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1 ゲーム研究部

『そろそろ会議を始めようか』

 PCのモニターに映る三体の3DCGアバターに向かって、僕はマイクを使って呼びかけた。

『年度も変わって、色々決めないといけないことがあるんだけど。まずは今年度の部の活動方針について、何か意見はあるかな?』


『……』

 三体のアバターは一ピクセルも動くことなく、突っ立ったままだ。


『どんなささいなことでも良いんだけど……、何か皆でやりたいことある?』


『……』

 反応なし。


 僕は語気を強めて言った。『ねえっ、聞いてる!』

 するとようやく、アメリカのアニメーション映画に登場しそうな、ふさふさな毛並みの狐アバターの首が上下に動き、ヘッドフォンから男の声が聞こえてきた。

『大丈夫聞こえてる。続きをどうぞ』

 残りの二体、銀河の彼方で繰り広げられる宇宙戦争に出てきそうなロボット型のアバターと、フランス絶対王政時代を彷彿とさせる豪奢なドレスを着たお姫様のアバターも、こくりと頷いた。

『続きをどうぞって……、僕は君たちから意見を求めているんだけど』


『……』

 誰からも返事はない。


『あのさぁ、もうちょっと反応してくれても良いんじゃない? 四人しかいない小さな部活の会議なんだし』


『……』

 電池が切れたおもちゃのように固まったままのアバターたち。


 僕はため息をついた。『いつものことだけど、そもそもどうして、皆部室に集まっているのに、わざわざVRチャットで会議しないといけないの?』


 僕はモニターから目を離して、部室を見渡した。たくさんのパソコンやら撮影機材が並ぶ中、ヘッドフォンをつけた三人の男女が背中を向け合い、じっとモニターを見つめていた。各人のモニターの隅に、一応チャットアプリの画面は表示されているが、彼らの注意は明らかに違う方向へ向けられていた。


 狐アバターの実体、桐生幸司(きりゅう こうじ)は、小説投稿サイトを熱心に読んでいるし、ロボットアバターの実体、留学生キム・ソンジュンは、目にも止まらぬ速さでキーボードを叩いて、FPSゲームをやっているし、お姫様アバターの実体、結城芽衣(ゆうき めい)は、黙々とペンタブレットを動かしている。


「おーい、君たち……」

 彼らの背中に向かって呼びかけると、「ちっ」と、ソンジュンの小さな舌打ちが聞こえた。僕が邪魔したことに腹を立てた……わけではなく、敵のスナイパーからヘッドショットを喰らったらしい。ソンジュンは僕の方へ向いて、言った。

「どうしてわざわざ顔つき合わせて話し合う必要がある? こんな便利なVRチャットがあるっていうのに」


 僕らが今会議で使っているVRチャットは、最近世界中で流行っているチャットアプリで、仮想空間内で3DCGアバターを操作して、他人とお喋りすることができるのだ。このアバターはユーザを識別するただのアイコンではなく、PCやスマホに内蔵されたカメラに映ったユーザの身振り手振りを、アバターで再現することができ、ただのテキストチャットと比べて、ずっと相手を身近に感じることができる。更にヘッドマウントディスプレイを使えば、あたかも相手のアバターと目の前で話しているかのように感じることもできる(眼鏡属性を有する僕は、ほとんど使うことはないが)。

