今、できること
二十八
さきがけは、うさぎの世界観を知り、ずっと疑問に想っていたことを吐き出した。
「創世主が感性様として、三女神様が善神で、男神様が悪神とするする理由はなんで? なの」
「善神等はいません」
「だって、卑弥呼様は、善意の神様なんでしょ」
「前に、二対八と教えましたが、卑弥呼さんは、八の悪意を半分抑えられるので、善意を六にできるからです」
「抑えると、善意に変わる根拠は? なんなの」
「二極性を、表裏と教えましたよね」
「それが逆転の法則になる理由? なんだけどなぁ」
「自分が、正義と念うことを悪意と定めれば、逆転の法則になりますよね」
「なるけど、普通は、自分の考えを、悪意なんて念わないでしょ」
「経験した記憶に、疑問を持つことはできます、よね」
「正論をねじ曲げる? っていうの」
「考えるから、即答しない? のでは」
「?」
「噛み砕く、ということが、善し悪しをみいだすはずですからね」
「それを観真似たのが、賢人たち? って云いたい訳なんだね」
「お釈迦様は賢人ですが、大天使ミカエルは、善神ではないですからね」
「また、一緒件? にするの」
「別人ならば、一緒件ですが、同一ならば、輪廻という観点に辿り着けます」
「その根拠は?」
「モーゼが予言したことは、救世主として復活した、とは考えられないですか」
「そうなると、善から善への輪廻で、善から悪への輪廻じゃない? ですよね」
「そのカラクリが、神が心に宿る虫だからなんです。卑弥呼さんが絡んでいるから、其を知ることができました」
「卑弥呼様が絡んで要たのか? そういえば、魁が赤瞳さんの生前時代に行った際に読んだ物語に、そういう内容があったなぁ。辻褄を合わせるためのタイムスリップだったということだったんだね」
「過去~現在が繋がって要ることは、人間ならば知っていますからね」
「それが、繋がる理由? なのかぁ」
「人間が死ぬ時に見る走馬灯は、其を教える為のものです」
「それじゃあ遅すぎるんじゃない」
「気付かす為に魅せるなら、其が感性母さんの優しさ? と知ります」
「知ることの意味は、感性様の優しさだったのかぁ」
「刻が時と表記される今は、刻まれる意味を誤解しがちですからね」
「刻まれる意味? だったら、色褪せる意味はなんなの」
「其こそが、善意と悪意の境界線を、無くす為の理由です」
「冷静な判断をくだす為に? ってことなの」
「客観的に視るために必要なのは、時間ですからね」
「感情の高ぶりを抑えるのは、時間ってことなのは解るけど、それも感性のうちだよね」
「善悪が表裏一体の理由です」
「だから、手懐けろ、ってこと? なの」
「其がステップアップする理由なんですよ」
「目指すべき頂が、神様ってことなの」
「創世主の想いに近付く為です。流れることを知り、円満を目指すことが、この世の理念であるべきですからね」
「でも、心はハートだから、円じゃないよ」
「円の中に収まらないものはないです」
「大きさの問題があるよね」
「その為に、宇宙は拡がり続けていますし、無限大という表記は、その為に必要なんですよ」
「赤瞳さんらしくないね」
「どうしてですか」
「結果の先を見続けないからさ」
「始まりがあれば、終わりが必ずあります」
「それでも、魁たちは、まだ終わる訳にはいかないよね」
「そうです。世界中の皆様に、想いを届けなければ、意味がないですからね」
「ならば、その為にできることをしましょうよ」
「はい」
うさぎは言って、星ぼしの彼方を見詰めていた。
さきがけは居住いを正し、うさぎに倣っていた。
うさぎは、そんな、さきがけに
『それでも人間は、未開拓が多すぎます』という、言葉を掛けられないでいた。
人間は、父の遺伝子と、母の遺伝子が合わさり(受精)、新しい命が誕生する。その時は、母には解るらしいが、父は知るよしもない。その時から産まれるまでの行程は、誰も記憶に残せない。自身で生きていく為の呼吸は、羊水内のために必要なく、鼓動が始まる時でさえ、記憶に刻まれることはない。
臓器が完成した時なのか?
身体が完成した時なのかさえ、記憶に残されないのだ。そして産まれ出でても、産声を上げた記憶がないのが、当たり前とされている。
眼が開き、初めて見たものの記憶もなく、嬉しいことの記憶もなく、意思表示は泣くことしかできない。
言葉を話すようになるまでは、意思の疎通が一方通行なのだ。もしもその期間に、受け継いだ記憶を、自らのものにするためならば、一方通行に痺れを切らした言動に触れて、幼い心は萎むはずだ。その仕打ちを記憶に残さない為ならば、子の誕生に喜ぶ、親心が伝わるはずもない。
無意味に流れる時間の理由が、絶滅危惧種だった記憶が功を奏すはずだが、受け継がれた記憶が活躍するのは、先の話しだろう。信頼関係は匂いに頼り、理解のできる経験はないに等しい。その空白の記憶を理解できない大人も居るし、幼児に託す期待が、ただならぬ者も居る。
世の中の矛盾が、幼い心にこびりつくならば、二極性が隠されるのは必然的となる。個性にされる意思は、世の中のルールに縛られ、制限のないはずの想いにさえ歯止めが掛けられる。自由というものは言葉に限られ、その言葉さえ、ハラスメントの枠に捕らわれる。発想は金儲けの手段とされ、生きるために金の亡者になるしかない現状は、全てが利権に組み込まれる始末だ。役人というお目付け役を置く世の中は、税という取ることに重視が置かれ、その流れに無駄を作り出し、群がる輩に虫食い状態なのが現状となる。そういう実情に追い討ちを掛けるように、傲慢が蔓延ってゆく。
記憶は何が正論かの見境を無くし、権力者に靡くことしかできない人間を、大量生産する。
単位という秤は、基準とするべきものから遠ざかり、比べてはならないものを比べることで、世知辛い世の中を作り出して終った。
行き着く先は、絶滅しかない最悪の今を、妖かしで彩り、未来を禍々しく映している。
ひとりの声は喧騒に紛れ、文字として残すことを葬り去った。そんな国を好きで要られる訳もなく、命の尽きるまで、働きアリとなった。
そんな赤瞳を、さきがけの眼には、どう映るのだろう。そんな愚痴を、聴かせたくない。だから云えなかったのだ。
完結




