概念が作り出す世界
六
「以外に簡単だったね」
さきがけは言って笑っていた。
磁場の狂った樹海といえど、真っ暗闇ではない。立ち並ぶ木々が日差しを遮断しているが、薄明かりが周りを包んでいた。月明かりのような趣きで、確かに淋しさを装っている。人は感じることで歩幅を縮めたりして身の安全を確保するのである。周りに併せる気遣いは持っていた。
「どうでも良いことだが、そのポジティブな思考は何処から湧くのだ?」
野口英世の眼に映るさきがけは、一般人とはかなり違っていた。その根拠を知りたいのは誰もが同じだろう。友ともなればなおのこと知っておきたかった。乙女にしても口に出さないが、同じ想いであった。それを感じたから、代わりに訊いたのである。
「ひとつだけ教えてあげられるのは、僕は人の容姿を借りた獣人なんだ。実のところは、神様からやり直しを唱えられちゃったんだ。人としての良い思い出がなかったから、それなら猫になってみようかなって頼んじゃったんだ」
「そういうことだったのですね。人としての良い思い出がなくても、経験だけは生かしたいのですか?。私の経験から言わせて頂くと、それを天の邪鬼と言うのですよ。神様が我が儘を許したのなら、それこそが誉れと想いませんか?」
乙女は淡々と語った。傲慢に慣れ親しんだ経験でさえ、本人だけのものと教えるためである。
「そう想われても仕方ないよね」
さきがけが素直に認めたのは、視線の先に光を見つけたからだった。その光が放つ彩りが、妖精の舞いに映っている。その神秘的光景を前に悪意を見いだす者は居ないはず。心が踊る、という光景を見た時、全てを支配する境地に達するのだ。悟りとは違うだろうが、刻み続ける時間の支配を逃れた心地よさに見舞われていた。月明かりに包まれて素直になるのと同じ悲哀だった。
同行するふたりも同じ感傷に駆られている。
「後は、狛犬がいれば良いのだな」
「結界の番犬だからですか?。それならば、居ないはずですよ」
「何故に?」
「卑弥呼様が、そう仰っていましたよ」
「磁場が狂っていて、悪意が入り込めないからかなぁ?」
「そうなると、お迎えが必要だ」
「どうして?」
「神様に出会うまで、彷徨わなければならないからな」
「なるほど」
さきがけたちの悲哀が、神風を呼んでいた。謙虚な言葉が舞うと、それが意思となりイカヅチの如く走るのだ。勿体着けたように、神の従者が現れた。
三名は刹那に身構えたが、その行動は遅く意味をなさなかった。従者は面白がり、風に変化して纏わり付いたり離れたりと乱行にうつつをぬかしていた。
「それくらいにしておきなさい」
声の元にある光が眼の形に見えた。気付くとそれは至るところにある。その眼に見据えられると、金縛りにあっているようにさえ感じた。
「錯覚ですよ」
聴こえてから、卑弥呼が現れた。
「頭が高い」従者が咄嗟に叱り着けた。
「良いのです。私が来るように仕向けたのですから」
卑弥呼がそれを往なした。
「審判神さんにやり直しを言い渡され、仲間を探しています。最初は謎に魅入られてでしたが、今は確信になりました。同行して欲しいです」
卑弥呼は少し憂鬱な面持ちをしたが、直ぐに悟ったように話し始めた。
さきがけとやらは無知ながら、核心に気付いたようですね。お連れのおふたりは、現世では死を迎えています。本来は消滅している身体を現世で使用するのであれば、勾玉が必要になります。それ故に、私が必要になったのですね。蝕まれる前に修復しましょう。
「そこまで考えていませんでした。ただ、三蔵法師さんのような方が居れば、心強いかなぁ、みたいなことは考えましたけど」
そなたにしても一度死んでいます。風化させないためにも、勾玉を取得して措きなさい。私を連れ出したいのであればなおのこと。
「貰えるものはなんでも戴いておきます。ただ、人としての記憶だけは取り上げないで下さい」
通常の輪廻ではないようですから、私にはなんともできませんし、言えません。そなたの努力次第なのではないでしょうか。
「努力次第ですか?。取り敢えず前世で怠けたので、やる気だけはあります。指導して戴くためにも、参加して貰えませんか?」
退屈な毎日にしないために同行しろ、というのですね。
卑弥呼はすでに決めていたが、直ぐに応えなかった。
「そなたがここで、必要な知識を養えたら参加しましょう」と、交換条件を突きつけた。過去から現世に連れて来られた偉人の身体を補修するための時間稼ぎであった。
ふたりのことを確認して、さきがけがそれを承諾した。
笑顔をこさえた従者に連れられて、こぞって結界内に消えていった。




