漂流者・・・
私の名は・・・。
重い瞼を開け、最初に見えたのは木の天井だった。
身体を動かそうとしたが、まったく力が入らなかった。
仕方がないので、視線だけでも動かして、周囲の状況を知ろうとする。
「目が覚めたか?」
自分が横たわっている寝台の隣に立った人が声をかけた。私は視線を向ける。
サラサラとした顎ほどの水色の髪。金色の瞳。20歳代後半くらいの男性だった。誰かと問おうとしても、声も出せなかった。
「無理しなくていい。君はすぐそこの岸に流れ着いていたんだ。ひどい傷を負っていたから、ここに運んだ。回復するまで、ここにいてくれてかまわない。どうせ私一人だし、気まぐれだと思ってくれればそれでいい。」
彼は口の端を上げて、ぎこちなく微笑んだ。笑うことに慣れていない。そんな笑みだった。
「話せるようになったら、君のことを聞かせてくれ。」
結局それから数日、私は床から起き上がることができなかった。
目が覚めると、大抵は最初に声をかけてくれた彼がいた。
身体が弱っているのか、しばらくたつと眠くなり、微睡むことを繰り返した。
その度に私は夢を見る。
足首まである長い水色の髪、深い青い瞳を持った少女がただただ泣く。そして私の名を呼んだところで目が覚める。でもその名は聞き取れなかった。それが私の名だとは分かったが。
私は何も覚えていないことが分かった。
なぜ海岸に流れ着いていたのか。なぜひどい傷を負っていたのか。そして夢の中で呼ばれる私の名前さえも。
私は助けてくれた彼に、自分が何も覚えていないことを告げた。
彼は特に驚く様子もなく、私に記憶がないことを受け止めてくれた。まるでそれを推測していたかのように。
「君は、左の脇腹に深い刺し傷があった。明らかに致命傷だ。普通、命は尽きている。」
そう言って、彼は私が着ていた上着の裾をめくった。そして左の脇腹を示す。
「だが、今はもうその傷がふさがっている。」
私の左の脇腹には、大きな刺し傷の痕ができていた。
「君を助けてからまだ1週間だ。・・・君は人間ではないのだろう。」
彼は私の様子を見て、苦笑した。
「心配しなくていい。私も人間ではない。」
そうは言っても、外見上は普通の人間にしか見えない。目を瞬かせていると、彼は言葉を続けた。
「そうだな。人型ではあるのだが、人間とは別の種族だ。」
「貴方と同じ種族なのですか?私は?」
私の口から発せられた声は、掠れ気味だった。自分の声なのにもかかわらず、聞き覚えがなかった。
「それはどうだろう?人型をとる、人間とは別の種族も複数あるし。ただその回復力は人間ではありえないから。たぶん、致命傷を治すために魔力を使ったのではないかと。魔力を使いすぎて、それに伴って記憶をなくしたのではないかと推測している。」
「記憶は元に戻りますか?」
「魔力が戻ればあるいは。戻したいのか?」
「誰かが私の帰りを待っているような気がするのです。」
夢の中の少女が脳裏に浮かぶ。
彼は、そんな私の様子を見ながら、近くにある棚から、板のような形状の物を取り出し、私の目の前に差し出した。
それは、鏡だった。
鏡には、若干青ざめた顔をした男が映っている。寝ている間についた跡がひどい髪の色は銀灰色。瞳の色は桃色だった。
自分の頬に手をやると、鏡の中の自分も同じように頬に手をやった。鏡の中の自分をじっと見つめたが、その顔立ちは見慣れないものだった。
「・・・少し昔話をしようか。」
彼は私に鏡を手渡した後、寝台の横に椅子を引き、それに腰を下ろした。




