裏第二十九話
俺はある行動を取った
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『頭を撫でる』
こんな花とは一緒にいられない。後日落ち着いた時にもう一度話そう。だからと言って一度泊まると言ってしまったからただでは帰さないだろう。ならどうする?逃げるしかないのだ。
しかしどうやって逃げるか。花の目は虚ろのまま、俺を見ているのかもわからないしずっと同じ言葉を言い続けている。玄関は花の後ろ、退路が無い。花の足は怪我をしているので無理矢理どかせて悪化させる訳には行かない。一か八か横から行くしかないのか?
それしかないと体勢を低くして移動しようとしたその時、花に腕をがっしりと掴まれた。
「どこかに行くのですか?」
逃げようとしたのがばれた?もう無理矢理行くしかない!
掴まれた手を前に引き花を引き寄せる。花の体が傾いた瞬間を狙って横から抜けようとするが花の手は離れない。細腕の割りには強い力で掴まれている。
「逃がさないですよ」
その瞬間、花は顔は笑った。いや、これは笑ったって顔じゃない、こんな顔今まで見たことない。狂気しか感じない。
「離せ花!」
掴まれた手を無理矢理剥ぎ取り玄関へ走る。靴を履くか一瞬迷い、時間がおしいと玄関を開けようとするが空かない。逃げることで頭がいっぱいになり鍵がかかっていることに気づかず何度も空けようとするが空くはずがない。
次の瞬間、頭に強い衝撃が走った。倒れながら花の手に料理で使う麺棒が握られていてそれで殴られたんだと気づく。
「逃がさないと言いましたよ」
その言葉を最後に気を失った。
――――――――――――――――――――――
「んっ……」
気がつくと花の部屋だった。頭が痛い。体中が重く体が動かない。
ジャラ……
何の音だ。鉄が引きずられる音?
「あら、起きましたか」
台所からいつもの笑顔の花がやってくる。さっきのは夢だったのかと思うほど花の笑顔はいつも通りだ。しかし頭の痛みは殴られたことを物語っている。
「その首輪は気に入りましたか?」
「首輪……!?」
そして気づいた。先ほどの鉄が引きずられる音は遼の首に付けられた首輪から伸びた太いチェーンだ。
外そうと手を動かそうとすると手には袋のようなものが付けられおそらく手錠が何かで両手が縛られ後ろに回されている。
椅子に座っているのだが、脚も縛られ、立てないように椅子と太ももを括りつけられている。
「これでずっと一緒ですよ」
こんな展開望んでいない。これでは何もできないし家にも帰れない。
「安心してください。遼さんは私がお世話しますから。スマホでお姉さんには連絡させていただきましたよ。何も疑問も思わず了承してくださいました」
遼のスマホを取り出しそして花は笑った。口を三日月のように裂けそうなほど吊り上げた恐ろしい笑顔。悪寒が走る。
「とりあえず朝食を作りましたので食べましょう」
そう言って朝食を持って遼の前に膝立ちをする。持ってきたのはおかゆだった。
「はい、あーん」
スプーンを遼の口に近づけるが遼は口を空けようとしない。その目は嫌がるものではなく、恐怖を感じる目だった。
「食べないのですか?仕方ないですね」
そう言って自分の口に含みん両手で遼の顔を挟み込んだ後口付けた。そして口に含んだものを無理矢理遼の口にねじ込んでいく。口移しだ。
「うっ、げほっげほっ」
「遼さんお行儀が悪いですよ。ほらもう一度、あーん」
これは従うしかなさそうだ。仕方無さそうに口を開き差し出された物をいただく。味はうまいはずなのだが味を感じない。
「うふふ、よくできました。はい、あーん」
そのまま餌の時間は昼食、夕食も行われ、遼の少しずつ恐怖心は和らいでいった。その代わりに諦めの心が芽生えてくる。
ここで花に飼われてしまうのか。何も苦労はしないし悪くないのかもしれない。
二日に一回、一緒に風呂に入ったのだが、鎖と手は繋がれたまま。どうやら鎖は玄関まで届くギリギリの長さみたいだ。風呂の中まで結構ギリギリだ。
お互い全裸になり体を隅々まで洗われる。手が使えないので花が洗ってくれている。諦めがついたのか恥ずかしさもなくなって遼の目は光を失っていた。もう逃げようと思う気持ちも無い。いや、あっても鎖がある以上逃げられない。
こんな生活が夏休み中続いた。日中は椅子に縛られ、夜は毎晩、ベッドで体を交えた。最初は花が無理矢理犯していたのだが、だんだん日常的になり遼が拒むことをしなくなるどころか自分から花を求めるようになった。
そして二学期が始まる。遼はもちろん繋がれたまま、学園に行くことはできない。
「遼さん、私が帰るまでいい子にしててくださいね」
