事件発生から四日目 馬鹿は死んでも治らない
戦闘はなるべく避ける。と、言うのが基本的な目的だ。
これが、レベルを上げると言う事ならばモンスターを見つけたら自ら向かうぐらいが丁度良いだろうが、今回は違う。疲れたから、街へ戻ると言う手段もあまり使えないだろう。
回復薬が品薄状態だ。と、言う事は商人のカエデと情報屋のハヤテの情報から、それが解って居る。そのために、かなりの高頻度で回復薬の買い取りや調合士と言う回復薬を作れるサブ職業の人たちが、人気となって居る。
とは言え、職業は変更が出来ない様子だ。
いや、ひょっとしたら変更は出来るのかもしれないが、最初の町でそんな事が出来るとは思えない。
つまり、初級の町ではそろそろ困惑が起きている様子だ。
戻ったところで、消費した回復役やアイテムが購入出来ると言う保証は無い。
いや、手に入らないようになる可能性の方が高い。
だからこそ、次の町へと向かった方が良いのだ。
「こう、モンスターに発見されないスキルとかないのかな?」
と、ハヤテが言う。
「あるかもしれないけれど、それもそう簡単に手に入らないだろ。
と、言うかスキルって増えるのか?」
「たぶんだけれど、それも次の町とかで見つかるんじゃないの?」
「あー。けれど、有料かも知れへんな。
あるいは、なんかのイベントがあるとか?
せやけれど、初級の町でそれらが見つかると言う保証もあらへんわ」
「……けれど、これがゲームならば……
まだ、設定されていない可能性もある」
「あー。確かに」
ネット系のゲームならデータをダウンロードするとかアップデートがあるはずだ。だが、このハッキング状態でそう言うのが行われると言う可能性はあり得ない。
つまり、限界とかがあるかも知れない。
そもそも、これはプロトタイプなのだ。
「……それは、大丈夫だと思うわ」
と、スプリングが言う。
「? どう言う――」
意味だ? と、尋ねようとしたときだった。突如として、炎が放たれた。
「うどわ!」
と、僕は避ける。
「誰だ?」
と、声を上げてみる俺たちはかなりの人数に囲まれていた。
「久しぶりだな」
「……誰だ?」
一人の言葉に僕は真顔でそう尋ねる。
「な、なに? きさま、俺たちの事を覚えていないのか?」
「いや、ぜんぜん」
即答する。
あいにくと、記憶力は悪くない方だが……。
不愉快な事はすぐに忘れる事なのだ。
覚えていて楽しくないのなら忘れた方がよい。脳の要領なんてきまっているのだ。大切な事や重要な事を覚えて、後は楽しい事だけ覚えておきたい。
死の間際に不愉快な事を思い出すより、楽しかった事を思い出したいではないか!
「お前達に恨みを持つものの連合軍だ」
「まるで、人様に恨みを買いまくっているように……」
別の奴が答えた言葉に、僕は顔をしかめる。
これでも僕は礼儀正しく、人様を不愉快にしないように気をつけて日々を過ごしている。
そりゃ、たしかに女性に顔を見られると吐いてしまうというのは、不愉快にさせるだろうが……。きちんとした理由があるのだ。
……あまり言いたくないけれどさ。
とは言え、この場に居るのは全員男だ。
余計に心当たりが無い。
「……ひょっとして、宿屋でメロンを仲間に引き入れようとして喧嘩を売って……。上からのシステムで強制死亡になった連中とか、ドラゴンもどきの密猟者とか、スプリングの勝ったアイテムを強奪しようとしていた連中か」
「あー」
ハヤテの言葉に僕は納得した。
確かに怨まれているかも知れない。だが、
「それ、逆恨みじゃねえか」
「たしかにな。一つは知らんがもう二つは、おもいっきり逆恨みやで」
「もう片方も聞いた事があるわ。
思いっきり、逆恨み」
「……格好悪い……」
僕の言葉にカエデとクレセント、スプリングが言う。
更に、俺の頭の上ではメロンも頷くモンテも頷いている。
ゲームのプログラムにまで呆れられており、彼らは怒りに顔を赤く染め上げる。
「うるせえ!」
と、女の子三人からの罵声に怒りに顔を赤く染める。
「これだけの人数なら、お前らも死ぬだろう。
一度、死んでしまえ」
「……死ね……ね」
ぴくりと、俺は言われた言葉に怒りを覚える。
死ね。……簡単にいって良い言葉じゃないはずだ。
たとえ、それが何がゲームの中でも発言でもだ。
「……追いつけよ。ユウ」
「……冷静だよ。ただ、冷静に怒っているだけだ」
と、ハヤテの言葉に俺は言う。
「ただ、こう言う人間は家のを隠す事が出来ずにいるだけだ」
と、俺は言う。
「ま、たしかに……こういう、筋の通ってないやつらは不愉快やな」
と、カエデが言う。
「けれど、この状況で勝てると思っているの?」
と、クレセントが怒鳴るように言う。
確かに、クレセントの言う通りなのだ。
俺たちは五人だが、相手は十人以上はいる。
レベルだって圧倒的にこちらが上と言う訳では無い。
これが、プレイをし続けていて経験やスキルを沢山、会得しているならばともかく、この状況では何かが変わると言う逆転の一手があるわけではない。
