最終話「太陽と月のメロディー」
これまでのお話の誤字は修正させていただきました。。
ご報告ありがとうございました。
色々まだまだ至らないところはありますが、頑張っていきます!
誰かを傷つけることになっても
誰かに迷惑を掛けることになっても
それでも
与えられた希望を胸に
歩み続けること
それは・・・
それは繋がりあう心を信じることで
不安と焦燥を乗り越えることで
それは、とても恐ろしいことで
それでも私は、それと向き合う覚悟を決めた
その先に、誰にも見えない、私だけの光があることを信じて
最終話「太陽と月のメロディー」
どれくらいの時間気絶していたのか、私にはわからなかったが、意識を取り戻した。
さっきよりも意識がはっきりしている、生まれ変わったような心地だった。
「真美、ごめん、私はもう行かなきゃね。大切なこと、たくさん教えてくれてありがとう。
私、頑張ってみる、だから見守っていてね。真美はずっと私の一番の友達だから」
長い間、悩んできたけど、やっと心の整理がついた。
必要なのは勇気だった。自分から踏み出す勇気。
自分に限界を決めた時点で、全部決まってしまう、”できること””できないこと”、でもこれからは自分で決める、そして証明する。
今もこうして自分で踏み出せる足があるから、踏み出す勇気をくれた真美のためにも、私は一人でも、真美の手助けがありながらもあの海まで行けたんだから、それを私は信じる。
私は決意を固め、真美の手を放して、もう一度布団を中に優しく戻すと、そのまま振り返ることなく静まり返った霊安室を出た。
*
(奈美さんに会いに行こう)
霊安室を出た私は思った。
おそらくこのカードキーは奈美さんのものだろう、ちゃんと返しに行かなければ。それに伝えなければならないことがある。
ここまでどうやってやってきたのか、まるで道順は分からなかったが、悩んでいる暇があったら足を動かせの精神で歩を進めていると、悩んでいた割に簡単に元の知っている場所に出ることができた。
私はナースステーションにいるはずの奈美さんの元へ向かう。
しかし、残念ながらたどり着いたとしても奈美さんが見えるわけではないのでキョロキョロしていた。
「郁恵ちゃん、こっちよ」
声がした方に向かって進む、ありがたいことに奈美さんは起きていて、こんな時間まで深夜勤務として働いていたようだ。
「目が覚めたのね、よかったわ」
奈美さんの前までやって来た、優しい声に安心した。
「でも、時間が分からなくて、今何時ですか?」
「0時を過ぎたところね、今は夜勤の人しかいないわ」
「もうそんな時間・・・、あの・・・、私の携帯は? 部屋を探してもなくって」
とりあえず携帯がないと何もできない私は確認することにした。
「私が預かってるわ。目を覚めたら渡そうと思ってたの、貴重品ですからね」
「よかった・・・」
携帯が無事であることを聞いて私は安堵した。私は奈美さんが保管してくれていた携帯を受け取った。
「それで、これを返そうと思って。部屋に置いてありました、奈美さんのかと思って」
私はカードキーを奈美さんに見せた。
「そう、見つけてくれたのね、わざわざ持ってきてくれてありがとう。
・・・、それで、ちゃんとお別れはできた?」
奈美さんはすべてを見透かしたように小声で言った。奈美さんでもこんな怖いことを言うのか、そんなことを思いつつ、この人に隠し事は出来ない、そう直感で思った。
「はい・・・、おかげさまで」
私の表情だけで全部わかってしまったのかなと、そんな事まで思いながら、私はそう言うのが精一杯だった。
「そう、役に立ったようでよかったわ、このことは絶対内緒よ」
「それは、分かってます」
「うんうん、よろしい。でも、そうね、やっぱりあなた達は繋がっていたのね」
私と真美の事を言っているんだろう。たとえ離れていても、どこかで引き寄せあう関係、特別な何かがあるとしか考えられない奇跡が私と真美の間にはあった。その繋がりのようなものを真美さんも感じ取っているんだろう。
でも、意識がはっきりした今、無意識に盲目になっていたことに私は気づいてしまっていた。
「奈美さん、目が覚めたらお腹が空いてしまって」
私は他に色々と言いたいことがあったはずなのに、考えるより先に本能的に口から言葉が出てしまっていた。
「わかったわ、目が覚めたら食べてもらおうと思って用意していたものがあるから、温めて部屋まで持っていくわ。先に部屋で待っていてくれる?」
「はい、分かりました、夜遅くすいません・・・」
「いいのよ、無事でいてくれたら」
