38.キャッチボールとかしてます
「やあ、お嬢ちゃん」
リビングのテーブルを挟んで、フェイと向き合って座る。
フェイは似合わない愛想笑いを浮かべてこちらを見ながら、世間話のような調子で話し始めた。
「君の旦那様とやらは、毎日何をして過ごしているのかな」
ただのお嬢ちゃんではない……というか前世と今世を足したらお嬢ちゃんというにはあまりに厚かましい気がする……私はその言葉に含まれた意図を考える。
ノアの監視が役目である彼が、私にそう尋ねると言うことは……ノアが大人しくしているか知りたいのだろう。
ここはきちんといい子にしているとアピールした方がいいはずだ。
魔法のことよりも、もっと当たり障りのないことを言った方がいい。
頭の中に浮かんだ、一番平和そうな答えを口から出す。
「キャッチボールとかしてます」
「キャッチボール」
フェイが私の言葉を反芻した。
言葉の意味を推しはかっているように、しばらく口をつぐむ。
推しはからなくても言葉通りの行為をしていただけなんだけれど、まさか大魔導師が本当に文字通りのただ球を循環させる遊びに興じているとは思えなかったらしい。
沈黙ののち、再び愛想笑いを貼り付けて、彼が口を開く。
「元のお家では見たことない、変わった植物を育てていたりしないかな。例えば」
フェイが制服の内ポケットから紙を取り出した。
そこには、子どもでもよく知っているおとぎ話に出てくるあの植物が描かれていた。
「こういうのとか」
「マンドラゴラですか?」
私の言葉に、フェイが目を見開いた。
ノアが疑われると困るので、「絵本で見ました」と付け加えておく。
理由は分からないが、ノアがマンドラゴラを栽培しているのではないかと疑っているらしい。
マンドラゴラは古くは薬としても用いられていたけれど、強力な幻覚作用と中毒性を持つことがわかってから、今では栽培も取引も一切が禁じられている植物だ。
育てたところで闇市場に売りに出すしかない。
その分高値で取引されてはいるが……育てにくさとのトレードオフは微妙なところだ。
私が来るまで部屋で朽ちようとしていたノアが、あんなに手間のかかる植物を育てているとは到底思えなかった。おそらく何かの勘違いか、濡れ衣だろう。
晴らせるものなら、晴らしてやりたい。
「そうそう、お嬢ちゃんよく知ってるね。そのマンドラゴラをこの家で、」
「この家では難しいです。湿度が低すぎます」
フェイの言葉をぴしゃりと跳ね除けた。
彼の魔法薬学の成績など覚えていないけれど、こんなもの魔法学園で習う初歩の初歩だ。
他のマンドラゴラ科の植物にも適用される生育条件すら忘れてしまうなんて、魔法管理局というのはどういうところなのだろう。
「マンドラゴラならもう少し河川に近いところで栽培する方がメリットが大きいです。ここで育てるならウムドレビの方が……」
「…………なぁ、グレイス」
「何、フェイ」
彼の呼びかけに返事をした。
何だろう。私の話を遮ってまで、何の用があるのか。
そう思っていると、フェイが突然机を叩いて立ち上がり、私に人差し指を突きつけた。
「やっぱり! お前グレイスだろ!!」




