表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第三章】新世界より From the New World
96/104

【三章第三十八話】 花擬き

「俺クラスの奴に告白されたんだ……」


「おお、それでどうしたんだ? 紫水君もついにリアルが充実した人間になるのかな?」

「いや? 俺西尾さんの事全然知らないから断ったよ。それに俺恋愛とかよくわかんねーからなぁ。多分嫌な思いをさせるだけだと思う」


「いいねぇ、女子におもてになる紫水さんは。俺なんて誰かに告白なんてされたら断りなんてしないよ」

「俺がモテる? んなわけないじゃん。冗談だろ~、大和」


「あーあー」

 なんというか、知ってはいたけどねぇ。つくづくあの人は報われない。

「なんだそれは」

 親友は本気で分かっていないのだ、周囲の奴の殆どがそれに気付いているのにこの友は全く理解できていない。

 いっその事、俺が全てを話してしまおうか。


 そうは思っても俺は結局話すことなんてなかった。


 自らの心のどす黒い物が次々と溢れ出てこの二人を応援しようとする気持ちは全く別のモノへと成り果てる。

 求めれば止められない。求めても、求めても、求めても、……。

 決して満たされない、決して満足することない。俺には足りない、俺にはそれがない。


 どうして親は俺を認めてくれないのか。

 愛されたい。

 愛して貰いたい。

 でも愛されない。

 ほら、俺、こんなにも頑張っているんだよ、ほらほら君たちの理想の人間になる為に惜しみなく努力をしているんだよ。

 褒めて、褒めて、俺を見て、どんな俺でもいいから俺を見て。


 ――どうして貴方はそんな事も出来ないの……。


 ならいいや、誰でもいいから愛して欲しい。

 誰か欠けた分を埋めて、誰か俺を認めて。


 でもどうやらこのままの俺じゃ誰も認めても愛しても特別な存在にもしてくれない。

 研究者である祖父に憧れ歴史の研究者を目指す息子、これはきっと周りからの評価も高いだろう。

 だがどうやら歴史というモノは評価されるモノではなかったようだ。


 愛されない、愛して貰いたい、それでも俺は愛されない、誰かの特別になりたい、出来るだけ多くの特別になりたい。

 もうなににでもなってやるからトクベツが欲しい。その人にとって都合のいい人間でも、カモでもいいだから俺を見てくれ。



 ああ、足りない、これでは足りない。

 ああ、俺って何の為にそれを求めていたんだろうか? 一体俺は何が欲しくてこうも頑張っていたのか。

 どうして? どうして皆が俺の前から去っていくんだ、何故だ、何故だ、何故だ。


 知っていたよ、知っていたさ。俺は質より量を求めてしまっていた。美優が俺の事を好いていてくれたことくらいとっくに気付いていた。気付いて知らぬふりをしていた。

 失って初めて大切さに気が付いた、失って初めて好きになった。心から、心の底から、こうなって初めて価値を認めた。


 いっその事付き合ってしまえば良かったものを……。


 何処かでそんな事を思う自分がいる。

 紫水と西尾千鈴が付き合えば……。美優は俺の事をまたあの時のように見てくれるんではないか……。


 俺は美優の気持ちを知っている、報われない美優を見て可哀そうだと思うこともある、でも決して俺は彼女の気持ちを紫水には言わないし、幼馴染として助けることもしない。


 ただ邪魔もしない。

 心の底で黒い何かは固形化し重く居座り続ける。

 紫水は俺が欲しているモノ全てが簡単に手に入る、そしてそれを無価値だと何処かに投げ打つ……。

