2.マッチポンプにも意味はある
「じゃ、またねー」
お疲れ様でしたと手を振る3人へと手を振り返し別れた。そのまま真っ直ぐに道なりに進み、先にあった変則的な十字路の小道側へ入るように角を曲がる。
そして追いかけてくる者が誰もいない事、周囲に誰もいない事をしっかりと念入りに魔法で調べた。
(大丈夫そうかなー)
探知魔法に反応がないことを確認し、ここならダンジョンの出入り口の監視装置の範囲外だったよねとメニューのマップも見る。イチコは大丈夫そうだと頷いた。
(普通に帰ってもいいんだけど、めんどいもんねー)
今回は試験官役の探索者としてきたので、目立つような持ち物はない。
近所へハイキングに行くだけと言われれば納得してしまうような、ピクニック用ビニールシートと財布とハンカチ、それと折り畳み式の魔法杖の入ったショルダーバッグがひとつのみ。
服装も、鎧やローブのようないかにもなものではなく、白いシャツに濃いめのジーパン。その上に灰色のパーカーを着た、ラフなものである。
ダンジョンを出入りしている所を見られなければ、一般人で通るだろう軽装。
仮に、ここから駅まで歩いて電車に乗り、最寄駅から歩いて帰ったする。それだけを見た人間の誰もが、イチコがダンジョン帰りの探索者だとは思わないだろう。そもそもがダンジョンへ行くには色々と足りていないであろう軽装である。そんな恰好でダンジョンへ行ってきたと言った所で、一般人はもちろんのこと、探索者ですら普通は信じないだろう。
ダンジョンはそれだけ危険だと世間からは認識されている。
事実、防弾チョッキや魔物素材で作られた鎧を着ていてすら、死ぬときはあっさりと心臓を打ち抜かれて死んでしまうような、即死する事もそれなりにある程度には、死と隣り合わせの場所なのである。
けれどそんな事をイチコが考える訳もなく、気にしているのは別の事。
普通に帰るか、手軽にさくっと帰るか。
少し悩んだようであったが、やはり多少の手間や労力を考えれば手軽にさくっと帰る方がラクだなと納得したらしい。迷わず魔法を発動させる。
(マイダンジョン転移、発動)
発動と同時にイチコがその場から髪の毛一本残さずに消え去った。
魔法とは、つくづく便利なものである。
「……わわわわわっ」
魔法を発動させ最短時間で自宅へと帰ってきたイチコ。その転移先は自宅の一室であったが、どうやらその床には毛布を丸めて置いた場所だったらしく、足を取られてよろけてしまう。
よろけた格好そのままで、ドスっと床へ転がった。
イテテとお尻をさすりながら、靴を脱ぎ宙へと投げ、すぐそばのソファまで這って進む。
靴は床へと転がらず、そのままどこかへと消えていた。
(丈夫な身体になってよかったなーって思うね)
ソファの上によじのぼり、テーブルの上のリモコンを操作してテレビを付ける。
しばらくチャンネルをあちこちに変え、特に面白い番組もなかったらしい。
つまらないなーと言いながら、ダンジョン情報専門チャンネルに変え、リモコンをテーブルの上に置いた。
ダンジョン情報専門チャンネル。
その名の通り、世界中に現れたダンジョンについての情報のみを発信するチャンネルである。
誰が作ったのかは知らない――少なくてもイチコではない――が、新しく発見されたダンジョンから攻略されてコアを破壊されたダンジョンまでの最新情報や、ダンジョン内の即死罠の種類や見抜き方。有名探索者を取材したドキュメント番組やら、身近な探索者との付き合い方等、ダンジョンに関する思いつく限りの番組を放送しているチャンネルである。
ダンジョンマスターであるイチコでも思いついていなかった魔法の便利な使い方や、行ったことのないダンジョン内部情報も放送される事があるため、イチコは何も見る番組がない時はこのダンジョン専門チャンネルをよく付けていた。
今はダンジョンについての基礎知識番組の途中だったようで、声の高い変なゆるキャラと美人で有名なアナウンサーが漫才のような会話を続けている。その会話の間に真面目な声をした別のゆるキャラが解説を入れ、小学生くらいの子供でもわかるような親切で丁寧な作りである。
