001 チュートリアル!
暇つぶしに、無料のスマホゲームを遊んでいた俺、龍造寺海流。
若い高校生が、昼間から家にこもってゲームしてるわけだが、無料のゲームはそれだけ金が掛からないんだからありがたい。
新作ゲームをダウンロードし、開始ボーナスでもらえるポイントで無料ガチャを楽しんでいた。
そこに挟まれてくる、CM。
「おいおい、マジかよ。なんでCM流れてくるんだ」
俺はベッドに寝転がりながら毒づいた。
まあ、無料で遊ぶならCM見てね、ってことだろう。
CMは、新作RPGのものだった。
悪魔に支配されつつある、閉ざされた世界。
追い込まれた人類は滅亡寸前。
君が勇者となって世界を救おう!
「ふんふん。最近珍しいくらい、直球のRPGだよな。へえ、ガチャでヒロインが出るんだ?
英雄姫? ヒロイックプリンセスって読むのか。おお、好みのイラストレーター」
凝ったCM画面に、ちょっと見入ってしまう。
CMは30秒くらい続いて終わり、最後にアニメ調の女の子の顔が映し出された。
銀髪で金色の瞳をした、凛々しい女の子。
『これを聞いている誰か! 助けが必要なのです! どうかこの世界、“ガーデン”に救いを!!』
「フルボイスだ!」
それに彼女の声、俺が好きな声優の明日崎かなめじゃん。
なんだよ、俺を狙い撃ちしたようなゲームじゃないか。
ええと、基本無料だろ?
なら、遊んでみてもいいかな。
ゲーム名は、まんまヒロイックプリンセス、か。
よし、ショップでダウンロードっと。
すぐにダウンロードとインストールが終わり、遊べるようになった。
すると、起動画面でメーカーの名前が出るでもなく、いきなり真っ黒な画面になる。
「なんだ? 故障か?」
『あなたの名前を教えて下さい』
「えっ、音声入力なのかよ。それでプレイヤー名登録するのか。ええと、俺は海流。カイルだ」
自分の海流という名前は、気に入っている。
ちょっとゲームの主人公っぽくて、かっこいいからだ。
『カイル……。あなたはカイルと言うのですね。では、あなたの能力を教えて下さい』
「ええっ!? そういうのがあるのか。しかも聞いてくるってことは、自由に決められる? ちょっと待ってて」
斬新なゲームだ。
これ、気軽に始めるんじゃなく、あらかじめかっこいい設定を練ってから遊んだほうが良かったな。
「よし、じゃあ、魔法だ。俺は、スマホで魔法を使う」
最近見たアニメの主人公、その設定を流用させてもらう。
「それから、スマホでヒロインと仲良くなる……でどうだ?」
『スマホ……。それがあなたの能力なのですね。歓迎します、勇者カイルよ!
いざ、私達の世界、“ガーデン”へ!』
「おう、それじゃ、スタートっと!」
ようやく表示されたスタート画面を、俺はタッチした。
一瞬だけ現れる、『~~~ますか? YES/NO』の文字。
よく読みもしないで、YESをタッチ。
そして画面が移り変わる途中で、その文字を見返した。
『異世界に降り立ち、勇者として戦いますか?』
なんだそりゃ。
そう思った瞬間、俺の周囲がいきなり変化した。
見慣れた俺の部屋が、後ろに向かって加速して通り過ぎていく。
次にやって来たのは真っ白な空間。
俺は寝転んだ姿勢のまま、白い空間を通り過ぎる。
そして、次は真っ赤な世界だ。
いや、赤く染まっているんじゃない。
燃え上がる炎の中にあるんだ。
「えっ!? なんだ、これ一体なんなんだ!?」
気がつくと、周囲が暑い。
暑いなんてものじゃない。もはや熱い。
そして、寝転んでいたベッドは消え失せ、俺の体は硬い床の上にあった。
慌てて飛び起きる。
「召喚に……成功しました……! よくぞ、召喚に応じてくれました、勇者カイル……!」
聞き覚えのある声が、途切れながら耳に届いた。
そして、鉄のような臭い。
血の臭いだ。
振り返ったら、そこに膝をついた女の子がいた。
銀色の髪、銀と青の鎧、そして銀色の槍にもたれかかって、肩で息をしている。
彼女の膝の周りには、赤いものが広がっていた。
血だ……!
「お、おい! あんた、大丈夫か!?」
俺は思わず駆け寄っている。
「はい……。お優しいのですね、勇者カイルは……。ですけれど、私に構っている暇などありません……!
奴を……、黒貴族アスモデウスを止めなくては……!」
彼女の声は苦しそうだった。
怪我をして、今もそこから血が流れているのだ。
俺は状況を理解できない。
だけれど、一つだけ分かることがあった。
それは、この苦しそうな彼女の声が、声優の明日崎かなめそっくりだったこと。
そしてこの声は、俺のテンションを高くしてくれる。
「よく分からないけど、分かった。どうすればいいんだ?」
「カイル、あなたの能力を使って……。スマホを……げほっ」
彼女が血を吐いた。
やばい。
早く彼女を手当しないと。
だけど、俺にそんな暇なんて無かった。
『突然巨大な魔力が飛び込んできたかと思ったら……。小童、お前は何者だ?』
地の底から響いてくるような、恐ろしい声が聞こえてきた。
俺と銀髪の彼女の前に、大きな影が現れる。
それは、獅子の体の上に、周囲を燃やす炎のような赤い鎧を纏った上半身がくっついた男だ。
牛と羊を象った肩の鎧が、ギョロリと目玉を動かして俺を睨んだ。
「うおー」
現実感が無い。
これは、あれか。
VRというやつか。
馬鹿な。
俺はさっきまで、スマホでゲームをしていたんだぞ。
「おい、状況説明」
思わず呟いていた。
すると、スマホが答える。
『チュートリアルを開始します』
それは銀髪の彼女と同じ、明日崎かなめの声だった。