 俺は望んでも、望んでも手に入らないのに。気が付いた時には何処かに行ってしまっていたのに……。


 ――皆バカみたい、一色もちょっと唆しただけであんなことするなんて、いいわ私もスッキリしたし別にこれからまた葛城と仲良くしてもいいんだよ、草薙。


 全ては彼女の一時の感情、それは腹癒せでしかない。憂さ晴らしの為だけに当時、西尾千鈴の事を好いていた一色を動かした。


 一色は彼女の思っている以上に働き紫水を虐め、とてもいい働きをしたのだ。

 紫水の周りの環境を全て壊し変えてしまうほどに。

 親友だったモノが我が身可愛さで紫水を売り飛ばし保身に走ってしまうくらいには一色祐樹は彼女のいい気まぐれの代理人となった。


 そして親友を売り飛ばしクラスの王である一色一派に取り入った、ゴミは全ての真実を知るのである。

 逆上が始まりだったことも、ただの腹癒せだったことも。そんな下らないことに、思うがままに自身が踊らされていたことも、そんなことに結局だが加担することになってしまったことも。


 生きている価値の無いゴミは全てを知り後悔し、恐怖し、そして憧れた。

 例えどんな形でも到底敵うはずないと思っていた紫水を完全に倒して見せたこの二人の身勝手さに。

 そしてその男はこんなザマになった。


 俺はお前、俺はゴミで生きててはいけない存在。お前はあの様だったし、俺もこの通りこの有り様だ。

 お前は結局俺で、俺も結局お前だ。

 俺はあのまま変われない、俺は結局変われない。俺は何時までも首に縄を掛けはしたが最後の一歩を踏み出せない餓鬼のままだ。



 今度こそちゃんと死ねるように、もう逃げ道も何もかも無くすんだ。極悪人は善人に正義の名の下に殺されるのがお約束。

 だから俺は極悪人でいい、極悪人が丁度いい。

 他者に振るった刃が自らに返ってくることを願い俺は復讐をする、そして俺にも復讐する。


 さぁ望みに望んだ復讐を始めようか。倒されるがための復讐を始めようか。


-----------------------


「ぐへへ、俺今回の為に奮発したんだぁ」

「お前神じゃん」

「だろー」

 良さそうなカメラを持った兵士二人がそんなことを言いながら鼻の下を伸ばしぐへへっと歩いている。

 見つけた……。


 俺はそのままその男たちに向って駆け、そしてその勢いのままに男の手にあるカメラをひったくる。


「おいお前何やってるんだよ、返せ」

「おい、止めろよ。あれゼロの隊長だぞ」

 後ろでそんな声がするが……。


「すまん、許せ。帰ったら俺のとこに来てくれ、此処よりもっと上物の内地の娘を何人か買えるお金で弁償するから」

 それ以上男たちは追及してくる事は無かった。

 そして俺はそのまま西尾の所に向う。

 そとで蹲っている西尾に向く勝巳と竜弥の眼。彼らは西尾を未だ敵として認識してる。ただ楓だけはそんな眼を少しばかりは見せつつも西尾を心配し色々と話しかけている。


「遅くなってすまん」

 三人が驚いた顔を此方に向ける。

「どうやら貴女の言っていたことは本当だったみたいですね」

 楓は優し気にそんな事を呟きはするものの、今までと変わらず彼女を敵としてみている。勝巳も竜弥も。


「三人は莉乃の所に行ってやってくれ」

 皆は不思議そうに首を傾げるばかりであった。


「もうそろそろ殺しに飽きて本格的におっぱじめる奴らが出てくるぞ。彼奴、グロは良いけどそーゆのは駄目だろ、ほらお前ら的にもいいのかそんなん見せて。だから上手く外に誘導しといてくれ、ついでだが伊織も共に外に連れ出しとけよ」 

