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そして邂逅







「あのっ、俺!責任取らせてください!!」


真っ青な顔が真剣な表情で真っ直ぐこちらに向かって言い放った。

一昔前のどこぞのトレンディドラマか。















危ない!と呼び掛けられても人は簡単には反応できないらしい。例えば誰かが交通事故に遭いそうな場面に遭遇したときは、走れ!と叫んだ方が咄嗟に体が動くものなのだと何かで読んだことがある。

そんなわけで、特別な反射神経が備わった訳でもないどちらかと言うと鈍い部類の体は当然避けられる筈もなくスタンドライトに押し倒されて、床に叩きつけられて砕けた硝子やプラスチックの破片が襲いかかった。

騒然となった周りは阿鼻叫喚の様相を呈し、その中から奏太が駆け寄ってくるのを目の端に捉えた。


「風歌!おい風歌無事か!?」


「うん、たぶん…?」


スタンドライトを退けてくれる誰かの横で、しゃがみこんだ奏太が手を掴んで起こしてくれた。何とか受け身をとっていたのか頭は打っていないから問題はないだろう。自分の身体からパラパラと光るものが落ちていく。容赦なく浴びせられたそれにあちこち傷が出来てしまっているのか顔や首元がヒリヒリ痛むけれど、長袖を着ているお陰で被害の範囲は広くなさそうだ。


「多分じゃねぇよ!ただでさえ平凡な顔に傷作りやがってこの馬鹿」


オイこら。どさくさ紛れに聞き捨てならないことを宣いながら、スタッフさん達に断って奏太に引っ張って連れていかれた先は控え室のようだ。

髪に引っ掛かっていた欠片が背中に入り込んでしまったのかチクチクするため、男性陣は一時立ち入り禁止となり奏太も含め追い出され、女性のスタッフさんが丁寧に取り除いてくれることになった。

切りにいくタイミングを逃して中途半端に伸びていた髪はサイドで一つに結んでいたのであまり中までは入り込まず表面で留まっていてくれたのは不幸中の幸いだ。

顔の傷も少し血が滲んでいるようだけれど深くはないと思う。


「すみません、お手数おかけします…」


「とんでもない、むしろ本当に申し訳ありません…!」


頭の硝子を一通り取り終えて、今度は上に着ていたものをすべて脱いで上半身は下着のみになる。ブランケットを貸していただいたので前はそれで隠しながら、今日の場に合わせて選んだ綺麗めのカットソーを裏返すと細かな欠片が照明を反射して光って見えた。


「背中も引っ掻き傷ができちゃってますね…」


消毒しますね、と綿球とピンセット、更に消毒液がポーチから取り出され、常備してあるものなのかと感心した。万が一に備えてなのだろうけれどスタッフさんは大変だ。


「頬も傷になってしまっているので、一度メイクを落とさせて頂いてもいいでしょうか?」


別の女性に斜め前から声を掛けられて、顔を上げるとその手には恐らくクレンジングとおぼしきものが。


「分かりました。洗面台をお借りできますか?」


「ああいえ、こちらでさせていただきますので座っていらして下さい」


「えっ、いえ自分で…」


背中は自分では見えないのでお願いしているけれど、顔ならどうとでもなる。けれどまだ処置中なので立つこともできず、どうするかと逡巡する間もなく、目の前に綺麗に整えられたお顔が迫ってきた。スタッフさんさえ美しい現場とは、奏太のやつ羨ましい。


「失礼しますね、化粧水とか成分的に合わないものはありませんか?」


「えっと………ありません。すみません、お願いします」


「あとでメイクも直させていただきますのでご安心下さい。このところ男性だけの現場ばっかりだったので女性のメイクに飢えてたんですよ~、任せて下さいね!」


これはもう、諦めた方がよさそうだ。

一応それなりにお化粧はしてきたつもりだけれど、普段そんなに気合いをいれて顔を作ることがないので、プロのメイクさんには物足りなく思われていたのだろうか。

もはや楽しげにコットンを用意しているのを見ると抵抗するだけ無駄に思える。

ファンデーションやアイシャドウなどが手際よく拭われていく間に背中で滲みる痛みがなくなった。薬塗りますね、との後ろからの声に少し身を強ばらせる。直接指で撫でられる感覚がくすぐったい。

前から後ろから、他人にお世話されているのが非常に居たたまれない。


「背中終わりました…その、着ていらした服なんですけど、引っ掛けて少し破けちゃってるみたいで…Tシャツで申し訳ないのですがご用意させていただきましたので、こちらでもよろしいでしょうか?」


差し出されたのは、今日キャスト陣が着ていた番組のタイトルロゴが胸元に入ったTシャツ。これはファンの皆様からしたらめちゃくちゃ欲しいものなのでは?こう言うのって色違いは販売されたりするけれど、キャストと同じ色は非売品が多い印象なのだけれど。むしろ私が申し訳ない、と思いながらもそれを受けとる。


「あ、着替える前に保湿だけさせてください。暖房で乾燥しちゃう」


処置のため、必然的に薄着になってしまう私のために少し強められた空調のお陰で、確かにこの部屋の湿度は低そうだ。

そんなやり取りを交わしている最中、にわかに扉の向こうが騒がしくなった。振り向きそうになった顔は前を向いたまま固定され、いい香りのするクリームが塗り込まれていく。よし終わり、と満足そうに小瓶の蓋を閉めたその時。慌ただしいノックに答える暇もなくバタンッと勢いよく後方のドアが開かれた。


「すみません失礼…っしました本当に!!」


背を向けていたので何が起こったのか分からなかったけれど、男性の声だったと思われる。焦ったような音と共に間髪入れずにもう一度壊れんばかりにバンッと響いた。えっと?

