第十九話 うっうっにゃんにゃにゃーん
戦場は日本列島に留まらない。ここで海外に目を向けてみよう。
満州の原野ではソ連軍が出撃の時を今や遅しと待っている。さすがの筆髭もこれ以上の日本攻撃を躊躇う事は出来なかった。
日本本土は連合国に蹂躙されつつある。このまま手をこまねいていては取り分がなくなってしまう。
送り出した偵察はおろか、満州、日本国内の諜報員が根こそぎ行方不明となっている事は、確かに不安要素である。
「「大日本帝国で何かが起こっている。」」
しかし、我々にはナチどもを倒した栄光の赤軍があるのだ。ボロボロの関東軍など赤軍の前には腐った納屋同然ではないか。
鉄の男スターリンは日本侵攻への指令書にサインした。そのサインはロシア人どころか、人類やめます契約へのサインであることを、神を否定する社会主義者である彼にはわかるはずもなかった。
「早く済ませて帰りてぇ」
ベルリン突入の英雄、戦車兵シュガポフ軍曹は最新鋭戦車T44の車長席でボヤいていた。
1941年のナチどもが攻めてきた日より幾星霜、あの日よりいまだ自分は故郷に帰れていない。
この上地球の最果てのようなここ満州で戦争など、いい加減にして欲しい。正直もう戦争は懲り懲りなのだ。
頭上を飛んでいくロケット弾の轟音を聞きながら彼は深くため息をついた。
「日本人共も馬鹿だ、さっさっと諦めて降伏しろ、そして俺を家に帰せ!」
募るイライラを口に出しながら。キューポラより半身を出した彼は、戦利品のカール・ツァイス製双眼鏡で弾雨降り注ぐ前方を偵察した。
日本軍の抵抗は薄い、薄いと言うより無いというのが正解だ。いま彼が攻撃に参加している虎頭要塞も一発も反撃もしてこない。
「無視すれば良いんだ、こんなもの、どうせ日本人は哈爾濱あたりまで逃げてるだろ」
そう言い募る彼の目に何かが映った、人だ人が砲撃で巻き上げられたのだ。敵とはいえ人間が肥料に転生する様は気分の良い物ではない。
そう思いながらも、彼はその人らしきモノが地に叩きつけられるのを目で追っていた。
「まて、人にしてはでかくないか。倍率が狂ったか?」
違和感を感じた彼は双眼鏡から目を離す。再度双眼鏡を覗き込んだ彼が見たものは驚くべき光景だった。
「あいつ動いてないか?」
物体は何事の無かったの様に起き上がったではないか!あまつさえ砲弾の雨の中こちらに近寄る素振りを見せている。
異様な光景にシュガポフ軍曹は、双眼鏡での偵察を打ち切り車長席に座り込んだ。
「酒はもう止めよう、昼の日中に幻覚を見ちまった」
シュガポフ軍曹は偵察を止めるべきではなかった。そうであればもう少し長くソ連の英雄であれたし、ロシア人でいれたのだ。
もう少し偵察を続けていたのなら、彼が見た人らしき物体の後ろに、要塞が吐き出す巨人の群れを見ることができたであろうし。
彼が無視すれば良いと言った要塞が、巨大な触手をこちらに伸ばし始めた事を見て超信地旋回の後、フルスロットルで逃走できはずだ。
燃え上がる紫禁城、かつての居城で一人の男がこれまでの人生を振り返っていた。
思えば自由意志で何かをしてきたことはなかった。
流されるまま中華の皇帝となり、流されるまま廃位させられた。人生は希薄で何のために生きているのか分からない。
最後になったのは傀儡の皇帝でそれさえも自分の手の届かないところで始まりそして終わろうとしていた。
人生に意味は無く、全てが空しいばかりであった。
「だが今は違う、私には力がある、万民が私を支えている、私は万民で万民が私なのだ」
満州国皇帝、愛新覚羅溥儀は天地に轟く咆哮を上げた。見よこの威厳と力に満ちた姿を、その姿まさに蒼き狼。
辺境の地より中華を征服した父祖たちに勝るとも一向に劣らない覇王の姿である。
彼の咆哮に応え未だ戦火燻る北京のあちこちで咆哮が上がる。
溥儀はその足に力を混め走り出した。彼の後ろに続くは地平線まで続く巨人の群れである。
「反徒ども僭称者ども思い知れ!中華の地は再び我らの物となる!家族の前にひれ伏せ!中華よ私は帰ってきた!」
再び天も割れんばかりの咆哮を上げるラストエンペラー。今、レコンキスタが始まる。
陛下、色々溜まってたんだろうなぁ。