 皆はっとし慌てて鉄の扉を蹴破らんばかりの勢いで地下聖堂に戻って行った。

 まぁこれも嘘ではないが半ば嘘に近い。


 俺は魂が抜けたように地面にペタンと座り込む莉乃を放置してここに来た、今だって正直構ってる余裕はない、これが俺の中での精一杯。


「落ち着いたか?」


「あの時はごめんなさい」

 目の淵と鼻を赤くした彼女は誠心誠意の謝罪を見せる。


「そんな事もう気にしてない」

 拍子抜けだ、興ざめだ。


「へぇ~、中学の頃は卒業まで引きずってるように見えたけど」

 中学のころから変わらない彼女本来の軽い口調に変わる。

 彼女はとても安心しきっている。もう安心してしまっている。

 彼女のツインテールが揺れる。彼女の髪の毛は中学の時よりだいぶ明るめになっている。

 俺はそれ以上は何も答えない。


「それに大和ッて結構雰囲気変わったよね、昔はなんというかこう……。もっと感情が表情に出るタイプだったのに」

「いろいろあったんだよ」

 その色々で彼女は彼女なりの推察をして納得したみたいだ。


「それに随分と偉くなったみたいだね」

「西尾、俺はお前にゆっくりとしたとこで聞きたい事が沢山あるが、まだ仕事が残っている。

だから歩きながらや仕事をこなしながらでいいか」

 西尾はうんと頷いた。

 そして俺たちは歩き出し西尾に質問する。


 西尾はあの襲来時、その日遊んでいた友達達と共に名古屋ではなく岐阜に逃げた。そりゃぁまぁ木曽川を越えればそこはもう岐阜、一宮市民でそういった選択を取ったものも少なくはないであろう。

 ただもうその時には、あの鬼が一宮市を襲った時点ですでに岐阜は陥落しており鬼の巣窟になっている。

 西尾は散々な目に遭ったそうだ。詳しくはあまり話してくれなかったが一緒に逃げていた友達が鬼に殺されたり、友とはぐれたり。


 西尾は逃げて逃げて逃げた。


 そしてやっとのことで人間たちに出会った、ただその集団は簡単に鬼に見つかり皆まとめて囚われ敵の本拠である岐阜市に連行されたそうな。

 道中何人かが鬼に食われたり、快楽のままに殺されたり犯されたりする、そんなものを見た西尾はもうそこで生きることを諦めたそうだ。


 だが……。


 彼らに生きるか死ぬかの選択肢を与えた者がいた。

 のちに白銀の鬼神、純白の姫君などと呼ばれることとなる鬼は捕らえた彼らにそのままここで死ぬか、鬼を信仰し生き永らえるか、という二つの選択肢を与えた。

 道中で酷い光景を見せられた彼らの殆どが鬼を信仰する道を選んだ、それが鬼神教徒地盤となる組織の誕生。彼女は鬼神教設立時からのメンバー、だから今回も特別扱いされこんな地下施設にいることを許されたという。


 信仰を選んでから回りはだんだんと可笑しくなっていき、最初は助かるための仕方のない信仰がいつの間にか心からの信奉になっていた。

 彼女は至って正気でここまで過ごして来たそうだ、ここ数年間人だって殺した事は無い。ただ逃げる事は出来なかった、逃げ延びれる勇気がなかった。彼女は生きるために仕方なく信者のフリをし続けた。

 毎回毎回の贄の選定の儀式に怯え、周囲に合わせ、波風立てぬように今日まで過ごして来たという。



「それでさっきから何の仕事をしているの?」

 西尾はどかりと宝物庫の丈夫そうな箱に腰掛け、せっせと作業をしている俺達に向かってそう問いかけた。

 ここの品物の撮影だよ。 

 兵士たちに箱を開けさせては中身を写し、持っていく場所を指示する。あらかじめ何があるかを記録に残しておかないと運搬中にくすめ盗る輩が出てくるかもしれない、だから毎回教会を襲い金目の物を見つけるたびに撮影するようにしているのだ。

