へらへら笑った彼女が近づいてきて、俺の頭上に居座るフクロウに向かって手を差し伸べる。
「おいで、フクロウ」
フクロウはしばらく名残惜しげに俺の髪を啄んでいたが、やがて飛び立つと彼女の腕に留まった。
そのままフクロウを窓際の籠の中へと連れていく。フクロウは首を傾げながら、くるくると何を考えているのか分からない声で鳴いていた。
「てかお前、いつまでフクロウって呼んでんだ」
「え?」
「いい加減名前つけてやれよ。可哀想だろ」
「なまえ」
彼女がぱちぱちと目を瞬く。
そして腕に留まったフクロウを見て、ぽつりとこぼした。
「考えたことなかったわ」
心底、必要だと思っていなかったと言いたげな声音だった。
このフクロウは彼女の実の母親が魔法大学への入学祝いに贈って寄越したペットだと聞いている。
このズボラさではあるがきちんと世話をしているようだし、撫でてやる時は愛おしそうな顔をしていたりもする。
それなりに愛情を持って接しているように感じるのだが……それと名前が結びつかないあたり、やはり俺たち凡人とは感性が違うのだろうか。
「名前かぁ」と呟いた彼女が、ぐるりと部屋を見回す。
そして俺に目を留めて、思いついたように言った。
「じゃあ『フェイ』で」
「ふざけんな」
「えー」
「えー」じゃない。友達の名前そのままつけるやつがあるか。
俺が呼ばれたのかと思っちまうだろうが。
やさしく俺の名前を呼びながらフクロウを可愛がるグレイスを想像した結果、ものすごく居心地が悪いということがわかった。
「んー……じゃあ、『フェリ』」
彼女が籠に戻ったフクロウに呼びかける。
フクロウはくるる、と返事をするように小さく鳴いた。
結局俺の名前を文字ってつけられた。が、全く同じ名前をつけられるよりはマシだろうと諦めた。
「ねぇ、フェイ」
グレイスが俺を呼ぶ。
彼女はいつもの軽口と同じ、ふざけた口調で、いたずらめかして笑った。
「私が死んだらフェリのこと、よろしくね」
◇ ◇ ◇
この時の俺は、まさか本当にそのフクロウの面倒を見ることになるとは、思っていなかった。
知っていたらもうちょっとマシな名前をつけさせたのだが。
死んだグレイスに置いてけぼりにされたフェリを引き取って、もう10年以上が経っていた。
フェリがグレイスと暮らした時間とそう変わらない期間、共に過ごしている。
置いて行かれた者同士、それなりにうまくやってきたと思う。
こんなナリでも一応魔法動物だ、普通のフクロウよりは寿命が長い。
それでも……そろそろなんじゃないかと思うことがある。
「お前、ご主人のところに帰りたいか?」
俺の問いかけに、フェリは返事をしなかった。
代わりに魔法学園の知り合い宛の手紙の端っこを齧って、妙な形に切り抜いてくれている。やめろ。
グレイスの手つきを思い出しながら、額のあたりを掻いてやった。
くくく、と何とも言えない声で鳴く。
あいつに振り回されているうちに、あいつを追いかけているうちに、気づいたらここまできていた。
魔法と心中する魔法馬鹿の次は、人妻。つくづく女を見る目がない。
それでも、フェリのことを口実についつい顔を見に行ってしまうあたり……懲りないなと自分で呆れる。
それでも、……あいつにまた会えることが、嬉しくて仕方がないのだ。
密度の高い羽毛を指先で擽る。俺も、フェリも。まだあいつのことを吹っ切ることは出来ていないらしい。
願わくば、今世では長生きしてほしいものだ。
今度は俺とフェリのこと、見送る側にしてやらないと、気が済まない。
ま、俺はぼちぼち、長生きする気だけどね。




