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第四話 おどりゃー町内会長 おどれも家族じゃ

広島の方、怒らないで下さい。

 1945年5月6日 広島県広島市 某所

 

 その男は追い詰められていた。

 

 生まれてこの方これほど全力で走ったことなど無い。息は切れ眩暈はする、それでも捕まるわけにはいかない、何なんだあの化け物どもは、いや、あの化け物ども顔はよーくしっている。あのいけ好かない下駄職人の子せがれどもだ。


 どうにか配給米の保管されている倉庫に逃げ込んだ男はへたりこみながら今自分を追いかけている化け物どもと今朝からの出来事を思い返した。

 

 そう今朝から世界の全てがおかしくなった、町内で行う昼の竹やり訓練の用意をしているとき、ラジオから突然臨時放送が流れ、東京に戒厳令が敷かれたとの放送を最後にラジオ放送はすべて止まった。

 

 昼には町中に憲兵隊が走り回り、広島市全体が封鎖されるとの噂が広がり始めた、中には東京に米軍が上陸してきたとか、新型爆弾で東京が吹き飛んだと言うやつまで現れた。

 

 自分も不安であったが、町内会長の自分が訓練を急に止める訳にもいかず国民学校の校庭に皆と集まった。そして点呼の最中あいつが現れた。


 あの下駄職人だ、反戦思想で特高に引っ張られた非国民が、また性懲りもなく生意気な口を聞くかと怒鳴りつけてやろうとした時、あいつはこっちに話しかけてきた。

 

 「いや、町内会長さん、わしゃー今度のことで心を入れ替えた、許してつかーさい、このとーりじゃ」


 ふんっ、いまごろになって遅いわと言おうとした時おかしなことことに気付いた、こいつ特高でかなり痛めつけられたと聞いていたのにやたらと元気そうだ、それにこいつここまで体がでかいやつだったか?

 そう思って声が出せないでいると、さらに変なことを言い出し始めた。


 「わしは今まで自分の考えが分からない奴は馬鹿じゃと思うとった、戦争に賛成する奴は皆、馬鹿野郎で特にあんたみたいに虎の威を借りる人間は好かんかった」


 この野郎、謝るふりをして喧嘩を売りに来やがった、そう思ってこいつをつまみだすように言い、周りの人間が掴みかかろうとした時それは起こった。


 「でも、今はそんなもん小さいことじゃけん、わしらは家族じゃ、日本人いや帝国臣民は上から下までみーんな家族じゃ、わしゃ、いや 我々は一つの命だ」


 言うや否や、あいつは突然目の前から消え、私の隣にいた在郷軍人があいつに押し倒された、引きはがそうと皆が駆け寄るまもなく、あいつは在郷軍人の首筋に嚙みついた。

 

絶叫があたりに響きわたり、皆が余りのことに呆然とすると、あいつはすぐに軍人の上から掻き消え、駆け寄ろうとした人間の喉元に食らいついた。

 

 周りの一人が持っていた竹やりで突きかかるが竹やりは空を切る、私も皆も恐怖のあまり、校舎へ逃げ込もうとすると、別の方向から叫び声が上がった、見ると先ほど噛みつかれていた軍人が、他の人間を押し倒しその喉元噛みついているではないか、それを見るや私は無我夢中でその場を逃げ出した。


 その後は、もう無茶苦茶だ。町中のいたるところで叫び声がきこえ、銃声まで響きだした。


 逃げる途中あの化け物どもに見つかり今はここで息を潜める事となった。いったい広島はどうなってしまったんだ。いくら戦争中でもこれはないだろう。


 「どこじゃー、町内会長ー、おどれも家族に加えてやるから出てこんかい」


 「そうじゃ、そうじゃ、あんちゃんの言うとおり、諦めんかい」

 

 あいつらが、わたしを探している、身がすくみ、自分が失禁していることに今更気が付いた。


 「あんちゃん、あんまり遊んでもかわいそうじゃし、そろそろ終わらせようや」


 「そうじゃのー、どうせ家族になるんじゃ、自分で自分をいじめる様なもんじゃからの」


 外からそんな声が聞こえた。瞬間、倉庫の壁をぶち破りあいつの手が私の体を掴んだ。あいつの指は国民服を突き破り私の体に食い込んでいく。ああ、なにかが体の中に流れ込んで・・・


 「町内会長、おどれも家族じゃ」


 その声が私という個人がきいた最後の声となった。私が広がっていく、全てが一つになる。私たちは家族だ。



 

 

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