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告白







何か伝えたいのに色々な想いが溢れまわって声にならない。けれどこの必死な瞳に応えたい。どうしよう。言葉にならなくてもいい、何か。


「──っ…」


「………盛り上がってるとこ腰を折って本当にすみませんけどちょっといいっすか?」


音になる前にそれを掻き消したのは、最早ジトっとした視線を寄越す双子の片割れだった。


「ここ、俺ん家なんで。これ以上は自分の家でお願いします。風歌なんか2軒隣だろ」


アノニムについての証明は終わったでしょ。おもむろに立ち上がり床に転がっている私の鞄を押し付けられた。

突然現実に戻されて頭が追い付かないうちに「はい立って、ほら匠馬さんも」と腕を持ち上げられそのままグイグイと背中を押される。


「じゃ、あとはごゆっくり」


気付けば2人して玄関の外に締め出されていた。我に返って互いに顔を見合わせると、一気に羞恥心が襲ってくる。

弟の目の前で告白されて妙な雰囲気作っちゃってるとか、そりゃ奏太も居たたまれないよね!


「あ…えっと……」


「…えぇ、と……」


新堂さんも赤い顔を手のひらで覆い隠して。マンションの廊下で真冬の風に晒されて私にもいいクールダウンとなっていた。


「と、とりあえず…よければうちにどうぞ……」


すぐそこに見える自分の部屋を差して、気まずさから逃げるように扉の前に向かう。鞄から鍵を探して解錠し中をチラッと覗く。大丈夫、見られて困るものは散らかしていないはずだ。

ざっと確認してから新堂さんを振り返ると、まださっきと同じ場所で同じポーズで固まっていた。


「新堂さん、あの…」


「……あー…すみません、お邪魔します」



何事かを呟いていたけれど、夜の風音に消えて私には知る由もなかった。
















新堂さんが玄関をくぐったのを確認してから施錠して、先導して敷居を跨ぎ、さっきと同じ間取りを進む。

リビングと玄関を仕切る扉を開けた途端に、後ろから息を飲む音が聞こえた。


「ここって…奏太の部屋と間取りは一緒なんですよね…?」


「え?はい」


「そっちの部屋って、何が…」


目線の先には向かって左手にあるもう一つのドア。誰が来ても絶対に開けてはならないそれ。唯一その中に入ったことのあるのは奏太くらいだ。


「あー…アノニムの曲を作ってる部屋です。ピアノとか楽譜とかパソコンとかで溢れてます」


「えっそれはめちゃくちゃ見たい…ってそうじゃなくて!や、やっぱり俺帰ります!」


新堂さんにはもうバレてしまっているのでまあいいやと話したものの、散らかりまくっているのでさすがに見せられない。

それはさておき、まだここに来て数分と経っていないにも関わらず新堂さんはくるりと踵を返した。唐突なそれに驚いて咄嗟に手を伸ばし、トレンチコートの裾を掴む。


「待…っ、な、何か駄目でしたか?すみませんあの…」


「前にも言いましたけどこんな風に簡単に男を部屋に入れたら駄目ですよ!しかもこんな…目につくところにベッドが置いてあるような…」


わりと広めのLDKと、本来なら寝室に使われるのだろう四畳半の一部屋。その一室を作曲用に潰してしまった為、私の日常生活のほとんどはリビングに集中している。当然、そこに入らなかったベッドは部屋のすみに鎮座している訳で。

ちなみに奏太の部屋ではちゃんと寝室を寝室として利用されている。


「ただでさえ自分のことを好きだって言ってるヤツですよ?自分の部屋(テリトリー)よりはまだ我慢できるかと思ったし何もする気はなかったけど男だったらこんなの嫌でも意識しますよ!お願いだからもっと警戒してください!話ならどこか、個室の居酒屋とか…」


「好きな人なら問題ないですよね!」


今にも出ていきそうな彼の言葉を叫ぶように遮った。

言いたいことは理解できたがそれで納得するわけにはいかない。勿論一足飛びに進む覚悟はあるはずがないので何事かが起こるのも困るけれど。


「あ、いや違…っわないですけどこんな衝動的に言うつもりは……というか一応あの日は奏太の家に行くつもりで自分の部屋に招くなんてさすがにするつもりはなかったですが…」


ピタリと抵抗が静まったかわりに、彷徨わせた視線の先で拳がぎゅっと結ばれたのが見えた。


「……ご自身の部屋でそういう煽る発言をするのも問題だと思います…」


「え?」


「いえ…」


とりあえず出ていかれる心配はもうないだろうか?

