8.意味を知らずとも時はくる
探索者の皆さんへ、GMからのお知らせです。
こんにちは、GMです。
今回の上位探索者による大規模ダンジョン攻略 及び ダンジョンマスター殺害作戦は、皆さんのおかげもあり、残念ながら少なくない数の犠牲がでてしまいましたが、完了する事ができました。
このような場ではありますが、作戦完了と事件終結のご報告をさせていただきます。
そして、亡くなった探索者の方々へは哀悼の意を。作戦参加 及び 情報提供をしてくださった方々には感謝を送らせていただきたいと思います。
亡くなった探索者のご家族へは既にお見舞いと感謝の品を、作戦参加 及び 情報提供をしてくださった方々には報酬と感謝の品を、それぞれ贈らせていただきました。
受け取っていただけると嬉しいです。
今回の事件の概要です。
あるダンジョンの踏破者が全て殺害され、その事件に続くように同じような事件が発生しました。
犯人はダンジョンマスターというダンジョンと魔物を生み出す存在の中のひとりでした。
探索者の協力により判明した動機は私、GMを呼び出す事にあったようです。
おそらくですが、探索者というダンジョンに対抗できる存在を生み出す事のできる私が気に食わなかったのでしょう。
今後も同じような理由でダンジョンマスターに事件を起こされる可能性があり、現在それをどう回避すればいいのか。同じような事件が起こってしまった場合はどう対処すべきかを考えております。
未だに有効策を思いつけていないので、探索者の皆さんには各自レベルアップをして自己強化による防衛をしてもらう他になく、情けない限りです。
つきましては後日、探索者の強化合宿を行いたいと思います。
GM業務が片付かないので私が行く事はできません。
なので、合宿への出欠を確認した後、参加者の中から各国上位探索者の皆さんへと教官役の依頼を出したいと思っていますので、よろしくお願いします。
日程の方は数日後、改めてお知らせを出させていただきます。
探索者の強化合宿であるので、場合によっては大怪我を負ったり、時には死亡する事もあり得ますので、その辺りはいつも通り、ダンジョンへ挑む時のように慎重に、よく考えてからご参加ください。
なお、合宿への参加ですが、それ自体がGMからの依頼扱いとなりますので、報酬が発生します。
報酬内容は消耗アイテムを予定していますが、DPの方が良いという方は出欠確認の際にその旨を一緒にお書きください。
書いていない場合は予定通りの消耗アイテムになりますので、ご了承ください。
「――以上、報告 及び お知らせでした……と」
メニュー操作を終え、画面を横へと移動させた。
テーブルの上のノートパソコンから『探索者になろう』のサイト内にきちんと今入力した内容が表示されているかを確認する。
リンク先も内容もきちんと反映されていることを確認し、イチコはふぅと息を吐いた。
今回の連続探索者殺人事件の報告と、今後そういう事件が起きた場合への対策としての探索者強化合宿のお知らせ。
イチコは改まった文章など書いた記憶がないものだからこれでいいかなと少し考え、意味が伝われば問題ないだろうと頷いた。
お知らせページを更新した直後から、掲示板のページが賑やかになっていくのを見て口に笑みを作る。
自分を責めるような言葉もあるが、擁護してくれる言葉も少なくない数あり、その事に嬉しさを感じたからだ。
一通り掲示板を眺めた後、メニューもパソコンも閉じる。
いつものようにソファの上でごろっと横になり天井を見た。
「誤魔化せたと思うけど、どうだろうなー」
相手ダンジョンマスターの大きな声での発言や、交わした言葉の内容。自分が力を行使する時の声。
そう言ったものから、上位探索者である彼らが軒並み倒れた後なのに、どうしてイチコがダンジョンマスターを倒してダンジョンを脱出することができたのか、という事。
いろいろな聞かれてはまずい事に、見られたら誤魔化せない出来事三昧だったあの出来事。
聞けば、彼らは毒を受けてすぐに意識を失ってしまったらしかった。
だから、イチコがどうやって倒したのか。ダンジョンマスターとどのような会話をしたのか。そう言った事は一切見ていないし、聞いてもいないらしい。
それとなく聞き出したイチコはその事に安堵し、すぐに偽の情報を交えて誤魔化す事にしたのだ。
あのダンジョンマスターは毒特化だったらしく、毒以外の攻撃はそれほどでもなかった。
イチコが探索者になった時に発生したスキルに毒無効があって、それがあったからこそ毒を受ける事のなかったイチコは、少し苦戦したがダンジョンマスターを倒すことができた、と。
ちょっと苦しかったかなとイチコも思った。
が、その場で毒魔法の得意な探索者に毒魔法をイチコへと放ってもらったり、ある探索者が“癒しの毒沼”に入ってからイチコが一度も解毒ポーションを飲んでいなかったことを思い出した事もあり、疑問に思った者もいたようではあったが、一応は納得してもらえたのだ。
今回は指示役でほとんど戦っていなかったが、毒無効を持つ上位探索者――イチコも上位探索者のひとりとして登録してある――であるからこそ、リーダーに抜擢されたのだろうとも言われ、それが受け入れられたのだ。
苦しかろうが怪しかろうが、実際にダンジョンマスターは倒されているし、ダンジョン自体も踏破したのだ。何よりイチコが勝ったからこそ、その場に居た探索者たちは生き残ることができたのだ。
受け入れるしかないだろう。
イチコはそう結論付けて思考を止めた。
ソファから足だけを下し、起き上がった。
「おなかがすいたかもー」
そう言って立ち上がると、台所へ行き、冷蔵庫の中を確かめる。
マーガリンやジャム、岩のりの瓶があるだけで、他に食べられそうなものは何もない。
冷凍庫も似たようなもので、製氷皿で作られた氷と、お値段の良いバニラのカップアイスが数個あるのみだった。
「アイスはご飯じゃないんだよー」
イチコは記憶を失ってから料理をしたことが一度もないのだ。
キッチンの方を見ても、当然何もなく、置かれている鍋も空っぽであった。
すぐ食べれるものがない事にイチコはがっくりと肩を落とし、居間へと戻る。
クローゼットから薄い生地でできたカーディガンを取り出して羽織り、同じようにしまわれていたショルダーバッグを出してひっかける。
テーブルの上に置かれている財布をバッグへと突っ込み、野球帽をかぶった。
「いってきまーす」
記憶を失う前からあった習慣だろう。
イチコはいつものようにそう言って玄関に手をかけ―――
「ねえちゃん!?」
「……ほっ?」
―――チャイムに手を伸ばした状態で玄関前に立っている知らない少年にそう呼びかけられ、首を傾げた。
記憶のないイチコには少年が誰であるかがわかるはずもなく。
またその少年もイチコが記憶を失っていると知るはずもなく。
久しぶりの姉弟の邂逅が、イチコの今後を変える大きな要因になった事は間違いないだろう。




