008 旅の途中
ディアスポラへの道は長い。
俺とセシリアは、砂漠に近い街でラクダを二頭買った。
これに荷物を積み、移動するのだ。
「カイル様、ラクダにもお乗りになれるのですね!」
「ああ。まさか、乗馬スキルの派生型で、乗ラクダスキルがあるとは……。お陰でラクダが自由自在に走るよ」
今回は砂漠を旅するということで、乗ラクダスキルの他に、サバイバルアプリ、方位磁針アプリ、水探索アプリなんかをダウンロードしている。
中でも変わり種は、寒い砂漠の夜のための、発熱アプリ。
こればかりは現実のスマホだと無理だよなあ。
熱でおかしくなっちゃうもの。
「だけど、お陰でかなりストレージが圧迫されてる。バッテリーも減ったみたいだ」
スマホの設定画面を見ながら、俺は唸った。
このスマホがどういう原理で動いているのかはさっぱり分からない。
バッテリーは通常の使用では減らない。
と言っても、通話機能が役立たずになったのだから、通常使用する機会が完全に無いんだ。
バッテリーが減るのは、アプリをダウンロードしたり、使用した時。
なんというか、バッテリー残量がアプリ発動のエネルギーになってる気がする。
「バッテリーとは、つまりスマホの魔力のようなものでしょうか」
「うん、その解釈で合っていると思う。一応、何も使わないでいると少しずつ回復しているんだ。
ストレージはなんとも仕様がないんだけど」
バッテリーとストレージを増やす必要があるな。
後々の事を考えると、メモリも増やしておいたほうがいいかもしれない。
そのためには、多分……。
ちらりとセシリアを見た。
「はい?」
首をかしげるセシリア。
スマホは、彼女と契約したことで性能が向上した。
つまり、また他の英雄姫と契約すれば、性能向上が見込めるということだ。
「セシリア。ディアスポラにいたという英雄姫の話を聞かせて欲しい」
「はい、喜んで」
俺はラクダに揺られながら、セシリアが語る英雄姫の伝説を聞くことにする。
その内容は、こう。
ディアスポラにいた英雄姫、その名をエノア。
自在に弓を扱う女性だったそうだ。
その腕前は百発百中。
どんなに激しく動く相手にも、どれだけ離れた的にも一発で当ててみせたそう。
そして、彼女の力とは魔弾。
矢に魔力を宿らせ、様々な効果を発揮するのだ。
「英雄姫、エノアっと」
俺はスマホに、その名を入力した。
すると、すぐに検索結果が出る。
「へえ……二百年前の人なのか」
「正確なところは分かりません。
ですが、カイル様のスマホがそう告げているなら確かでしょう。
二百年前と言うと、ちょうどディアスポラが建国された頃です」
「そうか。じゃあ、その頃に活躍したんだな。二百年前だと、とっくに死んでるよなあ……」
「はい。英雄姫は、一つの時代に一人しか生まれません。
だから、私は最後の英雄姫だと名乗ったのです。
それに……私の後に、英雄姫が生まれることはもう無いでしょう」
「えっ、どういう事?」
気になる話をされた。
説明がほしい。
セシリアは少し考えた後、
「ラクダの上でおいそれと出来る話ではありません。
オアシスでもあれば、そこで少し休みながらお伝え出来るのですが」
それほど重要な話ということだろうか?
とりあえず、オアシスを目指そう。
サバイバル、方位磁針、水探索アプリをフル稼働だ。
オアシスに名前がついてないと、地図アプリでは調べられない。
ここは地道に探すぞ。
俺達は、アプリが指し示す水の方向に向かってラクダを進ませた。
照りつける太陽は、砂に反射して猛烈な暑さで包み込んでくる。
少しでも直射日光を避けるため、俺とセシリアは、布で体を覆いながら旅をした。
さっきの、最後の英雄姫と言う話をしてから、セシリアが無口になってしまった。
何か考えてるみたいだ。
無言の旅というのは、どうも気まずいな。
何か話さなくては。
そう思っている内に、水探索アプリに大きな反応が出た。
「あっ」
突然、眼の前に植物が出現していた。
それも、見上げるような木だ。
そこから足元は緑色に変わっている。
耳を澄ませたら、水音がした。
「オアシスですね!」
セシリアの声がする。
彼女の声が聞けて、ホッとした。
すぐに、泉が見えてきた。
そこには、砂の中から現れた川が注ぎ込んでいる。
ラクダから降りて、俺は一息ついた。
「服の間に砂が入ってしまっていますね」
「うん。ざらざらして気持ち悪いな」
俺とセシリアは、砂だらけの顔を見合わせて笑った。
「せっかくだから、水浴びをしませんか? ファルート王国では、水で体を拭いただけだったでしょう」
「ああ、いいな、それ」
俺は一も二もなく同意した。
この世界、水が結構貴重みたいだ。
ファルート王国では、桶にいっぱいの水をもらえただけだ。
それでも、王族が日常的に使う、一日分の水なのだそうだ。
だから、目の前に広がるオアシスの泉はとても魅力的だ。
「それじゃあ、私、お先に失礼しますね!」
セシリアはそう告げると、俺の目の前で観る間に服を脱いでいった。
「お、おい!? あの? 俺がいるんですけど!!」
「大丈夫ですよ。英雄姫は細かいことを気にしません!」
違う、そうじゃない。
気にするのは俺なの。
だけど、そんな心の声はセシリアに届かない。
彼女はあっという間に服を脱ぎ捨て、泉に身を浸した。
俺はもう、目を覆いながらその隙間から、真っ白な背中を見ている。
なんて無防備な……!
俺だって、男なんですよ……!
「うふふ……冷たい。気持ちいい……。カイル様も来られませんか!」
「うん、俺はラクダに水を飲ませてから行くよ……!」
ああ、くそ、俺のヘタレめ!
ここで喜んで彼女の後を追えたら、俺は現実世界でも恋人くらいいたんだけどな。
だが、そんな度胸が無いのが俺なので、はしゃぐセシリアを遠目に見つつ、ラクダの世話をするのだ。
あー……。
綺麗だな、セシリア。
ああして水で遊んでいるのを見ると、普通の女の子なのに。
でも、彼女は悪魔達と戦う宿命を負っているのだ。
人類の武器として、誰よりも厳しい戦場で戦わなくちゃいけない。
「セシリアだけじゃない。
これまで、この世界“ガーデン”は、英雄姫を戦わせる歴史をずっと歩んできたんだな。
ディアスポラの英雄姫、エノアだって……」
そうしなければ、悪魔と戦えなかったのかも知れない。
だけど、そんな世界はどこか間違っていると、俺は思うのだった。