レイラの物語
「おめでとうございます。貴方は無事『反省』を終えこの『天国』に来ることが出来ました」
光が収束し目を開けるとそこは古い神殿のよう。古い神殿と言ってもただボロボロなだけでなく見渡す限りの花畑に囲まれた丘の上にある。空は雲一つない青空。そして目の前には白い衣服に身を纏い透き通るような広い肌をした美しい女性が立っていた。
彼女は人間ではない。レイラは彼女を一目見た瞬間理解する。何故なら彼女の背中には大きな白い羽が生えていたからだ。そしてそれを見たレイラは理解する。
「ここが、天国?」
小さな声ではあるがしっかりと彼女に聞こえる声でレイラは呟く。目の前の女性はその小さな顔を縦に振り答える。
「はい。と言ってもここは天国の入り口にすぎませんが。此処は此処に来た人達に簡単な選択をしてもらい、それから天国に行くかどうかを決めてもらう場所です」
「選択?」
目の前の女性は「ええ」と笑顔で肯定する。その穢れのない美しい笑顔はレイラでさえ見惚れてしまうほど美しいものだった。
「ここで選択してもらう事は一つ。『このまま暫く天国で過ごすか』「生まれ変わるか』という事です」
レイラは彼女の質問の意味を考える。といっても言っている事は単純明快だ。問題は何故その選択をするのか、それを選択した結果どう違うのか、という事だ。
「なるほど、レイラさんの疑問は分かりました。その質問に答えさせて頂きますね」
笑顔でそう言う彼女の言葉にレイラは驚き思う。「私は今考えを口に出したか?」と。だがその疑問でさえ彼女にはお見通しのようだ。
「ふふ。私はこう見えて女神なのですよ。この天国でも割と偉いんです!だから貴方が考えている事なんて全てお見通しですよ。だから通常此処に来る人を出迎えるのは部下の天使になるのですが、今回は特例で私が来たわけです!」
その豊満な胸を突き出し「えっへん」と言わんばかりに腰に手を当てしたり顔をしている女性はなんと女神様だそうだ。だがその様子は決して偉そうではなく、どちらかと言えば親しみやすい優しいお姉さん、という印象をレイラは受ける。
「えっと女神様、色々聞きたいことはありますが。まず初めに私が最初に疑問に思った答えをお聞きしても?」
恐らくレイラがそう言いだすこともお見通しだったのだろう。女神は「勿論」と答え既に答えを用意していたかのように丁寧に話し出す。
「何故その選択をするのかという答えですね。まず『このまま天国で過ごす』を選択する人は基本的に『魂が疲れ切った』人ですね」
またに分からない事が出来たが、その事も恐らく女神様はお見通しだろうと思いレイラは口を閉ざしたまま彼女の次の言葉を待つ。
「『魂が疲れた』の言葉は『精神が疲れ切った』と解釈していただいて構いません。ここには『反省の街』から来る人も沢山います。レイラさんは経験されたからわかると思いますが、あそこはちゃんと反省しないと何年でも、何千年でもいなくてはなりません。そんな長い間あの街にいて『まともな精神』を保てる人はそう多くはいません。」
確かにそうだ。レイラでさえ此処に来るのに『70年』かかった。レイラが聞いた話で最長だと500年以上あの街にいた、という話があった。『まともな精神を保てない』という言葉を強調したことに疑問を覚えつつ女神さまの次の言葉を待つ。
「次に此処に来る人間には肉体がありません。今貴方が見ている私、そして私が見ているあなたは魂の記憶からできた形でしかありません。まぁ当然ですね。肉体というのは地球で過ごすための言わば『器』なのですから」
「勿論反省の街にいる時点で皆肉体はない状態ですが」と女神は続ける。
「肉体がない場合、『疲労』『精神が弱る』という事は『魂の消滅』につながってしまいます。ああ、今レイラさんが考えた通り『死ぬ』という意味感覚であってます。ただ地球では人が死ぬと巡り巡って『輪廻転生』します。ですが魂そのものが消滅すると二度と生き返ることが出来ません」
