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0.壁ドンには二種類の意味がある

『――今週のニュース、注目度ランキング!!!』


 盛り上げようという気持ちの伝わってくるアナウンサーの声と賑やかな音楽が映像と一緒になって、目の前のテレビから流れてくる。

 女はソファに座り、テーブルの上のイカフライを肴に安さが売りの某缶チューハイを飲みながらそれを見ていた。

 先ほどまではたしかにテレビを見ていたはずなのだが、女は飲むことを止めテレビを凝視していた。

 いや、視線はテレビの方へ向きながら、それでも意識はテレビには向いていない。何か別の、不可解な事があったような表情で、ぽかんと口を開けたまま呆けている。

 短くない時間そうしていたが、女は視線をふと手元の缶へと戻した。

 缶を顔の前まで持ち上げ少し揺らし、まだ缶の中身が半分以上残っている事を確かめた。

 続けて、テーブルの横に置いてあるビニール袋の中にある缶チューハイの数を数える。


(まだ1本も空けていないから、酔っぱらう訳がないんだけどなぁ)


 数度数えたがそれでも足りないのか、ビニール袋を持ち上げて1本ずつ取り出す。

 それぞれが空き缶でないことを確かめながらテーブルの上へと並べた。

 ついでとばかりにそれらの缶をまとめていた銘柄とバーコードの書いてある厚めの紙も取り去り、ゴミ箱へと投げ入れる。

 並べた缶は全部で5本。飲みかけのものを含めて6本。

 数え間違いのない事を何度も何度も確認する。


 テーブルの上に並べた6本の缶チューハイ。

 その酒を全て飲んだとしても考え事ができない程に酔っぱらえる自分ではないと、女は知っている。

 知っているからこそ、女は眉間にしわを寄せて腕を組んだ。

 受け入れづらい・・・受け入れたくない現実ではあるが、それが今のこの状態であると認める事にした。


 認めたからこそ先に進むべく、先ほど急に頭に入り込んできた(・・・・・・・・・)知識(・・)の事を考え、口を開いた。


「……メニューオープン」


 その言葉に応じたかのように、女の目の前に緑色をした半透明のプラスチック板のようなものが2枚、出現していた。

 半透明なのでその板を通して向こう側が透けて見えているが、女が少し文字が読みにくいなと思うと同時に、向こう側に何かあるけれどそれが何かはわからない程度にまで透明度が減った。

 板の透明度は女の思うままに変更可能なようだ。


 そうして見やすくなった板を女は見比べる。

 どちらの板の上にも日本語で、規則正しく単語が並んでいる。


 左の板には上から順に『コア』『ダンジョン』『眷属』『通信』『  のデータ』の5つ。

 右の板には上から順に『登録』『登録者一覧』『発見済みダンジョン一覧』『通信』の4つ。


 どちらの板も並ぶ言葉以上にスペースが広く、必要があればそれ以外の項目を作っても良いのだと女の中の知識が告げていた。

 ゲームかよと心の中で突っ込みながらも、女は初めて使うそれが本当に知識にある通りに動くのかを試してみる事にした。


 まず『ダンジョン』に意識を向けてみる。

 するとダンジョンの文字が点滅し、他の文字がダンジョンの文字に比べて暗い色合いになり目立たなくなる。

 そこで『コア』へと意識を切り替えると点滅していたダンジョンの文字は他の文字と同じく暗い色合いになり点滅を止め、同時にコアの文字が明るく点滅し始めた。

 他の文字に意識を向けたり、逆にどれも選ばないでいても反応は同じで、意識を向けたり選んだ文字が点滅し、それ以外の文字が暗く目立たなくなるようだった。


 次に文字を選択したその先、各項目を見るとどうなるのか、である。

 『ダンジョン』『眷属』『登録者一覧』『発見済みダンジョン一覧』『通信(右)』の5つは項目を進めようとしてもまだ何もないからか反応はなかった。

 『コア』『通信(左)』『  のデータ』『登録』の4つは反応があり、先へと進むことができた。

 ちなみに通信は2つあり紛らわしいとでも思ったのか、女はそれぞれに、左と右の一字ずつを追加したようである。


 まず『コア』である。

 コアを選ぶと『コア』の上に重なるように『作成』『管理』『吸収』『削除』の文字が浮かび上がる。

 まだ何もしていないからであろう。作成以外を選んでも反応はなく、作成を選ぶと新しく3枚目の緑色の板が浮かび上がり、その板には作成をするために必要なのであろう設問が並んでいた。

