姉ミルカトープ
私の名はミルカトープ。湯あみの後、自室でくつろいでいると、部屋の扉が大きな音をたてて開いた。
一人の女性が、その美しい顔に艶やかな笑みをたたえ、私に向かって歩いてくる。
「ミルクレインテ。部屋に入る前に先触れを出すよう伝えたはずだが。」
「私とお姉様との間なのですから、堅苦しいことはいいではありませんか。」
ミルクレインテは、私が言ったことをくみ取るつもりはないようで、私が腰かけている目の前の長椅子に腰を下ろす。
ミルクレインテは、私の妹に当たる。確か18歳と、私とは歳はだいぶ離れているが。
私と同じ紺色の髪と金色の瞳を持っているが、私より色合いが薄い。着ている服はだいぶ薄い生地で、その下の肌や体形を隠しきれていない。かなり扇情的で、私が男であったら誘われていると思うのかもしれない。
「カミュスヤーナ様からは、お呼びがかかりましたか?」
「花のことか?断られたが。」
問いかけの形でありながら、絶対にそうなると断定の気持ちを上乗せしてきた妹に、私はすげなく答えた。
「え!そんなの噓です。ありえません。」
「カミュスヤーナに薬を盛ったのはそなたの側近か。」
「・・・何のことでしょうか?」
「しらばっくれても無駄だ。もう吐いている。」
カミュスヤーナが、連れの魔人とともに下がった後、カミュスヤーナの酒を用意した侍女を捕まえ、暗示をかけ、誰に指示されたかを聞きだしているのだ。まぁ、酒を飲んだカミュスヤーナの様子から、盛った薬も想像がついたので、誰がやったのかもおのずと分かってはいたのだが。
「まったく。カミュスヤーナとは友好関係を築いていきたいのに、横やりを入れおって。」
「だってぇ。お姉様。カミュスヤーナ様は私の理想の殿方なのですよ。手に入れようと工作してもいいではありませんか。」
と言ってはいるが、ミルクレインテは、自分と釣り合いの取れる齢と思われる男性の魔王には、まずちょっかいを出す。前魔王のエンダーンにも、同じようなことを仕掛けようとした。エンダーンはこの館に滞在することがなかったし、元々異性にはあまり興味がなかったようで、引っ掛かりはしなかったようだが。
「カミュスヤーナには、手を出さない方がいいと思うが。」
「なぜですか?カミュスヤーナ様は、異性に興味のある男性ですよね?私にも十分勝機はあると思います。私は美しいですし、魅力的だと思いません?」
ミルクレインテはあの整った容貌と優しげな様子に、カミュスヤーナを侮っていると思うが、それは違う。魔力量の豊富なエンダーンを制した強さ。そして今回の酒を飲んだ後の反応を見ても、本当に薬が効いたわけではないと思っている。薬が効いたにしては理性的な応答を返していたし、花の提供も断ったのだ。ミルクレインテが指示したのだから、薬の量だって、それなりの量をつぎ込んでいるはずなのに。わざと薬が効いたと見せかけて、こちらの様子を探っている。こちらもそれが分かったから、実行者を始末すると暗にほのめかしたのだ。
「カミュスヤーナはエンダーンを倒しているのだ。生半可な強さではないぞ。」
「強いからいいのではないですか。きっと私が落としてみせますわ。」
「忠告はしたからな。どうなっても知らぬ。こちらに火の粉が降りかからないようにしてくれ。」
私はミルクレインテに対して、手を振ってみせた。早く帰れの合図だ。
ミルクレインテは、そのまろい頬を膨らませて抗議する。
「なんですか!お姉様。その態度。私がカミュスヤーナ様を手に入れるのが、悔しいのですね。大丈夫です。そのままカミュスヤーナ様の正室に収まって、隣のルグレイティの地の利を、ここジリンダに施してみせますから。」
ミルクレインテは、ぱっと立ち上がり、風のように部屋から出て行った。
相変わらず人の言うことを聞かない妹だ。行動力にあふれると言えば、聞こえはいいが。
「すまない。カミュスヤーナ。」
私は、本人には聞こえないであろう謝罪を口にした。