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狐  終

「涼真さん、話終わりましたので寝ますね。って先に寝ちゃってるじゃないですか… 全くもう。明日も聞かせてやりますからね!」

 狐坂はそう言うと眠りについた。俺はと言うと寝てなんかいなかった。眠れるわけがない。女の子が隣に寝ているからということもあるが、狐坂の昔話をちゃんと聞いたのが初めてで思わず耳を傾けていたのだ。とりあえず、真相は明日聞くことにしよう。そんなことを考えていると急に眠気が…、そして完全に眠りに落ちた。

 翌朝、俺は目覚まし時計よりも早く目が覚めた。何故なら、いい匂いが漂ってきたからだ。匂いの元を辿っていくと、そこには制服にエプロン姿の狐坂がキッチンに立っていた。どうやら朝食の準備をしてくれたようだ。味噌汁と目玉焼き、そしてウインナーを焼いたものと白米が机に並べられていた。なんか久々にちゃんとした朝ごはんを目の当たりにしている。

 起きてきた俺に気付いた狐坂はこちらに話しかけてきた。

「あっ、おはようございます。キッチン借りちゃいました。朝食を作ったのでよかったら食べてくださいね。

 それじゃ、鶴の恩返し的なことは終わりましたので、私は学校に向かいます」

 狐坂はそう言うと頭を下げ、俺の部屋から出ていった。

 俺は机の前に腰掛けると並べられていた朝食の中から味噌汁を手に取り口にした。

「お、美味いな」

 それから夢中になって朝食を食べた。こんなに美味しいご飯は久しぶりだ。気が付いたら朝食を食べ終えていた。満足感に包まれながら時計を見ると午前七時半を回ったところだった。時間にはまだ余裕があるが、俺は大学に向かう準備を始めた。

 十分ぐらいで準備を済ませた俺は意気揚々と玄関の扉を開け、心地よい朝日に包まれながら大学へと向かった。その日一日はとてもいい気分で過ごすことが出来た。

 大学からの帰り道、狐坂に何かお礼をしなきゃ、とぼんやり考えながら帰路についた。そしてアパートに到着し部屋の扉を開けるとカレーのいい匂いと、どこか聞き覚えのある声で「あっ、お帰りなさい」と声がした。俺は無意識のまま「ただいま」と返した。

 いや、ちょっと待て。誰かいる。どういうことだ。確かにいつも鍵は閉めない不用心なところはある。けど、それはいつも決まった時間にくる狐坂のためという理由が一割で残りの九割は「どうせ取られる物もねぇし、鍵かけるの面倒くせーや」という怠慢だ。しかし、狐坂の来る時間じゃないのに中に人がいるとなると話は違う。

 俺は慌てて靴を脱ぎ、台所を覗き込むと、そこには朝見た時と同様、狐坂の姿があった。

「お前、何してんの?」

 俺の緊張を返せ。と心の中で叫んだ。狐坂は、さも「ここにいて当たり前でしょ?」みたいな顔をしている。

「えっ、何をしているって、見れば分かるじゃないですか。晩ご飯の支度ですよ」

「そうじゃなくて、お前、朝「弦の恩返しは終わりました」って言ってたじゃねぇかよ」

 俺がそう言うと狐坂は舌をぺろっと出してはにかんだ。その顔に少し苛立ちを覚えた俺は狐坂の脳天にチョップを食らわせた。すると狐坂は涙目になりながら、今回俺の部屋にいた理由を話し始めた。

「痛いです! そんなに怒らないでください! これには理由があるんですよ!」

「どんな理由だ」

「実は、学校から帰ってきて自分の部屋に入ろうとしたんですが、昨日涼真さんが「黒光り丸って一匹いれば百匹はいるよな」って言うのを思い出してしまって…

 それで恐ろしくなった私は部屋から必要な荷物を急いでかき集めて、いつも私のために鍵を開けている涼真さんの部屋に避難してきたというわけです」

 狐坂がそう言ったので部屋を見渡すと、部屋の隅に旅行などで使うキャリーケースが置かれているのが見えた。

 一日一回の厄介ごとが常時部屋にいると思うと胃が痛くなってくる。俺は思わずため息をついた。

「どうしてため息をつくんですか! 普通なら嬉しいはずですけどね! こんなに可愛い女子高生が部屋にいるんですよ? 泣いて喜ぶべきです!」

「女子高生って、お前五百年生きているんだろ? それは、もはや人じゃない。それに大体、どうやって学校に通っているんだよ。お金とかもどうやって工面してんだ?」

「そ、それは、ど、どうにかして工面してますよ?」

 狐坂は目を泳がせて答えた。

「…どうして、目を泳がせるんだ。何か隠しているのか?」

「べ、別に隠しているとかそういうわけじゃなんですが…」

「じゃあ、教えてくれよ」

「だ、ダメです! と、とにかく今は言えません!

 ほ、ほら、丁度ご飯も出来たことですし、食べましょう!」

 狐坂にはぐらかされた俺はそれ以上詮索することなく狐坂が作ったカレーをいただくことにした。 

 一口、口に運ぶ。うん、とても美味しい。だが、これとそれとは話は別だ。

「狐坂。確かに料理は美味い。作ってくれてありがとう。だが、ここに居候するのは許さないぞ」

「ど、どうしてですかぁ。お願いしますぅ。ここに置いてくださいぃ」

 狐坂は眼に涙を溜め、必死に懇願した。けど、ダメなものはダメである。ここは俺の部屋だ。唯一心の休まる場所だ。一人暮らしで「あれしろ、これしろ」とか言ってくるうるさい親もいなければ、「お兄ちゃん、お腹空いたからプリン買ってきて、三分以内ね。出来なければぶっ殺す」とか言ってくる面倒臭い妹もいない。それだけでだいぶストレスフリーなのだ。

 自分の好きな時間に帰ってきて自分の好きな物だけ食べる。こんな幸せが他にあるだろうか? いや、ない!と言っても過言ではないぐらいだ。つまりこの部屋は自分の城なのだ。そんな城に堂々と居座ろうとしているこの女狐は言わば、一揆を起こし、城に攻めてきた農民だ。城主たるもの攻め入られたのならば対抗せねばならぬ。

 けど、本気で泣き出した狐坂を見ていると、なんだか可哀想に見えてきた。

「お、おい、泣くなよ。俺が悪かったよ。しばらくここに居ていいから」

 俺がそう言うと狐坂は泣き止み、満面の笑みを見せた。

「本当ですか!? それじゃあ、お言葉に甘えますねっ!」

本当に俺のお言葉に甘えた狐坂が自分の部屋に戻ったのは、それから一ヵ月後であった。

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