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ルール説明

「え…?」

天使のわけのわからぬ発言についていけず、夜は間抜けな声を漏らした。


「あの、死んだらお願いを叶えてもらえるんじゃ…」


「そんな都合の良い話があってたまるかい?死ぬだけでお願いが叶えてもらえるなんて」


死ぬだけ。

死ぬだけ、とは、たかだか死ぬだけ、という意味合いの発言だろうか。

夜の脳裏に唐突に過ぎったのは、沢山の死に纏わる思い出だった。


さっき、死にかけた瞬間。

桃が、死んだ瞬間。

桃のお母さんの虚ろな目。桃の妹の幼い泣き声。

むーむーの咽び泣く声。直樹の歪な笑顔。

無くなってしまった、愛しい日々。


死ぬだけ。


「死ぬだけ…?」


「ニンゲンは、死を非常に怖がるな。死を取り巻く感情は実に豊かだ。素晴らしく興味深い」


夜は天使の言っている事が、理解出来なかった。


「何を、言ってるんですか?」

その言葉を発した夜の声は、凍える程冷たかった。それを聞いた天使の目が、大きく見開かれる。

その空色の瞳に映ったものが、あまりに『予想外』だったからだ。

夜の目からは色が消え、その背後から、黒い影が伸びて来ている様な錯覚を覚える。それ程に圧倒的な負の感情が彼女を取り巻いていのだが、本人はそれの存在を自覚していない様に思えた。


「何かが君の逆鱗に触れたのなら、謝るよ。…」

天使が神妙な顔で、俯きながらこう言うと、夜は色の無い目をしたまま、無言で首を傾げる。


「逆鱗…?私、別に怒って無いですけど…私を怒らせるような事、言ったんですか?」


そう言って夜は笑った。天使は一瞬、呆気に取られた様な顔をして彼女を見る。


「いや!なんでも無い。話がそれてしまったね。さっきの話を続けてもいいかい?」

天使はその表情さえすぐに消して、どこか人形めいた笑顔を浮かべ、愛想よく夜に対応して行った。

そしてその様な笑顔でも、天使の笑顔は十分に美しかった。


「これから君はゲームを行うんだ。君の願いを叶えるために、君自身が努力して、願いを勝ち取る。」


そう言って天使はにこにこしながら、パチン、と自分の指を鳴らした。

するとその指の上に、拳ほどの大きさをした、極彩色に輝くクリスタルが浮かび上がる。


「これは、 願石。ガンセキだ。これに願えば、どんな願いだって叶えられるよ。一度使ったら消滅するけどね。

そしてジブンがこれに、これからまじないをかける。」


天使が何か呟くと、ガンセキの極彩色の光が一瞬強くなって、それからすうっと消えた。


「これで、君はガンセキに守られる存在となった。君はガンセキから、自分を守る力を一つ与えられるだろうね。あとは君が、これに触れるだけでいい。それが、君がジブンと契約すると言う意思表示だ。」


そう言って天使は、「さあ。」と契約を促して来た。急かす様に夜の前に手とクリスタルを突き出し、早く早くと足踏みをする。


「ゲーム内容の詳細の説明が、まだですよ?」

夜は天使の目をじっと見てそう言った。


天使は少しばかり俯いてから、数秒経って屈託のない笑顔をこちらに向ける。


「ああそうだ!申し訳ない。ジブンとしたことが、情けないな。

うん、ルールか。単純なものだよ。

クリスタル一個につき一つ願いが叶えられる。

クリスタルは使用者の心臓の中に入れる。無論、物理的に取り出すことも可能だ。

月食の夜に、クリスタルに願い事をすると、願いが叶う。

君は願いを叶えるために、月食の夜まで頑張ればいい。

ゲームプレイヤーは18人だ。君の願いは、桃を生き返らせる、だろう?これなら了承できる。ジブンが了承した願いじゃないとプレイヤーにはなれないからね。

ルールは以上だ。あ、特にやっちゃいけない事はない。どうだい?」


長いルール説明を受けて、夜は目を瞑った。


「やります。」

夜はそう言うと、クリスタルに手を伸ばし、浮かんでいるそれに人差し指の腹を押し付けた。それから指を滑らせ、ぐっ、と爪が白くなるくらいに、クリスタルを握りしめる。


絶対に、絶対に取り戻す。

絶対に、助ける。


「ぐっ…!はっ、ヒュッ」

心臓に激痛が走り、夜は思わず呻き声を上げた。その後、喉辺りに風穴が空いたような音が口から漏れる。

手の中のクリスタルは、消えていた。


「契約完了だ、夜。」

天使が笑って、苦しむ夜の頭を撫でた。途端、すうっと彼女の中で暴れまわっていた痛みが、嘘のように引いて行く。


「ゲームで質問がある場合は、クリスタルを通してジブンに聞けばいい。ルール説明も、ざっくりしすぎていたからね。最低限以外のこと、質問に全て答える保証はしないけれどもね」

夜はコクリと頷いた。

「この後、私は?」

「君は地面に落ちるが、ジブンが小細工をしよう。大丈夫だ、死なないから。」

「わかった。」

夜が天使の言葉に頷いた途端、彼女の体がまた落ち始めた。内臓がひっくり返り、目が開けられない。


「ルーーーーーーーーッ!」

直樹の悲鳴の後半がまたも再生され、むーむーが落ちていく夜を見て目を見開く。何事かと他の生徒も振り向き、こちらを見るが、そこまで確認した瞬間、彼女の体は地面に激突した。


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