 ちなみに、ビデオチャットじゃダメなのか? と質問するおじさんたちが時々いるが、それはまあ、人には変身願望がある、ということにしておこう。


 とにかく、ソンジュンはVRチャットで充分話はできる、と言いたいわけだ。


「それを言うなら……」僕は言い返した。「どうして皆は部室に集まるの? って話になっちゃうよ」

「そりゃ、ここに必要な機材が揃っているからだろ」

 ソンジュンは山のように置かれたPCを顎で指し示した。

『それに……』VRチャットから幸司も話に加わってきた。『チャットの方が内職もしやすいし』

『そうだそうだ』

 再びロボットとお姫様アバターが頷いた。

 会議の存在意義を否定する態度に、僕は叫び出しそうになるのをぐっと堪え、答えた。

『数少ないメンバーで、一応、部活として集まっているんだからさ。もう少し、協力的というか、協調性を持ってくれても良いんじゃない?』

『そんなこと言われても、ここまで全員の趣味趣向が違ったら、難しいだろ』と、ソンジュン。

『だから、部活の方針も昨年度と同じく、各自自由にってことで良いでしょ』と、幸司。

『じゃあ、新入生の勧誘、こっちはどうするの? 明日から勧誘活動が解禁されるんだけど』

『去年と同じく、適当にポスターでも作って貼っておけば充分でしょ』

『でも、集まらなかったらどうするの。今年誰も来なかったら、僕たちの卒業と同時に、人数不足で部活消滅だよ?』

『大丈夫だろ、去年はあんないい加減なポスターでも、一人入って来たんだ』

 狐とロボットアバターの視線がお姫様アバターに向けられる。

『えっと、結城さんはどう思う、今年の方針とか、新入生の勧誘とか?』

 三年生のソンジュン、幸司、そして僕が卒業すると一人取り残されてしまう、二年生の結城さんに問いかけると、お姫様アバターは少し間をあけてから答えた。

『……このままで良い。人少ない方が集中できるから』

『まっ、そういうことだ。じゃあ会議は終わりでいいか?』

 強引に終わらせようとするソンジュンに、僕は『待って』と、呼び止めた。

『でもこれじゃあ、部活の予算申請が通らないよ。部活の方針はいい加減、新入生の獲得も消極的、だけど予算だけ寄越せだなんて、あの生徒会長が許可するわけないじゃない』

『まあ、そこを何とかするのが、我らが部長様の腕の見せ所でしょ』

 と、幸司が言うと、三体のアバターは僕に向かって一斉に拍手を送ってきやがった。

『こういう時だけは息ぴったりだな!』

『まっ、そういうことで。よろしく、部長』

 と言い残し、アバターたちは次々にチャットルームから出ていってしまった。

「おいっ!」

 マイクとヘッドフォンを外して立ち上がり、部室内に響き渡るほど大きな声で叫んだが、三人はモニターから一切目を離そうとはしなかった。


ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー


 僕は椅子に座り、背もたれにぐったりと身体を預けた。

「まったく、だからこんな役は嫌なんだ……」

 昨年、ソンジュン、幸司、僕の三人で部長を決める時、最初にグーを出した己の浅はかさを悔みながら(これまで何度悔んだことか!)、今日中に生徒会へ提出しなければならない『部活動方針並びに予算計画書』の用紙を取り出した。


 半分やけっぱちで空欄を埋めていく。


  部活動名:ゲーム研究部

  部長氏名:横井翔(よこい かける)

  部員数 :四名

  活動目的:現代社会におけるゲームの存在意義を、文化、コミュニケーション、経済など社会に与える影響を踏まえ、多角的に調査、研究を行う。


 白々しい内容だな、と、自分で書いておきながら思う。

 世間一般の高校の部活イメージと言えば、野球部や演劇部のように部員一同力を合わせて大会に挑むとか、陸上部や美術部のようにお互い切磋琢磨して技術を磨き合うとか、如何にも青春っぽいものだろう。しかしこの部活は、一応ゲーム研究という名目で部活動の体裁を取っているものの、各人の趣味嗜好は大きく異なる。言ってみれば、ただの寄せ集めに過ぎない。


 ソンジュンはバリバリのネットゲーマーで、大会に出たり、ゲームの実況動画なんかも配信している。彼のプレイスキルはネット界隈でも一目置かれており、動画はそこそこ好評のようだ。しかし、よくネットに素顔を晒せるなあ、とソンジュン以外の三人は彼のやり方についていけない。

 また、幸司はとにかくRPGが好きで、特にアナログゲームのテーブルトークRPGの大ファンだ。今もネット小説サイトに投稿されている、リプレイ日記を読みふけっていて、将来はゲーマー兼小説家になりたいと豪語しているほどだ。しかし幸司以外の三人はそんなに活字本を読まないし、どちらかというとアクション系デジタルゲーム派なので、彼の思考についていけない。

 そして、結城さんはゲームをプレイするより、ゲームの映像と音楽を愛する人で、彼女自身もデザイナーを目指し、日々イラストの練習をしている。しかし今一つ芸術に疎い男三人は、彼女の感性についていけない。


