罪の世界深層 第1話
柵の末に生きる、人々の物語。
罪人の征く道。
どんな過去であろうと、人生を全うしなかった人間。
その者達の行き着く場所が、この世界に存在する。
「死が命の果てとなる時、その者は永遠を手にする。」
そう記された石碑の前に立つ者が、またひとり―
「生きた証を示せ。」
洞窟に響く声
「ここは何処。」
問いかけに応えず聞く少女
「お前は何故此処にいる。」
石碑の前に立つのは少女一人、
聴こえる声は壮年を思わせる。
周囲を見渡す少女に、その声は続けた。
「お前は何をしていた。」
少女は石碑に振り返り、少し考えてこう言った。
「たぶん死んだ。」
そう答えた少女に、声は聞いた。
「ならば、お前が生きていた証を示せ。」
「…」
少し考えた少女は手を後ろに回し、腰から何か取り出した。
紫に透き通る、一本の細いリボン。
風のない洞窟で揺れないそのリボンを、少女は石碑の方へ向けた。
「これで良いの。」
気が付くと石碑は消え、暗闇に静まる洞窟に風が吹いた。
その風は、少女を導いた。
少女は風の抜ける方へと歩く。
砂利を踏む足音が静かに響いた。
うねり曲がる暗い道に、鉄格子のついた岩窓から光が差す。
先に見える洞窟の出口では、外へと抜ける風が鳴っていた。
少女が洞窟から一歩踏み出すとそこには、
遠く開かれた世界深層が広がっていた。
序章 第1話 死に向き合えなかった生命
少女の白い髪を揺らす緩やかな風が、
目の前に広がる空のない大きな世界に放たれていく。
天井の見えないその洞窟の”外”は、
その崖上に立つ者を圧巻させる壮大さで、
そしてどこまでも奥へ続いているような、薄明るい世界だった。
遠くを見渡しても終わりの見えない、
灰色ばかりが続く景色。
ふと崖下を見てみると、そこには地上まで続く長い道が続いていた。
少女は紫のリボンをしまい、辺りを見渡し崖に沿う道を見つけそのまま降りて行った。
少し降りたところに着物を着た男が座り込んでいる。
その男を通り過ぎるとき、少女は男の嘆きを耳にした。
「かよ、、どこに居るんだ、かよ…」
恐らくは人の名前、それも誰か大切な人。
絶望したその背中は、
少女の気配など気にも留めていなかった。
少女はそのまま道を降りて行った。
破れた赤いドレスをたくし上げて歩く女に追いつく。
その女は少女の足音に気が付くと、
振り返り様にこう言った。
「ねぇ、ここはどこなのよ!」
一人声を張る女は返答をまつ素振り《そぶり》もなくハイヒールを両手に裸足で降りていく。
その女を追い抜き少女は更に降りていった。
崖の中腹まで降りると、崖縁から何かうめき声のようなものが聞こえた。
少女はその縁をのぞき込むと…
「な、なぁ、ここでも死んだら僕はどうなるんだ…?」
「た、助けてくれ…、もうダメかもしれない…!」
限界そうな顔をする男に少女は手を伸ばした。
「ありがとう、助かった、もうダメかと思った。」
どこか他人事のように男がそう言うと、
「誰にやられたの。」
何の上下もない声に、すこし怯えながら男は答えた。
「いや、その、ボクは自分で…飛び降りようとしたんだ。」
「何故。」
「僕は、死にたいから。」
「飛び降りないの?」
「でもっ、もしここでも死んだら、次はどうなるか分からない。だから怖くなって、そしたら君が助けてくれたんだ。」
「ここでもって、死んだことあるの。」
「ああ、家族のいる世界で。でも、気づいたらここにいて。」
「あなたも石碑のある洞窟から来たのね。」
「君もそうだろ?生きた証を示せとか言われて…」
「風が吹き抜けて、辿るとここに出てきた。」
