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世界にダンジョンが出来た理由  作者: つられるクマー
1章.ギルドマスターとダンジョンマスター
10/14

7.知らない事にも意味はある

 ダンジョンのボスを倒した。

 そう確信し、全員が緊張の糸を緩めた瞬間にそれは起きた。


「……ぐっ!?」

「……ぁあああああああ」

「いたいいたいいたいいたい」


 ボスの死体を囲んでいた者から順番に倒れ、悲鳴を上げる。

 見た目は何もなく、ただただ苦しみ転がり身に起きた異常を訴える、探索者たち。


「――っ、フィールド探知っ! 鑑定っ!」


 ただひとり異常のないイチコは、探索者たちが倒れるのを見ると迷わずに魔法を使った。

 ボス部屋のみならず、探知の範囲を『癒しの毒沼』全体へと広げ、鑑定でダンジョンを調べ上げる。


 探索者59名の他に反応は――ある。


 いつからそこに居たのか、コアの設置台の前に、1人の幼い少年がコアを持った状態で立っていた。

 苦しむ探索者や息絶えたこのダンジョンのボスには目もくれず、ただ1人平然と魔法を使うイチコを不思議そうに眺めていた。


「……ダンジョン…マスター?」


 イチコがそう呼びかける。

 少年は興味深そうにイチコを見、頷いた。


「うん、そうだよ。はじめまして、おねえさん。探索者?で、いいのかな」


 未だに苦しまず倒れる気配もないイチコに、少年は探索者じゃないよねと言外に込めて返事をする。

 それにイチコは答えず、頭の中に表示された鑑定結果を確認する。



  名前、『毒嶋(ぶすじま) 健太(けんた)

  種族、『上位ダンジョンマスター(元下位ダンジョンマスター/元人間)』

  職業、『ダンジョンマスター』

  魔力、『特上級3等位 46,298』


  固有特性、『吸収 毒特化』

  固有技能、『コア ダンジョン アイテムボックス(d)』

  所持魔法、『鑑定10 偽装10 毒魔法9』

 所持技能スキル、『毒操作 毒作成 毒抽出 毒吸収 蠱毒 眷属召喚(毒)』


 所持コア数、『1/10』

 運営ダンジョン数、『1/10』

 眷属、『蒼龍(そうりゅう)怜奈(れいな)(下位ダンジョンマスター/状態:死亡)

      毒嶋(ぶすじま)颯太(そうた)(下位ダンジョンマスター/状態:死亡)』



「……毒?」


 少年――健太(けんた)の情報を読み取ったイチコが思わずつぶやくと、健太は面白そうに笑った。


「あはは、おねえさんはぼくと同じなんだね」


 嬉しそうに健太は笑い、イチコがそれを否定する前に、健太は言葉を続けた。


「はじめまして、1番のおねえさん。まさか探索者になってるダンジョンマスターが居るだなんて知らなかったよ!」


 クスクスと笑ってはいるが、その目の奥に灯っているのは友好ではなく、敵意であった。

 しかしそんな少年を視界に収めながらも、イチコが気にしているのは別の事。うめき声すらも聞こえなくなった場に、毒を受けたであろう探索者たちの様子に、早くしなければと気持ちだけが先を行く。