 だから、彼らが各々好きなことをすれば良い、と考える気持ちもわかる。僕だって内心は賛成だ。部長という役を担っていなければ、彼らと同じことを言っていただろう。


 じゃあそもそもどうして部活として集まっているのか? という質問をされると、ソンジュンが言った通り、必要なものが揃い、部費(高校のお金)で好きな物が買えるから、が大きな理由だ。それに、各々が互いに干渉せず、趣味丸出しにしても文句を言われないこの部室が心地良い、という部分もあるかも知れない。


 などと色々考えていたら、ますます書類作りが面倒に思えてきた。こんなものさっさと終わらせてしまえ。『活動計画・実施内容』の箇所は、動画配信やらイラスト作成やら、各々がやっていることをもっともらしい表現で書いて、『予算』の箇所は、機材費やら資料代やら去年と同額を記述した。


 書類作成完了! ようやく、僕の時間が始まる。


 僕のゲーム研究部における活動、それはゲーム制作だ。

 もちろん、大企業が作るような、一作ウン十億もする大型タイトルや、新しいイラストを公開する度、初詣の賽銭箱状態と化すソーシャルゲームでもなく、あくまで小さなインディーズゲームだ。

 最近は普通の高校生でも、多少勉強すれば簡単にパソコンやスマホで遊べるゲームを作成できる環境が整っている。高校一年の夏休み、地元のIT会社が開催したワークショップに参加した際、ゲームを簡単に作れる開発ツールの存在を知った。

 ゲームに登場させたい、キャラクターやダンジョンなどの画像や3Dモデルデータを用意し、ゲーム開発ツール上でキャラクターの動きを設定したり、ゲームのルールをプログラミングする。こう書くと難しそうに聞こえるが、ゲーム開発ツールはそれらを簡単に実施するための仕組みを豊富に用意しているし、ネットにも多くの情報が上がっていて、それまで本格的なプログラミングなんてやったことなかったけど、何とかなるものだ。ワークショップで作ったゲームはボールを転がして迷路から脱出するような、とても簡単なものだったけど、自分の考えたものが実際に形にできるというのはとても楽しくて、それ以来見よう見まねで作り続けている。

 これまでに作った幾つかの作品はネット上に公開している。といっても所詮は趣味の領域、ダウンロード数はどれも鳴かず飛ばずだけど……。


 ゲーム開発ツールを立ち上げて、開発に必要なデータをまとめたプロジェクトファイルを読み込む。今作っているゲームは、『魔界迷宮』と名付けたアクションゲームで、落とし穴や天井から落ちてくる岩など、様々な罠を避けながら、奥へ奥へと進んでいくものだ。春休み中に大体作り上げていて、今は細かい調整中だ。


 プログラムを確認していると、VRチャットの申請メッセージが届いた。ソンジュンからだ。

 チャットルームにロボットのアバターが現れる。僕もルームにログインした。

『何? もしかして部活の活動方針を考えてくれた?』

『いいや』ロボットはそっけなく言って、細長い首を左右に振った。『頼まれてた、翔の新しいゲームのテストプレイ、やってみたぞ』

『魔界迷宮』のテストプレイを部活メンバーにお願いしていたのだ。

『ありがとう、早かったね。で、どうだった?』

『操作性は悪くなねえけど……、やっぱり簡単過ぎるな。ステージが単調で、ゲームをやってる側からすると張り合いがねえ』

『そりゃあ、ソンジュンのプレイ技術なら、難易度は低く感じちゃうかもしれないけど』

『難易度って言うより……』ロボットアバターは腕組みした。『これ、前も言った気もするけどよ。翔のゲームからは、プレイヤーを困らせてやろうとか、ストレスを与えてやろうって感じがまったく伝わってこねえんだ。だからどうしても単調な作業ゲーに見える』

 相手にストレスを与えるくらいの難しさにしろって言うことだろうか? 僕は言葉を返した。

『でもゲームは楽しんでもらわないと。いじわるなゲームだと誰もやらなくなっちゃうでしょ』

 そもそも僕のゲームのプレイヤー人口は両手で数えられるくらいだけど、とは言わずにおく。

『それは違うな』ロボットアバターは言った。『神経を使ったり、技術が求められる、困難なステージを何度も挑戦して、ようやくゴールできた時の達成感。これがゲームで最も必要な要素だ。そのためには、適度なストレスが必要だ』