 何を作成するのかといえば、そこは説明しなくてもわかるだろう。

 『コア』の項目の中にある『作成』であるのだから、コアを作成するのだ。

 他の管理・吸収・削除も作ったコアを管理し、吸収し、削除もできる、という意味であろう。


 次に『通信(左)』である。

 選択するとさらに新しい板が浮かび上がり、その中には数字と名前のような文字がセットで規則正しく並んでいる。

 数字は1~35まであるが、なぜか1の数字の横は空白になっていて名前はない。そして選択もできない。

 2以降の名前は選択でき、実際に選ぶと『コールしますか? はい / いいえ』という言葉が浮かんだ。

 女は『いいえ』を選び、携帯電話の電話帳みたいだなと思いながら通信の板を消した。


(『登録』はコアと似たようなものなんだろうな)


 女の知識によれば人間などの生き物を登録する項目のはずである。そうなるとコアを作成するのと似たような表示になるのであろう。

 なので、今すぐ確認しなくてもいいかなと女は『登録』は確認せずに、最後の1つである『  のデータ』の項目を確認する事にしたようであった。


 何度も言うように女の頭にはすでにそれらの項目が何であるのか、どうすれば使えるのか、使う目的はなんであるのか。関連する全ての知識は女の頭の中にすでにあるのだ。

 『  のデータ』が何のデータであるのか。

 女は当然それを知っているし、知っているからこそ、不安があるのだ。


 目を閉じ深呼吸をする。口を一文字に結び女は目をゆっくりと開くと、『  のデータ』の項目を選んだ。

 一枚の大きめの板が浮かび上がる。



 名前、『  』

 種族、『上位ダンジョンマスター(元人間)』

 職業、『ダンジョンマスター 兼 グランドマスター』

 魔力、『測定不能』


 固有特性、『無効 吸収 全抵抗MAX 全魔法習得可』

 固有技能、『コア ダンジョン 職業斡旋 サービス システム アイテムボックス(G)』

 所持魔法、『鑑定11 偽装10 防御11 封印11』

 所持技能(スキル)、『魔力操作 魔素操作』


 所持コア数、『――』

 運営ダンジョン数、『――』

 眷属、『――』


 登録者数、『――』

 踏破済みダンジョン数、『――』


 消費魔素、『――』

 解放魔素、『――』

 魔素総数、『増大方向に計測不能』



「・・・・・・酔っぱらってないはずなんだけどなぁ」


 板の情報を全て読み、女はそう言いながらため息をつく。

 飲みかけで中身の残っている缶を手に取り、残りをグイッと一気に飲み干した。


「・・・私、人間やめた覚えないんだけどぉ」


 誰にともなくそうつぶやき、イカフライを手でつまんで口へと入れる。

 揚げたてには遠い、油が回ったのであろう柔らかい衣に体に悪そうなくらいに濃い塩味のイカフライ。

 空になった缶をテーブルの下に放ったままのビニール袋へと入れて、新しい缶をプシュっと開けて飲む。

 シュワシュワとした炭酸の効いたそれが濃く残っていた塩味を押し流し、いい塩梅である。

 お酒を飲んで、イカフライを食べ。イカフライを食べ、お酒を飲む。


「そもそも名前がないってどういうことなのよぉ」


 飲んで食べてを繰り返しながら、表示させたままの『  のデータ』の板を見て女は言う。


「思い出そうとしても生まれてから今まで何をしていたのかとか、知り合いが居た記憶もないみたいだし、でも私は日本人なのよ。それはわかるのよ。今まで日本人としての暮らしがあったって事もわかるのよ。でも記憶は一切ないのよ。思い出せないのよーっ!」


 一気にそう言い切り、最後の方には大きな声で叫ぶ。

 すると壁からドンと殴ったような大きな音が響き、女はその音で我に返る。

 最近の乙女な意味ではなく、うるさいぞー!という抗議の意味での壁ドンだ。

 知らない人も一定数いるであろう壁ドンのどちらの意味も用途もわかるのに、当然であるはずの自分自身の記憶――思い出がどうしてないのか。

 女は浮かんでいた板――メニューと呼ぶことにしよう――を全て消すと、ソファの上のクッションに顔を埋めてごろんと転がった。


「だってわからないんだもん。この知識が入ってくるまで何を考えていたのかすらも思い出せないんだもん。仕方ないじゃない。わからないんだもん。何よ、何なのよ。ダンジョンやらマスターやら、ゲームじゃないんだから。現実なんだから。現実よね。夢じゃないわよね。現実なのに何なのよ。もう訳わかんない・・・」


