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12 ゲーム研究部 vs. 悪の宰相 1

 東の空が明るみだす時分、僕たちは自宅近くの丘の上にある神社へやってきた。

 まだ桜が満開だった頃、僕とリリアーヌさんが初めて出会った場所だ。

 この神社の鳥居が、リリアーヌさんたちの世界から僕たちの世界へ移動する転移装置の出口になっているらしい。リリアーヌさんもドロテもこの鳥居からやって来たわけで、オデロンの軍勢もここから現れるはずだった。


 僕たちは、すっかり新緑の葉に覆われた桜の木の陰に隠れて、その時を待つ。

「このまま敵が現れずに、杞憂に終わったりして」

 ここへ来る途中にコンビニで買ったおにぎりをかじりながら、幸司は呟いた。

「まあその時は、翔に熟成肉三昧の焼肉でも奢ってもらうか」

 ソンジュンの言葉に、僕の目玉は飛び出しそうになった。

「ええっ、どうして!」

 男子高校生の胃袋を高級食材で満たせるほどの貯金などない。確実に僕は破産だ。

「そりゃそうだろ、俺たちは徹夜して、それにこの流れじゃ今日の授業もサボることになるぞ。これでもし何事もなかったら、それ相応の弁償を要求する」

「僕たち部活メンバーの絆が深まったってことで、これはこれで良いんじゃないかな……、ハハハ」

 渇いた笑い声を出しながら、僕は額の汗を拭った。

 本当に杞憂だったらどんなに気が楽なことか。しかしリリアーヌさんもドロテも冗談なんて言っていない。それがわかったから、幸司もソンジュンも手伝ってくれたのだ。


「こっちも、準備できたわ」

 スマホからリリアーヌさんの声がした。画面を見ると、いつもの豪奢なドレス姿とは打って変わって、紺のトレーナーに白の長ズボン、それに長い金髪をポニーテールに結んで白帽を冠る、乗馬選手のような出で立ちをしたリリアーヌさんがいた。今から大きな試合に挑むような、凛々しい雰囲気だ。

「リリアーヌちゃん、格好良い!」

 結城さんが手を叩いて称賛する。

「ありがとう、メイちゃん。こんな服まで用意してくれて」

 どうやら、結城さんがリリアーヌさんのために新たに用意した服らしい。迷宮のモデルデータ制作で忙しい中、服まで作ってしまうとは、目を見張る仕事の早さだ。

「いやいや、ちょっと待って」盛り上がるガールズトークに幸司が割り込んできた。「悪と戦う正義のヒロインのコスチュームと言えば、もっと露出度の高いビキニのような……ぐへっ!」

 幸司は結城さんから肘鉄を喰らっていた。

「そんなもの着てたら、リリアーヌちゃんの大切なお肌に傷がつく。敵と戦う時は、戦隊シリーズの全身タイツが正しい恰好」

「それはそうかもだが……。なあ、ソンジュンは俺と同じ意見だろ」

 幸司は赤くなった頬を擦りながら、ソンジュンに助けを求めたが、彼は「馬鹿」と一言で切り捨てていた。

 僕としては、時と場合によるんじゃないかな、という意見だったけど、これ以上、この話題を混沌の渦に巻き込んでもしようがないので、黙っておいた。

「なんだよ、男のロマンがわかってないよな」

 と、未練がましく呟く幸司に向かって、ソンジュンは呆れたような口調で言った。

「そんな事よりも、ゲームマスターさんよ。段取りの方は大丈夫なのか?」

「ああ」幸司の表情は一瞬で引き締まった。「ここへ来る途中にも説明しただろ。実際問題として俺たちができることはそんなにない。本番はほとんど王女様頼みになってしまう」

「あたしは大丈夫」リリアーヌさんは力強く頷いた。「ここまでお膳立てしてくれた皆に感謝しても感謝しきれない」

「そういうことは全てが終わった後に……」

 と言いかけた途中、僕の視界の隅が光った。

 見ると、黒ずんだ石造りの鳥居が白く輝き出していた。

「おいおい、まさか」幸司が目を丸くした。

「奴らが来ますぞ!」スマホからドロテが叫ぶ。

「ちっ、熟成肉三昧の焼肉はお預けか……」ソンジュンが身構える。

「先輩……」僕の後ろで、結城さんが両手を強く握りしめた。

「大丈夫、絶対大丈夫……」僕は自分自身に言い聞かせた。


 鳥居の口は光のもやのようなものに包まれ、向こう側が見えなくなってしまった。

「オデロン、来るなら来い!」スマホの画面から、リリアーヌさんは鳥居を凝視する。

 光のもやから、ぬうっと、人の手が現れた。

 驚きで叫び出しそうになるのを、ぐっと堪える。

 光る鳥居から次々と全身甲冑に身を固めた兵士たちが現れる。数名は腰を落とし、鋭い長剣を構え、辺りを警戒していたが、残りの連中は運動会の行進のように、整然と列をなし、神社の広場に隊列を組んでいく。