『あまり難し過ぎると、クソゲーになっちゃうでしょ』

『理不尽な難易度だとな。そのあたりの絶妙な調整がゲーム制作の難しい所だ』


 ここで、幸司がチャットに加わってきた。ルームに狐アバターが現れる。

『何々、何の話?』

『翔が作った新しいゲームの話をしてたんだ』

『ああ、あれね『魔界大迷宮』。まだ少ししか進んでいないけど、俺もやってみたよ。でも正直なところ、ストーリーがチープだね。魔王に連れ去られたお姫様を救うため勇者は沢山の罠が待ち受ける魔界の迷宮に乗り込む……、テンプレもいい所だ。これじゃあ主人公への愛着も沸かないし、クリアしたいって気分にもならない。ゲームで最も必要な要素、それは、キャラクターへの愛情と、それを抱かせるためのバックグラウンド……、ストーリーだよ。それが翔のゲームには足りない』

『な、なるほど……』

 厳しい意見に胸が痛い。しかし、

『ちょっと待て』ロボットが物言いをつけてきた。『ゲームのストーリーなんてオマケみたいなもんだろうが。緊張感のある難しいステージ、強力なライバル、それらを乗り越えた先にある勝利と達成感、これがすべてだ』

『それは違う、ソンジュン』狐は言い返した。『いくら難しいステージや、ライバルがいても、それを乗り越える強い動機付けが無いと、何の意味もないだろ。それを支えているのがゲームのストーリーだよ』

『いいや、難易度だ』

『違う、ストーリーだ』

『どちらでもない、音楽と映像が作る世界観が最も重要』

『『『うおっ』』』

 僕たちは一斉にたじろいだ。いつの間にか、結城さんもログインしていたからだ。

『音楽と映像、それがゲームを、ただのスポーツでも小説でもない、特別な作品へと昇華している最も重要な要素』

 普段の物静かな結城さんからは想像もつかない、力強い言葉で言ってのけた。


『どいつもこいつもわかってねえな、ゲームって言うのはだなあ……』ソンジュンが語る。


『違う、プレイヤーと主人公の一体感を作り出すために……』幸司が反論する。


『ゲームは総合芸術、その根幹は……』結城さんが主張する。


 僕が作ったゲームの批評をしていたはずが、気づけば僕だけが蚊帳の外に追い出されていた。

『あのう……』

 僕は何度も呼びかけてみたが、完全に無視された。三人は、大統領選挙のテレビ討論会さながらに、激しい舌戦を繰り広げている。


 先ほどの会議も、これくらい熱心になってくれれば……と、部長としては思わずにいられなかった。


ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー


 校舎を出た頃には、陽はすっかり沈んでしまっていた。


 丁度校門前に到着したバスに乗り込む。下校のピークは過ぎたようで、空いていた一人用の座席に座る。バスは大きなエンジン音と共に、緩やかな坂道を登っていく。


 スマホが震えた。画面を確認する。


〈有名なアートディレクターさんのインタビュー記事に、さっきわたしが言ったことと同じことが書いてある〉

 ゲームメディアサイトへのリンクも添えられた、結城さんからのメッセージだ。すぐに幸司からの返信が届いた。


〈そのゲームなら俺も知ってるけど、作品レビューには、本作の売りは重厚なシナリオだって書いてあったぞ〉

 という文章と共に、レビューサイトへのリンクが書かれていた。


 一足先に帰った三人の部員たちは、未だ議論の熱が収まらないようで、場所をスマホのメッセンジャーアプリに移して、まだいろいろ主張し合っているようだ。さっきから受信通知が止まらなくて、正直うざい。


 またメッセージだ。

 しかし今度は部員からではなく、僕の妹、茜からだった。


〈夕ご飯、要る?〉


 味も素っ気もない短い一言。僕はすぐに返事を送った。


〈もう少しで家に着く〉


 続いて届いたソンジュンからのメッセージは無視して、スマホをポケットにしまい、バスの窓から外を見た。夕闇に沈む街の中で、真夏の太陽を反射する海面のように大小さまざまな明かりが揺らめいている。

