第十五話 食(しょく)
百隻を優に超える大艦隊と500万を超える大軍団、これを止めることはできるだろうか?
それが軍であれ国であれ地球上に止められる存在はいない・・今までは。
日本本土上陸作戦ダウンフォール、その第一段階オリンピックは拍子抜けするほど簡単に成功した。
上陸に先立ち行われた徹底した攻撃は地上に生きる全ての生命を殺しつくしたかのように思えるほど壮絶なものであった。
九州地方にある全ての都市や村は破壊され、小倉や佐世保には量産が叶った原子爆弾が投下された。
日本軍が立てこもるであろう山間部には焼夷弾の雨が降り、化学兵器すら使用された。
この様な攻撃を前に生き残ることは出来るのであろうかと思える程の地獄の有様が展開された。
一部軍人の間にはこの民間人のあからさまな殺戮に眉をひそめる向きもあったが、硫黄島そして沖縄上陸での日本軍の猛烈な抵抗を考え、自国兵士の生存率を上げるためと自分を納得させた。
なにしろ我々連合国が差し出した手を日本帝国は拒み続けているのだ、眼前で繰り広げられる光景は彼らの自業自得と言えるのではないかと。
この攻撃を前に日本軍は沈黙を守っている、警戒していた特攻攻撃は一切なく、太平洋上において被害を続出させていた、正体不明の部隊による攻撃もなかったのである。
九州に上陸した連合国軍が見たものは無人の廃墟が連なる光景であった、抵抗する軍隊はおろか人っ子一人いないのである。
破壊を免れた人家は長い間人が住んでいた様子がなく、隠蔽された工場には作りかけの兵器がほったらかしにされ、軍事施設には大量の武器弾薬が遺棄されていた。
ある日突然人が消えてしまった、そうとしか思えない光景である。
首を傾げるほかない連合国軍人たちであったが、一度動き出した戦争機械を止めることはできない。
九州南部の制圧が完了したと同時に本州攻略作戦コロネットの発動に向け九州に3000機の航空機を含む70万の大戦力と物資の集積が開始された。
九州の攻略が早期に終結した結果、コロネット作戦は前倒しされることとなる。
1946年2月1日遂に本州攻略作戦は発動された。
オリンピック作戦に続き大規模な化学戦が展開される、東京都市部にはホスゲンとマスタードガスを含むガス兵器が投下され、東北地方には兵力移動を阻害するべく数千トンの炭そ菌爆弾が投下された。
上陸に先立ち厚木に核兵器が投下され、九州と同じく、いや更に激しい爆撃と砲撃の嵐が関東を襲う。
上陸するは第1軍241326人、徹底機械化された大軍団である。配備された戦車には最新鋭のM26パーシングが含まれている。
空には空母より発艦したF8Fベアキャットや、実戦投入の叶ったP-80シューティングスター、イギリス空軍のグロスター ミーティア等のジェット戦闘機すら乱舞している。
もはや大日本帝国の運命は風前の灯としか言いようのない状態である。日本民族はこの絶対的な暴力の前に滅亡の下り坂を転げ落ちていく。
「だからこれは夢だ、そうに違いない、夢じゃなきゃおかしいだろ」
限界を訴える全身を無視しながら必死に走る欧州帰りの猛者、ヘンリー中尉は震える声を漏らした。
我が軍は一路東京を目指し進撃した、目的はエンペラーの居城そこに星条旗を打ち立てることだった。
九州と同じく途上に抵抗は全くなかった。東京に侵入する際懸念されていた江戸川と荒川の渡河も難なく成功させあれだけ心配していた市街戦は一回も発生しなかった。
エンペラーの居城に突入し、星条旗を打ち立てる栄誉に預かった我が中隊は勇躍突入を開始し、そこにあいつが現れた。
身の丈3mはある素っ裸の巨人、あいつは突入した我々を見ると厭味ったらしいクイーンズイングリッシュで話しかけてきた。
「ようこそアメリカの諸君、朕が日本国天皇博仁だ諸君の活躍真に見事、日本国の指導者として諸君を迎える事喜ばしく思う。君たちの様な若者がファミリーに加わってくれるのを、帝国を代表して歓迎しよう」
ここにきて初めて会う人間、エンペラーを名乗る巨人がそう言うと世界が変わった。足元の床や壁が姿を変え見るも悍ましい何かになっていく、壁が脈打ち床は生き物のようにうねる、中隊員が恐怖の余り発砲した銃弾を平然と受けながら奴は続けた。
「ふむ、この様な場で何と言ったら良いか適当な言葉が見つからないのだが、そうだな諸君らにかける言葉は I'll enjoy having this が適当に思う」
訳の分からない言葉が奴の口から出たとたん中隊は攻撃を受けた、床から天井から壁から化け物としか言いようのない物たちが飛び出してきて襲ってきたのだ。
無我夢中で銃を撃ちまくり後は分からない、気付いた時には一人になっていた。
辺りでは銃声と砲撃音そして悲鳴が木霊していた、ともかくも味方に合流すべく私は走り出した。
外は地獄に変わっていた。今までの廃墟は姿を消し、そこかしこに天を衝く巨大な触手、蠢く肉塊が辺りを覆い、突如空いた穴が不運な者を飲み込んでいく。
「ああっ夢だ絶対にこれは悪夢だ」
ひっくり返されたM26の影にへたり込むと中尉は再び嗚咽を漏らした。
ここは胃袋だ、あいつらの胃袋なんだ、あいつらは待ってたんだ料理が用意されるのを、そしてディナーは俺たちだ。俺たちはあいつらの鼻先に御馳走を用意しちまった。だが易々と食われてたまるものか。
そう思い直し、襲い掛かる恐怖に身を押しつぶされそうになりながらも彼は立ち上がり走り出した。
不幸なことだが彼は頭上にせまる影に気付くことはなかった。
歴戦の猛者ヘンリー中尉の戦争はここで終わった。アメリカ人としての生も同じく終わったのである。
アメリカ合衆国の軍人であった彼に送る言葉があるとすれば一つであろう。
ハッピーバースデー新しい家族の誕生だよ。