握ったままだったコートから手を離すと、どれだけ必死だったのか皺になってしまっている。すみませんあとでクリーニングに出させてください。



何はともあれ、奏太の部屋であれだけ真剣に伝えてくれたのだから、私も誤魔化さずに届けたい。新堂さんには申し訳ないけれど身に馴染んだ空間の方がまだ冷静でいられる気がしたのだ。


「私は…以前付き合っていた人に、他の女性に対して責任と取らなきゃならなくなったと振られたことがあります」


何から切り出せばいいのか。

言いたいことを逆算していけばいくほど苦い思い出に突き当たってしまう。


「けれど結局その人とも上手く行かず、好転することなく今に至っていると聞きました。だから『責任』なんて所詮負う側の罪悪感の産物で感情の風化と共になくなるものなのだと思っていたので、新堂さんの言うそれも精々レッスンが終わるまでの関係だと考えて最初は受け入れました」


流されてしまえば、どうせ期間限定の惰性の関係で後腐れなく終えられると。


「同時に、好きだと言ってくれた人さえ簡単に離れていくのだから、なら恋愛沙汰なんて二度と関わらないのが一番だと本気で思っていました。だから万が一にも何か発展するなんて夢にも思わなかったんです。私の恋愛経験なんてその人以外にないのに、今思えば短絡的ですけど」


そう思っていた筈なのに。

正面に対峙する彼は口を挟むことはなく真剣な表情を浮かべている。


「それなのに新堂さんは結構グイグイくるし、でも優しくて紳士的で思わせ振りで。これは恋愛ごっこであって、新堂さんは私のことが好きな訳じゃない。ただ義務として接してしているんだって…途中から必死に言い聞かせてました」


思い返せば、この人が私に不誠実な行動なんてしたことはないのに。呪文のように言い聞かせては消化不良を起こして心に凝っていく。言い聞かせている時点でもう手遅れだと理解していながら。


「新堂さんが『責任』を後悔しているなら私が終わらせないといけない。それがこんなにも痛くて、これ以上誤魔化しきれなくて…新堂さんのせいですよ?」


眉を下げた笑顔のまま目の前の彼を見据える。手が、声が、身体が震える。

もう一度を踏み出すのは勇気がいる。けれどもう認めざるを得ない。私は。


「──好きです。叶うなら、なんの瑕疵もないちゃんとした対等な恋人として新堂さんを好きでいたいです」


緊張で固まってしまった握りしめた指に触れた温度。

いつかのようにグッと引かれたそれに委ねてしまえば、あの日一瞬だけ感じた温もりが今度は全身を包んだ。背に回された腕が強い。


「ありがとうございます…俺も好きです。如月さんは俺の彼女なんだってやっと胸を張って言える…」


左耳に響く声もまた少し震えていた。ゆっくりと広い背中に手のひらを添える。

湯船のようにじんわりと互いの体温がほどけて……小さくくしゃみが漏れた。


「あ……そう言えばずっと立ちっぱなしでしたね」


部屋に入ってきた時のそのまま、暖房すら付いていない室内の空気は当然冷たい。リビングの入り口で抱き合っている現状に、ハッと我に返ってしまった。

招いておきながらまだ腰を落ち着けることさえしていないなんて。


「あの…今更ですがよければ中で座りませんか」


一気に顔に熱が上がり、目の前の胸を緩やかに押し戻す。


「……めちゃくちゃ魅力的ではありますが、だからこそ5ヶ月分のお預けに我慢が効きそうにないので今日のところは帰ります」


その意味を数秒逡巡して見上げると額に唇が落ちてきた。するりと離れた腕が持ち上がり頬を撫でる。


「先生と生徒でもなくなったことですし、次からは遠慮せず伝えていきますから、そのつもりで」


今までにない意地の悪い微笑みを、はくはくと茹でダコになって見つめるしかできない。


「また連絡します。寒いし風邪引かないで下さいね」


それじゃあ、と玄関を抜けていった後ろ姿を見送り、無意識に詰めていたらしい息を吐き出してその場にしゃがみこんだ。

今までだって結構な攻撃力だったのに、それすら手加減されていたなんて今後の心臓への負担は計り知れないのでは。

戦々恐々とはするものの顔が緩むのを抑えられない。


フラフラとベッドに倒れたら鞄の中でスマホが短く震えた。


『今日はありがとうございました。近いうちにデートしましょう。

休みの予定を教えてください。』


早速の連絡にいそいそとスケジュール帳を開く。返事をする前に新しいメッセージが表示されて。


『今日が嬉しすぎて夢みたいでちゃんと形にも残しておきたい。


好きです。』



直球すぎるそれに思わず枕に顔を伏せてジタバタと身悶えた。

私も好きです、なんて恥ずかしくもバカップルのように返して。


ああ、今日はしばらく眠れそうにない。









やっと一段落!!

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