「……この番組を作ってる人に手伝ってもらいたいなぁ」
番組を見ながらつぶやき、それでも会う事はないだろうから無理だろうけどと心の中で続ける。
しばらく、ぼうっとその番組を眺めるイチコ。それから、だるいなーとソファに寝転がり、メニューを呼び出して操作を始めた。
「登録一覧、管理、依頼達成通知」
ポンという電子音が鳴り、メニューの上に小さめの板が1枚浮き上がる。
『依頼達成通知、レン“試験は完了しました。試験時の映像を添付します”、添付映像は試験映像一覧へと収納されました』
試験終了からまだそれほど時間は経っていないのに、さっそく送ってくれたらしい。
マメな人だなーと感心しながら、イチコは操作を続ける。
「登録一覧、管理、試験、ケン、不合格。メイ、不合格」
先ほどの試験の結果を登録一覧へと反映させる。
レンが添付してきた映像をまだ見ていないが、今回は自分も試験官としてついて行ったのだから見なくても問題はないだろう。見たところで結果はすでに決まっているのだから。
それでも念のために、後で一度は見ようとは思っているが。
メニューの登録一覧と「探索者になろう」の探索者一覧を交互に確認し、間違いがない事を確認してメニューもウェブサイトも閉じる。
メニューの登録一覧に反映させてしまえば、「探索者になろう」のウェブサイト上の探索者一覧の表はもちろん、探索者自身とギルドカードへも内容に応じて反映されるように作り変えてある。
探索者を生み出すギルドマスター…というより職業名で言えばグランドマスターであるが、その職業に就いている者は、この地球上にはイチコひとりしかいない。
なので、ひとりで探索者の登録に管理に試験に能力停止等、あれやこれやとするには初期状態のメニューでは、いちいち全部をそれぞれ個別に入力しなくてはならず、手間がかかって不便過ぎたのだ。
その点で言えば、仕組みを組み替えた今のメニューは、最高の出来だと自負できる。
それでも探索者のサポートやら登録やらのあれこれをひとりでするには大変なので、誰かに手伝ってほしいなと、イチコは思う。
「登録一覧、レン、通知“お手伝いありがとうございました。依頼達成です。またよろしくお願いします”……添付“3000DP”」
試験官として一緒についてきてくれた探索者のレン――イチコがギルドマスターだとはもちろん知らない――に依頼達成の通知に報酬のポイントを添付し、送る。
アイテムと少し迷ったが、ポイントの方が好きなアイテムと交換できるのだからその方がいいだろう。
ポイント――DPという単位によって表示される、探索者とギルドマスターの間で交換される通貨、電子マネーのようなものである。
今回のようにギルドマスターの依頼を達成した場合や、魔物から取れる魔石や素材を装備品やアイテムにはせずにDPへと交換する事で会得できるポイントである。
他にも条件を満たした場合に付与する事もあるが、だいたいの場合は上記2通りでの交換になるので今はそれでいいだろう。
DPを何に交換できるかと言えば、怪我や病気を快復させるポーションと呼ばれる不思議な薬類から珍味や高級食材といった食料品。必要ポイント数はかなり高いが、スキルや魔法を覚える事のできる水晶球や部位欠損すらも生やして治す伝説の薬。探索者の容姿をいじることのできる……と言っても、耳を動物の耳に変えたり毛の色を変える程度ではあるが、整形専用のアイテム。イチコが実験で作った人形コレクションの各種シリーズと言った収集品から、出会うのも倒すのも難しい魔物の貴重な素材まで。
イチコの気持ちと探索者からの要望で交換できる種類や物は増減するが、そういったいろいろなものと交換することができる。
ちなみに今回の依頼によって支払われた3000DPで交換できるものと言えば、ポーションで言えば、部位欠損を治すことはできないが骨折くらいなら治せてしまうポーションや魔力を少しだけ回復できる魔力ポーション、あとは軽い毒やマヒ・眠り異常を治療するポーション等。どれを選ぶかによって変わるが、1本~3本くらいの中級ポーションと交換できる。