 怒られたからか、クッションに顔を埋めたままもごもごと誰にぶつけていいのかわからない文句を言う。

 文句と一緒にじたばたとバタ足を続け、10分ほどしてから大人しくなる。

 それから顔を上げ、行儀が悪いのを承知で缶に手を伸ばし、ぐびぐびとお酒を飲む。


「・・・お酒に酔える気もしないんだけど、これってデータにあった『無効』っていうのがあるから?」


 記憶にはないが、ほろ酔いや泥酔・二日酔いというものを女自身は知っているし体験した事もある。

 量はともかくこのペースで飲めば酔いが回ってくるはずである。

 そうであるはずなのに、ほろ酔いのほの字すら見えてこない。酔いが回ってこない。


「酔えないお酒なんて、ただのジュースよね」


 女は起きてソファの上で正座をし、据わった目で缶を見た。

 それからため息を吐き、缶をテーブルの上へ置く。

 酔っぱらって気を紛らわしたかった女であったが、酔えないものは仕方がない。


 知識と共にそれを使って何をするべきであるのかも、しっかりと女の頭にはインプットされている。

 飲み食い以外に何をするべきなのか、何もしないでいるべきなのか、何をしていたのか。

 記憶がない以上、それら全ての何もかもがわからない。

 わかるのは、知識と共にインプットされた自分のするべき事(・・・・・・・・)だけである。


(メニューオープン)


 心の声に応じて、先ほどの板――メニューが女の目の前に浮かび上がった。

 声に出さなくても問題なく使えそうだと納得し、メニューからコアを選び、作成を選んだ。

 先ほどと同じく、メニューの上にメニューと同じ色をした設問と入力欄のある板が浮き上がる。


(コアはダンジョンの素)


 作りたいダンジョンと頭の中の知識を照らし合わせながら、コア作成の設問への答えを入力していく。

 もちろん、女が心で考えるだけでしっかりと入力される。

 あーでもないこーでもないと入力し、最後の設問で女はムムっと行き詰った。


 「あとはー、名前? 名前かぁ。何がいいかなー」


 ソファの上に再びゴロっと転がり女は考える。

 メニューは出た位置から動かない。

 何気なく視線を動かし、今もなおひとりで話し続けるテレビに気がつく。

 先ほどまではニュース番組であったのだが、いつの間にやら終わったらしい。

 今は売出し中の若手カメラマンのドキュメント番組であるらしく、彼の撮った数々の写真が順番に流れ、その中のひとつが女の目にとまる。


「うん、決めた!」


 女は寝転がったまま、メニューと作成板を呼び寄せ、最後の設問――名前の入力欄を埋める。

 すると表示されていた文字が入れ替わり、基本性能とでも呼べばいいのだろうか。今から作り上げるコアの基本性能が『これで作成してよろしいですか?」との質問文と共に表示された。


 目的、『ダンジョン』

 属性、『土』

 付与、『時空』

 固有、『浮遊』

 魔力、『自動 / 最大 切り替え可能』

 名前、『ニジノタカラ』


「知識の通りならこれでいけるはず! 作成!」


 女が基本性能を見て頷きゴーサインを出すと、設問を入力し基本性能が表示されていた板が輝きながら丸くなり、ピンポン玉ほどの大きさまで小さくなる。

 ゆっくりと落ちていくそれを見て女は慌てて起き上がり、慌てて両手をその下へと差し出す。それにより何か変化がある訳でもなく、ピンポン玉サイズのそれは女の手の中にゆっくりと納まった。


 熱くも冷たくもなく、つるつるとしたガラス玉のような感触。

 それでいて、重さはピンポン玉よりも軽く、手に持っているはずなのに重さを全く感じない。

 色はメニューや板のような緑色ではなく、『ニジノタカラ』という名前をつけたからか、7つの色が混ざりきる前のような虹の帯を丸くまとめたような、不思議な色合いをしていた。


 女はその玉を親指と人差し指を使い、顔の前に透かしてその向こう側を見るかのように持ち上げた。

 これが何であるのかと言う疑問は口に出すべきではないだろう。

 知識の通りであれば、わかりきっている事なのだから。


「鑑定」



 1-001 飛行型ダンジョンコア『ニジノタカラ』

  属性『土』 付与『時空』 固有『浮遊』

  魔力『自動 / 最大 切り替え可能』


  『  』の作成した1番目のコア。

  飛行型ダンジョンの素。

  飛行型ダンジョンにしては使用魔力量が少ない『  』の特別製。

  使用魔力量が少ない代りに、高度の変更は一度のみしか受け付けない。



 鑑定魔法を使うと同時に頭の中に入ってきた説明に、女は少し考えて頷いた。

 知識と照らし合わせ、女の作りたいダンジョンはこのコアで作れると確信したからである。


「えーと、ダンジョンを作成するには・・・」


 コアを手に持ちぶつぶつと呟きながらメニューからダンジョンを選ぶ。

 最初の時には反応しなかった項目であったが、今度はコアが手元にあるからか、しっかりと反応する。

 ダンジョンの文字の上に、『作成』『管理』『侵食』『削除』の文字が浮かび、作成を選ぶ。


 メニューがうっすらとではあるが輝き始め、その光が女とコアを包み込む。

 女の全身をつつみ終わるとその輝きは一際つよく輝き、そして一瞬で女とコアごと部屋から消え去った。


 異変の始まりとも言える、その一連の出来事を見ていた者は誰もいなかった。


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