024 セシリア、大いに語る
鼻歌交じりに、エノアが道を行く。
ディアスポラは砂漠の王国だ。
高い城壁に囲まれた国の中にも、乾いた風が吹き込んでくる。
「英雄姫様!」
「セシリア様ー!」
「あちらの方がエノア様か!」
「ご復活なされたのだなあ」
「おうい、英雄姫様がた、こちらで一杯やっていかんかね!」
あちこちから声がかかる。
実にフレンドリーな国だ。
ファルート王国と比べると、国民皆兵の国なので、英雄姫がより身近なのかもしれない。
あそこよりも悪魔との最前線から遠いのに、皆兵というのもおかしな話だが。
「お言葉に甘えちゃおうかな」
エノアが嬉しそうに、声を掛けてくれた人達の方に歩いていく。
セシリアは俺の手を引く。
「行きましょう、カイル様。何かご馳走して下さるみたいです」
口には出さないが、親しく接されるのが嬉しいらしい。
セシリアの口の端が緩んでいる。
「そうだなあ。でも、お酒は控えめにね。俺の世界だと、まだ酒が飲めない年のはずだから」
「ええ!? カイル様、もう成人なさってますよね? それでお酒が飲めないなんて……」
“ガーデン”世界での成人は、俺の世界よりもちょっと早いようだ。
それに、清潔な水を手に入れるのが手間なので、大体弱度数のアルコールを水代わりに飲む。
この酒がまた、まずいのだ。
殺菌のために、薬草を使ってるかららしいけど、妙に薬臭い。
「ようこそ! 我らが救世主よ!」
俺達を迎えた町の人々は、わーっと盛り上がった。
「へえー!
二百年見ない間に、傭兵のノリも変わってるもんだねえ!
うちの頃はもっとかしこまっててねえ。まるで、うちを女神か何かみたいに扱ってたもんだ」
早速ジョッキを受け取りながら、昔語りするエノア。
「ふーん。じゃあ昔のディアスポラは、ファルート王国と変わらなかったんだな?」
俺が思ったことを口にしたら、それにはセシリアが答えた。
「普通、戦いを生業とする者は英雄姫を神と同じものとして崇めるものなんですよ。
だから、ファルート王国の反応は最前線の国としては当たり前なんです。
ですけど、ここはちょっと変わっているんですね」
「そう言う事」
「なんせ俺達、悪魔アスタロトに騙されてた間抜けだからなあ……」
町の人々がため息混じりに笑う。
そうか、その話も、すっかり伝わっているんだ。
「俺らは平和ボケしててな。
英雄姫の威光ってのも、他の国に比べるとちょいと薄くなってたかもしれない。
だが、それこそがアスタロトの狙いだったんだろうな」
「傭兵の国が、一度も悪魔と戦ったことが無いなんて、考えてみれば悪夢だぜ」
「だが! これから俺らは存分に、悪魔と戦えるってわけだ!
ディアスポラがこの二百年で磨いた技を、世界に見せつける時がやって来たぞ!」
うおーっとジョッキを掲げる、町の人々。
それは、年よりも、子供も、男も女も変わりはない。
この国は本当に、誰もが心の底から戦士なのだ。
なるほど、こんな国をやる気にさせたら、悪魔にとっては少々面倒なことになるだろう。
俺はちびり、とジョッキの中身を舐めながら思った。
うっ、やっぱり薬臭い。
城では、蒸留した水に果実とハチミツを入れたものが出たから、ああいうのがいいな。
だが、蒸留水は高いんだろう。
「カイル様。みんな、生き生きとしていますね。
昨夜の内に、国中にアスタロトが倒されたことが伝わったそうです。
そして、この国はアスタロトによっていいように操られていたことも」
セシリアは平気な顔をして、この薬臭い酒を飲んだ。
「今本当の意味で、傭兵王国ディアスポラは生まれたのだと思います」
「あ、そうか……!」
セシリアの言葉にハッとした。
牙があっても、ずっと振るう場を奪われ続けて来た人々が彼等なのだ。
それをようやく振るうことができる。
その感慨はどれだけのものだろうか。
「後ねえ、みんな。うちやセシリアちゃんを持ち上げるのはいい。
だって英雄姫だものね。ちょっとフランク過ぎるのも時代の流れだと思って許す。だけど、だーけーどー」
エノアがこっちにやって来て、俺の腕を掴んで引き起こした。
「さあさあ! ここにいる彼が誰だと思う? はい、そこのおじさん!」
エノアにいきなり指さされた、赤ら顔の傭兵。
びっくりして、それから俺をじーっと見る。
「ええと……えーと?」
「ばっかもーん!」
エノアが怒鳴った。
「そこに立ってなさい」
「へーい」
おじさんは苦笑しながら立つ。
周りの人々は、それを見て爆笑した。
「はい、じゃあそこの男の子!」
「はい!! この間、門でハマド王子様と魔術師のラムジ様に勝った人! 勇者カイル様だ!」
「正解! 偉い!」
エノアが盛り上げると、周囲が「おーっ」とどよめく。
そして、拍手が巻き起こった。
男の子は照れながら座る。
そうか、俺が入国の時にやったこと、それなりに伝わっているんだな。
「それだけではありません!! 注目!!」
突然、セシリアがすごい声を出した。
彼女、開門を叫ぶ時とか、とんでもない大声が出るんだったな。
いつもはおしとやかな口調だから忘れてしまう。
セシリアはジョッキの中身をぐいっと呷ってから、一同を見回した。
「この度のアスタロトに関すること、皆様は災難でした。
誰も気づかぬまま、二百年という時をかの黒貴族によって奪われてきたのは、確かに恥ずべき事でもあります。
ですが、誰があれほど狡猾な悪魔を見つけ、ましてや倒すことができましょうか!」
セシリア、目の周りが赤くなっている。
酔ったな……!