詳しく聞くと『輪廻転生』は罪を償った人間、そして善人だけが出来る。まぁ当然生前の記憶は無くなるが。そして消滅する。これは言葉通り消えてなくなるようだ。二度と何も感じることのできない虚無状態になるそうだ。それはとても悲しい事です、と締めくくる。
「話が長くなってしまいましたが、つまり『天国で過ごす』という事はその傷をゆっくりと癒すためだったり、もう地球のようなところで縛られる人生は嫌だという方が、『のんびり休んで頂く場所の場』なのです。天国は素晴らしいですよ。是非一度経験していただきたいです!」
女神さまは心から天国はいいところだとレイラに伝えようとしているようだ。その必死に天国のいいところを話し続ける女神にレイラは思わずくすりと笑ってしまう。
確かにレイラは今再びあの地球で過ごしたいかと問われると、その答えは「NO」だ。レイラは元犯罪者、あの社会のしがらみが嫌で自らそのルールからはみ出した「アウトロー」だ。
「次に『生まれ変わるか』ですが、まぁこれに関しては説明しなくても分かっている様なので省略します。お考えの通り記憶を消して『輪廻転生』するという事です。まぁ元居た地球かどうかは分かりませんが」
その言葉に一瞬レイラは驚くが、すぐに納得する。地球以外にも人がいる、というか違う世界があってそこに人が存在してもおかしくはない。
レイラはゆっくりと思考する。そしてそれを見た女神は悲しそうな表情をする。それに気づいたレイラは「ああ、そう言うことか」と全てを理解する。
「やはり、今の話を聞いてもそのお考えは変わりませんか?」
やはり女神さまは分かっているようだ。そしてその為に恐らく天使ではなく彼女が来たのだろう。
「はい。やはり私は第三の選択、『反省の街』に戻ることを選択します」
レイラの選択に女神さまは今にも泣きそうな表情をする。
「どうしても?」
「どうしてもです」
「さっきも言ったけど『あそこに長くいてまともな精神を保てる人』なんてほとんどいないのよ?」
「それでもいないわけではないという事ですね?」
「それはごく少数よ?」
「私がその少数に入ってみせます」
「……やっぱり考え直せない?」
「はい。もう決めたことなので」
そういうと女神さまは諦めたのかため息をつきうなだれる。
「そうですか。念のため意思確認として戻る理由を聞いても?」
「はい。私には愛している人が居ます。そして彼と約束したのです。「こっちで待ってる」と。女神様の話を聞いた時、それが天国でも構わないのでは?とも思いました。ですが女神様が仰ったように『反省の街』は酷い場所です。まともな精神が保てない程に。だから私はここでのんびり待つなんて事は出来ないのです。あの街で待って、そして彼が来たときに助けたい。今度は私が彼を救いたいのです」
そう言いきり女神様を見ると、彼女はまるで子供のように大声で泣き出していた。
「わ、わがりまじだよ~!!わだじのまげです!!あなだのあいばぼんものですよ~!!わだじかんどうじまじだよ~!!」
恥ずかしげもなく大声で泣きそう言う女神にレイラは思わず笑ってしまった。神とは言え目の前にいるのは女性なんだと。
笑われた女神は「な、何笑ってんですか~!」とレイラはぽかぽかと叩く。女神の力が弱いからなのか全く痛みを感じないレイラは、またその事がおかしく感じ大声で笑う。
大声で泣く女神に、その頭を撫で優しくあやすレイラ。傍から見たら最早どちらが神様なのか分からなかった。
「グスッ。失礼しました。もう大丈夫です。頭を撫でられる何て何万年ぶりでしょう。すごく気持ちよかったです。できればまたしてほしいです」
子供のようにそんな子共のようなことを言う女神に、レイラは「はいはい」と彼女の気がすむまで再び頭を撫でる。
5分だったか、10分だったか。そんな時間を過ごした後、女神は「ありがとうございました」と満足そうにレイラから離れる。
「わかりました。貴方の意思は確認できました。これから貴方を再び『反省の街』へ戻します」