 いつもと変わらない光景に、いつもと変わらないやり取り。


 ――平和な日常だな。



 自宅最寄りのバス停で降り、交通量が多い大通りの歩道を進む。

 前方から次々とやってくる自動車のヘッドライトに照らされ、伸びては縮むを繰り返す道路標識の影をぼんやりと目で追っていたら、ふと、石畳に覆われた横道が目に入った。

 現代的な住宅街が広がる中、その道の先だけは時間の流れから取り残されたように、木々に覆われた小高い丘になっている。一番上には古い神社が建っていて、小学生の頃は、妹や近所の友だちと一緒にその境内で遊んだものだ。


 ひらりと、鼻の先で一片の桜の花びらが通り過ぎていった。


 新年度は始まったばかり、桜の季節だ。


 ――久しぶりに、神社の桜でも見てみようか。


 平和な日常が続くと、偶には非日常に足を突っ込みたくなる、という人間本来に備わった冒険心というやつだ。桜なら高校の校庭にたくさん植えられていて、今日も飽きるほど目にしたというのに、今更神社の桜を見ることが非日常的なのか? と問われれば、単調な高校生活を送る平凡な一生徒による社会に対するせめてもの抵抗、ということにしておこう。

 とにかく、このまま家に帰るのはつまらない、と思ったのだ。桜を見てすぐに帰れば、自宅で待っている茜にも迷惑はかからないだろう。


 神社へ至る横道を進み、続いて現れた石階段を登り始めた。しかし、半分くらい進んだところで足が止まってしまった。社会への反逆という我が崇高なる意思に、体がついてこれなかった。小学生の頃は軽々と登れた記憶があるのに……。

 ハアハアと荒く息を吐きながら、階段の先を仰ぎ見た。星一つ見えない夜空を背景に、鳥居の笠木と満開の桜が目に入ってきた。

 桜は中に豆電球が入った提灯でライトアップされていた。薄橙色、白、そして、薄墨色に変化して、最後は闇に消えていくその様は、言葉にならないほど綺麗だった。

 言葉にならないときは写真に撮って、SNSへアップするに限る。僕はスマホを取り出しカメラアプリを立ち上げた。


 レンズを桜へ向け、ズームを調整する。液晶画面の中で拡大された無数の花びらが、一瞬、この世のものとは思えない不気味なものに見えて、ぞっとした。

「おい、高校生、何ビビってんだ」

 と、自分に言い聞かせ、スマホカメラの露光を調節する。

 しかし、淡い光に照らされた桜に囲われた静寂な空間にたった独り……、美しくもあるが少し不気味で、幽霊が出てきてもおかしくない雰囲気だ。

「な、なんて、そんな馬鹿なこと……」


 不意に、画面の隅に人影が現れた。


 ――まさか、本当に幽霊!


 急上昇する心拍を感じながら、視線をスマホの画面から人影の方へ向けた。


 そこには、結城さんのチャットアバターが現実に現れたのかと思うほど赤い豪勢なドレスを着た、長い金髪の女の子が立っていた。足は……ある。

 僕の通う大星高校には、世界中の留学生がいるから、金髪自体は珍しくないし、繁華街へ行けば、たまにクラシックな恰好をした女の子も見かける。

 しかし、石階段の上でライトアップされた桜を背景に立っている女の子は、あまりにも異質で、現実の光景とは思えなかった。

 驚き半分、怖さ半分の心地で、女の子の姿とスマホ画面を交互に見ていたら、それまで僕の頭上を越えて遠くへ向けられていた彼女の視線が、こちらへ降りてきた。


 僕と彼女の目が合う。


 まだ幼さが残る顔立ちだが、目を細め、唇を固く結ぶ少女の表情から、何か重大な悩みを抱えているのではないだろうか? と僕には思えた。


 ここで、スマホカメラを彼女に向けたままだと気づいた。

 盗撮だと間違われたら困る。スマホを持つ手を降ろそうとしたその時、ぶるりとスマホが振動した。幸司からのメッセージだ。

 習慣とは恐ろしいものだ。反射的に、ポップアップされた開封ボタンを押そうと、画面に指が伸びてしまった。

 しかし、人間慌てているとろくなことが起きない。

 間違えて、撮影ボタンを押してしまっていた。


「あっ……」


 シャッター音と共に、スマホからフラッシュが発せられ、僕の視界は白一面に覆われた。

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