「あぁ、僕もそうだ。暗くて怖いすごく長い道だったよ。」
「そんなに長くなかった。30mくらい。」
「ボクは迷ってたからそう感じたのかな、でもここに出られたときは嬉しかった。」
「それで、あなたは何をしたいの。」
「とにかく下に行ってみるよ。ずっと何も食べていないし、したには街もあるみたいだしね。」
「街…?」
彼女はそう言って立ち上がると、ふと下を見渡した。
まだ相当遠いが小さく街のようなものが見える。活気があるようには見えないが少しでも人が歩いている。
「君は…これからどうするんだ?」
男も立ち上がり、スーツを払ってそう言った。
「妹を探すの。」
「妹?妹さんも死んだのか?」
少女はハッと男の方を見た。
「あ、いやっそのっ、ごめん。悪気は、、」
慌てて謝罪する男。
「…。」
少女はうつむき込む。
「あの、、もし此処が死後の世界で、妹さんが亡くなってないなら、此処にはいないと思う。」
少女はふと目を開くと、うつむいたまま言った。
「この世界に居ないのなら、私はこの世界から抜け出すまで。」
男はその言葉に、何か特別な力を感じた。
「そうか。それなら、、、何かわかるまで一緒に行動しないか?」
躊躇しながらも男はそう提案した。
「何かわかるまで。」
少女はそう言い、男の先を少しゆっくり歩いた。
「きみ、名前はなんて言うの?僕は足立。」
「私はソナー、アダチ、は…日本人?」
「そうだよ、大学生だ。あ、いや。だった、かな。」
話しながら崖を少し降りていくと、先に数人の人が集まっていた。
足を怪我して動けなかったりする老人や、二人でもめている若者などが居たが、
足立は人溜りの奥に堂々と崖の一本道を塞ぐ、人一倍体の大きな男を見つけた。
様々な身なりの人達が、
先へ進めずにその大男から離れて溜まっている。
すると一人の若者が大男に叫んだ。
「お前の所為でみんな迷惑してるんだぞ!そこをどけろよ!」
それを聞く周りの人はうなずいたり怯えたり、若者に落ち着けと言う者もいた。
「どけて欲しかったら俺を殺してみな。」
にやにやと笑う大男に若者は言い返す。
「それが迷惑だって言ってるんだよ!お前ひとりの所為でこんなにも多くの人が困ってるんだぞ!」
すこし震えたようにも聞こえる声を張る若者に、大男は曲剣を肩に乗せてこう言った。
「あぁわかったよ...。じゃあ俺からお前らを殺してってやる。」
道の真ん中で準備運動をする男を見て、若者が声を上げた。
「お、俺たちは死んでるんだぞ!どうせ死ねないんだ!殺しても意味なんか、」
「誰がそんなこと言ったんだよ、 次こそホントに死ねるかもしれねぇだろ。ここでも怪我すりゃイテェし死にたいなら俺が手伝ってやるって言ってんだよ。」
「そ、そんなのっ、ダメに決まってるだろ!? 人殺しなんて犯罪だ!」
「はっ。(笑) 犯罪?誰がお前を助けてくれるんだ?この”世界”で。」
笑いながらそう言うと、まずはお前からな、と言って大男は前へ歩き出した。
「ソナーちゃん!今は上に行って様子を見ようっ。」
小声で焦る足立はそう言ってあとずさりをするが、動かないソナーに困惑する。
「いやぁー!」
「に、にげろっ!」
進めずにいた人々が来た道を戻り逃げる中、若者はその場にへたり込んでいた。
「はっ。情けねぇ。死んだ方が楽だろうよ、にーちゃん。」
腰を抜かして動けない若者は声も出せずに震えている。
「記念すべき1人目だ。じゃあな。」
そう言って曲剣を振りかざし、皆が息をのんだ瞬間。ソナーが足立のそばから消えた。
「ソナーちゃんっ!?」
大声で驚く足立に皆が気を取られた。
その瞬間、大男が一瞬で距離を詰める白髪《しろかみ》に気付く。