はじめ出会った時のように女神は貫禄あるように話すが、レイラは先ほどとのギャップに笑いそうになりながらもそれを堪え「はい、お願いします」と言う。
そんなレイラの心を読み取ったのか女神様は「むー」と頬を膨らませる。だが次の瞬間真面目な顔に戻り、女神がなにか大事な話をすることを悟ったレイラも真剣に彼女の言葉に耳を傾ける。
「『反省の街』に戻す前に大事な話があります。ここに来た人が本来街に戻ることはできません。今回はその理由に悪意がなく、そして深い愛を感じたからこそです。」
そう前置きした後、「ここからが大事な話です」と続ける。
「そして街に戻った時、貴方は既に人ではない事を理解してください。勿論姿形は今のままです。何が違うかというとその存在です。ここ天国に来た人は、その時点で『天使』という存在になるのです。それは転生し、肉体を得て『人間』に戻るまで変わりません」
「ではその事によって何が変わるか」と女神は続ける。
「あの街では暴力など日常茶飯事、そして人が死ぬという事もです。ですが貴方の存在は天使。人が天使を殺すことはできないのです」
つまり無敵になる?と思ったレイラだったが、どうやらそれは違うようだ。
「ですが怪我をすれば傷みなどは感じます。ですがそれは自身で転んだ場合などです。他者からは傷つけられないのです。そしてもう一つ。天使を傷付けた人間はどうなるか。神の使いである天使を傷つけた人間はその時点で『地獄行き』になります。勿論その選択はレイラさん自身に委ねられますが」
さらに詳しく聞くとつまりこう言うことらしい。
レイラは既に天使という存在。だからもし他者に傷付けられた瞬間、その相手を地獄行きにできる。その選択はレイラに委ねられるが、レイラを、天使をもし誰かが殺した場合はレイラの意思に関わらずその相手は『地獄行き』になるという事らしい。
「それともう一つ。恐らく貴方はこの先長い事あの街で過ごすことになるでしょう。長く続くその時間に貴方が耐えられず消滅してほしくはありません。なので定期的に私が会いに行くことになります」
その際世間話でもして、街について分からない事、地球の事を少しだけ教えてくれるそうだ。所謂メンタルケアをしてくれるのだろう。
「ですが彼の情報、他者の情報はお渡しすることが出来ないのでご了承ください。それはルールに反することなので」
女神にもルールがあるのかと思いながらもレイラは「わかりました。感謝します」と伝える。
「話は以上です。それでは名残惜しいですが、貴方を『反省の街』へと送らせてもらいます。それではまた」
「ええ、また」とレイラも告げ、そしてレイラは光に包まれた。
レイラ・ヴァレンタインは普通の家庭に生まれた。一人っ子である彼女を両親は可愛がり、そして大事に育てた。年越しは家族で過ごし、バレンタインデーには家族みんなでチョコを作り渡しあう。サマータイムには旅行に行き、クリスマスには家でツリーを飾りケーキを食べ、父親は毎年サンタクロースの格好をして家族を喜ばした。そんなどこにでもあるような幸せな家族。
頭もそれなりにいい彼女はいい学校に進学しそしていい大学に進んだ。だが大学を卒業間近、友人らと卒業旅行に出かけた時それは起きた。
両親が死んだ。その知らせを聞いたレイラは急いで家に向かった。だがその判断が更に事態を悪い方向へと向かわせる。
レイラは帰宅途中にマフィアに誘拐された。そして気が付けば暗い部屋で銃を片手にしている男たちに囲まれていた。
彼らは「両親から何か大事な物を預かっていないか?何かのディスクとか」とレイラに問いかける。
「わかりません」と答えるレイラ。本当にそのディスクは分からないが、事件の全貌は何となく見えてきた。
レイラの両親は軍の機密情報機関で働き、主に情報処理やシステム開発を担っていた。つまり両親は何かを知ってしまった。または何か彼らの有益になるシステムを作ってしまったのだと。
