事件当日から五日前(後半) 不思議な少女と生まれ始めた異変
全ての料理が終わったら時間的に中途半端だったので、しょうがないので魔法やスキルの特訓をする事にした。
「なんというかさ。こう言う、自主練習する場所とか合ってもよくないか?
ほら、道場とか、スキルの練習とかさ」
「あー」
それは、たしかに正論かも知れない。最初の内は、どんな魔法なのかを確かめるのや、スキルがどんなものなのか? と、言うのを実戦して確かめる。
俺はレベルアップした魔法、ウォーターを確認する。
実のところ、それは近くの水を操ると言うものであった。操ると言っても、持ち上げたり宙に浮かせたりするわけではない。重力に逆らわないで形を移動する。
お皿の水でモーゼの十戒もどきをしたりできた。
これで、宙に浮かせることが出来たら呼吸困難なんかに出来る必殺魔法が出来ただろうが、あいにくとそれは出来ないらしい。
しょうがないので、ライトの魔法を特訓する。
地道な作業である。
魔力がほとんど無くなってから、早めの夕食を食べて、
「明日は、早めに出かけるか」
「そうだな」
と、言う会話をしていたら、ふと視線を感じた。
「?」
そちらを見ると、そこにいはオバケが居た。
「「「どぎょあああ」」」
思わず声を上げる。
そこには、なんと言うか……子供の書いたお化けのようなやつがいた。言ってしまえば、絵本に出てくるようなお化けであり、オタマジャクシを真っ白にした……時計を使って妖怪とお友達になるやつで、あまり役に立っていない残念な執事に似ている。
ただし、紫のたらこ唇でも無ければキモい目でもない。つぶらなハムスターのような目に普通の口。うん。そうなると、わりと見慣れれば可愛い印象を与える。
「モルテさん。勝手に行かないでくださいよ」
と、そこに一人の少女がやって来て俺はとっさに顔を伏せる。俺は、女性と顔を合わせるのが苦手なのだ。普段は、サングラスやマスクなどで顔を隠しているのだが、この世界ではそれが無い。
俺は顔を伏せながら、顔を見ないように相手を見る。
真っ黒のフード付きのローブに髑髏のペンダント。……あ、あの時のド失礼な男の取り巻きと同じ格好だ。とは言え、まだ全員が初期装備なので服が同じ名のは当たり前だ。事実、俺たちと同じ格好をした人間は他にも沢山居る。
「君は?」
と、俺が女性と会話したくないことを知って居るハヤテが尋ねる。
「あ、私の契約している魔物が失礼をしました。
私は、スプリングと言います。死霊使いです。
こちらは、謎の幽霊のモルテさんです」
と、死霊使いにしては妙な明るさを感じさせる少女はそう言った。
「死霊使いね。あー。なるほど確かにそんな雰囲気の……あー、服だね」
と、ハヤテが言葉を選びながら言う。
俺は無言で料理を食べている中で、謎の幽霊と言うらしいモルテは、メロンをじろじろと見ている。
メロンはあまりにも見られていることから、俺の帽子の中に隠れた。
「モルテさん。人様の契約魔物をじろじろと見ないでください。お願いします。
す、すみません。お二人とも」
と、謝罪するスプリングさん。……おそらく、偽名だろうが人の事は言えない。俺だって、ゲームではユウと言う名前で、登録している。
とは言え、ハヤテはそのまま、ハヤテだが……。
スプリングさんが謝罪を何度もしながらモルテを引き連れて立ち去った。
「お前さ。いい加減に、女子と顔を合わせて喋れよな」
「NPなら喋れるぞ」
「自慢するな」
俺の言葉にハヤテがあきれたように言う。
「けれど、プレイヤーとも話し合う事があると思うぞ。
パーティーだっていずれは、増えるしその時に女子は断るなんて無理だぞ」
「そうだよな。……マスクかサングラスでも買うか」
「……ゲームの中でくらい、素顔で話せるようにする努力をしろよ」
俺の言葉にハヤテがあきれたように言う。余計なお世話だ。
「まあ、トラウマは根深いものだからな。
お前の場合は、ある意味では呪いみたいなもんだし」
「…………」
ハヤテの言葉に俺は黙る。
解って居るのだ。俺のこれは、いずれは克服するべきだと……。それでも、俺は姉貴以外の女性と顔を合わせるのが出来ない。
メロンがきょとんとした顔で俺を見おろしている。
そんな中だった。
「ねえ。その妖精とどこで出会ったの?」
と、言う声がした。
その声が女性だと気付いて俺はさらに顔を伏せる。
「ねえ。ちょっと! その」
「あー。ごめん。ごめん。そいつ、恥ずかしがり屋でさ。
女性と目を会わせられないんだよ」
女性が咎めるように言う中で、慌てたように止めるのはハヤテだ。
「俺は、ハヤテ。で、こっちはユウ。君は?
