021 地下脱出
「行くよ! 秘技、スパイラルアロー!」
寝転がったエノアが、頭上に向かって矢を放つ。
理力の壁は一時的に解除されていて、支えられていた瓦礫は一斉に、俺達に向かって崩れ落ちてくるところだった。
そこに、猛烈な勢いで回転する矢が突き刺さる。
まるでドリルのように、矢は瓦礫を貫き掘り進む。
瓦礫と瓦礫がねじれ、組み合わさり、微妙な均衡を持って固定された。
「さらにスパイラルアロー!!」
エノアが放つもう一発。
瓦礫に空いた穴は、もっと奥まで進んでいった。
「こんな感じで、出口を作ってくから」
「弓矢凄いな……」
英雄姫エノアは、正に魔弾の射手だった。
弓兵というイメージを超越した、多種多様な弓の技を使う。
もう、ほとんど魔法だった。
そう言えば、セシリアの槍技も魔法みたいだよな。
振り返ったら、セシリアが膨れていた。
「槍だって凄いです」
「あ、うん。セシリアが凄いってことは、分かってる。よく分かってるよ」
「それならいいんです」
なんでむくれてるの……。
それを見て、エノアはくすくす笑っている。
「仲良しだねえ。あ、もうすぐ行けると思う。
アスタロトがいたら、こんなめちゃくちゃな脱出方法許してくれなかったと思うけどね。
カイルくんが倒してくれたから、好き勝手できるよ」
「くん付け……!」
セシリアがショックを受けているようだが、それは軽くスルーしてしまうエノア。
その後、数発のスパイラルアローが天井に向かって放たれていった。
やがて、人が一人通れるくらいの穴が完成する。
壁面には螺旋状に手がかり、足がかりが付いているので、頑張れば登れそうだ。
「それじゃあ、行こう! うちが先に行くね?」
エノアは軽くジャンプすると、穴に指を引っ掛け、ひょいっと小柄な体を潜り込ませた。
そのまま、すいすいと上っていく。
「カイル様、お先にどうぞ。後詰めは私が担当しますから」
「ああ、分かった。多分、もう敵は出てこないと思うけど」
「もしカイル様が落ちそうな時、下にいれば支えられるじゃないですか」
「なるほど……!」
心強い。
俺がこういう、ボルタリング紛いの経験が無いことをセシリアは察してくれたのだな。
さて、俺はエノアの真似をして、ジャンプで穴に取り付く。
なるほど、指先が引っかかる部分がたくさんある。
それに、人間一人の体重が掛かったくらいではびくともしないみたいだ。
「よっ、ほっ……!」
思った以上に体が動く。
体が軽い。
エノアを仲間にして、スマホの性能が上がっているからかも知れない。
それはそのまま、俺の身体能力の向上を意味する。
指を引っ掛け、つま先を引っ掛け、体を支えながらぐんぐんと上る。
こりゃあ楽しいぞ。
俺は夢中になって、穴の中を登って行った。
だが、えてして調子に乗ってる時こそ、落とし穴はあるものだ。
俺が足を引っ掛けた場所が、ちょっと脆くなっていたらしい。
足場が崩れ、俺はつるりと滑ってしまった。
「うわっ!?」
悪いことは重なるもので、指先も汗で滑り、俺は穴の中へと落ちてしまう。
やばいぞこれ!
そう思ったらだ。
「むんっ!!」
俺は気合の声と共に、がっしりと受け止められた。
セシリアだ。
「むふふ、やっぱり私が後で正解でしたね。カイル様が無事で良かった」
「あ、ああ。ありがとう、セシリア!」
「どういたしましてです。気をつけて登っていきましょう!
私、鎧を着ていますから、肩や胸を足場にして下さっていいんですよ?」
「いやあ、さすがに女の子を足蹴にするわけには……!」
セシリアの申し出はありがたいけれど、俺の中の男の子がそこまでしてもらってはいかんと囁くのだ。
ということで、そこから俺は、慎重に指先、つま先で出っ張りを探しながら上っていった。
速度はさっきの半分くらいになったけれど、お陰で失敗はない。
一時間ほど掛かって、俺とセシリアは迷宮の外へと到達したのだった。
迷宮の出口は、街のど真ん中だった。
這い出た後、肩で息をする俺。
「君、黒貴族をやっつけるほどの力があると思ったら、穴を這い上がるくらいで息が上がっちゃうの?
