第十二話 クソゲーだよこれ
1945年8月15日 米国首脳部は手詰まりに陥っていた、主要都市は焼き払った、機雷封鎖により物流は壊滅させた、原爆を二発も投下した、しかし、日本は降伏する素振りすら見せない。
そもそも、連絡すらつかない、中立国やソ連の日本大使館は本国に連絡が付けられない為、交渉の役には立たない。
現在、大日本帝国は江戸時代に戻ったかのような鎖国状態だ。
仕方がないから、空からのビラ撒きで降伏を促してはいるが梨の礫。
では、中国、ソ連と陸続きの満州ならどうかと言っても、これまた同じような有様、陸上からの偵察は誰一人もどらず、低高度での偵察機は軒並み撃墜。
如何したものかと頭を捻っていると、遺棄された日本軍の兵器を巡って国民党軍と共産党が争いあう始末。
中華の地は再び国共内戦の機運が高まり始めている。
ソ連はソ連で、ルーズベルト大統領との秘密協定である、対日宣戦布告を守る気はさらさら無いようだ。
国境に兵力を増強しつつはあるが、そのスピードは緩やかになってきた。
どうやら中国共産党を通して日本軍の不可思議な行動を掴んでいたらしい。
彼らとしては火中の栗をまずアメリカに拾わせてからゆっくり日本帝国の遺産を横取りするつもりなのだろう。
原爆投下より再三にわたる米国の対日参戦の要求をのらりくらりしながら言を左右にしている。
こうなって来るとあのプランがアメリカ首脳陣の頭に上がって来る ダウンフォール作戦 である。
「「やりたくない」」
それが米国陸海官首脳部の本音である。
本作戦に上陸要員だけで150万、支援要員も含めれば500万という途方もない人員が必要となる、本土に侵攻する以上日本軍も死に物狂いで抵抗するであろう、損害は下手をすれば十万を超えるかもしれない。
だが日本が一向に降伏する素振りを見せないのならば、作戦は決行される。
第一段階作戦オリンピックの決行は1945年11月となった。
そうとなればできうる限り物資を集積し、併せて日本軍の継戦能力を削る必要がある。
B29による残った都市への戦略爆撃、空母機動部隊での流通網への空襲、戦艦での艦砲射撃が行われる。
9月に入り、この様な部隊に今まであり得なかった損害が出始めた。
B29での低空爆撃が正体不明の敵機に襲われ大損害を被ったのを始まりに、太平洋上での艦船の行方不明事件が続発し始めた。それはあれだけ米海軍を苦しめた特攻機による攻撃がピタリと止んだのと符合した。
1945年 9月16日 23時50分 グアム島沖300キロ
夜の闇の中を一匹の鳥が飛んでいる、いや違う鳥にしては大きすぎる、その翼には被膜があり、四つの手足があるのが見える。
蝙蝠だろうか蝙蝠だとすれば四本の手があることになる、それにその顔は余りに人に似ている。
異形の蝙蝠、大日本帝国海軍航空隊芙蓉部隊所属 藤井健三中尉は一寸先も見えない闇の中を、鼻歌交じりに愛機に代わる翼で飛んでいた。
風をその身に受けながら大空を羽ばたく何と気持ちの良いことか、しかもこの体は夜に中を昼の如く見通せる。
眼下を見ればボーグ級空母を伴った輸送船団が見える。丁度いい獲物だ。
そう思うと、彼は声なき声で大きく鳴き獲物へ向け一直線に降下していった。
その声に答え闇の中から数十もの影が彼に続いていく。
「「さあ、家族を迎え入れよう」」