名前も教えてくれない相手には、さすがにそう簡単に答えられないんだけれど」
「あ、それもそうね」
ハヤテの言葉に女性は改めて頷くと名乗る。
「アタシはクレセント。体術士よ」
と、クレセントは名乗った。
「そうか。よろしく。
いやさ。俺の契約出来る魔物を捜してドラゴンがいる場所へと行ったら、なぜかこの子が居て、ドラゴンに襲われていたんだよ。
そう言えば、メロンちゃんはどうしてドラゴンが住む岩場に居たの?」
「そうよね。妖精は、どっちかと言うと森にいるはずだし、森にいる妖精も木葉小妖精や種妖精や自然の精霊卵くらいよね。
原初の妖精の子供なんて、知らないわ」
と、クレセントがいる。
「うーん。隠しキャラ?
けれど、これはテストプレイだしなー」
と、ハヤテが言う。
「ねえ。あなたの契約魔物なんでしょ。
なにか、解らないの?
そもそも人が話していると言うのにいつまで顔を伏せているの?」
と、言う声がしてクレセントが俺の顔を無理矢理、上げて俺と目を会わせる。
どくん! と、心臓が跳ね上がる。
俺の眼にうつったのは、一人の少女だ。髪の毛をポニーテールにしておりバンダナをしている。両手には指が出て居る布製の手袋。身に着けているのは、柔道着に似ているがもっとぴったりとしている印象のある服。帯は白だった。
顔立ちは、ややきつめの印象を与える気の強そうなややつり目気味の少女。だが、勝ち気な印象とボーイッシュにも見える服装が似合う美人だ。
どくん。どくん。と、俺の心臓が鼓動を伝える。
そして、
「うっ!」
吐き気を覚え俺は口元を抑えて伏せる。
やばい。……このままでは、
「ぐえっ、げっぼ、げっぼ」
「ちょ、ちょっと!」
「キャー。キャー」
「おい。ハヤテ。大丈夫か?
すみません。水とバケツと雑巾を下さい」
と、吐き出した俺に慌てるクレセントの声と、メロン。そして、瞬時に水とバケツと雑巾を手慣れたように頼むハヤテ。
ハヤテはなれたものである。
つか、ゲームでも吐くことが出来るんだな。
と、俺は思いながら一通り、吐いて水を飲む。
「ちょっと、人の顔を見て吐くって……」
「悪い。お前の顔が悪い訳じゃ無い。
俺の精神の問題だ。……俺は、女と顔を合わせると吐くんだ」
クレセントの言葉に俺は事情を説明する。
「どう言う精神構造をしているのよ」
「あたしも、女だけれど」
俺の言葉にクレセントが呆れ、メロンが怒って俺の頭を叩いてきた。
地味に、HPが減っているので止めて欲しい。
「……人類の女限定だ。犬や猫やら人形の女の顔を見て吐いていたら、動物園に行っても動物の観察も出来ねえよ」
飼育員のお姉さんは駄目だった。
「あたしは、犬や猫と同列か!」
と、さらに怒り出すメロン。
犬や猫と同列扱いはしていないが、人形とは同列扱いしている。
とは言え、黙っておいて悪かった。と、言って今度、お菓子を作ってやると言う。……砂糖を使った飴玉にしよう。あれは、簡単だ。
と、俺が思う中でメロンがようやっと怒りを収める。
随分と明確な感情があるらしい。
「どう言う人生を送っているのよ。それで、よく今まで生きて来れたわね」
と、呆れるクレセント。
「サングラスかマスクを俺が身に着けているだけでも大丈夫なんだ」
「どう言う理屈?」
俺の答えに呆れるクレセント。
余計なお世話だ。
「あー。精神構造と言うより、過去の出来事……トラウマだな。
さすがに、内容までは聞かないでくれ。
さすがに、会って数時間の相手に話せるほど愉快な話じゃないんだ」
と、ハヤテが言う。
「そう……。
ごめんね。とにかく、聞かせてくれてありがとう」
と、言うとクレセントは立ち去った。
ふと、感じる視線。……そりゃ、そうか。
いきなり吐き出したのだ。小学校の頃から、何度かこう言う事はあった。トラウマになってから、顔を隠す事で大丈夫になり学校でもマスクをしていた。
だが、好奇心や知らない教師などがマスクを取り上げてそして女子に顔を見られた瞬間に、吐き出す。女の顔を見ただけで吐き出すのだ。
そりゃ、驚くし視る。普通に過ごしているだけでも吐く人間と言うのは騒動になるのだ。
「ユウ。部屋に戻って休んでおけ」
「ああ」
あの一瞬で終わるゲームの睡眠では無意味だろうが、部屋で一人になって休んでおこう。と、俺は思いながら、メロンと共に部屋へと上がったのだった。