どちらにしろそれは彼らの身勝手な行動だ。両親は何も悪くない。
だが無法者の彼らにはそんな通りは通じない。彼らはレイラがないか知っていると確信しているかのようにレイラに問いただし、ついには拷問を開始した。
普通の少女が拷問など耐えられるわけもなく、レイラは泣き叫んだ。拷問は三日三晩続き、そして彼らもレイラが本当に何も知らない事を確信する。
だが本当にレイラが何も知らないのでは、という事に彼らも拷問を開始してすぐに気が付いた。だが自分達が掴んだ情報が間違っていると思いたくなく、三日三晩も拷問をつづけた。
だが今度はそれが彼らにとって致命的なミスとなった。
一人の殺し屋が彼らのアジトを突き止め、そしてレイラの目の前で皆殺しにした。
以前のレイラならその光景を見ただけで驚き泣き叫んでいただろう。
だが三日三晩拷問されまともな精神状態ではない彼女にとって、両親を殺し、拷問してきた悪魔のような彼らを次々に殺す彼が救世主に感じた。世界でただ一人自分を救ってくれた素敵な人だと感じた。
レイラは彼に恋をした。
その後レイラは彼に無理やりついていき、そして二人が結ばれるまでそう時間はかからなかった。
さらにレイラはマフィアの言っていた「ディスク」の存在に気が付く。それは両親がプレゼントしてくれた人形の中に入っていていた。
ディスクの中身は「全てのカメラをハッキングできる監視システム」だった。両親が何故そんなものをつくったのかは分からない。だがレイラは確信した。これで自分も彼の力になれると。
彼はフリーの殺し屋。主に政治家や警察に捌けない裏の仕事を担っていた。レイラはそのディスクを使い、そして彼は凄腕の殺し屋としてその道で有名になる。そしてレイラ自身も殺しを覚え、より効率よく仕事をこなすようになった。
だが出た杭が打たれるのはどの世界でも同じ。
いつも通り依頼をこなす彼をサポートしていたレイラは違和感を感じる。ターゲットをいくら探しても見つからない。このシステムがあれば世界中見つからない人間なんていないはず。
そして気が付く。その依頼は彼をおびき出し殺すための罠だと。
その事に気が付いたレイラは情報収集の為歩き回っている彼の元に駆けつけ、そして罠にはまり彼の代わりに死んだ。
彼女の人生はどこで間違ったのか。両親が死んだ後家に帰らなければ?マフィアに捕まらなければ、もっと早く助けが来ていれば、彼と出会わなければ、彼に着いていかなければ、彼を愛さなければ。
だが死を前にして、不思議とレイラの中には後悔がなかった。
人生の分岐点は沢山あった。だが彼を愛して、彼に愛されて、レイラは幸せだった。
血を流すレイラを抱いて彼は「あとで絶対会おう。俺もすぐ行くから待っててくれ」と告げ、そしてレイラはこの街に来た。
体の周りの光が収束するのを感じて、目を開けたレイラは自分が室内にいる事を確認する。
ここはどこだろうか。以前いた「中心街」とはまた違う場所なのだろうか。そんな事を考え辺りを見回し振り返った彼女の目の前に人が居る事に気が付き思わず「キャ!」と悲鳴を上げる。
「すみません、伝え忘れたことが。もしかしてその様子だと驚かせてしまいました?」
レイラが振り返った所に何故か先ほどまで話をしていた女神様が立っていた。心臓があるかどうか分からないが、心臓が止まりそうになるほど驚いたレイラは女神を人睨みした後ため息をつき話しかける。
「凄く驚いたわよ。もしかして毎回登場するたび私は心臓が止まるような思いをしなきゃならないの?」
「すみません。伝え忘れたことがあって私も慌ててきたものですから。あ、それとこの街の人間は心臓なんてありませんよ?」
あ、そうですか。と真面目に言っているんだか冗談だか分からない女神さまの言葉を聞き流しレイラは深呼吸をする。レイラが落ち着くのを確認した後女神は話始める。
「此処は「中心街第五地区」。レイラさんが以前住んでいた場所のすぐそばですね。そしてここは空き家となっていてその所有権は既にレイラさんの物となっています。不動産屋にも届は出ていますのでご安心ください」
