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サンドアートナイトメア  作者: shiori
4/8

第四話「美しきこの世界」

毎日のように不安はやってくる


 それは私の心を脅かして 歩もうとする足を震わせる


 いつも、何度、何度でもそれはやってくる


 今日も、明日も、明後日も、変わることのできない自分


 それらと向き合うこと


 立ち向かうこと


 どれだけ寂しくても


 どんなに怖くても


 この耳を澄まして


 確かな声を勇気に変えて


 その願いを口にしたら



 そこからすべては始まる



第四話「美しきこの世界」


 バスから降りると夏特有の熱風が身体を包んだ。日差しも強くひどく蒸し暑い。


「暑いわね・・・」


 セミ達の合唱が耳に残響する中、真美はたまらず呟いた。


「そうだね・・・」


 強い日差しがアスファルトまで焦がすような、あまりの暑苦しさに急に疲労感を感じて、ちょっと嫌な気持ちになった。


「ここからは歩いていくのよ」


「うん」


 全く知らない、見果てぬ大地、私は真美の肘を掴んでゆっくりと歩みだした。


 虫の音を聞きながら、人気のない道のりを歩いていく。


 点字タイルもなく、ど田舎と言うにはふさわしいくらい、人通りもなければ車も通らない、虫の音だけが響く道を、歩いていく。それはまるでこの世界に私と真美二人だけになってしまったような錯覚を覚えるほどだ。


「後悔してる?」


「えっ?」


 突然の真美の問いに私は空返事をした。海を目の前にして私には真美が何を言おうとしているのか分からなかった。


「だって、この先の事なんてわからないじゃない」


「でも、もう海はもうすぐだよ」


 真美の言葉に私は返事をした。何も自分は間違っていない、そう思いたかった。


「まぁ、いいや。お医者さん達に怒られることになっても恨まないでよね」


「恨まないよ、だって今更だし・・・、それに、真美も一緒に謝ってくれるんでしょ? なら平気だよ」


「そう言われれてみればそうね、ここまで来て、愚問だったわね」



 真美が本当に何を言いたかったのか、分からなかったが、何か話していないと落ち着かない様な、そんな緊張感はあった。


 真美に導かれるまま歩を進めると、波の音がした。一緒に潮の香りもする、風も吹いていて、すぐそばに海があることは間違いない。


「真美、着いたのね」


「ええ、そうね」


 そばに海がある、私は高ぶった気持ちを抑えられなくなった。


「行こう! 真美!」


 私は新鮮な海風で元気を取り戻した。

 はやる気持ちを抑えられず、手を放して、波の音がする方へ駆け寄っていく。


 本当に、これまで遠い存在であった海がそばにあることに私は信じられない気持ちだった。

 海風が吹き、真夏の蒸し暑さなんて忘れて、ただ砂浜に向かって自然と足が動いていく。


「もう、気をつけなさいよ」


 真美の声を少し遠くに感じながら、最後の階段を白杖を上手に使いながら、焦る気持ちを抑えつつ、一段一段降りて行った。そして、ブーツが砂に着地する感覚を身体いっぱいに感じながら、本当に砂浜までやってきたのだと実感した。


白いワンピース姿で風に揺られながら、おそらく黄色い砂浜を歩く。白杖もブーツも一歩進むごとに砂に埋まって、足を取れそうになるのを懸命に耐えながら、一歩一歩進んでいくのは不思議な感覚だった。


 こんなことは初めての体験なのに、ここが海という生き物が誕生した場所であるからか、どこか懐かしい気がした。


 波の音も、砂浜の深さも、潮の香りも、どれも本物で、想像することしか出来なかったことすべてに、本当の答えを毎秒毎に身体を通じて教えてくれる。


 こんな時が来ることを、今まで望みながらも叶えらずにいた。


 私は心の底から真美に感謝した、こんな機会を与えてくれた真美に。



「真美、ありがとう、今、とっても幸せ」



 私はそこにきっと真美がいるはずだと思いながら、真美の方を振り返って、風で揺れるワンピースを抑えながら、出来る限りのいっぱいの気持ちを込めて、今出来る最大の笑顔で真美に今の気持ちを伝えた。