「……ダンジョンマスターは探索者になれるんですー?」


 すっとぼけてそう(うそぶ)き、イチコは首を傾げた。

 こんな時でも自分の事を隠そうとしてしまう己に、自己嫌悪をしながら。


「さあ? 2番と29番は無理だったって言ってたけどね?」


 健太の言葉に心当たりのあったイチコは、なるほどあれかと心の中で頷いていた。

 申請一覧は毎日確認しているし、理由が変わっているものはだいたい覚えているのだ。

 内心の事は表に出さず、イチコは話を変える事にした。


「それはさておき、ダンジョンマスターさん」

「なにかな、おねえさん」


 表情も口調も変わらないが、話には乗ってくれるようだ。

 その事にイチコは安堵し、話を続ける。


「ダンジョンマスターさんの狙いはギルドマスターさんですよねー?」

「うん、そうだよ」

「ここで倒れている探索者さんたちの毒を抜いてくれませんかー?」

「だめだよ?」


 話を変えるついでにと、ダメ元で提案するが、案の定断られてしまう。

 ですよねーとイチコは頷き、さてどうしようかと頭を動かした。

 探索者の腕に巻かれたギルドカードはまだ黒くない(・・・・・・)。大丈夫、生きている。


「…手持ちの解毒ポーションを使っても?」

「だめー」

「解毒魔法を」

「だめだってば。おねえさんもしつこいね?」


 そんなに探索者たち(かれら)が大切なの?と健太は続け、それから何かに気が付いたように笑みを深めた。


「そっか。おねえさん、内緒にしているんだね?」


 何をとは言わず、ニヤニヤと見た目に似合わない嫌な笑い方をする。

 障害が出ないような記憶を操作する魔法なんてあったかなーと考えながら、イチコは鞄の中にメニューを呼び出した。


「秘密が女を魅力的にするって習いましたからねー」


 右手で頬を撫で、左手を腰に添えて、答える。

 両手を見せる事で何もしていないよと言外に主張し、それが不自然でないように気を配りながら、記憶を頼りにメニューの操作をした。

 大丈夫。何度も何度も、それこそ毎日のように触っているメニューなのだから、見なくてもどこに何が表示されているのか、わかっている。

 イチコは自らをそう励まし、慎重にゆっくりと機能を呼び出す。


「おねえさん面白いねぇ。ぼく、おねえさんみたいな人って好きだよ」


 嘘付けと内心で突っ込みを入れながら、それは嬉しいですねとイチコは答えた。

 受け答えをする度に、健太の憎悪が膨れ上がっているように思えたからだ。

 交渉は無理そうである。


「うー。どうしようかなぁ」


 ぐったりと床に転がる探索者たちに目をやり、それを見てさえ自己保身を優先しようとしている――優先してしまう自分が情けなくなる。

 それでも彼らを見殺しにしたくはなく、けれど見殺しにしない為には探索者としては持ちえない力を使うしかない。

 だから、これから倒す事にしている健太という名のダンジョンマスターはいいとして、床に転がる何の罪もない探索者たち。

 彼らの意識が残っていたらと。どうしてと責められてしまえば。

 イチコはその事がとても怖かった。


「おねえさん?」


 顔を青くし震え始めたイチコを不審に思った健太が声をかけるが、イチコは答えずただただ悩む。

 その様子に健太は眉を(ひそ)め、声を張り上げた。


「よくわからないけどっ! おねえさんを殺せばギルドマスターも出てくるかなぁ!」


 ダンジョンマスターの癖に人間側に居るとか信じられないけど、探索者になれたんだからギルドマスターのお気に入りなんでしょ?と健太が敵意のこもった声で言う。

 それを耳にしてなお、イチコは動けなかった。

 探索者たちに意識があれば、大きな声で言われたその内容は彼らに聞こえているだろう。

 イチコは震え、その視線に探索者たちの腕が見えた。


「……ぁ」


 手首に巻かれたギルドカード。

 ランクにより色分けされたそれが黒くなるのは持ち主が死亡した時。

 まだ黒くはない。黒くはない。


「じゃあね、おねえさん。恨むならギルドマスターを恨んでね」


 探索者(かれら)もどうせすぐ逝くだろうから、さみしくないでしょ。

 健太はそう言うと手を振り上げ、イチコへと向けて下ろした。


「――召喚“死の竜王(デスドラゴン)”」


 健太とイチコの間に光の玉が現れ、それが床へ落ちると同時に光が広がり、赤黒く輝く魔方陣が現れた。

 膨大な魔素の流れが出来る。その流れは大きなもので強風でも起きたかのようにイチコへとぶつかった。恐怖によって強張り動くことのできなかったイチコはその奔流に逆らえない。たまらず弾き飛ばされ、健太と魔方陣を挟んだ反対方向にある壁へと背中からぶつかった。

 思っていたよりも大きな衝撃に一瞬息が詰まるが、記憶を失った代償とでも言えばいいのだろうか。その程度の衝撃であれば、ダンジョンマスターにしてグランドマスター…、いや。ギルドマスターとなったイチコの身体に怪我はない。ダメージも残らない。