いつ間にそんなことを、と思いながらも感謝する。この街に来たものは初め住居を手に入れるのにとても苦労する。
確かにこの街はとてつもなく広く空き家も多いが、勝手に住んでしうと後々色々と問題が出てくるからだ。
ありがとうございます、とレイラは素直にお礼を言っておく。さらに女神さまは此処で当分困らない金銭、衣服、食料なども用意してくれた。
「それともう一つ。レイラさんが今一番不安に思っていることについて答えます。この世界と地球の時間の流れ方は違います。向こうで100年がこちらの1年の時もあれば、その逆もあります。そして今は後者です。レイラさんが死んでから地球ではまだ数時間しか経ってません。伝え忘れたことは以上になります」
その言葉はレイラに希望を与え、同時に絶望させた。
つまり彼はまだ死んでない。入れ違いにはなっていないからだ。まだ彼に会う希望はある。同時にレイラがこの街に来て70年が経つ。なのに地球ではあれからまだ数時間仕方っていないという。
だが70年でもレイラには色々あった。この街で死んだこともあった。辛い思いは沢山してきた。なのにまだ数時間。一体いつまで待てばいいのか。
だがレイラはすぐに頭を切り替えポジティブに考える。彼とまた会える。その事だけを考える。
女神さまは「一年に2.3回は会いに来ます」と言って消えていった……。
それからレイラはいざというときの為に情報網を広げることにした。様々な人に会い恩を売り、この街で有益な人間を紹介してもらい仲良くなる。
この街で精力的に活動すればすぐに目立つ。何故ならこの街でそんな元気な人間はそういないからだ。
時には危ない輩に絡まれそうになるが何とかそれを回避しつつ様々な人に会う。レイラもだてにこの街に長くは住んでいないという事だ。女性にとって一つ幸いなのがこの街に来た人間には性欲がない事だ。
痛い事は、暴力は我慢できる。だが強姦されれば、それは心の傷となり一生癒えることがない。この街は犯罪者しかいないがそこを気にしなくて済むのは幸いだ。まぁ「反省」するための街で性欲という人にとっては「娯楽」の類に入るものがあってはならないからだろう。
レイラが魔女と呼ばれ始めたのもそんな時期だ。
レイラは腕輪の事、天国に行くとどうなるか、以前からこの街にいた時に仕入れた情報などを駆使し情報網を広げている最中の事だった。
「邪魔するぜ。お前が「天国に行ったことある女」か?」
街の中心街の大通りでいきなり銃を構え囲まれたレイラは、その声の人物を見て舌打ちをする。周りには沢山の人だかりができるが、誰も手を出してこない。いや、この犯罪の街でさえ彼に手を出せる者はいない。
彼はこの街で一番勢力を広げているマフィアのボスだ。レイラは出来た人脈からなんとかこの男達と関わらないように暮らしてきたがとうとう捕まったようだ。
「おいおいそう睨むなよ。お前みたいな天使みたいにいい女に睨まれちまったら興奮しちまうだろ。で?お前がレイラか?」
「……そうよ。何の用?」
「単刀直入に言う。お前には二つの選択肢がある。今すぐ知っている情報を全て吐くか、死に続けるかだ」
彼の言葉に背筋が凍り付く。さらっと言っているが「死に続ける」とは言葉通り「殺され続ける」のだ。この街では死なない。だが死ぬ感覚は何度でも体験でき、その時当然痛みを伴う。
すぐに口を開き情報を吐いてしまいたくなるプレッシャーの中で、レイラは深呼吸をし自分を落ち着かせる。
「……そこに『今後私に手を出さないと誓い、真っ直ぐお家に帰る』という選択肢を追加してみない?」
レイラの言葉に辺りが一瞬ざわつくがそれもすぐに静まる。ボスがキレたのだ。黙っていても分かる程辺りの空気が一瞬で冷える。
「……おい、俺が誰だか分かってないわけじゃないんだよな?」
「ええ、ここであなたを知らない人は新入りか遠くから来た人間だけよ」