 海が近いだけあって、風も涼しく心地よくて、不安や嫌な気持ちも全部忘れさせてくれそうなくらいだった。


「郁恵、さっきの質問に答えるわ」


 突然の事で驚いたが、そう告げた真美は優しい口調で続きを話し始めた。


 私は何の話かさっぱり分からなかったが、”こんな時に”する真美の話しを聞き逃さない様に、波の音に負けない様に耳を澄ました。


「私があなたを連れだした理由、それはね、砂絵に描かれていたものがとても美しくて、心惹かれてしまったからよ。あの絵には、海の見える砂浜だけじゃなくて、郁恵自身の姿が描かれていたのよ」


「本当に・・・? そうだとして、どうして・・・、どうして教えてくれなかったの?」



 それは至極まっとうな問いだった。真美の言ったことが本当の事だとすれば、どうして真美も奈美さんも教えてくれなかったのだろう。


 なぜ、あの時、あんな言葉を私にかけたのだろう。


「それはね、たぶん叶えられないと思ったからよ。


 あの砂絵に描かれていたのは一つの願いだった、きっと叶えられない願いだと思ったから、佐々倉さんは伝えなかったんだと思う、あなたを傷つけないために、出来もしない希望を与えないために。


 確かに自分の弱さを痛感することは辛いことだから、だから、あの場は同じように私も振舞ったの。本当の事には触れないようにね。


 でもね、私は見たいと思った。たとえ叶えるのが困難な事であったとしても、私はあの絵に惹かれてしまったから。


 私は現実の光景として、あの絵の本当の美しさをこの目で見たかった。砂絵に映し出されたものの本当の美しさを。だからこんな無茶をしてあなたを連れだしたりしたの」



 真美の話したことは全部想像を遥かに超えたことだった。



「私が、あの絵に・・・、そんなこと全然気づかなかった、考えもしなかった。それで目の見えない私をここまで連れて・・・、。


 でも、騙されていたって思わないよ、そんなことより、今ここにいられることが幸せだから。真美、叶えてくれてありがとう、私、一生忘れずに覚えてるよ」



 私は今の素直な気持ちを真美に告げた。


 本当のことがどうであるかなんて、今は気にするほどの事でもないと思った。


 涼しい風を浴びていると、この旅が間違いではないと思えた。


「そう、ならよかった。だって夢は叶えられなきゃ意味ないじゃない」


 そう言った真美は満足げで、晴れやかな心地に思えた。これが真美の本心なのだろう。


 か細い身体でも、目が見えなくても、それでも、私は、今ここにいる。それが今のすべてに思えた。


 ほかの人にとっては些細な事であっても、私にとっては大きな夢だった。


 それを叶えてくれた真美は、本当に大切な友達だって信じられた。


 私たちは冷たい海の水に触ったり、貝に触ったり、砂遊びをしたりして、一通り遊び疲れてから、塀に並んで座って、海のある方に視線を向けて、涼しい風を浴びながら一休みしていた。


「郁恵は、もし目が見えるようになったら、何がしたい?」


「そうね、桟橋の端っこに座って、アイスクリームを食べながら、太陽の光と海の潮風をいっぱいに浴びながら、海鳥を眺めるの、そんな景色をずっと時を忘れて眺めていたいかな」


「まるでひなたぼっこね」


「そうかも」


 今はなんでも話していたかった。今、この時をずっと記憶に留めておきたいから。


「でも、こんなところじゃ、すぐアイスは溶けちゃうわよ」


「そうだね、クーラーボックス入れて持ってこなくちゃ」


「それはそれは、重労働ね。でも考えてみれば海水浴場なら簡単に買えるっけ」


「こういう人気のないところでのんびりするのがいいのよ。海水浴場で騒いでる人がたくさんいたら落ち着いていられないじゃない」


「それもそうね」


 私は話しも終えて、一休み出来たので、もう一度砂浜に裸足のまま飛び込んだ。


「また、来れたらいいな、ここにいると心地よくて、こんな私でも大丈夫なんじゃないかって思えてくる。 ねぇ、真美もそう思うでしょ?」


 そう、言葉を紡いだ瞬間、嫌な違和感を覚えた。


 耳を澄ましても波の音が聞こえるだけで、真美から返事はない。


 私は急に怖くなって、その場に立ち尽くしてしまう。


 胸がキュっと締め付けられるようだ。



「真美、どこにいるの?」



 私は声に出して問いかける、しかしどれだけ待てど返事はない。


 ふいに真美の気配が消えてしまった。何が一体起こったのか、さっぱりわからない。私が砂浜に降りた短い間にいったいどこに・・・、時間が過ぎる毎に私の中で不安が広がっていく。