そう言って花は学園へと向かう。夏休み中も買い物に行くと何度も外に出て行ったが遼は一度も逃げようとはしなかった。
早く帰って来ないかな。そう言えば昼食はどうするのかな。これでは食べれないな。花が帰ってきたら明日から昼食を準備して置くようにお願いしよう。
やることがないな。本ぐらい読めるようにお願いしよう。明日からでいいや、今日は花が帰るまで寝よう。
この生活も悪くない。毎日花が世話をしてくれる。何もしなくていい。夜は毎晩二人で快感に溺れる。最高じゃないか。そう思いながら眠りに着いた。
――――――――――――――――――――――
外が騒がしくなったので目を覚ます。玄関が何度も叩かれる音、そして玄関が空き、警察と思われる二人が部屋に入ってくる。
「要救助者発見。救出開始します。」
警察と思われる二人は遼の拘束を解こうとしてくる。
何をしている?救出?俺は助けてなんて言ってないぞ。
「ひどい衰弱が見られる。救急車を呼べ!」
寝起きだからか衰弱されていると勘違いされたのだろう。実際は毎日健康にいい料理を食べているのでそんなことはあるわけがない。
「学園での聴取が取れた。彼女を現行犯で逮捕だ。彼はこのまま病院に連れて行く」
あぁ、これは夢なのか。起きたら花火大会のあの夜に戻るんだろうな。
何が起こっているか理解するのも面倒になり、そしてまた眠りに落ちた。
再び目が覚めたのは病院のベッドの上。拘束は全て解かれて体が自由になっているのに違和感を感じる。体は軽いのだがしっくりこない。
「篠崎さん、置きましたか」
声を掛けられたほうに顔を向けると四十代ぐらいの男がベッドの横に座っていた。
「あんた……誰だ?ここはどこだ?」
そう言って男は胸元から何かを取り出す。警察手帳だ。
「私は警察でここは病院です。篠崎さん、自分がどういう扱いされていたかわかっていますか?」
「俺は……花に飼われていた。毎日おいしいご飯を食べて毎日花と体を交えて、とても楽な生活だった」
「篠崎さん、あなたは監禁されていたんですよ?」
監禁と聞いても何のことかわからない。だって花は優しいし、俺は何もしなくていい。ただいすに縛られているだけでよかったんだ。
「花はどこにいる?」
「瀬戸内花は署へ連行した。君のお姉さんが通報しなかったらずっとあのままだったんだよ」
「それでよかったんだ。どうして俺達の邪魔をした?」
遼の言葉に対して男は顔をしかめる。そして椅子から立ち上がり病室の外へ出て行った。
今なら体を動かせるのだが、動こうとはしない。あの生活に慣れすぎて動く気力を失っていた。目の光を失い廃人と言ってもいいような状態だ。
しばらくすると男が帰ってきた。白衣を着た医者らしき男も一緒だ。
「篠崎君、君にはしばらく入院してもらうよ」
医者が言うことがわからなかった。体は健康そのものなのだ。早くあの部屋に戻って花のペットとして生きていたい。それしか考えられない。
「では先生、お願いします」
「ええ、きっと復帰させてあげます」
遼は精神科に連れて行かれそのまま入院することになった。入院中も動く気力を失った遼はずっと部屋に引きこもった。
話を聞くと花は少年院に連れて行かれたそうだが、何も悪い事などしていないのにそうなったのかと遼にはわからなかった。
病院食はおいしくない。花の料理が食べたい。風呂にも入りたくない。花が洗ってくれないと体が洗えない。夜は一人で寂しい。花の体を貪りたい。
数年後、遼は退院することになったのだが、結局変わることはできなかった。自宅に帰らせて様子を見るとのことだったのだが、家族は誰も迎えに来ない。それもそのはず、入院中は家族との面会ですら遼は断っていたのだ。
退院となり家に帰ることになったのだが、歩くのもいやだ。タクシーを乗るか?でもお金がない。歩くしかないのか。めんどくさい。
もう日も沈みかけているので肌寒くなってきている。早く帰らないと夜になり足元が危なくなる。
そうして病院から歩き始めた。病院から出てすぐ、四、五歳ぐらいの子供を連れた女性が立っていた。その女性を見間違えるはずがない。
「花……」
「遼さん、お帰りなさい。さあ、帰りましょう」
「ママ、この人がパパなの?」
「ええそうよ。この人があなたのパパよ」
どうやら毎晩体を交えていたので子供ができていたようだ。花に似た女の子だ。将来はかわいくなるだろう。
「花、帰ろう」
「ええ、早く帰りましょう。
新しい首輪も用意したので楽しみにしててください」
それを聞いた遼はここ数年では見せなかった満面の笑みを浮かべる。これでまたあの生活に戻れる。
そして三人の影は夕闇へと姿を消していくのであった。