007 英雄姫をプロデュース
さあ、セシリアをもっと親しめる存在だと知ってもらうためには……。
ドッペルゲンガーの存在が欠かせない。
あの変身する悪魔は、人間の中に溶け込み、しかも完璧に変身した対象を演じきってみせる。
この国の人々の反応を見る限り、ドッペルゲンガーが入り込んでいたことに、誰も気付いていなかったようだ。
だからこそ、これは効果がある。
「いたぞ、セシリア!」
スマホの鑑定アプリが、一人の男を映し出す。
彼のステータスが表示され、そこに『種族:悪魔 クラス:ドッペルゲンガー』の表示。
おっと、まずいぞ。
その男、近くで遊んでいる子供達がいる。
「あ、せしりあさまー」
手を振る、子供達の中の女の子。
「……!!」
だが、セシリアは走った。
ドッペルゲンガーが化けた男が、ギョッとする。
「せ、セシリア様、一体何を!」
「覚悟なさい、ドッペルゲンガー!!」
大きく槍を振り回す。
一瞬どよめく、周囲の人々。
だけど、近づかれた彼等は一斉に跪いた。
立っているのは男だけで……。
「そいつは立ってる!」
「!」
跪いた人々は、一斉に男を見た。
「し、しまっ……」
男の頭を、槍の柄が打ち据える。
その瞬間、男の全身が真っ黒な影に変わった。
『何故わかった!! そいつか! その男が、俺の変身を見抜いたのか! こうなれば……!』
頭を打ち砕かれたドッペルゲンガーだが、こいつは軟体の悪魔らしい。
腕をぐにゃりと伸ばして、手近にいた女の子を絡め取ろうとする。
「しまっ……」
「行け、セシリア!」
俺は彼女にスマホを向けた。
既に魔法はダウンロードしている。
「加速魔法!」
「────!!」
セシリアの動きが変わる。
今までの、二倍くらいの速度で槍を振り回す彼女は、一撃でドッペルゲンガーの触手を切断した。
『早っ……』
悪魔が反応するよりも早く、セシリアは女の子を抱き上げ、後退している。
「せしりあさま……?」
女の子はきょとんとして、自分を抱いた英雄姫を見つめた。
「無事で良かったです。本当に」
彼女の向かって、セシリアはにっこりと微笑んだ。
「……きれい……。せしりあさまのこと、じーっと見たことなかった」
『畜生がぁっ!! なんだ、なんなんだ今のは!?』
既に、俺はドッペルゲンガーに向かって駆け寄っている。
スマホの拡声器アプリを起動し、叫ぶ。
「みんな、逃げろ!! そいつは悪魔だぞ!!」
俺の一声で、跪いていた人々は一斉に我に返ったようだった。
尻餅をつき、後退り、少しでもドッペルゲンガーから離れようとする。
よし、これだけ町の人間と悪魔に距離があれば大丈夫だ。
次の瞬間には、スマホが剣に変わる。
『お前か! 何もかも、お前の仕業か!! お前は……お前は一体……!』
「勇者カイル。そう呼ばれてる……!」
俺は駆け抜けながら、ドッペルゲンガーを切り捨てた。
『あ、あああああーっ!! こんな、こんな奴がいるのでは、我らの計画が……監視の目が……!!』
悪魔は傷口から、闇色の血しぶきを散らしながら消滅する。
「はあ……。なんとかいけた」
俺はどうにかなった安堵で、ため息をつく。
その横で、セシリアが女の子を下ろしてあげるところだった。
「ありがとうございます、せしりあさま」
「どういたしまして。あなた達を守るのが、私の役目だもの」
慌てて駆け付けてきた、女の子の両親が、セシリアにペコペコする。
「本当にありがとうございます、セシリア様!」
「うちの子を守って下さるなんて、なんと恐れ多い……!」
「いいんです。私は、皆さんを守りたいのです。無事で良かったですね。怪我はない?」
セシリアが微笑みかけると、女の子は「うんっ!」と元気に頷いた。
これを見て、町の人達が「あれっ?」という顔になった。
そうだ。
俺に見せてるセシリアの顔が、本当の彼女だとしたら……。
それを見た町の人達が、彼女を普通の女の子でもあるのだと認識してくれるかも知れない。
そう思ったのだ。
「みんな、そんなに畏まらなくていいよ。
ほら、あの女の子みたいに、セシリアに向かって普通に話しかけて、笑ってくれればいいんだ」
「あ……貴方様は一体……」
「確か、勇者って……」
今度は俺に注目が移る。
「ああ。一応勇者って呼ばれてるけど……。
でもまあ、俺にもあんまりペコペコしないで。そういうの慣れて無くてさ」
ちょっと照れて俺が笑うと、周りの人達も穏やかな雰囲気になった。
そう、もうちょっと普通に受け入れてくれればいいのだ。
セシリアの周りにも、人が集まってくる。
きっとみんな、セシリアに近づきたかったのだろうし、話をしたかったのだ。
こうして、その日一日、セシリアは町の人達と話し、笑い、過ごした。
俺はその日、セシリアの分も町を走り回ってドッペルゲンガー狩りを必死にやった。
セシリアの笑顔のためだぞ。
めちゃくちゃきつかったが、やってやれない事は無かった……!!
お陰で、俺はすっかりファルート王国の人々に顔を覚えられることになった。
人に化けた悪魔を見破る、破邪顕正の瞳を持つ勇者カイルというわけだ。
翌日にはセシリアも合流し、町の人達とコミュニケーションを取りながら、ドッペルゲンガー狩りに勤しんだ。
三日目。
ここで、どうやら王国に入り込んだ悪魔は狩り尽くしたようだ。
ファルート王国に対して、出来る限りのことはやった。
そして……俺達はファルート王国から最大限の援助を受けつつ、旅立つことになった。
なんと、見送りは国王自ら王国の門まで出てきてくれていた。
「悪魔どもを平らげる事を祈っておりますぞ、英雄姫セシリア様!! 勇者カイル様!!」
「はい! 必ずや、人に勝利をもたらします! 人はようやく、勝つことが出来るのです!」
「おおおー!!」
セシリアの言葉に、盛り上がるファルート王国の人々。
ハートが熱い人達だよなあ。
俺も彼等に向けて手を振った。
「じゃあ、元気で、みんな!」
「ばんざい!」
「英雄姫ばんざい!」
「勇者カイルばんざい!」
「人に勝利を!!」
「長き戦いの終わりを!!」
人々の歓声が広がっていく。
それはあっという間に、ファルート王国を飲み込んでいった。
これだけたくさんの人達が、俺とセシリアに期待してくれているのだ。
やれるところまでやってみようじゃないか。
「セシリア、これからどこに行くんだ?」
「はい。ドッペルゲンガーは、黒貴族アスタロトの使いでした。
恐らく、アスタロトはカイル様とアスモデウスの戦いを見ていたのでしょう。
待ちに入っては危険です。ですから、こちらからアスタロトを攻めるのです!」
「よし、次の目標はアスタロトか。そいつのところに行くんだな?」
スマホに、アスタロトと入力する。
検索エンジンが地図アプリと連動し、アスタロトと縁のある土地を表示する。
「傭兵王国……ディアスポラ?」
「傭兵王国! なるほど……なるほどです!
そこは、かつて一人の英雄姫が、黒貴族アスタロトと戦った伝承が残っている国です!
確かに、あの国ならばアスタロトがいるかもしれません!」
俺達は歩き出した。
目指すのは南。
砂漠の中にある、傭兵達の国。