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アポカリプス Apocalypse   作者: 秦 元親
【第三章】新世界より From the New World
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【三章第三十七話】 だから僕は僕を手放す

「大和君」

 起き上がった俺を発見した総大将様は嬉しそうな声を上げ此方に駆け寄ってくる。

 何故だか首が飛ばされた森長可の死体からは通常の鬼の死体とは違いオーブが外へと放出されてはいない。


 此奴本当に死んでいるよな。

 その不安を掻き消すためにも残された体の心臓部に今一度刀を突き付けた。


「どうしたんですか大和君」

 今一度死体を確認するもこの鬼神様からは全く光の粒が出て来ない。何故だが不安だ、何処からは拭い切れない不安が何処かに存在する。


 もう一度突き刺すか? この死体に。


「大和君ッ」

 いつの間にか莉乃の手が自らの刀を握る手を包んでいた。

 直ぐ傍に、目と鼻の先には莉乃がいる。


「もういいです」

 もう一度俺は叩かれるんじゃないか、また莉乃のビンタを喰らうんじゃないか……。

 莉乃の言葉通りに刀を消す。


「状況はどうなったんだ?」

 そんな事を口にしてみるものの……。


 莉乃も、莉乃でとても寂しそうな顔で絶望に打ちひしがれている。莉乃らしくない暗い表情に自身を包む手は軽く震えていた。

 莉乃は小さく首を横に振った。


 眼の光を消しつつもうっとりとした顔の莉乃が目の前にいる。ぞくっと寒気に近いものが感じられる。

 いつの間にか手は解放されていた……。手は解放された、ただ莉乃の手が今度は背中へと回っている。

 莉乃に一気に引き寄せられ体と体が密着する、両腕は莉乃に挟まれ上手く動かすことが出来ない。どうして俺は抵抗しない……。


 こんなもの引きはがせばいいモノを。

 そう思った時である。


「イタイ」

 痛い、体が、頭が蹴りを諸に喰らった腹が……。いやもっと別の何かが痛みを訴えているのだ。

 あの戦いの後では莉乃の体温は少し冷たく感じられる。その冷たさが俺の何かを抉り取っていく錯覚に囚われる。


 戦いの最中に感じることの無かった痛みが今になって、今更に自らの存在を訴えてくる。

 莉乃は俺の言葉を聞いた瞬間、ハッと我に返り自らを突き飛ばすように腕での拘束を解いたのだ。


「大丈夫ですか? 何処か怪我をしているのですか」

 莉乃は本当に心配している、俺を心配してくれている。


「ああ、ちょっと敵の攻撃を喰らっただけだ」

「それは非常にいけない事です、今すぐ手当を受けに戻るべきです」

「大げさだな、ただの蹴りだよ」

 そういってすっと後ろを向き俺は服をめくり自分の腹を確認してみる。鍛えられた腹筋を持つお腹は赤みを帯びた紫色に彩られ非常に見てて痛々しい色に変色していた。


 これを此奴に見せたら見せたでまた面倒なことになる。


「ああ、なに別に何ともないよ」

 莉乃はぷくっと頬を膨らませ不満げな様子だ。


「嘘をついている顔です」

「ほんとに何もないんだよ」

 ちょっとばかし莉乃に強めに当たってしまっていた。莉乃も莉乃で俺の思った以上のショックを受けた顔をしている。


「おお、お二人さん。今日もお熱いですねぇ」

 状況を察してか莉乃の直系の部下の響はそう言い場を茶化した。


「あのー、莉乃さん。俺の事は心配してくれないの?」

 両手に大火傷を負っているハリマは響助太刀よろしく場を和ませようと振舞った。


「別に貴方は良いんですよ、心配するだけ無駄ですし」

「いや莉乃様これ相当な怪我ですよ。多分ここ数日はこれではもう刀を振るうことなんて出来ませんよ」

 ハリマの手を見た響はさっきまでとのトーンとは一変させ真剣な口調で呟いた。


「しょうがないですねぇ。響、そこのハリマを事が収まるまで守ってあげて下さいね」

 はぁっとため息を漏らす莉乃。

「莉乃様の命とあらば」

 まぁ俺もそろそろ機嫌を直してっと。これはまだ戦いの最中、何処かの秀吉さんみたいに喧嘩したから帰るって訳にはいかないから。


「で、莉乃状況はどうなった」

 その言葉を聞いた莉乃は少し嬉しそうな顔をした。

「うちの姫様とってもちょろいですねぇ」

 莉乃が引き連れてきた兵士に向ってそんなことを語りかけている。いや待てよ、君ら何時からこれを見ていたの?

