聖地
四
「そなたの役割は、人攫いなのですか?」
乙女と改名した義経が訊いた。
兄の頼朝から命を奪われた義経は、甦りを果たし女性に転生していた。日の本の国の倣わしは、男子が家督を継ぐ。分家もあるが、継承順位というお粗末な仕来りが整っていた。総領の甚六という下らない造語がこの時代にあったのかは謎だが。
「僕は、命を護ることを最優先にしています。その尊さを知ってもらうために必要な人材を探すつもりです」
さきがけは想いの丈をひけらかした。
「聖人君子を必要なのか?」
野口英世は、開かれた日の本の国しか知らず、時空間移動で見境を失くしていた。
「誰もがそうだと想いますが、知らないことを悪にしないで欲しいなぁ」
さきがけは言って、自身の思考では言葉が足りないことに気付いた。
「僕は聖人君子ではないし、学者の分別も持っていません。だから、一緒に経験して欲しい、と想っているんです」
取り敢えず精一杯の誠意を込めてみた。
「言わんとすることは、理解できました。しかし違う時代背景をみせられた私どもは、ただの野次馬でしかないのでは?」
「そうかも知れません」
「潔いな」
「そなたも源氏の流れを汲む者かも知れないですね」
「僕の住む世界には、源氏も平家も居ないですよ」
「何故?」
「ひでちゃん、説明できる?。できるならお願い」
野口は顔をしかめたが、説明を始めた。
「歴史の表記で、時代背景が変わる時代は終った。どの時代にも過去が存在し、人の想像する未来に想いを託すのだ」
ぶっきらぼうが、言葉が足りないと思ったさきがけが続ける。
「僕の時代が最先端でも、直ぐに過去になっちゃうからね。家督で解るように子孫繁栄は永遠に続く願いだけど、衰退するのが人の世なんだよね」
「兄にしてもでしょうか?」
「義経さんを貶めたから、自らも同じ定めを受けるようだよ」
「策士策に溺れる、と言われるからな」
「お釈迦様の言葉を借りるなら、自業自得なんじゃない?」
「釈迦如来様のお言葉、なんでしょうか」
「そう。近代では傲慢が蔓延って、業が因業になっちゃってるんだよ」
「だから命を大事にしないのか」
「そういうこと。ひでちゃんが繋げようとした未来はなくなっちゃったみたいだよ」
「それをいうなら、夢にまでみた未来ではないのか?」
「近代の未来は夢にまで見ないよ。夢は目標になっちゃったからね」
「手に届く、ということなのですか?」
「それと同じように、理想郷も失くなっちゃった。自己中心的思考が当たり前だからね」
「なんたる不始末。何処かで履き違えてしまったのでしょうかね」
「だから近代の常識を覆すだけのものが必要なんだよ」
「そういう前置きの元に見ないといけないのですね」
「面倒臭いな、近代とは?」
「ひとつ、肝に銘じて起きましょう」
乙女が、さきがけの想いを知り意思をかためた。
現世に戻った三名が向かったのは、霊峰富士の裾野にある青木ケ原の樹海であった。ちょっとやそっとでたどり着けないそこは、神々が御座す結界である。いささかの不安も、大いなる希望で取り込み、三名が勇んで向かっていた。
「神がこさえた時空なのになんでそこに降り立てないんだ」という愚痴をほざいていたのも、付け加えておこう。




