刻が絡ませた英雄達
二十四
「ねぇ、赤瞳」
「なんですか? 三妹さん」
「何故、魁君を連れて来たのよ」
「皆さんに引き会わせる為です」
「それは本心じゃないわよね。白状しなさい」
「どういうこと?」
「赤瞳の先読みは違うっていうの?・・・」
「信長さんが我慢した理由は、源氏の謂われに群がる者たちを卑下したからでしょう」
「それって、天下人を目指す野望を蔑んだから? なんでしょ」
「解っていたんですね」
「神々様を亡ぼしたのが人間って云ったからね」
「その者たちが平家で、仇をとったのが、源氏。日の本の國に伝わった男尊女卑は、男神の傲慢が象徴として残ったものだからね」
「炉の神である、卑弥呼さんが教えたかったこととは、守ることの責任のはずです? よね」
「もしかして、託したのが人間だったから? ってことなの」
「六弟が好色で、手を出してたからってこと? じゃあないの」
「違うわよ。女神様が守りたかったことは、子を産めるのが女子だったから。女神は子を産まずに、分裂するからよ」
「そうなんですか」
さきがけは云って、卑弥呼を注視した。
卑弥呼は照れ隠しでそっぽを向いた。
其れで
「遺伝子で繋がることで、より良い未来、という希望を託せるからです。可能性に繋がるものは権利ではなく、責任なんです」と、うさぎが代弁した。
「それじゃあ、自由は存在しない、ってことになっちゃうよ」
「勘違いしちゃダメよ。責任を放棄することは、生命体に許されてないの。だから、魁君は、やり直しになったのよ」
「僕の責任? それが、信長さんの意志を、だったの」
「織田家を利用した者たちの悪意を露見させなければ、信長さんの魂は、成仏できませんからね」
「どういうこと?」
「三妹さんが残した曰くが、総てのもとなんです。ずる賢いさるにしても、人質として心の芯棒をねじ曲げた者も、源氏の家督を後ろ楯に、平和を装っていたに過ぎません」
「平和を名目に、成り上がったってことなのかぁ」
「ヤーヌスが鏡を視なかった理由は、そこなんです」
「ヤーヌス?」
「初めに切り離された、女神様のことよね? 赤瞳」
「ヤーヌスは感性様よ。善悪の両極の持ち主だからね」
「両極を持つが故に、善意の女神さんを切り離したんです。しかしそれを慢心したから、次妹さんから、六弟さんまで続けて切り離してしまいました」
「その慢心が、傲慢に繋がったの。だから、遺伝子を闇に隠したの」
「女神達に鬼神力が備わっているのは、そういうことなのよ」
「互いに反対方向を向くヤーヌスは、善意と悪意の両極を持ち合わせた神なんです。だから昔から、鏡に映る姿を見る習慣があるんです」
「それって、天使と悪魔を確認するためだったのかぁ」
「漢の皇帝が送った銅鏡は、人間に試練を与える卑弥呼さんに、その姿を見ろという、暗示だったようです」
「女神様の姿が、鬼の形相に映った? っていうの」
「矯正を、強制に感じたんでしょうね」
「こんなに心優しい女神様が、鬼に見えたのかぁ」
「人間の眼が万能でないこと証明しています。偏見で見たものを、錯覚として捉えられない幼さも、同時に立証しました」
「哲学のようだね、赤瞳さん」
「象形文字から文字に至る段階で、疎通が歪んだからでしょ」
「簡単に謂うな? 三妹」
「だってそうでしょ、四弟」
「神々を亡き者にしたからか?」
「挙げ句の果てに、神頼みまでしてるんだからね? 五弟」
「卑弥呼さんを、鬼の形相に映したのは、十戒を蔑ろにした、罰の悪さからでしょう。人間に戦慄が走ることで、其れを証明しています」
「ヤーヌスの悪意と、鬼を一緒件にしたってことなんだね」
「志を高めるためには、強靭な意志を必要とするからね」
「赤瞳が云う、自分に厳しく、他人に優しく、は、そういうことだろう。神々にしても、自分に甘い者ばかりだからな」
「そういう気骨のある人間が好き? なんでしょ、六弟は」
「立ち向かうことが、男としての本文だからな、次妹」
「それでも、赤瞳の出現で、六弟も随分、温厚になったわよね」
「違う。我が丸くなったのは、宇宙の思し召しだ」
「刻まれる時間で、いがいがが削られたんだよな? 六弟」
「そういうことだ」
「どういう経緯で知るか解りませんが、本当の自由は、責任逃れをしない大人にならないと解らないはずです」
「時代背景に左右される人間には、解らないはずよね」
「それが、言葉の重さに繋がって欲しいわね」