私は奈美さんの言葉を聞いて、ありがたく思いながら大人しく部屋に戻った。
奈美さんは一体今日何時間働いてるんだ・・・、考えるべきではない事だと思いつつも、さすがに心配になった。
*
部屋に戻り、ようやく落ち着いてきたところで奈美さんが食事を載せたトレイを持ってやってきた。
料理からは湯気が出ているのか、温かい蒸気と、美味しそうな匂いが漂ってきた。
昼間から何も食べていなかったためか、より一層空腹を感じた。
「さぁ、温かいうちに食べて。お腹空いていたでしょう」
「はい」
奈美さんの優しさが心に沁みた、本当に心配してくれて、無事でよかったと思ってくれているんだ。
私は用意してくれた料理を口に含んだ。
「あつつっ、ふぅ・・・、美味しいです」
少し熱かったけど、なんとか胃の中に流し込んだ。
空腹にはよく効く玉子がゆだった。
「ちょっと熱かったかしら」
「ビックリしました・・・、焦って食べるものじゃないですね」
そう言った私を見かねてか、奈美さんが息で少し冷まして口までスプーンを持ってきてくれた。
「どう、これなら食べれるでしょう?」
「なんだか恥ずかしいですね、自分で食べれるのに」
「今日だけよ、郁恵ちゃんには元気になってもらわないといけないから」
気恥ずかしかったが、奈美さんの気持ちは嬉しかった。
ずっと心配で見守ってくれていたんだろう、それだけで胸がいっぱいになった。
食事を摂ると体中から満たされた心地になった、不安や苦しみが少し柔らいだ気がした。
「奈美さんは、悲しいですか?」
静かな夜、私は布団に包まりながらも、奈美さんがいなくなる前に聞いた。
私からは奈美さんは落ち着いていて、こういうことに慣れているように見えた。
「真美ちゃんのこと?」
「はい」
「当り前じゃない、患者さんが元気でいてくれるのが、私たちの一番の願いなんだから、本当に残念でならないわ」
そういう言葉を言える奈美さんは健全だなと思った。
私はそこまで強くない、そこまで感情をすぐに整理できない・・・、ずっとどこかに傷跡を残して、忘れないよう留めておかなければならない、そんな気持ちがずっと心の中を蔓延っている。
だって真美は真美で、世界に一人しかいなくて、私の大切な友達だから。
だから私はこんなにも苦しい気持ちを大切にとっておきたいと思っている。
「いいのよ、悲しいときは、それをそのまま受け止めてあげても。だって悲しいと感じる心を失くしてしまったら、それは人としてあまりに寂しいことだわ。
だから今は、我慢しなくていいのよ」
「でも、奈美さんは我慢しているんでしょう?
それは間違いではないの? 簡単に受け止められる、受け入れられる奈美さんのような人が立派な人ではないの?」
私にはよくわからなかった、大人というものが。
「慣れてしまうのも、鈍感になっていくのも、必ずしもいいことではないわ。
でも、悲しいことがあっても、自分を見失わないことは大切なことだと思うわ」
「やっぱり奈美さんは強いです」
なかなか私にはそんな言葉は出てこないだろうなと思った。
奈美さんは私のことをそっと抱き寄せた。悲しみを共有するもの同士、ただ今はこうしていたかった。
「本当は今でも信じられないんです。私がひとりで海岸まで行ったこと。それ以外には考えられない、そう頭では理解していても。
真美が勇気づけてくれて、隣にいてくれて、だからあそこまでたどり着けたんだって、そう信じているんです」
自分でも不可思議なことを言っている、それはもう今更否定できない。
でも、私にはそういう風にしか考えられなかった。
「それならそれでいいんじゃない、わざわざ否定しなくたって」
「えっ? でもこんな非現実的な事、ありえないって思うでしょう?」
電話でも真美と一緒に海まで行ったことは否定されたのだ、奈美さんの言葉は矛盾しているように感じた。
「郁恵ちゃんの中には真美ちゃんがいる、それでいいんじゃないかしら」
「私の中に真美が?」
「そういう風に考えれば、一人で行ったと思ってもいいし、真美と二人だったと思ってもいい、そういう風に考えられないかしら?」
そんなオカルトな・・・、と思ったが、腑に落ちるところはあった。
「確かに、私の力だけで海に行けたんじゃない、そう考えれば、納得できるのかもしれません・・・」
私の中で真美は生き続けている、真美の死を正確に実感できない原因がそこにあるのなら、私はこの現実を乗り越えられるのかもしれない。
たとえば物語の完結は喪失そのものだ。節目として確定する現在、可能性だけで描かれることのない未来、その後の未来は誰にも分からない。想像の中に沈んでいく現実感はいつも、空想を愛するものを孤独にする。