 ああ、まぁた変な噂が拡散される。


「大河の工作が上手くいきとても順調に進んでおります。抵抗する外の信者達は粗方片付け、無抵抗な人たちは皆捕らえました。あとはこの建物の内部だけです」

「中の奴らとは榛名とまひる達を二手に分かれてさせて戦わせている」

 周囲に敵が居ず死体ばかりが転がっているってことは多分二組とも順調に敵を追い立てているということだろう。


「ただ一つ妙な事があります」

「ん?」

「数日上空から密かに撮影された写真と比べると外の者達の数が少しばかり少ないかと」

 そういえばここの潜入した時、大河も同じような事を言っていたな。

 つまりこの教会には地下施設的な何かか脱出口でもあるのかな?


「まぁこれではらちが明かん、先ずは2人の司祭様たちを討たねばならんな」

「いや?そうでもないようですよ」

 莉乃が教会の祭壇に向かって歩いていく。


「りのさまっ」

 物凄い勢いで北野が階段から駆け下りてきた。そんな来たのを尻目に丹羽は俺の少し前で止まりピシッと敬礼した。

 後ろからは平然そうなまひるが暇そうに立っている。

「隊長鬼神の討伐お疲れ様です。我々も敵の司祭及び武装信徒を殲滅しました」

「ご苦労」

 所々にベタベタと血が染みついているシャツの上に響が持ってきた軍服を羽織り、帽子を被った。


「返すぞ」

 戻ってきた伊織は俺の愛刀を手渡して来た。やっぱり二本揃っての完璧な武装だ。今回は山城一本で色々と難儀したからなぁ。


「此奴に俺の刀を適当に見繕ってやれ」

 毎度毎度、まともな使い方をしていない、正直言って使い捨てとしか見ていない神剣の欠片が数パーセント入っている対鬼用の武器をエクスカリバーの代わりとして伊織に渡した。