恐怖を感じながらもレイラは彼の目を真っ直ぐ見て答える。
「そうか。お前の選択通りまっすぐ帰ってやるよ。ただしお前の死体を持ち帰ってな。生き返ったら今の会話を死ぬほど「反省」させてやるよ」
彼はそう言うと銃を構える。
「止めといた方がいいわよ。私は『天使』なのよ?」
レイラの言葉を聞き一瞬何か考えるそぶりを見せたが、彼はその言葉に意味はないと判断したのか引き金に手をかける。
「まずは一回目だ」
彼はそういい引き金を引く。
発砲音が辺りに鳴り響き、そして彼は消えた。
空気中に発砲音が分散されゆっくり消えていく中誰も口を開かず、そして持ち主を失った拳銃が地面に転がる音だけが周囲に響く。
「「「「……は?」」」」
誰かがそんな間抜けな声を出す。だが誰も理解できていない。
何故発砲した男が消えて、撃たれたはずの女が無傷で立っているのか。
誰も答えを出せない。だから誰も言葉を出せずにいる。
「ふふ。だから止めといた方がいいわよって言ったのに。私は天使なのよ?」
誰もがその妖艶な美しさを持ち、輪の中心で一人何かを知りそして微笑んでいる女性から目が離せずにいる。
「あ、あ、兄貴!!兄貴をどこにやったクソ女!!」
消えた彼の隣にいた男性が顔を真っ赤に染め弾けんばかりに血管を浮きだたさせて銃をレイラに向ける。だが女神様の言葉通りになり安心しているレイラにもうそんな脅しは通じない。
誰もが動けないそんな状況下でレイラはツカツカと歩き男の前に立ち、そして自ら銃の先端を自分の額に当てる。
「私は何もしていないわ。したのは彼でしょ?全く天使の私に手を出すなんてひどい男」
至近距離でそんな色っぽい声でささやかれたら大体の男は顔を真っ赤に染めて彼女に見惚れるだろう。だが銃を持った男は違う意味で顔を真っ赤にし、そして叫びながら引き金を引く。
「っざけんなこのアマ!!殺し続けて……」
だが彼が最後まで言葉を発することはなかった。
「ふふ。お馬鹿な子。だから天使に手を出しちゃダメなんだって」
この緊迫した状況で一人妖艶に微笑む彼女は人々の心に焼き付き、そしていつしか『魔女』と呼ばれるようになった。
それから何十年も経ち人々は魔女の事を忘れてしまったが、一部の、特にマフィア達の中では『魔女に手を出すな』という言い伝えは残り続けた。
偶にそんな言葉を試したいのか、わざわざレイラに拳銃を向けるマフィアが現れたが皆等しく消えていなくなる。
そしてレイラに手を出す者はいなくなった。
だがどこから仕入れたのか、彼女の持つ情報は貴重な物ばかりだった。そこでマフィア、街の権力者達はレイラに媚を売り協定関係を結ぶ。
これでようやくレイラは大きな情報網を作る事に成功する。
それからどれほどの時が経っただろう。
外に出なくても情報が入ってきて、動かなくても女神さまが色々持ってきてくれるおかげでレイラは家から出なくなった。
だが例え出歩いたとしても結果は変わらなかっただろう。
永遠に続く時間とはこんなにも残酷な物かとレイラは思う。
此処でようやく女神さまの言葉の意味をようやく理解する。
永遠に終わらないこの時間。何一つ変わらない街。娯楽のないこの街。
それはまさに『地獄』と言っても過言ではなかった。
時に出歩き人助けをした。
子供達が安心して生活できるように孤児院を作った。
街がどこまであるか確認したいという変わった男に支援物資を送った。
だがそれもここでは一瞬という言っていい時間でおわってしまう。
終わらない時間、終わらない時、入ってこない彼の情報、もう来ているか、来ていないのかもわからない、入れ違いになっているかもわからない、彼はもう地獄に行ってるかもしれないし、天国に行っているかもしれない、他の女が出来て幸せに暮らしているかもしれない、何もわからない、何もできない、何も……何も……。
どれほどの時が過ぎただろう。
それでもレイラを支えているのは純粋な愛だった。
それだけが彼女の支えで、それが彼女にとって呪いのようになっていた。
