面倒臭いのは、神様も一緒?
十九
「来たわよ」
現れたのは、三妹であった。
ふだん高飛車に映る物言いの三妹は、うさぎの前だけは素直になれた。気心の知れた間柄なのは、想いが似通っていたからである。そういう一面を持つ神様もいる。
「誰?」
さきがけは、三妹とは面識がない。それでも『笑顔の可愛い神様だなぁ』と想い、好感度が高かった。だから問い掛けていた。
「感情を顕にすると口が悪くなりますから注意して下さいね」
うさぎは一応、忠告だけはしておいた。
三妹は瞳をパチクリさせて、はとまめ状態だ。
「それで今回、どこへ連れていくつもりなの」
三妹は、新参者が噂になっていることを知っている。
「三妹さんが初降臨した、信長さんのところです」
「何故」
「さきがけ君のご先祖様ですからね」
「?、どういうこと」
「生き残った理由を知りたいようですよ」
「女神様が逃がしたことは知っていましたが・・・」
さきがけは、口を挟んだことを直ぐ様後悔した。
「織田家とは関係なく産んだ理由は、信長公の血を残したかったからですよね」
「第六感よ」
「胡蝶さんが身籠ったことを知った、信長公も第六感を吹聴しています。類は友を呼ぶ、ということなのでしょうね」
「?・?・・・」
「能力を開花させないための呪文を解きに行きます。ご一緒していただけませんかね」
「信長公がそうしたのなら、私が拘わらない方が良いのでは」
「胡蝶さんに厄が向かないように、呪文で封印したんでしょうからね」
「なら、解かぬ方が良いのでは」
「本人がやる気になっているんですよ」
「風化した現在なら、勝手に封印を解いても構わないはずでしょう。赤瞳の一存ででは駄目なの」
「駄目だから行くのです。ミイラ取りがミイラになるのが怖いですか」
「?・・・、別にならないわよ」
「ならば、記憶にすがらせて下さい」
「そういうことなら仕方ないわね」
「ありがとうございます」
うさぎは言って頭を垂れた。
隣で成り行きを伺っていたさきがけは、『自尊心って、面倒臭いなぁ』と念っていた。
うさぎが思念を操り、量子の壁に坑を開けた。思念は回転し、その坑を大きくしてゆく。摩擦熱が発生し燻されて、パチパチと音を立てながら火花が飛ぶ。
さきがけは、通い会う想いに注視した。眼に映らないものに、意志を通わすことに疑問があったからである。
重力に外圧されている量子を覧る方法は、うさぎから伝授されていた。心の眼を開眼させることができるようになっている。堅苦しい学びの間の、気休めとして教わっていた。
さきがけは口には出さなかったが、実技の方が身が入っているのが伺えた。経験値として刻むことを念頭に、うさぎが行程を組み替えている。人それぞれと口にするだけあり、習得も様々だからだ。
開かれた時空の扉。思念の錐揉みは、時計と反対廻りだった。その為、燻された。付加が掛かるのは、逆行したからである。続けることで、炭化した量子に火がつく。伝播しないのは、量子毎に組織を分け隔てているからである。それこそが、宇宙の仕切りなのだ。層に護られた地球上では、組織は複雑に絡み合う。絡み合うことで、その本意さえ誤魔化せた。悪循環ということである。
日の本の国では、家督という家柄を、重んじてきた。それは、源平合戦に端を発している。
神武天皇が纏め挙げたこの地は、始まりから曰く付き。中華に残る古文書では、藤原氏が纏め挙げた、と書かれているようだ。同じ漢文表記といえど、営み(生活習慣)が違う民族故に、慣習(習慣)も様変わりする。当たり前のことだが、必要とするものの基準が違うのだから、生き様も違ってくる。
良否という分別事態が違うのだから、価値観も変わる。その是非は、人それぞれになって当たり前なのだ。ただ意識的に損得勘定をさせて、思想を蹂躙してきたのが、古代の倣わしになっている。だから争いが絶えない、と考えて終うのだ。尊師たるものは強制を好まぬはずだが、主君は崇められて、傲慢になるものだ。そこにあるものは、器(器量)だろう。立身出世を夢に変えたのは、軍国主義の妄想でしかない。争いで失くすものは、命である。主義主張のできる特権階級こそが、万民を迫害してきたのだ。
古から続く曰くは、源氏の流れである。それに気づいた信長公は、死という機転で、再起を図った。それも、胡蝶の懐妊で知り得たことだった。第六天魔王とは、天界を席巻できる神は、魔王である、と嘯いたのである。夢に巣くう神との訣別だったのだ。
胡蝶の心に降臨した女神が、信長公の血を残すことを企てたことで、良心の呵責に陥った。家督の重み何てものは、命の重みよりも低いことに気付かされた。見えないものを見えないままにしないことで、命の重さに辿り着けたのだ。大事なものを教えられたことで、良心が芽生えたのだろう。切欠何てものは、ひょんなものだ。そこに気づけない学者たちも、所詮は人間でしかない、ということだった。
木を隠すなら森の如く、人混みに隠れることは容易い。過去の栄光に縋ることの多い人間には、かなり難しい境地なのだ。それこそが、神の境地、という境界線を越えること。
神の恩恵で蘇った義経や、明智光秀にしても、痕跡を切り捨てている。辿り着けるひと握りこそが、闇に煌めく明星なのだ。名を遺すことよりも、人間の未来に照らす存在となる。光=彩りなのだ。西洋文化に、星となる逸話が伝承されているのは、その為である。
なんちゃって科学者が、汚名をそそぐために、ひと役かったのだった。意気込みのまま、時空の扉を越えていた。




