賓客カミュスヤーナ
私の名はカミュスヤーナ。現在隣の地ジリンダに来訪している魔王である。
あぁ、疲れた。
滞在中使うよう言われた客室で、私は大きく息を吐いた。
魔王ミルカトープは、魔王に成りたての自分とは違い、威厳があった。後は魔王らしく自分の欲望に忠実だった。
紺色のうねるような長い髪、白い身体の一部に鱗のような輝きを持ち、金色の瞳を持った外見上は美しい女性だ。
さながら海に住む女神ネーレーイスといったところだろうか。
それにしても美しい女性に目がないとは。テラスティーネを伴わなくて本当に良かった。
客室にノックの音が響く。
「入れ。」
客室に入ってきたのは、アシンメトリコとセンシンティアだ。
センシンティアは、そのまま扉の横に陣取り、腰に掛けた剣の柄に手を添える。
アシンメトリコは、私の方に歩いてきて、口を開いた。
「間もなく夕食とのことです。ミルカトープ様にお会いしていかがでしたか?」
「油断ならない女人というところだろうか。」
「相手はカミュスヤーナ様にご興味を持たれたようですね。」
「さすがにエンダーンとのようなことにはならないだろう。私など魔王に成ったばかりなのだ。無理難題を押し付けられなければいいのだが。」
「友好的な空気ではありましたが、気は抜かないでおきましょう。」
アシンメトリコはその瞳を眇めた。
「センシンティアはこちらに滞在している間は、カミュスヤーナ様の護衛をするよう伝えます。しばらく滞在されるおつもりでしょう?」
「ルグレイティはほぼ森林に覆われているが、こちらはそれより湿潤だし、海があるからな。是非見ておきたい。」
「そう申されると思いました。ルグレイティに関してはアメリアに依頼してきたので、大丈夫でしょう。もし、こちらに滞在している間に、テラスティーネ様がいらしても問題ないと思います。」
「そこまで長居するつもりはない。テラスティーネとは連絡が取れるので、うまく都合をつける。」
テラスティーネの名が出て、どことなく気が浮ついた私を、アシンメトリコは苦笑して見つめた。
「奥方様が気になるのはお分かりになりますが、あまり隙を見せないようお願いいたします。」
「分かっている。アシンメトリコはジリンダには来たことがあるのか?」
私の問いかけにアシンメトリコは首を横に振った。
「エンダーン様はお出かけになる時は供を連れませんでしたし、マクシミリアン様も外交はあまりなさらない方でしたので。」
「魔王とはそんなものかもしれないな。」
再度ノックの音がした。センシンティアが扉を開けて、外の者と話をした後、私の方を振り返った。
「夕食の準備が調ったとのことです。」
私は自分の身体を見下ろした。
先ほど挨拶時に着ていた儀礼用のマントと羽織は外している。首のまわりが大きく空いた丈の長い黒の上着、袖はドレープが所々ついているが、料理に袖がつかないように袖止めの金具がついている。襟部分と手首部分と裾部分には赤と銀の刺繡が差してある。上着の下、腰の部分には幾つかポケットが付いた革ベルトがついており、念のための回復薬が入っている。魔法が使えるので、物理的な武器は携帯していない。
装飾品は、胸に下げている婚姻の証のみだ。
本当は暑いので、半袖などを着たいところだが、それは通例上許されないので、生地を若干薄くして、物理防御の魔法を付与している。
先ほどはこの上から儀礼用のマントと羽織を付けていたので、とても重く肩が凝りそうだった。
「私とセンシンティアは、カミュスヤーナ様が会食される隣の部屋で食事を取ります。何かございましたら、お声がけください。キュリエは私たちが食事をする間に、こちらの部屋で食事をすると思われます。ご心配なさらず。」
私とともにこの地ジリンダに来たのは、アシンメトリコと私の従者キュリエの2人だ。
私は部屋の奥にいるキュリエに目をやる。キュリエが目線で答えたのを確認した後、部屋を後にした。