つまり、俺たちが勝てる可能性は零に近いと言うわけである。
生き延びるには最適な正解は、逃げるだろうが……。
あいにくと、囲まれており逃げるのは難しい。と、思っていると、
「……大丈夫」
と、言い出したのはスプリングだ。
「町の外なら……勝てる。モンテも全力を出す」
「ああ? ハッタリか?」
と、スプリングの言葉にごろつき……ひょっとしたら、スプリングからカツアゲをしようとしていた連中かも知れない。が、あざ笑うように言うが、
「あのスキルは……町で使うスキルじゃないから……」
と、言うと同時にモンテが大きく口を開けた。
そして、
「スキル発動! 死霊の狂騒歌」
その瞬間だった。
今まで、ジェスチャーばかりで一言も喋れなかったモンテが大きく口を開けてかん高い声で叫ぶ。いや、声と言うよりも金切り声だ。
頭に響くような音に俺たちは思わず耳を塞ぐ。
その瞬間だった。取り囲んでいたごろつき連中が、びくん。と、動き出すと突如として狂ったように笑い出したのだ。
「な? なんだ?」
途惑う中で、突如として相手が同士討ちを始める。
「死霊の狂騒歌ね。
たしかに、あれは町中で使うスキルじゃないわよね」
「メロン。何か知って居るのか?」
メロンが納得した様子で言うので、俺は尋ねる。
「幽霊族でも限られたやつしか使えないスキルよ。
周囲の仲間と認識した相手以外の攻撃力を上げて、一時的に錯乱状態にさせるの。その結果、同士討ちをはじめさせると言う魔法よ。
まあ、相手のレベルが高いと抵抗されてただ、攻撃力を上げてしまうだけだけれどね」
「なるほど、無差別の広範囲の技か……。
たしかに、無関係の人がいる場所で使うスキルじゃないな」
メロンの言葉にハヤテが頷く。
なにしろ、効果を受けないのは仲間だけだ。
俺たちは、一時的に近い家達だがパーティー登録をしている。
パーティー登録とは、最大で五名まで登録が可能だ。
登録していると、一人がとどめを刺したとしてもその人だけの経験値にならずに仲間にもわずかに経験が入る。もちろん、とどめを刺した人間が大量である。
言ってしまえば、倒した人間が得た経験値が五割から八割。残りを他のメンバーが分け合うのだ。さらに、特定の技を防ぐ事が可能となる。
とは言え、敵ではなくただの近くに居ただけの人まで巻きこんでしまう事もある。
それを、あの状況で使えばまちがいなく問題あるプレイヤー認定だ。なにしろ、近くには宿屋があった。宿屋には同じプレイヤーがいる。
なにより、あの町はあの時……。
と、言うよりも今も現在進行形でプレイヤーの飽和状態だったのだ。
このスキルの規模がどのくらいかは知らないが、まちがいなく血みどろの惨劇が起きる。
そう断言できるだろう。
そんな中で、殺戮が起きている。
「それじゃ……行こうか」
と、俺が言う。
「この場にいれば……経験値が手に入るけれど……」
「いや、この光景を見ていると……。
人間としていろいろと最低な存在になりそうだ」
と、スプリングの言葉に俺は言う。
「……たしかに、見ていて気分が良い戦いやないな。
とっとと行こか」
「同感」
「……そう言ってくれてよかった。私もあまり好きじゃない」
楓の言葉にクレセントが頷いて言えば、スプリングがほっとしたように言う。
「そりゃ、良かった。そう言う相手とは、あまり長く付き合いたくないから」
と、ハヤテが肩をすくめて言った。
そして、僕たちはすたすたとその阿鼻叫喚の地獄絵図から立ち去った。
……今後、また彼らに会わないように願おう。と、密かに思う。
また出会ったらまちがいなくまた、騒動になる。
「あまり長く付き合いたくなかったのは、あいつらだな」
「まあ、あいつらが旅に出る度胸があるとは思えへんわ。
それにゲームオーバーになると所持金は半分。アイテムも無くなるそうや。下手をしたら、そのままアイテムが零になることもあるそうや」
「うわ」
商売人のスキルかカエデは金勘定などについては詳しい。
……なるほど、それもあって僕達に復讐を企んだという事だろうか?
「あと、レベルも下がる」
と、スプリングがぽつりと言う。
レベルが下がるのか……。それは良い。
「と、言う事は馬鹿ならいつまでもあのままだな」
と、僕は言う。
これで、他にもプレイヤーが現れたりする状態ならば初心者殺しとか呼ばれて、その内に運営側に追放してもらうべき問題だっただろう。
だが、今はこのゲームは運営の手を離れた牢獄状態だ。
新しいプレイヤーも現れないので、その心配もある意味ではない。
あいつらは、いつまでも初心者用の街でうだうだと無駄な事をしていると良いのだ。
と、僕は思う。
途中、購入しておいたテントを使い休んだりモンスターと戦ったりしながら僕たちは進む。あの馬鹿連合が襲ってきたこと以外は順調に進み、そして、
「ついた」
と、僕たちは新しい街へとたどり着いたのだった。