なんというかチグハグな感じだよねえ」
「何を言うのです! カイル様は凄いんです!」
セシリアが俺をフォローしてくれるが、とても抽象的でフォローになってない。
「や、凄いってのは分かるよ。
だけど、カイルくんの力って鍛錬の末に身につけた系のものじゃなくて、こう……神様から突然授かった系……みたいな?」
エノア、鋭い。
「まあまあ二人とも。ここはみんなに注目されてしまうし、お城に行こうじゃないか」
誤魔化すつもりは無いが、天下の往来でぐちゃぐちゃとする話じゃない。
俺達は出てきた穴を適当な樽や木材で塞ぎ、王城へと向かった。
「エノアの言葉は正しいよ。
っていうか、勇者はみんな君達英雄姫に召喚されるんだろ?
なら、最初から強かったりしないで、勇者になる過程で特別な力を授かったりしてるんじゃないのか?」
「うーん、どうだろ。あの娘は最初から強かったかなあ。
けど、カイルくんみたいにデタラメじゃなかった。
死んだ英雄姫を魂から復活させるなんて、大魔法でだってできないことだよ。
……もっとも、今はできるようになってるのかもだけど?」
エノアに話を振られて、セシリアが首を傾げた。
そうか、二人は二百年も違う時代の人間なのだ。
魔法の技術みたいなものが進歩していてもおかしくはないのだ。
だけど、セシリアはそうではないと口にする。
「今も、死者の復活はごく制限された状況でしかできないですね。しかも死んでから日数が経つと無理です」
「やっぱりそうかあ。ほら。おかしいってカイルくんの力は」
おかしいと言われてもな。
俺はスマホを取り出し、エノアに見せた。
「この“ブレイブグラム”っていうアプリで、エノアと契約したら、君が実体化したんだ。
多分、俺がフォローしてる限り、エノアは肉体を得たままだと思う。
セシリアも、これでフォローしたらアプリの効果を受けられるようになってるようだし」
「アプリ? ああ、カイルくんの世界の魔法のことね」
違うけど、こっちの世界でのアプリは正に魔法そのものだな。
「勇者が使う、独自の魔法の恩恵を受けられるのはいいねえ。
それに、カイルくんまだまだ色々できそうじゃない? ねえ、何ができるか教えて?」
エノアは俺にピッタリくっついてきて、上目遣いになる。
むむむ、スレンダーに見えて、柔らかい……。
「ごほん! おっほん!」
わざとらしく咳払いするセシリア。
だが、エノアは離れない。
「エノア。近いです。近い」
「わーっ、セシリアちゃん実力行使!?」
ついにエノアを羽交い締めにし、俺から引き剥がすセシリア。
「それに、エノアは知りたがりやさんですか?
カイル様のお力は、私達を救い、悪魔を倒すためのものです。
それだけ分かっていればいいではありませんか」
「いやいや、味方だからこそ、手の内を知っておかないとでしょ?
今後うちら、今までにない二人の英雄姫ってシチュエーションで戦うんだから、コンビネーションとか大事になるって」
エノアとセシリア、仲がいいのかそうじゃないのか。
多分、悪くはないのだろうな。
「それにセシリアちゃんだって、カイルくんのことよく知りたいでしょ?」
「っ!」
おいセシリア。
なんでハッとした顔してるの。
そして、ゆっくりと俺に向き直るセシリア。
「カイル様。エノアの言う通り、私達、もっとお互いのことをよく知るべきだと思うんです」
「あっ、セシリアが言いくるめられてしまった」
エノアはセシリアの後ろで、うひひ、と笑っている。
良いキャラクターだなあ、この英雄姫。
真っ直ぐで素直なセシリアに対して、機転が効いて搦め手も考えられるエノア。
バランスはいいのかも知れない。
そんな話をしている内に、俺達はディアスポラの王城に到着していた。
「やあ」
俺が手を振ると、門番は一瞬呆然とし、その後慌てて敬礼した。
「ゆっ、勇者カイル様、英雄姫セシリア様、ご帰還!!」
さて、王様とハマドに事の流れを話さないとな。




