昔話し
十七
さきがけが、うさぎと一緒にいることで、忘れてしまった想いを甦らせていた。
甦った幼少期の想いでは、母に読み聴かされた物語であった。作者も題名も記憶に残っていない物語は、「見つけた」という主人公の栞奈が、雑貨店を見つけたところから始まっていた、と思う。
mmm'sという店名の由来すら残していない記憶だったが、毎晩布団に入るとせがんだ記憶は鮮明だった。母の温もりに抱かれた布団は生命の揺りかごで、最後まで聴けたことは一度もない。
ストーリーは、雑貨店で出会ったカップによってタイムスリップして、足りない知識を埋めてゆくもの。小学校にあがってから、自身で完読したのである。童話とも言えず児童書でもなく、本と言うより冊子だったと、いもずる式に思い出されてきた。
心が修復されながら、取り戻そうとしているのが伺える。慌てず散りばめられたピースを探して繋げるパズルのようだ。散りばめられたものが大事な思い出だけに、ひとつ一つ取り扱うのだろう。その優しさが、情であった。
雑貨店に入ったところで、片隅に置かれたカップに惹かれてしまう。店員さんが心配して声をかけてくるが、上の空に聴き流して、この場所にきた経緯が語られていた。
栞奈の母の姉の子の幸喜が突然死して、すべての持ち物を譲られる。その中にあった注文書に書かれた店名が、mmm'sであった。ひとりで来たのは、好奇心だったが、幸喜に導かれいた、と綴られていた。
カップに纏わり付く妖精が見えるのは、栞奈だけだった。大人になるに連れて、世間の荒波で削られた心は、見えないものを多くする。切磋琢磨は神棚に置かれた理想で、足の引っ張りあいが現実。百鬼夜行を作り出したのは人間で、この世界に失くならない争いに結び付けていた。
栞奈がタイムスリップしたのは悪意から護るためで、妖精たちが開く時空の壁から逃げ出していた。七不思議などと言われる時代背景は、母から聴きかじった記憶だった。科学の進歩が目覚ましい時代でも、一般人がそれを実感できなかった。敗戦後の歪みは、希望で打ち消されていった。心を失くすことまで想像できなかったということだ。
栞奈は言葉が担う役割を知り、幼気な心を護りながら成長を遂げてゆく。それが基本のはずなのに、孤独に苛まれた心を残して世を去るのだ。人々はその傲慢に気付いても、何も変えられない。ひとりにできることは小さすぎて、荒波に飲み込まれるのである。
時間が流れ、理解者がひとりからふたりに増えてゆく。ふたりは四人になり、やがて膨らんでゆく。その繋がりで、少数が多数になるが、栞奈は帰らぬ人と気付かせる。気付くのが早ければ、という結果を見いだせる心の重要性を教えているのだろう。止まらぬ時間を利用することさえ含んでいる。挫折を休息に変えるだけで、この世が進展するはずだ。停めたままにしないことが、人に宛がわれた本文ということだった。
するべきことを模索する人間は心に導かれて天命に従い。
楽観思考に陥りやすい方は、躓き穴に堕ちてゆく。目に写らない墓穴は自身で掘るものだけではない。その慎重さも、持ち続けなければならない。当たり前の日常に馴染んだことで、見えるものまで見えなくなって終う。一寸先は闇と躾られた記憶も、色褪せていた。
物語を通して理解したつもりでいても、過ちをしていることに気付かされた。さきがけはそれで反省できたが、懲りないのが人であることを悟っていた。目の前にいるお他人様が大きく見えた。知識を補う経験といったところで、先人たちに敵うはずもなかった。
「たどり着いたものは、貴方の全てです。及第点にするには、人並み以上の努力が強いられますからね」
優しい笑みが、掬い挙げられたように、さきがけには感じた。どうせなら、この人に追いつきたい。そうやって、標を見つけて跑くのが人だと気づいていた。