 まぁ普段は俺はそんなもんはやらんし、こんな私的なカメラも使わない。

 ただそこは歴史好きだの鬼たちの残した遺物があるかもしれないだのと適当な理由を付けて撮影役を変わって貰えた。

 俺がそんな作業をしている中彼女も非常に暇そうに待っていた。



「これで最後ですね」

 途中から応援に駆けつけて補佐をしてくれた大河がそう呟き自らその箱を上えと持っていく。

「はい、解散解散」

 手を叩くとともに兵士たちは皆一目散に駆けていく、多分目的は地下聖堂。

 誰も俺たち二人がその場から動かないことを気に掛けない。


「大和、何をしているの」

「さっきからこの部屋が気になってだなぁ」

 宝物庫の奥にある宝物庫よりも厳重な扉に覆われている部屋に入った。確かここは何もない部屋の筈なんだが……。


 何故宝物室の奥にこんな部屋を。

 空気が噎せ返るほどどんより重く、何処か冷たい。


「ここは調理場であり食堂」

「何故調理場をこんな宝物庫の奥に?」

 彼女は俺の先を行き嫌そうな顔をしながらもその部屋の中央にある大きな机の前で止まる。

 ここがどんな部屋かなんて正直どうでもいい、でもカカった。


「鬼にとって人の肉は宝より価値の高いモノなの。ここで人を殺し、そのまま鬼は食べる」

 まあ大体分かった気がした。

 彼女は部屋の隅まで行き壁を撫でた。

 よく見ればここはほかの部屋とは違い全体的に部屋が赤黒く感じられる。



 パタン。


 鋼の扉を閉め、この部屋を完全なる密室へと変える。

「ここでたくさんの人が殺されたんだなぁ」

 部屋を照らすランプを机の中心に置き、丁度いい感じの明るさで周囲を撮影できるところにそっとカメラを置く。彼女に悟られないように西尾がカメラに写っているかどうかを確認する。