ちなみに病気治療のポーションは一番必要ポイントが少ないものでも1万DPはする。しかもそれでは軽い風邪くらいしか治せない為、そのポーションにDPを使うくらいならば市販の普通の風邪薬を一般の薬局で買った方がいいというのが探索者たちの意見だ。
イチコもそう思っているが、医療の発展やら何やらを止めない為にはその方がいいとも思っているからこそのぼったくり設定にしてあるのだ。
「登録申請一覧………んー。今回は全部却下だなー」
「探索者になろう」の申請ページからの申請を受け付けると、メニュー内部に申請一覧という表が作られる。
登録申請には名前を入力する欄しかないのであるが、その受け付けた先にある表には登録申請者の申請名と本名と探索者になりたい理由が表示されるようになっている。
申請名は申請するときに入力した名前であり、本名と探索者になりたい理由は申請ページに仕込んである鑑定魔法により申請者本人の意思とは関係なく見抜かれ、一覧表に載る仕様になっている。
なぜそんな仕組みにしたかと言えばそれはとても簡単な事で、テロや犯罪等に魔法を使われたくないからである。
一応、何かあった時の為に、いつでも登録者一覧から魔法を使えないように――能力はく奪及び封印機能も付けてあるのだが、何しろギルドマスターはイチコひとりしかいない。
誰もかれもを探索者にしてしまった後で何かがあった時に慌てて大変な思いをするよりは、最初にある程度ふるいにかけてしまった方がラクだからである。
どこで誰が何をしようが何をされようがどうでもいいと思えれば見える範囲の人間を片っ端から探索者へとしてしまい、何かが起こったとしても対処をせずに放置でもいいのだろう。けれど、記憶がないとはいえイチコは元人間であり、しかも日本人。
犯罪溢れる世界より、平和で治安のいい世界の方が好きなのだ。
犯罪によって不便になるよりは、平和で治安のいいコンビニへ行けば大抵の生活用品が買えるような便利な世界の方が好きなのだ。
「こんなもんかなー」
そんな独断と偏見による登録申請処理を終え、両手をあげて伸びをする。
欠伸がもれ涙目になりながら、ダンジョン側の事も考える。
異変の日から一年以上が経った。
出現した35のダンジョンのうち11は探索者が踏破し、コアを破壊。
それによって11人の下位ダンジョンマスターは死亡した。
残りの24のダンジョンは未だに踏破されておらず残っており、そのうちいくつかのダンジョンのマスターは下位から上位へ進化したようである。
なぜならば通信の番号と名前は死亡したマスターの数だけ減ったままであるのだが、発見ダンジョンは未だに増えて続けているからだ。
下位ダンジョンマスターは唯一のコアを持ってダンジョンを運営し、その唯一のコアが破壊されると死亡する。なので、通信一覧から名前が消えたダンジョンマスターは下位であると断言できる。
そして上位マスターは下位マスターと違いコアを破壊されても死ぬ事はない。それだけではなく、コアを自らの手で作り出せるようになる。そのためコアを破壊されたとしても問題はなく、新しいコアを作り出して新たなダンジョンを作り直せばいいだけなのだ。
ちなみに上位マスターは死ぬ条件がコアではなくなるだけで、他の条件を満たせばあっさり死亡する。不死身ではないので注意が必要だ。
イチコ自身もコアを複数作っており、ダンジョンも3つ持っている。
1つめは最初に作り出したコア『ニジノタカラ』を使用して作ったダンジョン『空の庭園』、通称浮島である。
作って数日はそこへ移り住んでいたのだが、スーパーやコンビニへ買い出しに行くたびに転移するのも面倒になった為に、今はただの浮いている別荘となっている。
宝の持ち腐れとはこのことだろう。
2つめはコア『ジタク』を使用して作ったダンジョン『マイルーム』であり名前からわかるように、今現在イチコが住んでいるアパートの一室のみのダンジョンと言っていいのか不明なダンジョンである。
『空の庭園』も『マイルーム』も、魔系植物と呼ばれるものをダンジョンの範囲内に植えてあるので、“魔物等をダンジョン内に生み出す”というダンジョン作成時の条件を一応は満たしている。