 幸司が人差し指を向けて、現れた軍勢の数を数えながら、小声でつぶやいた。

「……おいおい、百人を超えたぞ、予想より多いじゃないか」

「あれが、バッキンガム宮殿の衛兵だったら良かったのにな」

 だったら、ここはただの観光名所で、僕は喜んで彼らに手を振っただろう。でも連中はこれから戦う敵だ。

 しかも僕は、ゲームマスターから一番槍の栄誉をも賜っている。

 背筋が震えた。

「先輩……大丈夫ですか?」

「こ、これは武者震いだから」

 結城さんの方を向いて、軽口を叩いてみたが、明らかに声が震えていた。

「カケル、貴方ならできるわ」

 リリアーヌさんからも励ましの声を貰った。

 そうだ、この作戦で一番大変なのはリリアーヌさんに決まっている。そんな彼女から励まされてどうする! 僕はぐっと腹に力を籠め、スマホを握り締めた。


 ようやく鳥居から兵士の行列が途絶えた。整列する敵の軍勢は全部で二百弱といったところだ。

 予想より多いが、辛うじて想定内、と思った矢先、再び鳥居から腕が現れた。

 ――まだ増えるのか!

 体中が緊張する。

 しかし、追加で現れた人物は一人だった。ただし、他の兵士たちと明らかに雰囲気が違う。そいつは、藍色の生地に複雑な金刺繍を施したローブを羽織った老人だった。

「あれが、オデロンです」ドロテが言った。

 続いてリリアーヌさんが口を開いた。

「あのローブ、お父様……国王だけが身に着けることを許された、王者のローブだわ」

 なるほど、既に国王気取りってわけだ。離れた丸い目と横に広がった鼻、左右に分かれた白く長い口髭、まるでナマズのような顔だ。人を見かけで判断してはいけないとはわかっていても、オデロンはいかにも悪人面で、その全身からは、見た者すべてを不快にさせるオーラが、これでもかというくらい発せられていた。

 オデロンは兵士たちの前に立ち、諸葛孔明が持っていそうな大きな扇子を広げ、鼻先を押えた。

「何という酷い空気、なんという禍々しい魔力に包まれた世界じゃ。よりにもよってこのような悲惨な世界にミシェル王子もリリアーヌ王女も逃げ出すとは、とんだ災難よのう」

 ほっほっほっと扇子を持って笑うオデロン。全国の三国志ファンが揃って怒りだしそうな光景である。

「さっ、者共。どんな手を使っても構わん。早急に王子と王女を捕らえるのだ」


 幸司が無言で僕に目配せしてきた。

 作戦開始だ。

「リリアーヌさん」

 僕はスマホに向かって呼びかけた。彼女は軽く頷くと、朝焼けの空に響き渡るほど大きな声で叫んだ。

「オデロン、あたしはここよ!」

 動き出そうとしていた、オデロンと兵士たちの一団が一斉に足を止めた。

 その一瞬の隙を僕は見逃さない。その場でさっと立ち上がると、こちらを見る連中にスマホカメラを向けた。

 そして、撮影ボタンを押した。

 もしかして僕たちの推測が間違っていて、兵士たちをスマホの中に閉じ込められなかったら……? そんな恐怖で足は震え心臓は口から飛び出しそうだったけど、必死に堪え、一心不乱に撮影ボタンを連打した。とても前を直視できない。ただ赤い撮影ボタンを睨み付け、押して押して押しまくった。

 連写モードに設定してあるせいで、瞬く間に数十回のシャッター音が鳴り響く。


「……翔、翔」

 僕を呼ぶ幸司の声が聞こえても、僕は押す手は止まらなかった。

「前を見ろ!」

 ソンジュンに肩を叩かれて、ようやく僕は手を止めた。本当はたった数秒の出来事なのに、もう何時間も経ったような気がしていた。

 僕は呼吸を整えながら、顔を上げた。

「翔、やったぞ。成功だ!」

 幸司の言う通り、さっきまで目の前にいた二百人近い兵士たちは、一人残らず姿を消していた。


ー ー ー ー ー ー ー ー ー ー


「な、何が起こった? こ、ここは何処だ! 誰か答えろ」

 威圧的な口調で辺り構わず怒鳴り散らすオデロンの姿を、僕たちはスマホの画面から眺めていた。

 第一段階は大成功だ。しかしまだ、僕たちの街が戦火に見舞われることを回避したに過ぎない。本当の戦いはこれからだ。

 待ち受け画面の中でしきりに周囲を見渡していたオデロンが、ふと顔を上げた。

 僕と目が合う。敵の総大将は目を吊り上げ、大きな口を開けた。

「き、貴様何者だ! なぜそこに……」

「オデロン。あたしを探していたんじゃなかったの?」

 と大声で言いながら、リリアーヌさんがオデロンの前に姿を現した。

 オデロンは一瞬呆けたような表情で、水面のナマズのように口をパクパクさせていたが、突然リリアーヌさんに向かって慇懃に頭を下げた。

「おおっ、王女様、そこにいらっしゃいましたか!」

 ソンジュンが僕の隣で呟いた。「あのおっさん、よくみると表情がころころ変わって、案外面白いな」

 僕も同じ感想を持った。こうやって観察できるってことは、皆少しは冷静に戻れたと思う。


 一方、スマホの中では、リリアーヌさんがオデロンに向かって叫んでいた。

「何が王女様よ。王宮を襲い、あたしやお兄様を探して殺そうとしていたくせに。あたしはもう逃げも隠れもしない。モンドール王国の王女として、王国を混乱に陥れたお前に裁きを下す」