振り返ると、誰かが入ってきた訳でもなく入り口は変わらずに閉ざされていた。消毒をしてくれていたお姉さんが頭を抱えている。


「…うちの馬鹿が本当に申し訳ありません…!」

























そこから20分。

簡単でいいので!と主張してみたものの、心底楽しそうに整えられた顔面と髪型の完成に、鏡を見ながら呆けていた。プロってすごい。見慣れた十人並みの顔が別人とまではいかないものの可愛い部類に見える。髪も同じように左側で纏めて貰っただけなのに自分でしたのとでは雲泥の差だった。もう一度言う、プロってすごい。

落ち着いたところで、さっきのスタッフさん(高野さんと言うらしい)が戻ってきた。


「失礼します、メンバーを連れてきたのですが入れても大丈夫でしょうか?」


扉の隙間から伺われて、どうぞと頷く。

数秒後、奏太を含むキャスト4人と男性のスタッフさんがあとに続いた。「失礼します」と言いながら先導してきた見覚えのあるその人は確か奏太のマネージャーの森口さんだ。そのうちの1人、新堂さんが異様なほどに項垂れている。


「お疲れ様です」


立ち上がり向き合うや否や、新堂さんががばりと腰を折った。


「本当にすみませんでした!俺その、覗くつもりじゃなくて!いやでも俺全然見てません!チラッと見えたくらいで全然ホントに!」


「えっ?えっと…」


要するにさっきの闖入者はやはり新堂さんだったのだろうか。覗くなんて、そんなこと思っていないけれど。

なるほど高野さんは新堂さんのマネージャーさんなのか。うちの馬鹿がすみません、あとで死ぬほど謝らせますので…!ちょっと叱ってきますね。とにっこり言い残して去っていったので、詳細は知らないままだったのだ。メイクをしてくれていた飯塚さんもちょうど見ていなかったらしく、声を聞く限り多分新堂さん?と2人で話していたのだけれど。

ともあれ、初対面の方に頭を下げさせているこの状況。助けを求めて奏太に視線を送ると、うんうん頷くだけの反応が返ってきた。いや、わからん。


「えと、新堂さん…?顔を上げてください。故意じゃないことくらい分かってますし、気にしてませんから」


見られたといっても所詮背中だ。下は穿いたままだったし、下着も水着みたいなものだと思えば差し支えない。善良な男性側からしてみればオオゴトかも知れないけれど、恥ずかしさはあれども当事者は意外とあっけらかんとしたものだ。

おずおずと合わせてくれたその目は酷く情けな…もとい気に病んだものだった。確か二つほど年上だったと記憶しているけれど。





どうやらあの事故はドミノ倒しの要領だったらしい。

荷物を持っていたスタッフさんの一人が、足元が見えず何かに躓き新堂さんにぶつかった。新堂さんはその弾みで床に敷いてある配線カバーの段差を踏み込みきれずよろけてスタンドライトの支柱に肩から激突。背が高くどちらかと言うとしっかりとした体格の新堂さんの体重を支えるのは細い三脚には荷が重く、重力に従い倒れたその先にタイミングの悪いことに私が入ってきてしまった…と。

奏太が駆け寄ったことで最終地点にいた相手が誰なのかはすぐに気付いた。引っ張られていく際に頬に赤い筋が流れたのが見えて慌てて追いかけたものの男性陣はすぐに締め出されることになる。

一方で奏太たちにもすることがあった。別室で少し明日のレッスンの打ち合わせをしなければならなかったらしい。

本来なら私も参加するはずが、とりあえず治療の間に最低限だけでもと言うことになったのだけれど、人に怪我をさせたと言う事実に新堂さんは気が気じゃなかった。

翌日の集合時間と譜面のパート割りと今後のレッスンの予定表と。粗方の説明を聞き終えると同時に踵を返して控え室に走った結果が……あれだ。


「女性の顔に傷を負わせるわ着替えを覗くわで…もう……」


高野さんにも滔々と叱られて、落ち込むなと言う方が無理があったかもしれない。


「あの、本当にお気にならさないでくださいね?特に大した問題は──…」

「あのっ、俺!責任取らせてください!!」


こちらの声を聞いているのかいないのか、柔らかそうな黒い猫っ毛が揺れる。

真っ青な顔が真剣な表情で真っ直ぐこちらに向かって言い放った。



「──え、いえ、結構です」


反射で答えてしまった。













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