狐 其の三
俺の部屋に着くと、同時に狐坂は「お風呂借りてもいいですか?」と尋ねてきた。
お前が先に入るのかよと思ったが、口には出さなかった。しかし、態度に出ていたらしい。
「あっ、涼真さんから入ります?」
「いや、狐坂から入っていいよ。
俺は腹が減ったから飯から食う」
「私もお腹空きました! 因みに今日の晩御飯は何ですか?」
狐坂にそう尋ねられた俺は戸棚の方へ行き、カップ麺を二つ取り出した。右手にはきつねそば。左手にはたぬきうどん。それを狐坂に提示した。
「カップ麺ですか…
もしかして、毎日カップ麺とかじゃないですよね?
ちゃんと、栄養のあるもの食べてますか?」
「お前は俺の母ちゃんか。
それで、狐坂はどっちにするんだ?」
そう尋ねられた狐坂は迷うことなくきつねそばの方を指差した。
「共食いじゃねぇか…」
「本当に狐が入ってるわけじゃないので大丈夫です! ただ油揚げが入ってるからそっちにしただけですよ。
それはそうとして、今からお風呂に入るので絶対に覗かないでくださいよ!」
「それは覗けという振りか?」
俺の言葉を聞いて狐坂は顔を真っ赤にしている。
「違います! もし覗いたら末代まで呪いますからね!」
何とも恐ろしいことだ。それは困るのでお風呂は覗かないという約束を狐坂と交わした。
狐坂がお風呂に入ったので俺は自分の晩飯の準備を始めた。準備と言ってもそんな大層な物ではないのだが。とにかくお湯が沸くまで暇を持て余した俺はテレビを眺めながら、取り留めのない考え事をしていた。
少しするとお湯が沸けたので火傷をしないようにカップ麺にお湯を注ぎ、指定された時間を待った。
丁度、食べ始めようとした頃、狐坂はお風呂から出てきた。もう少し長く入るのかと思ったが案外短めのお風呂だった。先程も述べたように家には脱衣所と呼べるものが無いのに等しい。いや、服を脱ぐ場所はあるのだが、そこを仕切るカーテンが存在しない。何故なら、一人暮らしだし、こんなところに女の子なんて来るわけないし、別にいいかなと思っていたからだ。
まぁ、つまり、今風呂場の方を向けば狐坂のあられもない姿を見ることが出来るという訳だ。そんなことを考えているとバチが当たったのか、手に持っていたカップ麺の容器を落としてしまった。中に入っていたスープが零れ、部屋着に落ちた。
「あつっ。
…最悪だ…」
「なに、粗相をしているんですか?」
「おい、そこは普通「大丈夫ですか? 怪我はないですか?」って聞くだ…っておい! お前なんて格好でうろついてんだ!」
俺は慌てて視線を逸らしたが、それでも俺の網膜にはっきりと焼き付いていたのは、下着姿でバスタオルを肩にかけた格好でこちらに近付いてきた狐坂の姿であった。
「なんていう格好って言われても、いつも通りですよ?
もしかして、涼真さん、私の下着姿見て興奮してます?」
「誰がするか。
なんと言うか目のやり場に困るから服を着てほしい」
「そう言われましても私にもルーティンというものがありますから。
人の生活の流れというものは、そう簡単に変えられませんよ」
「そんなアスリートみたいなことを言うな。
それにお前は人じゃなくて妖怪だろ」
「あー! いつもは信じないくせに都合のいい時だけ妖怪扱いしないでくださいよ!」
「あー、はいはい、悪かったよ。
それじゃ、風呂に入ってくるから自分でカップ麺作って食えよ」
俺はそう言って風呂の方へ向かった。