 ずっとそこにいたはずなのに、さっきまで話をしていたのに・・・、私のことを見守ってくれていたはずなのに。それなのに、どこにも真美がいない。気配すら感じられない。


 足がガクガク震えて、不安が広がっていく。


 信じられない気持ちでいっぱいだった。


 どうして・・・、《《真美がどこかに消えてしまった》》、《《私の事をここに置いて》》。



 人気のない砂浜に一人きり、今の私にはどうすることも出来なかった。



 私はあまりの事態に途切れそうな意識をなんとか持ちこたえて、砂浜を上がって、もうどうしようもないと覚悟を決めて、真美からの言いつけ通りケータイを取り出して病院に電話を掛けた。


 ワイヤレスイヤホンを通じて聞こえる電子音、まるで自分が迷子になってしまったようだった。


 自覚はある、一人では他にどうすることも出来ないのが自分なんだ、真美がいなくなった途端不安で仕方ない、こんなに何もできない自分を自覚させられて、こんなことになってどうしようもないほどに自分を嫌悪したくなった。


「真美・・・、一体どうしちゃったのよ・・・っ」


 プッシュ音が鳴り続け、待っている時間がたまらなく苦しかった。


 そして、ほどなくして相手が出た。私は素直に現状を告げた。電話相手は奈美さんに代わってくれた。私は奈美さんにも同じように現状を告げた。奈美さんは私の事をとても心配している様子だった。本当にバカなことをした、奈美さんはそう思っているだろう、取り返しのつかないことをしたと。


 私は後悔はしていないけれど、でも心配をかけるようなことをしてしまった。私は素直に奈美さんに謝った。

 しかし、事情は伝えたつもりだったが、そこで電話は終わらなかった。


「もう、謝らなくていいわ、郁恵ちゃんが無事なら大丈夫だから」



 ”何が大丈夫なのか”、そう私は言い返したくなったがグッと堪えた。



「それで、”誰が”そこまで連れだしてくれたの?」


「だから真美だって、そうさっき言ったよ」


「本当に、真美が?」


「うん」


 どこか話がすれ違っている、奈美さんは何度も繰り返し確認してくるので、何がそんな気にするところがあるのだと思った。


「だから、一緒に真美がどこにいったのか、探してほしいの」


 私は大事なことなのでもう一度言った。私を迎えに来るだけではこっちは困るのだ、真美のことも探してもらわないと。


「郁恵ちゃんのことはすぐ迎えに行くから安心して、でもね、郁恵ちゃん、驚かないで聞いてほしいの」


 そう言って、言いづらそうにしながらも一呼吸を置いて今一度、奈美さんは口を開いた。


「真美ちゃんはそこにいないの、だって・・・、真美ちゃんは、《《さっき亡くなったのよ》》、だから・・・、そこにいるわけがないのよっ!」


 一体、何をこの人は言っているのか・・・、真美が亡くなった? さっきまでここにいたのに? 何を言っているのかさっぱり分からない。


「・・・さっきまで手術をしていて、それでも力が及ばなくて、それで、もう息をしていないの。だから、真美はもう生きていないし、ずっと手術をしていたから、あなたと病院を出たはずはないのよ」


 奈美さんの冗談とは思ない真剣かつ悲痛な声、私はショックのあまり呆然としたままケータイを地面に落とした。奈美さんの声が波の音にかき消されていく。


 そして私は次の瞬間、糸が切れたように身体から力が抜け、その場に倒れて、意識を失った。


急展開を迎える第四話でしたがいかがだったでしょうか?


出来るだけリアルさにこだわりつつも、フィクションとしてしっかりと仕掛けを用意したい。

この物語を書くにあたって色々と思考を巡らせながら書いていきました。


主人公の視点で描かれる旅路、そこから彼女自身の心境を感じ取っていただければいいなぁと思います。


それでは次回へ続きます!!

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