6.名前にも意味がある
ポンっという電子音にイチコは自分のギルドカードを取り出し、確認をする。
ダンジョン『磯の貝殻』の踏破を確認しました
ダンジョン『出口のない闇』の踏破を確認しました
ダンジョン『恋のバカンス』の踏破を確認しました
ダンジョン『天の恵み』の踏破を確認しました
※生存者37 死亡者3
現在、踏破者たちはボス部屋にて待機しています
裏面に浮かぶ文字。
それは、今回の作戦で踏破すべく挑んだ『癒しの毒沼』以外のダンジョンの攻略が完了したという通知であった。
『癒しの毒沼』よりもはるかに低い難易度ではあるがそれでも念を入れて、1ダンジョンに10人の探索者――計40名に新規ダンジョンの攻略へと向かってもらったのだ。
けれどそこは、難易度が低いとは言ってもダンジョンである。
3人も死亡したという情報を目にしたイチコは表情を暗くした。
「どしたの~?」
「ギルドマスターさんからの通知?」
イチコの様子に気が付いた探索者たちがイチコのギルドカードを覗き込む。
踏破を確認の文字に明るい空気になりかけたが、その後に続いた死亡者3の文字に、それぞれがなんとも言えない表情をすることになった。
「……これは喜んでいいのか悲しむべきなのか」
「死ぬ可能性があるとわかって参加はしてるけど、やっぱりねぇ」
「探索者をしている以上隣り合わせなのはわかっているけどなぁ」
ぼそぼそと探索者たちが言葉をこぼす。
それを耳にしながら、イチコは鞄からメモ帳を取り出した。
ダンジョンの名前の書かれたそれに、今回踏破されたダンジョン名を書き足していく。
初期35
0、癒しの毒沼
最初
1、毒の楽園
事件
2、ルーズリーフに描いた夢
3、祭りの夜明け
4、スライム地獄へようこそ!
5、ぎりぎりパニック
作戦
6、磯の貝殻
7、出口のない闇
8、恋のバカンス
9、天の恵み
「…名前に統一性がないね」
いつの間にかイチコの側へと来ていたレンがメモ帳を覗き込みながらそう感想を漏らす。
その言葉に他の探索者たちも興味を持ったらしく、別に隠す必要もない情報であったのでイチコはメモ帳をそのまま探索者たちへと回した。
メモ帳を見た探索者たちから感想や疑問の言葉が出始める。
「初期35はわかるけどぉ、この“最初”って言うのはなぁに?」
「ニュースにはなっていない最初の事件のあったダンジョン名ってギルドマスターさんに教えてもらいましたー」
隠さずとも大丈夫だろうと判断したイチコは、その疑問に律儀に答えていく。
ちなみに“初期35”というのは異変の日に出現した35のダンジョンという意味であり、その下に書かれているのはイチコたちが現在攻略中であるダンジョンの名前だ。
「イチコちゃんってギルドマスターさんと親しいの?」
「どうなんでしょーね? 直接会った事も会話をした事もないのでわからないなー」
「あたしたちは最初の事件なんて知らなかったよー?」
「私もギルドマスターさんに教えてもらうまでは知りませんでしたよー?」
自分と自分が親しいとはどういう状況だろうかと考えながらイチコが首を傾げてみせると、質問をしたネコネもつられて首を傾げた。
不思議だねーとでも言いだしそうな二人の空気を感じながら、レンが質問を追加した。
「イチコさんはどうして教えてもらえたの?」
「今回の作戦のリーダー依頼をもらった時だよー。なんだったっけー」
ひょっとして怪しまれてる?と、イチコは内心少しドキドキとさせながら、それを表には出さないように『私は女優』と念じながら理由を考えて答える。
誤魔化さなければイチコ自身の平穏が遠ざかってしまう。
「そうそう。ダンジョン名はダンジョンマスターが付けるもの?らしいのねー。そんで、ダンジョンの名前から動機がわかるかもしれないから皆で考えてほしいってギルドマス――」
「「「「――それを先に言えよ!(言いなさい!)」」」」
イチコが最後まで言い切る前に一斉にツッコミが入る。
誤魔化す事にある意味必死だったイチコは探索者たちの勢いのあるツッコミに驚いて固まった。
目を吊り上げている探索者たちはイチコの驚き方にため息を吐くと、その中から代表でレンが言う。
「イチコさん、犯人の動機はギルドマスターさんもわかっていないんだね?」
「うん」
「でも、犯人はここのダンジョンマスターであるとギルドマスターさんは確信している」
「そう」
「ニュースでは流れていない事件が最初にあって、おそらくそれが一連の事件のきっかけ」
「たぶん?」
「ダンジョン名に統一感がない事で、そこから動機がわかるんじゃないかなとギルドマスターさんは考えている」
「そんな感じー」
聞かれるままにイチコは頷く。
その表情は探索者たちにどうして呆れられているのかがわからないと書いてあるように見えた。
なのでレンは苦笑し、答えをありがとうとイチコの頭をなでると立ち上がる。
「…だそうだけど、メモを見て気付いた事はあるかな?」
イチコがうっかりしているのは置いといてと前置きしながら探索者たちへと訊ねるレンに、イチコがその場に突っ伏した。
その様子に探索者たちは笑いをもらし、その場にゆるやかな空気が流れる。
「初期と最初は毒が入ってて、ダンジョンも実際に毒中心なのに他のには毒が入ってないのね」
「その前に恋のバカンスって何だよ。恋のバカンスって。統一感ないって言ってもさー」
「あはは、そだね。私もそう思う」
「スライム地獄へようこそ!とか、考えるだけでゾッとするよな」
「わかる! スライムって強くはないけど面倒だよね」
一応、ここがボス部屋の手前であるという自覚はあるからか、一部の探索者は周囲を警戒している。
それでも緩やかに意見を交換していくこの空気は良い事なのか、悪い事なのか。
「ああああああああああああ!」
そんな中、探索者のひとり――槍士であるクロが何かに気が付いたように声を上げた。
声の大きさに全員が驚いてクロを見るが、興奮したクロは気付かない。
「わかった。わかったよ、縦読みだよ!たてよみ!」
言いながらメモ帳を受け取り、他のページに書くよとイチコに告げてからその中に書き始める。
「まず最初と初期は除いて、それから順番を並び替えるだろ?」
5、ぎりぎりパニック
2、ルーズリーフに描いた夢
3、祭りの夜明け
4、スライム地獄へようこそ!