「私怖かった、いつ私がここに送られるかと考えると震えが止まらなかった」


「そうか」

 そんなから返事をしながら俺は彼女の近くまで寄り、音もなく山城を取り出した。


 壁を眺めるのを止め此方に振り向こうとする西尾の腕に向って刀を振り下ろす。

 豆腐を斬るみたくすんなりと刃が入り彼女の体と腕が切り離される。安心しきっていた彼女に向けられる突然の狂気。


 とても酷く耳障りな声で叫ぶ。


 叫んでももう誰も来やしない、ただそんな言葉さえも口にすることはできない。床に崩れ落ちる彼女の後頭部目掛けて刀の鞘を振り下ろし、ついでに顔面に向って蹴りを入れる。

 隣は壁、悶え転がることさえ許されない。


 彼女の髪を掴み上げ無理やり立たせる。

 軽い抵抗を見せたが俺からしてみればそんなものは抵抗のうちには入らない。

 俺は昔っから気に入らなかった、この女王様のトレードマークであるツインテールを斬って落とす。

 毛束は一気に落下し、集団に入れなかった者達は自由自在に宙を舞う。


 西尾の鬼神教の正装を引き裂かん勢いで掴み机の角に額を打ち付ける。

 カメラはがたっとぶれるものの多分目標は今も撮り続けているだろう。

 まぁあのシーンだけでも十分と言えば十分だ。


 顔面を思うがままに殴りつけ、力なく倒れる彼女に向って蹴りと入れる。歯が吹っ飛んだ、彼女の顔からは赤い血が流れる。

 腕の血も絶えず流れ続けている。


 ぎゃぁぎゃぁ泣き叫ぶ西尾の首を掴み立たせ、一気に腹に向って蹴りを飛ばす。


 口からは吐瀉物が溢れ出て黄色と赤色の何かが地面に転がる。

 耳のピアスを力任せにぐっと引っ張り取ってみる。

 荒い息使いがどんどん詰まったような、何かにせき止められたような呼吸に変わる。呼吸すら苦しそうだ。


 口角が攣り上がる。

 耳にムカデを入れるというのはいい考えだと思うけど、残念ながら俺はそんなもの用意していない。

 倒れる彼女の指を強引に掴んて刀の柄頭で砕き割る。


 思わず彼女は失禁する、血と吐瀉物と尿と汗が床でまじり合い酷い臭いを発する。

 大きな叫び声を上げた後、力尽きたのか彼女は白目を剥いてその排出物たちが混ざり合った地面へと倒れる。


「ハハハ……。 チッ」

 笑って見せたがこんな誰もいない部屋では自らの声が響くだけで虚しいだけであった。

 彼女の髪を掴み無理やりに体を持ち上げカメラの前で目に向って刀の先をゆっくりと差し込んだ。


 目からは血が噴き出し、血の涙を彼女は流す。


 倒れた彼女の指の第二関節を全て刈り取り、残った足も片方をくるぶしのあたりで切断する。

 強引に彼女の吐瀉物に塗れたローブの比較的綺麗な所を切り取り腕と足に巻き付け止血を行っておく。

 残った片方の足刀を峰を使ってボキりと折って口にローブで作った猿轡を噛ませる。


「見たか一色これがお前の好きだった奴の末路。一色、とても無様だな……。ああ、心配するな俺は彼女のとどめを刺していないから」

 そういって倒れている彼女の全てを移す為にカメラを向け、またもとの位置に戻した。

「やったね、まだあとちょっとだけ生きていられるから、なんてな。なぁ一色、お前はこれから何をしなければいけないか分かるよな? なぁ一色、お前は俺に何をしなきゃいけないか知っているよな?」

 そうして最後の言葉を口にする。


 ――お前は俺を……。 なければならない。


 その言葉を最後にカメラの撮影を切った。

 カメラを回収する、なかのSDカードを抜き、内ポケットにしまいチャックを掛ける。

 部屋を照らすライトの明るさを最弱に切り替えそのまま机に置きっぱなしにする。

「じゃなぁな千鈴、良い夢を。長生きしろよ」

 そういって頑丈な扉をゆっくりと締め鍵を掛けその部屋を封印する。

 ついでに宝物庫の扉にも鍵をかけて二重の封印を終える。


 ふっふっふ、これでおれは、これでもう俺は、絶対に引き返せない所に来た。

 紫水の大事な部下を殺し、一色の想い人に最低な行いをした。


-----------------------

 

 あれから少しばかり時が経った。

 もう宝物庫には誰も行かせない、そして地下聖堂での祭りに参加していない部下たちに撤収の準備を命じ、地下での祭りに区切りを付けたモノがぞろぞろと帰る支度をしている。

 女子供に襤褸を衣を与え縄で縛り上げたり手錠を使って拘束したりとお持ち帰りをしようとしている兵士も幾らかはいる。


 教会から離れたところに陣取られた本陣に戻り吹雪に周囲の状況を尋ねたがドローンが周囲に敵がいないことを確認した。


 本陣には莉乃もハリマも大河も親衛隊も誰もいない。

捕虜とした信者や宝物などが次々に軍用車に積み込まれて行っているのを興味なさげに美優は眺めている。

 カメラを置いて俺は美優の近くに歩いていく。


 美優も美優で此方に気が付くと……。


「大和、貴方一体今度は何が原因で莉乃さんと喧嘩をしたの?」

「いろいろさ」

 此奴になら話してもいいか、別に此奴は知っているのだし。


「美優、ちょっと話せないか?」

「莉乃さんと喧嘩をしたからって、今度は私に手を出すつもり、節操のない男……。 んなんて冗談を言っていい雰囲気ではなさそうね、いいわしょうがないから聞いた上げる」

 呆れた顔で美優は立ち上がるとそのまま歩き出した。


 話せないかというモノの全く言葉が出て来ない、俺はただただ美優の後ろを歩き続けている。

 教会の周りを歩く……。


 なんて話せばいいのか分からない、どう説明すればいいのか分からない。

 分からないことだらけ、俺は俺が全く分かっていない。


 ただ俺は西尾に関することを話した。とても自分を正当化して話した、俺も彼奴と変わらず、腹癒せでやっていたのにも関わらずだ。

 ただ美優はちょっと間を置き、俺を見ると、全てを見透かしたような顔をする。


「そう、肯定もしなければ否定もしないわ。それが貴方の選んだ道なのでしょ? ならもう何も言わないわ」

 黒幕が西尾だったということを初めて知った美優は少しばかりだが怒っていた。


「莉乃さんにもちゃんと話した方がいいわよ、彼女この世の終わりみたいな顔して本陣に帰って来たんだから。流石の私でも心配するレベルの酷い顔だったわよ。危うくうっかり過去の事を喋りそうになるくら……」