「なっ…!?」
その瞬間ソナーは曲剣をねじり取り大男の首を掻き切った。
血しぶきが辺りを濡らす。
ソナーは一滴の血も付かない曲剣を手に、塞がれていた道の先に止まった。
「なるほど。」
恐ろしく冷たい目で、血を流し倒れていく大男を振り返るその少女に、皆は怯えた。
上に逃げていた人達が立ち尽くす中、足立が若者の肩に手を置いて言う。
「と、とにかく今は上に。」
落ち着いているのか、足立の声は穏やかだった。
死にゆく大男が喉から血液と呼吸を漏らす。その音は次第に澱んでいき、血だまりに顔を伏せて静かになった。
「足立、早くこっちへ。」
少し明るい声で呼ぶソナーに、足立は大男の血だまりをまたいで駆け寄る。
「ソナーちゃん。ありがとう。」
「いい情報収集になった。」
「ああ…。」
「私は死体の様子を見るから、出来れば上にいる人たちを誘導して。」
「…わかった。」
慣れた口調で上の人達に呼びかけ、足立は皆に死体を避けて進むよう促した。
ソナーに礼を言う者や、怖がって足早に降りていく者達が去り、上には座り込んだままの若者一人になる。
人々を誘導し終えた足立は、若者の隣に腰を掛け話を聞いた。
「とにかく、あの大男は死んだよ、もう恐れることはない。安心して。」
うつむいたまま頷く若者。
だが少し間をおいて口を開いた。
「ホントに殺すと、思わなかった。」
少し子供のようにそう言うと、その若者は足立とソナーの関係について聞いた。
「ついさっき道の途中で知り合ったばかりさ。僕は足立、彼女の名前はソナーちゃんだ。」
下で死体の様子をみたり、大男の服を探ったりしているソナーを見下ろして言う。
若者もうつむいていた顔を少し上げてソナーを見た。
「彼女、、、俺を守るためにあいつを殺したんだよな?」
「ああ。」
「みんなの為に悪党を殺したんだよな。」
「そうだね。」
「じゃあ、彼女は犯罪者じゃ、ないよね。」
「この世界の法律は知らないけど、悪い人では、ないかもね。」
「かも?」
「彼女が人殺しである事に変わりはない。君の言う犯罪者が君にとって罪人なのか、恩人なのか、それは君の決めることだ。」
「おじさんは、あの人についてどう思うの。」
死体の首と頭を切り落とす少女を見ながらも、先ほどより落ち着いた若者がそう聞く。
「やってることは尋常じゃないけど、彼女は優しいといえば優しい、かな。」
「おじさんはあの人に救われたんだよね。」
「そうだよ。」
「だから一緒にいたの?」
「どちらかというと、お互いの目的が一致してて、彼女は僕がついて行ってもいいと言ってくれたから。」
「そうか。おじさんの目的は何?」
「街に降りてご飯を食べること。いまのところはね。」
苦笑いしながらそう言うと、若者は彼女の目的も聞いた。
「それは直接彼女に聞いてくれ。言っていいことかもわからないし。」
「じゃあ、最後に一つ。 彼女は目的の為なら俺の事もあんな風に殺すかな。」
少し小声になってそう聞く若者に、男はこう答えた。
「それも彼女に聞いてくれ。僕にはわからない。でも、僕は君が一緒に来てくれると嬉しいよ。」
彼女が自分を殺すかどうか、若者がそう聞いた理由を察したように足立は立ち上がる。
「君とは友達になれるかもしれない。」
そう言い残して、ソナーの元へと降りて行った。
若者は安心したのか、瞳を潤わせ、それを堪える様にまたうつむいた。
「ソナー、助けてもらった奴がありがとうってさ。」
「そう、彼は一緒に来るの?」
「えぇっと、あの、今考えてるとこだって。」
「そう、私たちが行く前についてこなかったら置いていく。」
