第二十話 ファーストコンタクト、ワーストコンタクト
「大統領閣下、真に残念ですが我が軍は消滅しました」
合衆国大統領ハリー・S・トルーマンが受けた長距離通信は彼の聡明な頭脳をして理解しがたい内容であった。
消滅?なんで?どうして?バカなの?死ぬの?意味が分からない?annihilationてあれだよ壊滅とか殲滅とか言う意味もあるよ。今の日本相手に?消えた?ホワイ?
無意味な言葉の羅列となぜか踊り狂う紅白と白黒のナマモノを脳内から追い出しつつトルーマンは言葉を絞り出した。
「それはどう言う意味だねマッカーサー大将、消滅?敗北したと言う意味ならまだ分かる。何かね、日本が報復に自殺的な毒ガス兵器でも使ったと言う事かね?」
「はい、いいえ違います大統領、言葉の通りに意味です。ダウンフォール作戦に投入された兵員、軍属は沖縄の司令部とここで修理中のミズーリー乗員以外、戦死もしくは捕虜になりました。艦船、機材も全て、ここに残されているもの以外は日本軍に破壊、鹵獲されています。残っていた核兵器もです」
脳が理解を拒んでいる。しばしの沈黙の後トルーマン大統領は質問を続けた。彼の顔は宇宙の真実を知った猫のようだ。
「君は疲れているのかね?君の仕事は重責だ一度休暇を取ってはどうだ?もう一度聞こうマッカーサー大将、本当に我が軍は敗北したのか?」
信じたくない、マッカーサー大将が発狂したと言う方が正しいのでは?トルーマン大統領の声にはそんな気持ちが含まれている。
冷静に考えて三個艦隊、百万を超える兵員がannihilationするわけないではないか。
「大統領、本当なんです。本当に我が軍は消滅しました。海軍は全て化けクジラの腹の中です。上陸軍は皆あいつらに襲われて、、、、ああっ止めろ、止めてくれ、これ以上頭に流し込まないでくれぇ、ああママ助け!ああ入って来るな、止めろー」
返ってきた返事は悲痛な叫び声であった。向こう側で何が起こっているというのだ?
「失礼します。自分は司令部付きの通信要員 リチャードローレンス少尉であります。マッカーサー大将が倒れられた為、自分が変わりにお答えします」
次に通信に答えたのは通信要員を名乗る少尉であった。なぜ少尉風情が大統領との通信に答えるのか、ともかくも今は情報が欲しい、このままでは訳が分からない。
「なぜ司令部要員を差し置いて、少尉の君が答えるのかはこの際置いておこう。いったいそちらで何が起きているのかね。マッカーサー大将は無事なのか?」
「はい。閣下お答えします。現在我が基地いえ沖縄全体は日本軍の制圧下にあります。マッカーサー大将はその、、、混乱されたご様子です。はい、ご無事です、今は日本軍の治療?を受けております」
「俄かには信じられないが、少尉、そこに日本軍の人間は居ないのかね?彼らはなぜ直に話そうとしないんだ?」
「はい、閣下。その何というか彼らは機械を扱うのに慣れていないと言いますか、触ると壊しかねないと言えばいいのか、、、何、指揮官が来た?受話器を持ってろ?分かった。閣下、日本軍の指揮官が話をしたいそうです、あの、、閣下、通信に出られる前に、彼らの声はかなりデカいと言いますか聞き取りにくいかと思います、ご承知下さい」
何とも歯切れの悪い物の言い方の少尉の言葉の後、指揮官を名乗る人物の声が続いた。
その声は、少尉の言う様に何とも聞き取りにくく、まるで動物が無理をして人間の言葉を話しているようだ。
「初めまして大統領閣下、自分は帝国陸軍第32軍司令の牛島満大将であります。大日本帝国を代表いたしまして合衆国に要求をお伝えするべく参りました」
(要求?滅びかけの国の、まして外国官僚でもない男が?舐めくさりおって)
一瞬怒りで血圧が上がりかけたトルーマン大統領であったが、今は情報優先と冷静になり返事を返した。この通信は同席している軍民のホワイトハウススタッフも聞いているのだ怒りに身を任せるわけにはいかない。
「要求とはなにかね?それとマッカーサー大将に報告は真実なのか?君がそこに居る以上、司令部が君たちに占領されているのは信じざるを得ないが」
「はい閣下、それは真実です。貴国の軍、ああ英軍や仏軍もおりましたね。ともかくも我が帝国に攻め寄せた軍勢は居なくなりました。要求ですが帝国は貴国と講和交渉を行いたいのです」
「牛島君と言ったかね、君はふざけているのか?なぜ我が国が今更講和などしなくてはならない」
そろそろ我慢の限界が近くなり始めた自分を抑え込みつつトルーマン大統領は返事を返した。
「ふざけて等おりません閣下、我が帝国は貴国と交渉を行いたいのです。無論、貴国軍が壊滅したなど信じられないのは重々承知しております。ですのでこうしましょう。帝国はこれより一月の間、太平洋上での戦闘を停止します。貴国が何度やっても失敗していた低空での本土偵察も妨害いたしません。思う存分、貴国軍が壊滅した事を確かめられたらよろしい。なんでしたら爆撃でもしてもらって結構、核兵器もどうですか、景気付けに。ああ、大陸での戦闘は停止いたしません。帝国が交渉したいのは貴国だけですから」
クールだクールになれトルーマン、俺は合衆国大統領だぞ。
余りの無礼極まりない物言いに、喉元まで罵声が出てきたが鉄の忍耐力で耐える大統領。彼がもう一度なにかを言いかけた時、遮るように牛島大将は一方的な話を始めた。
「まあ。我々が要求するのはそんなところです。言い忘れました。沖縄にいる戦艦、ミズーリーとか言いましたか、それはお返ししましょう。連合国の盟主たるお国に、戦艦が一隻も居ないのは恰好が付かんでしょう。どうぞお持ち帰りください。では失礼します」
俺は良く我慢した、だがその我慢も限界だ、こいつには何か言ってやらねば気が済まん。そう考えた大統領に冷や水をかける声が聞こえる。
「少尉ご苦労だったね、君の仕事ももう終わりだ。ゆっくり休んでくれ、、、、家族として」
「止めろ!何をする気だ、近寄るな、言われたことは全部やったろ、俺に近寄るな、やめろやめろ、嫌だいやだー」
断末魔の声と共に切れた通信に気まずい沈黙が下りる。声を上げたのはやはりトルーマン大統領だった。
「さて、諸君この状況について会議をはじめよう、なにか意見は無いかね」