そして『空の庭園』はともかく『マイルーム』の方は家賃がどうなったのかと言えば、どうにもなっていない。
イチコ自身、契約内容までは覚えていないし家賃の事も頭からすっかり抜けているが、家賃自体は銀行引き落としで2年契約である。貯金が尽きるか契約の切れる日になるかするまでは問題なく暮らしていけるのだ。
…仮に問題が起こったとしてもイチコの住む部屋自体がすでにダンジョン化しているので、やろうと思えば家賃踏み倒しの上で部屋に引きこもるという力技もできるのであるが。
3つめはコア『メイキュウ』を使用して作ったダンジョン『正統派ダンジョン』である。
名付けセンスをイチコには求めてはいけない。これでも本人は必死になって考えたのだ。
…それは置いておいて『正統派ダンジョン』の用途である。
これもとても簡単な事で、探索者の試験 及び 能力測定用である。
そう、先ほどまで試験官のレンや受験者のケンとメイの3人で潜ってきたダンジョンの事である。
全部で100層からなるダンジョンであり、10階層ごとに気候や仕掛けの系統の変わる、自分のダンジョンなので多少の融通や変化を付けられる、実験や試験・力試しには最適で便利なダンジョンなのである。
それでも踏破されてしまえばコアを破壊され、コアを破壊されればせっかく作り上げたダンジョンも崩れ去ってしまう。そうなると作り直す羽目になり大変だからと、91層以降は即死罠三昧。さらに並大抵の探索者では倒す所か出会った瞬間に探索者が倒されるような強い魔物を住まわせ、踏破されないようにと力の限りにガッチガチに作ってある。
そういう訳で、上位ダンジョンマスターはイチコのように複数のコアを作り、ダンジョンを作ることが可能である。
そのため、たとえコア破壊によってダンジョンとダンジョンマスターが減ったとしても、上位ダンジョンマスターが存在する限りはダンジョンがこの地上から消える事はないのだ。
(そもそもギルドマスターとダンジョンマスターの両立ってどうなんだろうねー)
ダンジョンマスターとしてダンジョンを作り、危険な魔物を生み出す。
ギルドマスターとしてダンジョンを攻略する為に探索者を生み出し、ダンジョンを破壊させる。
どう考えてもマッチポンプにしか見えない。
これが人にばれたりしたらどちら側からも攻撃されるんだろうなと想像し、イチコは軽く身震いをした。
負ける気はしないが、率先して戦いたいわけでもないので、これからも誰にもばれないように両立して行こうと決意する。
(平和が一番だよ、平和が)
そう心の中で言いながら『正統派ダンジョン』の解除された罠を、位置を少しずらして設置しなおす。
次にその層に合わせた強さの魔物を、倒された数だけ補充する。
ダンジョン内に探索者が数人残っていたが、彼らのランクからすれば油断さえしなければ生きて帰れるだろうと判断。イチコは『正統派ダンジョン』の管理画面を閉じた。
「私を除けば、少なくても1人、最大なら15人以上かな。上位ダンジョンマスターの数」
下位から上位に進化する為の条件を思い浮かべ、要注意なダンジョンマスターは何人くらいいるのだろうか。条件を少し緩めてでも探索者をもう少し増やした方がいいだろうかとイチコは考える。
ダンジョンや魔物を生み出す事はダンジョンマスターの仕事であり必要な事であるし、死にたくなければ下位から上位に進化する他はないのだから、その事に文句を言うのは間違っている。
間違っているとわかってはいるのだが、今日行動を共にした探索者たちの顔を思い浮かべるとなんとも言えない気持ちになった。ダンジョンマスターは世界に必要なモノであるし、あれもひとつの仕事ではある。あるのだが、その事で顔見知りの探索者たちが死んだら嫌だなとイチコは思った。
考えても仕方がないかとイチコは首を振りメニューを全て閉じた。
ソファから立ち上がり、台所へ向かい冷蔵庫を開ける。
「腹が減っては戦はできぬ~」
明るい声で暗い考えを追い払うように歌い、冷蔵庫を開ける。
イチコは大きな口をあけて、取り出したサンドイッチにかじりつくのであった。