3.応援にも意味はある
『―――と見られ、ダンジョンを踏破するのはしばらく止めるようにとGMが注意喚起をしているようです』
ここ数週間、探索者が殺される事件が立て続けに起こっており、騒がしくなった世間と連動するかのようにどのテレビ局もそのニュースばかりを流していた。
イチコももちろんその事件の事は知っている。
世間には流れていない、イチコと犯人しか知らない事件。はじまりであろう最初の――あるダンジョンを踏破した探索者5人が踏破後ダンジョンを出た所で全員殺された事件。
その事件が起こって数日もしないうちに新しいダンジョンが立て続けに発見された。
その発見されたダンジョンはどれもが難易度がとても低く、発見された後、数日のうち――早いものはその発見された日のうちに攻略されていった。
それだけなら、最初の事件ははじまりの事件とは言えないだろう。
そう、踏破者はその踏破したダンジョンを出た所で何者かによって全員殺されていたのである。
一人二人なら考えたくはないが、仲間割れ、という線もありうる。が、全員なのである。
イチコははじまりの事件から続く全ての事件とダンジョンの情報。それを探索者たちの持つギルドカードを通して把握していた。
その事からある程度の予測はついており、けれど自分の知らない情報が流れる事があるかもしれないからとテレビのニュース番組をつけたまま、メニューの操作をしていた。
イチコがメニュー画面をいじるごとに『探索者になろう』のページも連動して更新されていく。
その更新された情報ページを見た探索者たちが掲示板にさらに何かを書き込んでいくので、その内容を確認。正否を判断し、それぞれの情報をイチコなりに分類する。それとメニュー内の情報――今回の犠牲者である探索者や踏破されたダンジョンの情報を見比べ、確定した情報をメニューと探索者になろう内部に作った緊急対策ページへと書き込み反映させていった。
それとは別にテーブルの上に置いた紙へ、確定はしていないが予想される危険地帯を書き込む。それとメニューからみる事の出来る踏破済みダンジョン情報を見比べ、今回の犯人であろうダンジョンマスターの能力についても考え得る全ての可能性を書き出していく。
それ以外にも思いついた事から殺された探索者のギルドカードに保存された情報まで。いろいろな不確定情報も考え予想した件全てをひとつ残さず忘れないようにと次々に紙へ書き出していった。
まず被害者。一連の事件で殺された探索者たち。
彼らは誰もが踏破後、踏破したダンジョンから脱出してきたであろう場所。すなわちダンジョンの出入り口である地点で全員まとめて殺されている。
その出入り口のあった地域は全て確認をしてきたが、どの地点においても戦闘の類の痕跡はなかった。
抵抗をする余裕がなかったのか、それとも別の要因であるかはわからない。
けれど、殺し方は全員統一されていた。殺された全員、腰から上が無くなっていて、そのどれもが何かの大型動物――それこそ人間が誕生する遥か前にいたとされる大型の肉食恐竜のようなモノに噛み千切られたと思える傷口をしていた。
探索者たちの荷物は、一緒に食べらでもしたのか何も残っていない場合もあれば、中身がぶちまけられた敗れたリュックが残っている事もあった。
ただし、大抵の探索者が手首に付けているはずのギルドカード。これはどれもが例外なく、殺された探索者たちの足元に落ちていた。探索者の手も手首もなくなっていたのに、ギルドカードは落ちていたのだ。
その事が決定打ではあったが、それがなくてもイチコは犯人がダンジョンマスターであると断言してもいいだろうと思っていた。
なぜなら全ての事件はダンジョン踏破後であったからだ。
ダンジョン踏破後、そのダンジョンを脱出した所で、であるからだ。
踏破後。つまり、ダンジョンコアの破壊だ。
踏破された事――ダンジョンコアの破壊を直ぐに知る事のできる存在。
それはコアを破壊した探索者自身か、破壊されたコアの持ち主であるダンジョンマスター。それと破壊されたコアから解放される魔素を探知できるギルドマスターであるイチコ。その中の誰か、という事になる。
