引き換えにするもの
二十三
うさぎは心許無げに
「先般、空気にまみれた祈祷の呪文を、光の下に晒してみます。三妹さんの思念を変換して、無限大を造り出してもらえませんかね」
「その真意は、なにかしら?」
「パラレルワールドじゃないかなぁ」
「魂の値踏みをするつもりなの?」
「三元主にしかできない還元に、活路を見出だせないですかね」
「やってみましょうよ、三妹様」
「失敗は嵩増くつくわよ?」
「引き換えにするものはなんなんですか? 三妹様」
「三元主の領分を侵す行為は、勾玉の放棄に繋がりかねないわ。粛正の先は、消滅しかないですからね」
「それでも誰かが遣らなくては、希望は産まれません」
「魁の勾玉も取りあげられても構わない。赤瞳さんの力になれるならば、なりたいんだよ」
「赤瞳のことなら心配要りません。もとより消滅去れる生命体なんて、ないんですからね」
「ひとつだけ、心して! 再生できたとしても、其れまでの記憶はなくなるわ。リセットの意味は、無に戻すこと。甘ったれた感傷で、やり直すつもりなら、引き返せないことだけは自覚しておきなさい」
「赤瞳は自覚しています。それでも、魁君は未来を担う若者ですから、もしもの時は、三妹さんが無理矢理にでも、連れて逃げて下さい」
「魁が其れで良いのなら、三妹に異存はないわよ」
三妹は言い、さきがけを見やった。
さきがけは慟哭に駆られ俯いてしまう。圧し殺した声色と裏腹に、肩が上下していた。
うさぎは、三妹と眼相互を交わし、思念を千里眼にのせ、放出し始めた。それに合わせる形で、三妹が思念を電磁波に絡める。
互いに構築した絆は、七色に変化しながら、絡み重なり無限大を造り出してゆく。人の耳は轟音と聴き錯覚い、視界に陰を引き込み始める。
計り知れない無限大は、背中合わせの明暗を白日の下に晒し、回転力で三竦みを確立する。
輪廻が浮き彫りになると、その奥行きは量子の境目すら狂わし、物理は無いに等しくなる。
「あった!」
さきがけが見つけた黒点は、正円から淀み出し、息吹きで存在を現した。うさぎは左手で、電磁籠を造り出し、その黒点を捕獲するべく投げ放った。その電磁籠は、刻の流れに阻まれ、バチバチとしのぎを削る。
三妹も左手で思念を造り出し、電磁籠を圧すべく解き放つ。
その時、三妹の思念に重なる思念が顕れた。
「手こずって要るようですね?」
聴こえた声は、次妹のものだった。姿は視えないが、想いの丈を重ねてくれている。それでも均衡は変わらない。
電磁籠の色合いが、玉虫色に変化した。
「女神様?」
「有り難うございます、四弟さんに、五弟さん!」
うさぎが宣と
「困った時はお互い様じゃろうが、赤瞳」と、五弟が光陰の如く現れる。
うさぎはそれで、感謝を込めて、会釈した。同調した思念が、少しずつ光沢を増してゆく。
「六弟さんも? ですか」
「六弟は、気骨のある者が好きだからな」
「単なる、天の邪鬼? なだけでしょう」
「卑弥呼さんも、ですか」
「姉妹兄弟? だからな」
「一気に押し込むわよ」
三妹は後方支援を受け、強気になった。
電磁籠は其れで、活気付く。ジリジリと摩擦を発しながら、勢力を上げていった。しかし、刻はギヤをあげ押し返す。
うさぎと三妹が憂慮で顔を歪めた。
その刹那に、宇宙で煌々と光るレンズ星が、光陰矢の如く降り注いできた。
「何をするつもりなの? 疾風」
「疾風? さん」
さきがけが初聴のない名に、口を挟んできた。
「赤瞳の心を開眼させた神よ」
三妹が、その問いに応える。
「レンズで増量させ、主導権を取りましょう」
「∞の循環ね? 疾風」
「電磁波を循環させて造り出したのが電磁籠です」
うさぎは淡々と講釈を交えた。
「ならば、主素も引き寄せて、エネルギーに転換させましょう」
「流石だな、頭領神。知恵の神は健在ということだな!」
「疾風の登場で、見識の回路が、復活したようだな」
無口の四弟も、気心を披露する。
「知恵の神は、プロメテウスさんじゃなかったっけ?」
さきがけにとって記憶していることは、ギリシャ神話でしかない。
「疾風を切り離した時に、叔父から引き継いだんでしょうね」
「次妹さん!」
「赤瞳には云われたくないわ」
「どういうことだ? 次妹」
「六弟が天狗になっている時のことよ。次妹が理性を切り離したのは。女神様に習っただけです! がね」
「卑弥呼は、創世主に習っただけ。その責務は、分割するのが、宇宙の運命だからよ」
「もしや、我を目の敵にするのは、叔父を排除したから? なのか」
「それが、母なる創世主の意識だからよ」
「井戸端会議は後にしましょう。先ずは黒呪文を捕縛して、因縁を消すことですからね」
疾風に云われ、神々が、現実を取り戻した。
すると、宇宙に燦然と輝く一等星以上の星等が、レンズ星を経由して、光の焦点を合わせ始める。
「有り難うございます、感性母さん」
うさぎは謙虚に、礼を放った。それで、一気に捕縛に成功した。
「どうやって還元するの? よ、赤瞳」
「折角、光が集められているのですから、万華鏡にしましょう」
「万華鏡?って、回帰に至るの?」
「毒を以て毒を制す、ってこと」
「その真意は?」
「還元よ」
「赤瞳は、必要のないものはない。って、信念を持ち続けているからね」
「だが其れじゃあ、再び呪いに使用わい」
「その時はまた、還元すれば良いでしょっ」
「お気楽になったものだな、三妹よ」
「繰り返されるのが、今生の妙です。神々さんが、必要とされるなら、其れもまた、乙な計画らいになりますからね」
「何処までも、小癪な赤瞳だな」
「赤瞳が切り離された理由は、プロメテウスさんの復活を模索したからなんですよ、六弟さん」
「頭領が気に入った理由? か」
「愛息子にしても、命を狙われ続けてしまいました。同じ十字架を背負わせてしまったようですね」
「それが母の愛情なら、男神にうつつを抜かす傲慢も知れるはず? よね」
「だと良いんです? がね」
うさぎは言い、電磁籠を微小化させる。還元されたことで、元素となった分子は、悪意を萎ませる。そして電磁籠の隙間から、大気中へ帰ってゆく。人はそれを視ることはできないが、第六感で感じることはできる。ーはずである。
引き換えにしたものは時間で、心と経験値を増殖す。
いつの日か、役立つことを希望にして、日々成長するのは、そういうことであった。