だけど、彼女の弁舌は、思いの外町の人達の気持ちを惹きつけたようだ。
「その通りだ!」
「まさか地下にアスタロトがいたなんてな……!」
「どうやって見つけたんだ?」
「それに黒貴族をぶっ倒しちまうなんて!」
うんうん、とセシリアが頷く。
そして、まだ立ったままの俺の手を握ると、自分の手と一緒に高く掲げた。
「このカイル様が、全てやってのけたのです!!
全ては黒貴族アスタロトの仕業であると看破し、人に化けた悪魔ドッペルゲンガーを見つけ出し、そしてアスタロトが地下の迷宮に潜んでいると見抜いたのです!」
どよめく町の人々。
どうやら、アスタロトが倒されたまでは知っていても、どういう経過があってそうなったのかまでは知らないようだった。
おや?
一人、セシリアの言葉の内容をメモしている男がいる。
背中に弦楽器を背負ってる。
もしかしてあれ、吟遊詩人ってやつじゃあ。
「カイル様はおっしゃいました。
アスタロトは、人の心を利用し、さらには英雄姫エノアの存在まで汚す邪悪な黒貴族であると。
許さぬと怒りを燃やされたカイル様は、私、セシリアだけを伴とし、難攻不落のアスタロトの迷宮へと挑みました!」
町の人々、手に汗を握ってセシリアの話を聞いている。
野次馬もどんどん増えてきた。
でも、セシリアの大きな声は、聴衆の隅々まで届いていることだろう。
「アスタロトの迷宮は悪辣でした。
先の見えぬ迷路、恐るべき怪物、そして突如襲い来る不可避の罠!
私一人であれば、あるいは命を落としていたかもしれません。
ですが、そこには勇者カイル様がおられたのです!」
おおお、とか、うおお、とか声が漏れ聞こえる。
セシリア、の弁舌にも熱が籠もってくる。
「カイル様は手にされた魔法の板、スマホにより、アスタロトの計略を次々に見抜きました。
秘密の通路を見つけ、怪物の正体を暴き、そして罠を乗り越える……!
とうとう私達は、黒貴族アスタロトの元へと辿り着いたのです!」
やった! とか、すごい、とか聞こえてくる。
これは、町の人々にとっては凄い娯楽だろうな。
セシリアの言うことに、一切の誇張は無いし、一つ一つの描写が記憶を呼び起こす。
だけど、照れくさいなあ。
「カイル様は、アスタロトに宣戦布告をし、戦いは始まりました。
苛烈を極める戦いです。アスタロトは強く、私は傷つき、倒れかけました。
ですがその時、カイル様は英雄姫エノアとの縁を手に入れたのです! カイル様が呼びかけます。
するとどうでしょう。遥か昔に命を落としたはずのエノアが応え、カイル様に力を貸すではありませんか!」
「うち、遥かってほど古い時代の人じゃないんだけど……」
すっかりセシリアに圧倒されているエノア。
俺の横に腰掛けて、お酒をちびちびやり始める。
「勇者と英雄姫が力を合わせ、魔弾を放ちます!!
それは狙い過たず、黒貴族アスタロトを射抜いたのです!
やりました!
勇者の……勇者カイル様の勝利です……!!
やった……!
かっこよかった……!!」
絞り出すようにセシリアは言った。
周囲が、うわーっと盛り上がる。
「やった! 勇者カイルがやった!」
「黒貴族アスタロトを倒した!」
「勇者カイルバンザイ!!」
「英雄姫バンザイ!!」
あちこちで、乾杯の音が響いた。
盛り上がり、歌い出す者もいる。
吟遊詩人は全てをメモし終え、そそくさとセシリアの元へとやって来た。
物語の細かいディテールについて聞いている。
これ、近い内に俺達の戦いが歌みたいになりそうだな。
「ねえカイルくん」
「なんだい?」
「セシリアちゃんには、あんまりお酒飲ませないようにしようね」
「同感だ」