「このわしに裁きを……」オデロンは落ち着いた口調で言った。「王女様、どうやら貴女は幾つか大きな勘違いをされておるようです。これは決して反乱ではございません。わしなりに、王国の事を想ってのこと」

「何ですって……」リリアーヌさんの額に皺が寄った。

「つまりこういうことでございます。王国を取り巻く情勢は混迷を深め、王は常時難しい選択を迫られるお立場でした。しかしリリアーヌ王女様の御父君は、もともとあまりお身体が丈夫でなく、心身ともに大きく疲弊されておいででした。それをお救いし、王国を繁栄に導くため、大いなる決断が必要でした」

「それが、あたしたち一族を皆殺しにして、お前が王になる、ということ? お父様を愚弄するのもいい加減にして。お父様は体も丈夫でないし、施政者として至らない点もあるとは思う。でも誠心誠意、国のため、民のために働いてきた。それがどうだ、オデロン。宰相という地位を利用してお前が行った数々の悪事の噂をあたしが知らないと思っているのか? お前はただ、王となって国の富を独占し、私腹を肥やしたいだけだろう」

「王女様、凄く堂に入ってるよね。俺の想像以上だ」

 と、幸司が感心したような声で呟いた。確かに、リリアーヌさんはいつもよりずっと大人びた声で、オデロンと対峙していた。ちなみにそのリリアーヌさんの演技指導したのは幸司だ。ドロテから王国の情報を色々聞き出して、様々な文面も考えたらしい。

「リリアーヌ王女、それも貴女の勘違いです。国を動かすのに綺麗ごとだけでは済まないのです」オデロンはゆっくりと首を振った。「それにもう一つ、わしは現国王もその家族も、命を奪うなんて全く考えておりません。これまでの功績を称え、何不自由のない生活をお約束いたします。ですから王女様にも手荒なことをするつもりはないのです。ですからどうか、大人しくわしに従い、ここから出る方法を教えていただないでしょうか」

 明らかに嘘だろう。さっきどんな手を使ってでも捕らえろ、と叫んでいたのはオデロン自身だ。それはリリアーヌさんもわかっているはずだ。

 もちろん、リリアーヌさんは厳しい口調で言い返した。「そんなに大勢の傭兵を引き連れ、お父様から正式な禅譲を受けてもいないのに、もう国王気取りで王者のローブを着ているお前から、そんなこと言われても信じられるわけがないでしょう」

 オデロンが「チッ」と、小さく舌打ちした。扇子を持つ手が震えている。

 リリアーヌさんは続けて挑発した。「お前は結局、自分の事しか考えていないのだ。本当に王国の事を想っているのなら、今すぐその罪を認め、あたしに投降しなさい」

「ええい、忌々しい小娘めっ!」突然、我慢の限界とばかりオデロンの口調が荒々しくなった。「せっかくこちらが下手に出てやっているというのに、いい気になりおって。その口を閉じろ。立場をわきまえたらどうだ」

「とうとう正体を現したわね、オデロン。立場をわきまえるのはそっちの方よ。貴方が従わないのなら、力づくでねじ伏せるまでよ」

「この現状を認識できないとは、親に似て本当に愚かな王女だ。お前を取り囲む兵士の数が目に入らないのか? たった独りでこのわしに勝つつもりとは片腹痛い」

「あたしは独りじゃないわ」リリアーヌさんが一瞬上を――僕たちが見守る画面を――見た。「お前こそ、独りでは何もできないくせに。金で集めた傭兵たちに囲まれていないと威張ることすらできないの? しかも、雇うお金も宰相という地位も、お前の実力ではなく、先祖から譲り受けただけに過ぎないというのに」

 この言葉が決定打となったようだ。茹で上がった蛸のように真っ赤な顔でオデロンは叫んだ。

「世間も知らぬ貴様に……わしの何がわかるというのだ! お前たち、今すぐリリアーヌを捕らえろ。生きていようが死んでいようが構わん! 最初に捕らえた奴には、望むだけの財宝をくれてやる!」

「「「おおーっ!」」」

 傭兵たちは雄叫びを上げると、リリアーヌさんへ向かって一斉に進みだした。彼女はそれを見るとすぐさま踵を返して、あの僕らが用意した『魔界迷宮』のアプリへ入っていった。


 幸司の挑発作戦は成功のようだ。敵にゲームを続ける強い動機付けができた。これで連中は多少の無理をしてでもリリアーヌさんを追いかけるだろう。

 例えその先に凶悪な罠が待ち受けていようとも。

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