7、出口のない闇
9、天の恵み
8、恋のバカンス
6、磯の貝殻
「んで、ひらがなに直す」
5、ぎりぎりぱにっく
2、るーずりーふにかいたゆめ
3、まつりのよあけ
4、すらいむじごくへようこそ!
7、でぐちのないやみ
9、てんのめぐみ
8、こいのばかんす
6、いそのかいがら
クロが書いたそのメモを見て、イチコも他の探索者たちも目を見開いた。
言われたとおりに並んだダンジョンの名前の頭文字をつなげて読めば、それはギルドマスターへのメッセージとなっていたのだから。
『ぎるますでてこい』
探索者たちを罠で釣って殺しまわっていたダンジョンマスターの狙いは、探索者を生み出す存在――ギルドマスターだったのだ。
「……最初の二つは入れないの?」
「初期ダンジョンはわからないけど、2番目の踏破で何か思う所があったんじゃね?」
「思うところ?」
「そこまではわからねーけど、ダンジョン作る側からしたら踏破されれば何だコノヤロー!くらい思いそうじゃね?」
「そっかー」
自分宛てのメッセージであった事に驚きながらもイチコはクロへと疑問を投げる。
クロも考えながら答え、その答えにイチコも納得して頷く。
頷きながらも、ギルドマスターとして出る訳にはいかないのだからと、考える。
「とりあえず、ボス戦前にギルドマスターさんにメールした方がいいんじゃない?」
「……今したよ。返事はまだないけどね」
「さすがレン。仕事がはやい」
「ギルドマスターさんも驚いてるんじゃないかしらぁ」
「いや、普通に考えたら理由なんてそんなもんだろーよ。作った物を壊されたら普通、製作者って怒るもんじゃね?」
「そうだけどさー」
判明した事実に、探索者たちは軽口でも叩くように言葉を交わす。
メッセージからすれば、ギルドマスターのとばっちりとでも言える今回の事件であろうに、その事へは文句を言わない彼らを、イチコは不思議そうに眺めていた。
そんなイチコの内心を察した訳でもないだろうが、探索者たちは続ける。
「まあ、狙いがギルドマスターさんと分かった以上、ダンジョンマスターを確実に無力化しないとヤバイよな」
「だよねぇ」
「ダンジョンに対抗できるのってギルドマスターさんが居るからだもんねぇ」
「俺らの恩人に対して何をしてくれるんじゃー!って勢いだよな」
探索者らの言葉にイチコは驚き、そして恨まれていない事にホッとする。
ダンジョンマスターのメッセージの内容から、全部ギルドマスターのせいじゃないかよと恨み言を言われても仕方ないとイチコは思ったのだ。
けれど、彼らはそんな事は言わず、むしろ庇ってくれて、打倒ダンジョンマスター!と掲げてくれる。
イチコの胸に温かいものがこみ上げ、けれどダンジョンマスターでもある自分がこんなにも思われてもいいのだろうかと胸の奥がチクリと痛んだ。
どちらにしても、嬉しくても悲しくても、ばれる訳にはいかない。ばらす訳にもいかない。
こみ上げるものも痛むものも、すべてを押し隠して、イチコはいつも通りののんびりとした気の抜ける笑みの浮かんだ表情を作り上げた。
そして口を開く。
「えーと、ギルドマスターさんからの返事を待つべきだと思う?」
彼らの前でメニュー操作をする訳にもいかず、隠れて操作するのも怪しいだろうからできない。いくら待っても返事が来ない事を承知で、イチコはレンへと問いかけた。
レンは少し考えてから、そうだね、と口を開く。
「踏破後は速やかにダンジョンを脱出するべきなんだよね?」
「うん。サイトにそう書いてあるねー」
「なら、返事を待たずに行った方がいいと思う。他のダンジョンは踏破済みって話だからね」
「だなー。踏破済みダンジョンって消えるらしいから、こっちも早くボスを倒さないとヤバいよな」
レンの答えにイチコが頷き、クロや他の探索者たちも同じ意見だと頷いた。
「じゃ、決まりだねー」
探索者たちは武器を片手に立ち上がり、鞄などの荷物は荷物持ちのネコネへと渡し、解毒ポーションや魔力回復ポーションなどの消耗品がいつでも取り出せる位置にあるかを確認する。
全員が確認し終え、ボス部屋の前まで進む。
「いくよー」
相変わらず場にそぐわない気の抜けた掛け声を出しながら、イチコはボス部屋の扉を押し開いた。