「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA」


 人の叫び声と野生動物の雄叫び、そこに金属の擦れる甲高い嫌な音を混ぜたような声で、それは()く。

 魔方陣の光が収まるったそこには、強大な白いドラゴンが暗い眼窩に赤い光を宿し、すべてを憎むかのように膨大な魔素を纏い立っていた。

 その魔素とおそらく毒もまき散らしているのだろう。

 探索者の数名が痙攣しはじめ、明るい色だったギルドカードが暗い色へと変化を始める。


 イチコは恐怖した。

 先ほどまでのものとは違う。

 彼らが居なくなる、死んでしまう恐怖。


 探索者とは死と隣り合わせの危ない職業。

 見捨てる覚悟はあるつもりだった。

 なるべく生きてほしいな程度に思っていたはずだった。


 健太が(わら)い、召喚獣のドラゴンが毒を振りまきイチコをかみ殺す為に足を踏み出す。

 毒は健太とドラゴンを癒し強めるが、探索者たちへはその逆。彼らを一歩一歩確実に、死へと追いやっていく。


 イチコは鞄の中で操作していたメニューへと手を伸ばした。

 躊躇(ためら)う理由も、彼らに責められ嫌われる恐怖もある。

 けれどそれ以上に、大切な友人たちが死んでしまう事に耐えられなかった。


 だから奮う。恐怖を燃料にして、立ち上がる。

 だから揮う。持てる力を最大に、友人たちを死なせない為に。


「――コア“ニジノタカラ”、管理者権限にて制御。ダンジョン“空の庭園”、移動目標“癒しの毒沼”」


 隠すことを止め、メニューを操作するイチコに、健太が何をしているのだという表情をした。

 そして、そのメニューが自分の持つコアと似たような能力を持っている事に気が付くと、召喚獣(ドラゴン)へと叫ぶ。


「その女を殺せ!そのコア(・・)ごと噛み砕くんだ!はやくっ!」


 先ほどまでの余裕の態度が嘘のように健太は焦り命令を下す。

 そしてそれだけでは間に合わないとでも言うかのように、何もない空間から健太の身長の3倍はあるであろう長い日本刀に似た武器を取り出す。その柄のくぼみに手に持っていたコアをはめ込んだ。

 健太は腰を低くし刀を構え、一呼吸するとイチコの命を止めるべく、自身の最大の力を乗せて駆けだした。


「――確認。威力最大、ダンジョンコア“ヤクソク”、吸収開始」


 イチコに攻撃が届く前にイチコのダンジョン側のメニュー操作が完了する。


 それを待っていたかのように、上方から視界を白く染め上げる闇が訪れた。天井があるはずなのに、そんなものは関係ないとばかりに天空から降りてきた光によって、召喚獣、探索者たち、健太、イチコ。全員が平等に染められ、包まれる。

 けれど効果は平等ではない。

 健太によって呼び出されていた召喚獣は消滅し、あと一歩でイチコへと届く位置まで来ていた健太はその場で足を止めた。膝から崩れ落ち、胸を押さえて苦しみはじめる。

 探索者たちの土気色だった顔色は血の気を取り戻し、今にも絶えそうであった呼吸も落ち着いたものになる。弱々しくなっていた胸の鼓動も力強さを取り戻し、容態は安定していく。黒く染まりかけていたギルドカードも元の色へと戻り、彼らから死の気配が遠ざかった事をイチコは理解した。

 ホッと安堵の息をつく。


「……あらためて、はじめまして(・・・・・・)。6番」


 床を転がり、口から泡を出し、それでも憎悪を弛める事をせずイチコを睨み付ける健太へとイチコは歩み寄り、自己紹介を始める。


「名前は記憶にないから教えられないんだけど……。

 6番――健太くんの言う通り、私は1番。

 それから、理由はわからないけど君が求めたギルドマスターと呼ばれる者でもあるよ」


 苦しみ転がる健太の横へ膝をつき、イチコがギルドマスターと名乗った事に憎悪を一瞬忘れて健太は目を見開いた。

 その様子に、まさかダンジョンマスターと兼任しているとは思わないよねと、心の中で健太にその驚く気持ちはよくわかると頷いた。

 苦しみながらも驚いた表情でかたまる健太に、イチコは苦く笑った。


「言いたい事もたくさんあるだろうけどね、そういうのは今は必要ないよね?」


 健太の返事を待たず笑いをひっこめ、イチコは淡々と続けた。

 いつもの口調とは違い、語尾を伸ばしたりせず、真面目にゆっくりと話す。


「健太くんがギルドマスターである私を許せないように、私も君を許すことはできないよ。

 だって、探索者とダンジョンはそういうものだから。

 それを作り出す存在であるギルドマスターとダンジョンマスターも、そういうものだから。

 誰が組んだのか知らないけど、嫌な仕組みだよね。

 恨み、恨まれ、それでもどちらが無くても世界は崩壊してしまうらしいよ。難しいね」


 両方の仕事をしなくてはならない自分は本当になんて変な存在なのだろうかとイチコは自嘲する。

 健太は目を見開いたまま、イチコを凝視していた。


「だから、君が私を恨む理由は知らないし、知りたくもない。知る必要もないと思っている」


 どうせこれから嫌というほど恨まれるのだから、知ってしまえば自分の心は受け止めきれないだろうからとイチコは首を竦めた。

 健太の一連の攻撃によって起こされた、二種類の恐怖。

 その恐怖にイチコは自分の心の弱さを自覚した。自分の心は思っているよりもずっと弱いものなのだ、と。

 自分の胸に手を当てて目を閉じ、呼吸する。


「君の力の全てを奪うよ。それが終われば君はもうこの世に存在できない」

「――…っ」


 殺害予告と変わらないその言葉に健太は何かを言おうとして、失敗する。

 毒が健太を癒したように、治癒の光は健太を害するのである。

 『癒しの毒沼』とは、これほど似合う名前もないだろう。よく付けたなとイチコは感心していた。


 イチコは何気なく鞄からハンカチを取り出すと、健太の口から溢れた泡をふき取り清める。


「君もそうして力を取り込んで進化したんでしょう? 因果応報というものだよ」


 健太の眷属欄にあった2つの名前。

 そのどちらもが下位ダンジョンマスターであり、どちらも状態が死亡であったのだから。


「……もしかしてそれが君が私を恨む理由だったりするのかな?