女神さまも何度も「天国で待たないか?」と誘ってくれた。
だがレイラは頑なにそれを断った。
この地獄を彼にも味合わせたくない。
頭のおかしい女だと思われているかもしれない。
それでも、それでもとレイラはつぶやき必死に精神を保ち続けた。
何度も心が挫け壊れ、何度も彼を思い出し心を再構築し冷静を保ち続ける。
何度そんな作業をしただろう。
たまに街に出れば、店の店員が変わっていたり、知らない人が歩いていたり。
前の店員などがどちらに行ったなどは知らない。知りたければそれは女神様が教えてくれるが、そんなことはどうでも良かった。
早く彼に会いたかった。
彼は私の事忘れていないだろうか。
私は彼の顔を今でもはっきり思い出せているだろうか。
彼の温もり、彼の優しさ、彼の笑顔、これは本当に彼のものだったろうか。
1000年が経ち、2000年が経ち、3000年が経ち、4000年が経ち、5000年が経った。
別に数えていたわけじぁない。女神さまが教えてくれただけだ。
女神様もそんなレイラを見てられなくて、様々な手を尽くした。
時に天使を呼びレイラの為に話をしたりお土産を持ってきたり。
孤児院や、誰かの手助けをして気分転換をしたほうがいいと教えてくれたのも女神様だ。
そのおかげでレイラの家には定期的に子供たちが遊びに来て、それはレイラにとって大事な気分転換の時間になっていた。
だが女神さまにもルールがある。出来る事とできないことがある。
女神さまも想定外だったのだ。
ここまでこの街と地球との時間差が出ることは珍しい。
女神さまは自分が罰せられる覚悟で、レイラの想い人がこの街に来たときは教えてあげようと心に決めていた。
その行為で例え自分が女神ではなくなっても、それでも構わないと心に決めていた。
そんな時女神は別の神からとても重要な情報を手に入れる。
「今からとある少年が「反省の街」に向かう。例の女性に伝えるといい。「彼を助けよ」と。その事で君が罰せられることはないし、それにより例の彼女も救われるだろう。何故なら彼は彼女にとって重要な情報を手に入れてくれるだろうから」
その事を聞いたすぐさま女神はレイラの元に向かった。
女神様が突然現れる事には慣れていたレイラも今回は驚いた。何故なら女神は泣きながら突然現れたからだ。
「レイラさん!!今から、「第五地区中心街」に現れる少年を助けてあげてください!!それが、それがあなたにとって素晴らしい情報を手に入れるチャンスかもしれません!」
その事を聞いたレイラは扉を壊す勢いで家から飛び出した。
女神さまが泣きながら素晴らしい情報と言った。レイラの苦しみを唯一知っている女神さまが。
恐らくそれ以上は言えないのだろうが、それだけでレイラには十分だった。
人をかき分け中心街を走り回っていると、確かに腕輪が真っ白な少年がうずくまっていた。レイラは彼だと確信して彼を連れて家に向かう。
「えっと、君名前は?」
「……?あれ?俺、名前何だっけ?」
この街に来た人間は初めは派にも思い出せない。
長いことこの街にいるのに、興奮してそんなことを忘れてしまった自分がおかしくなりながら、レイラは丁寧にこの街の事を説明する。
笑顔で優しく丁寧に色々教えてくれる女性に、少年は顔を真っ赤にしながらもその話を真剣に聞いている。
レイラは少年に衣食住を提供し、そしてレイラの仕事を手伝う事を約束させる。
少年は器用だった。それは人付き合いも、物作りに対しても。
今までレイラが行ってきた仕事をこなし、さらにはレイラが必要としている情報網を広げ、数年で少年は「何でも屋」として有名になる。
勿論マフィア達と一悶着はあったが、レイラが『魔女』が出て行けば全て解決した。
その頃からレイラはあることに気が付く。
少年と、「コウちゃん」と暮らし始めて2年が経った頃、お酒が「美味しい」と思い始めていた。