「そこにも、神々の仕組みを取り入れたいわね」
「どういうこと? なの、次妹さん」
「誓約書は、交わした段階で消滅するのよ。言い逃れはできないわ」
「消滅しちゃうなら、反故にされることはみえみえじゃん」
「其れを防ぐために、心に刻むんです。反故にした段階で、死神に命を執られるんです」
「誓約書って、デスノートなの?」
「役割は同じもの。戦慄は、其れを教えるために発動します」
「其れをすり抜ける者は、地獄で浄化され、回帰に至るわよ」
「経に護られて、黄泉の國にやって来ても、直ぐ様、堕とされるからね」
「そうなると、仏教の信教者が減るんじゃないの?」
「世知辛い理由が、そこにも蠢いているわ。元々の悪人が改心しても、其れだけでは足りないの。徳を積む理由は、=で帳尻を合わせられないのよ」
「其れを教えるために、魁を連れてきたのかぁ」
さきがけは勝手に納得していた。
二十五
帳が降り切り、人々が寝息を奏でている頃である。
宇宙が騒がしくなっていた。無重力空間の均衡が歪み、流れ星が多発する。人はそれを、流星群と認識するが、統制が効かなくなった状態は、未曾有なのだった。
結界ではそれを、悪しき兆候と知っているから、慌ただしくなっている。さきがけが、うさぎの処にやって来た。不安を打ち消す為に、その理由を訊きに来た、ということだった。
ただならね不安は闇を取り込み、異光に変えて、身体から発せられていた。うさぎは千里眼で、その心を特定して、
「感性母さんの嘆きが、天の邪鬼になっている、だけですよ」と、結論付けた。いきなりそんなことを言われた、さきがけの心は動揺して、心の芯棒を揺らす始末で、
「発端は、魁の無知さ? じゃないの」と、被害妄想を募らせていた。うさぎは内々に熟考して、現実に導く為の語句を模索していた。
其所に現れた三妹が、
「人に見えないもののひとつに、臍の緒があるの。人はそれを、運命の赤い糸、と呼んでいるわ」
「生命体の全てが、その糸で、繋がれています」
「ということは、魁も例外ではないってこと? だよね」
「そういうこと。人に認識できない『息吹き』があるからね。その息吹きで異変を感じた感性様が、引いただけのことよ」
「引く? って、籤引き? みたいに」
「?」
「ご免なさい、三妹さん。世知辛い世の中を、あみだくじと、教えました」
「そういうことだったのね。強ち間違いではないから、別に構わないわよ」
うさぎは照れ隠しで笑顔を諂い、三妹はそれを、許容範囲に納めていた。だが、人騒がせな偉人たちが、それに尾ひれを付け、結界内が慌ただしくなって終っていた。
「赤瞳様、流星群は、天変地異の序章です。先読みで、変更される未来を教えて下さい」
「特に変更されるものはありません。早とちりで騒ぎにしないで下さい」
「そんなことはないはずです。古代からの倣わしは、人知の結晶です」
「時代背景が落とす陰なだけですよ」
「ならばせめて、老いぼれの冷や水の理由だけでも教えて戴きたい」
「十五夜の鮮やかさが発する魅惑が、人の心を錯覚に落とし込みます。その理由は、湿度が下がる秋の快適さに、観ている月と、亡者の想いが、重るからです。人間が錯覚に捕らわれると、現と幻の境界線を歪ませますからね」
「哀愁というやつ? ですか」
「秋の心は、乙女心と秋の空、と言いますからね」
「夏の忌まわしいほどの暑さから解放されたことで、内なる被害が表面に現れるのよ」
「三妹様が云うのなら、そうなんでしょうね」
「熱で機能を補う回路は、人間の内なる機能を崩します。自律神経に調整される回路も、通常の回路に戻されますが、自律神経の疲れを弁えて下さい」
「己を知りなさい、って、赤瞳がよく云ってるでしょう。人は人のことを、知らなすぎなんですよ」
「無理が生じている? と」
「休めないなら、回帰してしまえ。感性様の天の邪鬼が、そう結論付けたに過ぎません」
「赤瞳はよく、女神の休息、と言いますが、休むことを希望するのは、それこそが、自由の象徴です。女神に見倣って、休息を取るように、心掛けて下さい。ひとつしかないものは、取り替えが効かないんですからね」
「希代の名伯楽が、本当の英傑なんですからね」
うさぎと、三妹が顔を見合せて、意味深に吹き出していた。さきがけだけでなく、遣ってきた結界の住民たちも、ハトマメ状況に陥っていた。帳が手薬煉を引き、秋の夜が更けていった。