「お前もよくやったな」

 少年はこくりと頷いただけでそれ以上言葉を発しなかった。


「おお、莉乃様やはり」

「ええ、やっぱりそうでしたか」

 教会の祭壇の下に隠し通路が作り上げられたのだ。この教会に作られた階段は見せかけで、其方に注意を惹かせるための物でしかなかった。

 あの司祭二人は自らの体を張って命を懸けてまでここに気さえひかせないようにと振舞っていたようだ。


「隠し通路ですね、莉乃様の屋敷にもあんなのがありましたねぇ」

 楓は莉乃がお嬢様であった頃を思い出し感慨に耽っていた。


「まひる、それと響。二人には部下を授けますので榛名達の援軍へ行ってください」

 響は頷き、まひるは俺にどうするのかと目で問いかけてくる。

「行ってやれ」

 その言葉を聞き何を言わずに首だけを縦に振った。

 莉乃も何人かの兵士を指定すると響とまひるに付き添わせた。ついでに其処にハリマも送り込んでおく。



 響とまひるを見送ると莉乃は怪訝そうに呟いた。

「だれが最初に下りますか?」

 地下へと続く隠し通路の階段は人一人がやっと通れるかというくらいに狭い。

 仮に地下に巨大な空間があったとして下で幾らかの兵士が待ち伏せをしていたら多分そいつは絶体絶命の危機に陥る。


「俺が行こうか?」


『それは絶対ダメ』

 何故か伊織以外の皆の満場一致で否決されました。


「なぁ伊織よ、なんでなんだ」

「さぁ?」

 大事そうに刀を抱く伊織は首を横に捻った。



「じゃぁ私が行きます」

 北野か丹羽あたりが手を上げるだろうと様子を見ていたがこれは以外も意外、誰よりも先に楢柴楓が手を上げた。

「分かった」

 莉乃も莉乃で楓の実力を知っているのかそのまま止もせずに送り出そうとする。

「莉乃様……」

「本当に良いのですか」

 北野と丹羽は楓に先を越され面子が潰され、はたまたはたから見ても分かるほどに心配しきった顔で莉乃に問うている。

「行って」

 莉乃の言葉に軽く頷いた灰色の少女は神々しく光る刀を取り出すとそのまま幅の狭い階段を先の見えぬ闇に向って突き下って行った。

 待つこと数分。


「大丈夫です、この狭い階段に見合わぬとても広い空間が下に広がっています」

 戻ってきた楓の刀からはぽたぽたと鮮血が滴っていた。

 そうして楓の言葉を聞き皆下に降りた。階段はかなり長くまで続いていた。


 地下の空間はとても広く奥絵と続いていっている、周囲には人が二~三人血の池を作りつつそのまま地面に突っ伏し倒れていた。

 それにしても思っていたよりは広い。

 三メートルくらいの天井横の方の幅も相当あるが人の気配だけはどうしても感じられない。


「とりあえず進みますよ」

 ちょっと進んだところで分厚く頑丈そうな鉄の扉がいくつか付けられている壁にぶち当たった。

 まだ横にも道があるようだがどうやらここから人の気配を感じる。


 鉄の扉のを開く。

 人が蠢く、人がどよめく。


 写真やネットで地下聖堂というモノは見たことはある、直に見たのはこれが初めて。

 天井はさっきまでの空間の倍以上あり柱は均等に天井に突き立ち奥には祭壇も存在している。


 さっきまでの薄暗い空間とは違いここは格段に明るい。


 人の怯えた顔がよく見える。

 多分ここにいるのは上で戦った武装した信徒どもの家族と教団にとっての重要人物ばかりであろう。

 向こうの信者はすぐさま斬りかかってくるが成す術無く簡単に打倒される。


「キャァァァ」

 比率としては男一に対して女子供合わせて3。

 戦える者たちを瞬く間に失った信者共はもう逃げも隠れもできずただ叫び救いを求める。

 この地下聖堂の脇の部屋からは宝物庫も発見される。


「皆捕らえて……」

 そんな命令を下そうとする莉乃の口を抑えた。


「ふっふっふ、兵士達よ貴様らの楽しみにしていた時間が来たぞ。男は殺せ。この意味分かるな。ああ、別にそっち系の人やそうゆう趣味の女性がいるというなら幾らか男も生かしてもいいぞ」

 といっても若い男はほとんど兵として取り立てられてしまっているがな。残っているのは肥えた中年に老人、そしてせいぜい高くて低学年の小学生がいい所。


 味方も信徒も皆俺を注目する。


「ここの宝物庫から出てきたものは後で山分けだ。勝手に奪い去った奴には無しだ。それ以外は好き放題やっていい、助けようが犯そうが連れて帰ろうが殺そうが、何してもらっても構わない」