勿論生前はお酒が好きだった。だがこの街に来てから、特に何百年か住んだ後から酒の味が分からなくなっていた。何をしても誰と話しても何も感じず、何も考えたくない時期が続いた。
「お酒が美味しい」。そう感じただけで、レイラの枯れたはずの瞳から一筋の涙が零れ落ちる。
コウちゃんは毎日家に帰るとその日あった事を子供みたいに一から十まで言う子だった。レイラはそれをニコニコしながら聞く。
何気ない時間だったが、長い事一人でいたレイラにとってあその当たり前な事がとても暖かいものに感じた。
ふとレイラが気になりコウちゃんに質問する。
「何でそんなにこの街で頑張れるの?私の頼んだ仕事より多くこなしてくるし。まぁ助かるけど」
そんなことを聞くとコウちゃんはいつも顔を真っ赤にし、目をそらしながら「別に」と言う。
レイラは伊達に5000年以上生きてはいないし鈍いタイプでもない。それが自分に向けられている好意だと知ると、コウちゃんの事をなんだか愛おしく思えてくる。勿論それは男としてではなく、子供としてだが。
20年生きた人間と5000年生きた人間にとっての時間の流れは同じであって同じではない。
浩太にとってレイラさんと楽しく話せる毎日はかけがえのものだったが、レイラにとっては流れゆく大きな時間の一時でしかなかった。
浩太もその事を理解していた。彼女の想いも。
だからこそ全力で仕事をし、全力で彼女の力になった。
浩太にとって人を好きになったのは初めてだったから。
そして50年が経った時、コウちゃんは一人の少女を連れてくる。
その事で浩太とレイラの運命は大きく変化する。
少女が来てすぐの事、少女はどんどん記憶を戻していきそれにも伴いコウちゃんも何か考え始める様になっていた。
レイラは察する。そういう光景は何度も見てきたからだ。
もうすぐ二人が居なくなる。そう確信する。
長い時の中で誰かと暮らすのは初めてだった。
それはとても楽しい時間で、今ではかけがえのない時間となっていた。
また一人になる。またあの長い時間を繰り返すのか。
その絶望感に浸りながらもレイラには二人を応援することしかできなかった。
そしてその時が訪れる。
「レイラさん!!」
勢いよく扉が開かれ自分の名前を叫ばれたレイラは驚き振り返り、そして少年の体を見て全てを理解する。
「そ。良かったわね。全てを思い出せたのね」
少年の体が青く光っている。彼はもう天に召される時間のようだ。
胸に絶望感を抱きながらも、その事をコウちゃんに悟られないように笑顔を作って見送ろうと心に決める。
だがコウちゃんが手渡してきた手紙を見てレイラは思わず涙する。
そこには確かに彼の名前と場所が書かれていた。
この時を何年待っただろうか。
一体どれほどの時を待っただろうか。
こんな幸せな知らせを運んでくれたコウちゃんはもう消えかけていた。
「さ、お逝きなさい。あっちで待ってる必要なんてないからね」
「うん。レイラさん。今まで本当にありがとう。それと……俺は貴方の事が大好きだった」
コウちゃんの気持ちは知っていた。
だけど、だけどそれを最後に言うなんてずるい子ね。
「ありがとう」
レイラは自身がちゃんと笑えてたか自信がなかったが、それでも精いっぱいの感謝の気持ちを伝えようと満面の笑顔でそう答えた。
次の日、さっそくレイラは支度をした。
書かれていた場所は此処から歩いて半年はかかる場所だ。
情報屋やコウちゃんはレイラが思っていたより広範囲で必死に創作活動をしてくれていたようだ。
その事に改めて感謝をしてレイラは家を出る。
そして半年後。
紙に書かれていた場所にたどり着いた一見の家の扉に手をかける。
「いらっしゃいませ」
そこは一件のバーだった。
レイラは席に案内しようとする定員の言葉を無視して、辺りをキョロキョロと見渡す。
そして一人の男を見つけ確信し、震える声で彼に声をかける。
「アーロン?」
レイラの声にカウンターに座っていた男がゆっくりと振り返る。
驚く彼が何かを言う前に、レイラは彼の胸に飛び込んだ。