 

 美優が言葉を詰まらせ足を止める。


 少し離れたところでに突如赤い色の渦が出来る、赤い色の渦は段々と形作られ……。それと同時に一気に空が赤く黒くどんよりと染まる。

 いや違う、これは皆……。

 

「美優下がれ」


 空が赤くなったのは血の霧が原因。紅い魂が宙に巻き上がる、赤が世界を染め上げる。

 パチン。

 

 指を鳴らす音と共に渦は完全に姿形を形成する。

 そしてそれと同時に空から鮮血の黒い雨が降った。黒い雨は段々と形作られ……。 次々に兵士が出来上がる、次々に死者の軍隊が形成される。


 上空から色々な所に兵士が飛来する。



「お前はこの為だけにお前に付き従う信者全てを俺たちに捧げたのかッ」

 それは気付いた時にはもう遅い。

 目の前の姫君は自慢げに銀髪を掻き上げ、手を横に振る。

 それを合図に周囲に振った日の全てが彼女の、彼女だけが有する兵士に変わった。

 目の前で軍隊が形成される、俺はいつの間にか赤黒い魂の残りモノに包囲されていた。



「ああ、そうだとも、そうだとも、我はお前を殺す為だけに信者たちをお前に殺させたのじゃ、それにこれはちと予想外だがまぁ仕方あるまい」

 再度指を鳴らす。

 上空から見覚えのある槍の破片が飛来し地面に突き立った。

 俺の体、いや服から出た赤黒いものがその槍に向って這っていく。



「コロスコロスコロス」

「さて長可、すまぬがお主にはまだ働いて貰う。我が愛しの紫水の為に」

 槍は一気に血で補強され、赤く透けた森が目の前に再度敵として立った。

 それだけではない……。


 この森は血の塊となってまでもあの時のように発火し、第六天魔王と名付けたスタンドを出して見せた。

 刀を構える、周囲には敵しかいない、此奴は完全に俺を殺す為だけにこんな作戦を立案したようだ。

 姫君は俺を指さす。



「グッ」


 頭が痛い、イタイ、イタイ、イタイ、頭が割れる。

 流れ込む誰かの記憶、流れ込む誰かの思い、流れ込む誰かの精神。

 一方的に一体化させられている。 


 ――紫水、紫水、シスイ、シスイ。


 なんだこれは、なんだよこの感情は。

「我はそん気持ちなど……」

 紫水がとってもカッコ良く、いや美化されて見える。紫水の事をよく思っていないツンツンな誰かの記憶、絶体絶命のピンチのに助けに来る紫水、キュン?


 はぁ?


 紫水を守るために今まで操ることが出来なかった自身の能力を完全に制御してしまう誰か?

 これはこれはこれは。


「ワレハ、オレハ」

 違う違う違う。

「俺は紫水にこんな恋愛感情的な何かを向けたことなんてない」

 そうか、そうか、そうか。

 これはレイの記憶。


 そしてこれは紫水の能力。

 分かる、レイの記憶がそう俺に教える。紫水の肩を愛し気に噛むのこの姫君。


 紫水の力、それは【繋がる力】。


 感情も記憶も感覚も全てが全てレイのものを繋げられる。一時的に、そして一方的だけれども確実に相手を自らに出来る力。


 レイは紫水の血を吸うことでその力の一部少しの間だけ使えるというのだ。

 一体どの気持ちが本物だか、どの自分が本物だか分からなくなってしまう。


 自分で、自分を見失う。


「我は、草薙レイは紫水の為なら死んでもいい。ワレハ紫水がダイスキだ」

 ハッ。


 気付いた時には遅かった、そんな思ってもいないことを俺は勝手に口走り、正気に戻った時には、紫水の能力が切れた時にはもう遅かった。

 槍がもう直ぐ傍まで迫っている。

 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