もちろんイチコは探索者を殺していないし、する必要もない。夢遊病のような心当たりもないので犯人ではないと全力で主張できる。
コアを破壊した探索者たち。
彼らは全員が被害者であり、どの事件でも踏破した後に全員が殺されている。
アンデッド化という裏技もなくはないが、そこまでして殺したいほど誰かを憎む者は今の探索者たちにはいなかったはずだし、探索者間で憎みあうような事件もイチコの知る限りでは起きていない。
何より殺された探索者の共通点はダンジョンを踏破したという事だけである。だから、違うだろう。
そうなると消去法だけではなく、人間業とは思えない殺され方からしても、答えはわかってくるだろう。
コアの破壊を知った上で、新しくダンジョンを作り探索者をおびき寄せ、自らの力を誇示するようにダンジョンを踏破した探索者たちを皆殺しにする。
上位ダンジョンマスターの中の誰か、である。
(ダンジョンを破壊されるのが気に入らないのかー、探索者を自分の手で殺したい愉快犯なのかー。うーん)
前者である場合、イチコにはどうしようもできない。
ダンジョンを生み出すことも、ダンジョンが探索者たち人間の手によって破壊されることも、世界にとって良い事なのだから。そういう風に世界を巡るモノがダンジョンなのだから。
生み出し、破壊する。それがダンジョンというものである、らしい。
仕組みや原理は知識の中には無かったのでイチコにはわからない。が、世界を崩壊させない為には必要な行為であるらしいのだ。だから、良い事、なのである。
その知識もギルドマスターであるからこそ持つことができたようではあるので、その事を知らないであろう他のダンジョンマスターたちからすれば非難轟々だろうなーと他人事のように考えた。
すでにそういう風に世界に組み込まれているのだから、文句を言っても仕方がないのだ。
文句を言うならダンジョンというシステムを世界に組み込んだ誰かに言ってほしいものである。
(そういえば誰がダンジョンを世界に組み込んだのかとか、そういう知識はないなー。神様とか実際にいたり?まさかねー)
そもそもダンジョンを破壊されるのが気に入らないのであるのなら。
新しくダンジョンを作りそれのコアを破壊させてから探索者を殺す意味がわからない。
破壊されたくないのであればマスターとしての格を上げて攻略不可能と思えるくらいに高い難易度のダンジョンを作るか、ボスルームでまだ力を付けていない探索者たちを狩ればいいだけなのだから。
探索者という職業が出来てから1年経ったとはいえ、まだ1年しか経っていないのだ。下位ダンジョンマスターならともかく、上位ダンジョンマスターであれば探索者を――それこそ実力が上位に位置する探索者であってもなんとか倒せるくらいの力はあるだろう。
コアを破壊されたダンジョンには探索者とギルドマスターしか入ることができないのだし、ダンジョンの作成者であるダンジョンマスターならば、そのダンジョン内部で戦えば補正が入って有利に事を運べるのだ。コアの破壊を待つ意味がない。
探索者を殺したい愉快犯なダンジョンマスターだった場合。
それもイチコにはどうしようもない。せいぜい、罠かもしれないから気を付けるようにとしか言いようがないし、防いだ所で探索者を殺したいだけなら別にダンジョン踏破後でなくてもいいのである。
なので愉快犯でもないだろうと踏んでいる。
(上位同士で組んでるのかなー)
メニュー操作と紙への書き出しをいったん止めてイチコは伸びをする。
ダンジョンマスターが組んでいた場合、上位が下位を支配している場合、ダンジョンマスターが探索者に近しい者を何らかの手段で支配している場合。
いろいろな可能性とそれをどうにかする対策を考えていく。
「……グランドマスターの仕事には関係ないけど、ギルドマスターだもんねー、私」
パソコンに表示した、探索者になろう内部の掲示板。
恨み、嘆き、驚き、困惑。探索者たちの事件に対する気持ちや意見がたくさん書き込まれていく掲示板。
そんな中にある『ギルドマスターさんがんばって』の文字。
1つや2つだけではない、少なくない数の応援の言葉。
「理不尽な攻撃から部下を守るのは上司の役目ってものですよねー」
イチコは口の端に笑みを浮かべ、メニューの操作を再開した。