 泣き叫ぶ声は一層大きくなる。俺の指示一つで多くの数の鬼神教関係者に絶望を与えられるのだ。

 これは俺の復讐、那智の無念を晴らす。


 俺以外の兵士達だってそうだ。仲間を鬼神教に殺された人は多い、皆この教団に酷い目に遭わされてきた、だから酷い目に遭わせ返す。


 兵士は甘美な誘惑に喉を鳴らし、唾をゴクリと飲んだ。


「勝巳、竜弥貴方たちはこっちです」

 楓はそんなことを言いながら、両手で首根っこを掴み先ほど来た部屋に二人を引き摺って行く。

「いいじゃないかちょっとくらい」

「嫌ならお前だけでも戻ってろ」

「サイッテイ。もしやったら二人とも殺すよ? 莉乃様にこれ以上恥をかかせないで」

 彼女も彼女でとても苦労しているんだなぁ。元凶が何を言うかって話だけど。




「草薙……。あんた草薙大和だよね」

 途轍もない嫌な、とても憎んでいる声が聞こえた気がする。まぁこれだけ人がいるんだ聞き間違えってことも……。

 次々に獣に成り代わっていく兵士たちを眺める。

 散らばっていく兵士たちの隙間を縫って一人の少女が涙を浮かべながら駆け寄ってくる。


「大和、私のこと覚えている、私だよほら中学の時の……。ねぇ助けてよ、ねぇ大和お願い、いいから助けて」

 声を裏返しこの女は顔をぐちゃぐちゃにさせ俺の足に摺りつき懇願してくる。

 ぞっとした。

 何故だかぞっとする。


 口が重く閉ざされ開く事は無い、開くことすら出来なくなっている。


 こんな時だけ俺の事を大和なんて呼ぶんじゃねぇよ。

 忘れるはずもねぇ、忘れるわけもねぇ、忘れもしない、忘れたいけど忘れられない、忘れてはいけない、忘れたくない、俺はお前を覚えている。


 俺はお前を憎んでいる。

 西尾千鈴にしおちすず俺はお前を……。



「ほら私、私だよ、千鈴だよ。ほらほら、覚えてるよね、勿論覚えているよね」

 草薙大和の関係者を自称しているせいか周りのモノは手を出すのを止め他の所へ散っていった。

 さっきから俺はどんな顔をしているのか。

 とても憎らし気な顔か、怒りに歪んだ顔か、いや違う。俺は平然だ、むしろ微笑みが漏れてすらいる。これは思わぬ収穫。


 ――俺クラスの奴に告白されたんだ……。

 

 何時かの親友の言葉。

 何一つ忘れることない、何一つ鮮明に覚えている。

 ここで恐れさせてはいけない、ここ感ずかれては面白くない。


 だから俺は何時もの、中学の頃の顔に戻る、この女を…… ために。

 

「勿論覚えているよ、中学の頃ちょっとだけだけど遊んでたりもしてたな」

「ああ、そうだね。私たち仲良かったしね、大和。だから助けて、お願い」

 ちょっっとばかし落ち着きを取り戻した西尾は俺の足に粘着したまま、そんな風に助けを乞うてきた。


「分かった、これも中学からのよしみ、特別に西尾だけは助けるよ。だから向こうの部屋に行っていてね」

 彼女に楓たちが消えていった部屋に行くことを指示した。

 彼女が鉄の扉を開け向こうの部屋に行ったのを見届けると。


「大和君、一体何をするつもりなんですか」

 莉乃が怒鳴りに近い声で此方に真意を問うてくる。


「助けるよ、あれでも同級生だもん」


「嘘、貴方は今そんな顔をしていない。そんな仮面を被ったって無駄、私には分かるんだから。一体何をする気なの。大和君、貴方の中学時代に何があったというの。どうして同級生にそんな顔を向けられるの」

 莉乃が俺の襟首を掴んだ。

 俺はどんな目で莉乃を見ているだろうか。


 目の前の此奴が今やそこらの有象無象とさして変わらない。


「ねぇ、どうして那智が死んだときみたいな、いやそれ以上に酷い顔をしているの? ねぇ教えてよ、教えて。何があったの、ねぇ」

 服が破れてしまいそうな位にぶんぶんと体を揺すってくる。

 俺は問いに答えない。


「大和君――、大和君――、大和君・・・・・・・・・・」

 もう何を言っているかすら頭に入ってこない。

 お前なんて相手にしている余裕はない、正直そんな気分じゃないんだよ。

 


「分かった、あの子は知っているのね。さっき大和君は言ったよね。好きにしていいって、じゃぁあの子から過去を聞けばいいんだよね? あの娘なら何か知っているんだよね」


 莉乃……。


「ハハッン、あの娘を殺して口を封じようとしても無駄よ。私の家が総力を掛てあの娘を守るんだから。もうそれしか手段がないから」


 りの……。


「あの娘がもし喋らないなら、拷問にかけてでも聞き出して見せるわ」

 

 ……。

 

 自身の襟首を掴んでいる手を力一杯に引き剥がした。


「それ以上喋るな、莉乃。それ以上何かしようとしたら莉乃お前を殺すぞ」

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