「そうだね。ところで、、、なにしてるの?」
血だらけの手を大男の衣服で拭うソナー。顔にも薄く血が伸びていた。
「情報収集。多分この人、中世のヨーロッパの人だった。」
「ちゅ、中世って…、」
「600年以上前の時代。この曲剣や服装からしてそう。」
「なんで、、それに彼は日本語も喋って、、、あれ、そういえばソナーちゃんって。」
「うん、多分それも合ってる。私はフランス人だけど足立さんの言ってることがわかる。」
「日本語…喋れるってことじゃないんだよね…?」
「うん。足立さんの言葉はフランス語に聞こえてる。というより、意味だけが伝わってくる感じ。」
「なんだよそれ…どうなってるんだ。」
「きっとこの世界は精神的な世界で、物理的な現象とか肉体的な感覚よりも精神的要素が多いんだと思う。」
「頭がついていかないよ、、、あはは。」
片手で顔を抱える足立は苦笑して、必死に現状を理解しようとした。
「だから言ってみればこの世界は自分の精神的な感覚だけで認識できていて、もしかしたら足立さんも私の夢の中の存在なのかも。」
「あー…。わかったよ…なんとなく。」
「そう。よかった。」
「でも一つだけ賛成できないかな。」
「何。言って」
「ボクはソナーちゃんの夢の存在じゃない。」
「どうして?なにかあるの。」
「ボクは足立義孝だ。記憶もあるし自我もあるし全部ソナーちゃんの想像なんかじゃない。」
「そう言っても私にとってあなたはただの他人。あなたがどう思ってるなんて、なんの証拠にもならない。」
「じゃあなにか証明してみよう。ソナーちゃんの知らない事を僕が知ってれば、証明になるだろ?」
「まぁ…やってみる価値はあるかも。確定するわけじゃないけど、実際夢の存在でもそうじゃなくてもどうでもいいし。」
「じゃー、ソナーちゃんはフランス人でしょ?日本について何か知ってることはある?」
「知っていること?」
「そう、そのことについて僕が詳しく説明して、それが理《り》にかなってたら証明。」
「色々とよく分からないけど分かった。」
すこし考えて、ソナーはこう聞いた。
「ワビサビって何。」
「ごめんなさいわかりません。ワサビの新種ではないです。」
「ん。わかった。とりあえず足立にもう日本について聞くことはない。」
「はい。」
ある程度話が終わったところで、若者が降りてきて少し離れた所から声を張った。
「あのー!僕を殺さないでいてくれるなら一緒に行きたいですーー!」
何とも情けない台詞に聞こえるが、彼にとってはそれだけが重要だった。
「とりあえずこっちに来ても大丈夫だよー!」
足立がそう返すと、はぁはぁと軽く息を切らしながら足立の後ろに隠れた。
「あのー、僕を殺したりしませんか?」
ソナーの方を見てそう言うと、ソナーは大男から奪った重そうな防具ベルトを差し出した。
「状況にもよるけど殺す気はない。荷物持ち。」
彼の呼び名が決まった瞬間だった。
若者は「大河恭介です」と言って装備を受け取る。
「これからよろしくお願いします。ソナーチャンさんっ。」
明るく挨拶を済ます恭介に、恐ろしく怖い顔(表情は変わってないはず)でソナーがこう返した。
「私は中国人じゃない。荷物持ち、次名前間違ったら二人とも殺す。」
「えぇ!ボク関係なくない!?」と驚く足立に、お前がそう教えたからだろうと言って大男の靴を持たせる。
「後で売れるかもしれない。もう行く。」
そう言ってソナーは彼らに合わせることなく降りて行った。
血にまみれる無残な死体が埋められることはなかった。
書いてて楽しい。
読んでもらえて嬉しい。
感想があるともっと楽しい。