 そうだね。私はこの知識を与えられたときは既に上位であったからね」


 最初から上位であったイチコに、他のダンジョンマスターを吸収する理由はない。

 下位とは違い、進化せずとも死の危険からは遠い場所に居たのだから。


 何より吸収するだけなら眷属にする必要はないからねと付け足すようにイチコが続ける。

 言葉選びは正解であったらしい。

 イチコの言葉に色を失いかけていた健太の目に、力が戻る。


 けれどそれだけだった。


 治癒の力で弱体化し、イチコのコアによって力を吸収されはじめた健太には何もできない。

 表情すらももう動かせないらしく、その事を自覚した彼の目からは涙がこぼれる。

 何を思ったのか、イチコは頷いた。


「……そっか。健太くん、おやすみ。みんなに会えるといいね」 


 イチコの横でメニューが吸収を完了したと主張していた。

 それを横目で確認したイチコは、健太の顔へと手を伸ばす。動かなくなった彼の目を、閉じてやる。

 閉じる際に手についた水滴。イチコはそれを拭う気にはなれず、ぼんやりと己の両手を眺めた。


「……あー。ばれたかなぁ。大丈夫かなぁ。嫌われたくないなぁ。なんで私なのかなぁ」


 色々な思いが胸を巡り、あらゆる気持ちをこぼすようにイチコは呟いた。


 記憶を失い、ダンジョンマスター兼ギルドマスターとなった。

 ダンジョンマスターとギルドマスターとしての仕事を進めていただけだったのに、事件が起きた。

 それでも何かがあれば、全てを切り捨てられる強さがあると思っていたのに。この体たらく。


 普段の気の抜けた言動ですら、自分はひとりでも大丈夫なのだという虚勢であったのだ。

 ぼんやりとしたふりをして、気付かないふりをして、心の弱さを意識しないようにしていたのだと自覚した。


「未練たらたら。誤魔化せるかなぁ。これはどういえばいいんだろー」


 自覚しても怖いものは怖い。

 イチコは自分の弱さを自覚した上で、誤魔化せるなら誤魔化してどうにか乗り切ろうと辺りを見回した。

 口調はいつもの語尾を伸ばすものに戻っている。


 自分の前にはダンジョンマスター6番――毒嶋健太が横たわり、すでに魂はその身体から旅立っている。

 彼の呼び出した召喚獣によって踏み荒らされた床の所々が陥没し、床に転がる探索者がよくその足に巻き込まれて踏み殺されなかったなぁとどこか他人事のようにイチコは思った。


「とりあえず踏破達成で……吸収した場合は踏破扱いにならないんじゃないかな、これー」


 『癒しの毒沼』のコアが破壊も消滅もしていない事にイチコは気付き、あわわと顔を青ざめさせた。

 コア自体は存在しているので今からでも壊せるのなら壊せばいいのだが、今すぐにコアを壊せる存在がこの部屋にはいない。

 イチコ以外の探索者たちは全員意識を失って倒れたままである。イチコにしても自分のコアを破壊する事はできない為、吸収の効果によってイチコのものとなった『癒しの毒沼』のコアも当然破壊することができない。


「……ダンジョンを一度消して、別の場所で新しく作り出せばいいかー」


 破壊が不可能であるのだから、これも誤魔化してしまおうとイチコは決めた。

 決めたが、あの状況からどうコアを破壊したと言えばいいのか。

 今回のギルドマスターからの依頼であるはずのダンジョンマスターの殺害についてはどう処理するべきか。

 それよりも全滅に近いあの状況からどうやって全員を生存させられたのか。


 ダンジョンマスターとギルドマスターを兼業している事が、彼らにばれていないのであれば、これからも誤魔化したいと思っているイチコは頭を抱えた。

 頭痛が痛いとはこういう事かとなんとなく考え、とりあえず、と立ち上がる。


「踏破した事にして、脱出だけ済ませちゃおう」


 他のダンジョンでも依頼通りにダンジョンを踏破してくれた探索者(友人)たちが、今も脱出せずに待っていてくれてるはずだからねーとイチコは頷く。

 鞄ではなく、空中から用意していた転移用アイテムを取り出し、使用した。



 こうして大規模攻略作戦は完了し、一連の探索者殺人事件は幕を下ろしたのだ。

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