私はそう、完結することにより、終焉を迎えることによって、一人一人、時間という概念の中で、忘却していく可能性を含んだ記憶達の事に、哀しみを抱かずにはいられないのだ。
時間とは残酷だ、気づけば忘れている、気づけばいないことに慣れていく。そうじゃないと、そんなの耐えられるはずないよと思っていても、自然と時の歯車が回ってしまう中で、耐えられる自分に気付いている。
喪失とは、その一瞬で終わることなく、耐えることのできてしまう自分という愚かさと共に、時間の輪廻の中で、私の脳内をのたうち回っていくのだ。
「砂絵のこと、真美から聞きました」
本当はそれを伝えるのに躊躇いはあった。
でも、私の覚悟を、想いをちゃんと知ってほしくて、伝えてしまいたかったから、話すことにした。
「恨んでいるかしら、本当の事を伝えなかったこと」
「いいえ、あの時の私には過ぎた願いだと自覚しています」
そう答えながらも、私はこれからのことを考えていて、私には、もう進むべき未来が思い浮かんでいた。
「奈美さん、一つお願いがあるんです」
「うん、遠慮しないで言ってみて」
「真美は、私に勇気をくれました。自分の足で外の世界へと歩みだす勇気を。
だから、私、父に手紙を出そうかと思います。
なかなか役に立てないだろうけど、一緒に暮らせるように、その気持ちを伝えようと思うんです」
私は今まで温めて来た自分の決意を述べた。
ここに至るまでに多くの時間を要してしまったけど、でも、今からでも遅くないだろうと思う。
「郁恵ちゃんがそれを望むのなら、私は協力するわ」
「ありがとうございます、奈美さん」
初めて自分の意思を持って気持ちが言えた気がした。
こんな気持ちになったのは初めてだ、自分から歩みだそうとしているだなんて。
自分でも信じられないくらいにドキドキとワクワクが一緒になって、私の中を包んでいる。
父は受け入れてくれるだろうか、今更一緒にだなんて。
でも、自分から伝えなければいけないのは本当だろう、そうでないと私の意思にはならない、私から変われば、父も私の気持ちを汲み取ってくれるかもしれない。私はそう願った。この気持ちが届くように。真美の手助けが無駄にならない様に。
*
後日、私は奈美さんから真美の録音データが私の携帯に残っていたことを教えてくれた。
でも、せっかく教えてもらったけど、私にはもうそれは必要なかった。
私は真美からもう十分すぎるくらいもらっているし、もう、”全部内容まで知っている気がしたから”
その”録音データがあったから”、私はあの海岸までたどり着けた、そんな気がしたから。だから、それを確かめるような野暮なことはしないことにした。
*
それから一年、私は父と一緒に暮らしている。
一緒に暮らす家族は父だけではない、父が心配して飼ってくれた盲導犬も一緒だ。
私は盲導犬にフェロッソと名付けた。
私にとってフェロッソは肉体を持って私を助けてくれる二匹のぬいぐるみの分身そのものだ。私はあの二匹のぬいぐるみの代わりに、フェロッソを大切にすることにした。だからフェロッソは二匹のぬいぐるみの名前を合わせたような名前で呼んでいる。
大切な家族として、私を支える存在として、光の見えない私に明かりを灯してくれる、かけがえのないものとして。
難しいことは今だってたくさんある、でも、それはきっと誰だって同じなのだと思う、だから私は、私に出来ることをして生きていこうと思う。それはたぶん難しいことや辛いことばかりじゃない。
楽しいことも、嬉しいことも、笑っていられることも、これからたくさんあると思う。だから・・・、もう、大丈夫・・・。
「真美のおかげで、自信をもって歩いていけるよ、きっとどこまでも」
私には分からないけど、今日も明日も、明後日も、きっとこの空はその広いキャンパスに綺麗な色を地上にいる者たちに向けて描いていることだろう。
私の散歩道は、いつだって親切な人ばかりで、気づけば私の事も覚えられていて、知りたいことは聞けばすぐに教えてくれる。うちのフェロッソのことも可愛がってくれる。
私は思う、こんな親切で理解のある人たちが、この世界にもっと広がっていけばいいのにと。そうすれば、私のような人も、一人でも多く羽を広げて、世界を羽ばたいていけるのに。
そんなことを願いながら、今日も私は飽きないくらい充実した毎日を過ごしています。
ここまでが最終話になります。
でも物語はここで終わりではありません。
郁恵から父への手紙をこの後のお話で用意させていただきました!
覚悟が出来た方はどうぞお進みください!