【三章第三十六話】 炎と森のカーニバル
炎に包まれた第六天魔王と名付けられた魔人の一撃を躱す。敵の攻撃は止まらない、それどころかさっきよりも格段に勢いを増している。
魔人の一撃をひらりと躱したところでその後の本体の方の槍が襲来する。
先ほどの一対二の有利は失われ、もはや二対二のフェアな戦いへと成り代わっていた。
敵の乱れ突きを身を斜め後に引き空振りに済ませるが、それだけで済むはずがない。烈火が大波のように放出され、それに気を取られていると側面から化身の炎の槍が繰り出される。
クソっ、さっきから防戦一方だ。
「この野郎、変なスタンド能力なんて使いやがって」
奴の攻撃には重みがない、火に重みなんて物は無い。だが触れれば大やけどだし、あれの突きなんて喰らってしまったら多分内臓を滅茶苦茶に焼かれてしまうだろう。
しかしだ……。
魔人が前方に迫る。
一気に加速し、宙でクルリと一回転しその勢いを生かしつつ剣を薙ぎ払う。
勿論手応えなんてモノはない。何方かというと空振りの感覚に近い。
ただ目の前の第六天魔王は胴と足が真っ二つに切断され今までの勢いが死に活動を停止させる。
「殿っ」
法師怒号が鼓膜を貫いた。俺はその呼び掛けの意味を考える前に脇に逸れ、その魔人から距離を取った。
フシュウ。
そんな音を上げながら両方に分かれた魔人は広範囲に爆発的な火力の炎を放出し、姿を崩す。
危なかった、あと少しでも反応が遅れたなら俺はあの烈風に巻き込まれていた。
差し詰めあれでは死にはしない、死にはしないが服は溶かされ肌にくっ付き、その当の肌でさえも重症の火傷を負っていただろう。
だが、機なり。
法師と刃を交えている鬼神に向って黒々とした刃を薙ぐ。
鬼神は眼前に迫る刃に気が付くと槍からそのまま手を放し、そのまま飛翔しクルリと宙で一回転し刃を交わして見せた。鈍重な鎧武者の身のこなしではなかった、それどころか宙返り様に槍を取り火炎の一閃を放ち法師の追撃さえも阻んで見せた。
武人は造作もなさげに表情すら変えず反撃へと打って出る。
槍を空に向って振り払った。振り払いと同時に熱風が襲う、いやそれだけではない。
横合いから先ほど姿形全てを靄に変えた魔王が身を再構築し襲い掛かってきたのだ。このスタンドの嫌なところは攻撃を受けられない所。
受けてしまったら最後、敵は剣をすり抜け自らの体に特攻を懸けてくる。
それにこのスタンドは宙に浮き人間や鬼では不可能な所からも攻撃を仕掛けてくるのだ。
第六天魔王の攻撃を躱しつつ森長可への距離を段々を狭めていく。
距離を狭めれば狭めるほど槍の攻勢は強くなる。槍のけら首と刀の刃先は触れ合いお互いに勢いを止める。
普通ならここで力比べと行きたいところ、だがそんな事などしていたら一気に勝負が敗北へと傾く。
後ろに身を引いた所で緋色に変色した敵の鋼はそのままバンっと爆発する。法師は法師で宙から襲来した烈火の魔人に剣戟を阻まれ後退していた。
お互い数歩後退し、また一度戦いは膠着状態へと移る。
「ハァハァハァ」
これは自分の息か、それとも法師の呼吸か、はたまた敵が息を切らせているのか。体の外側が熱い、吐息が熱気を帯びている。
予想外に教会は燃えてはいないが内部の空気は戦いと能力のが混じり合い熱を帯びている。
「焼き討ちだ、焼き討ちだ。草薙大和、俺はお前を焼き殺す」
グルグルと槍を振り回し、長可を中心に炎の渦が出来上がる。
先ほどから汗が鬱陶しいほどダラダラと出てくる。頬は熱を持ち、鼻先はヒリヒリとむず痒い感覚に襲われる。
茜色の天魔は段々と躑躅色掛かり紫染みた色の姿へと変化する。
「殿の露払いは昔から俺の仕事、殿の障害となる者全てを突き破るのがこの武蔵めの役目」
武蔵は俺に向って手を突き出した。瞬間的に俺に向って錆び付いた赤色が発射される。
ん?
それは此方に牙を剥く事無く、森と俺の中心位の所に着弾した。
火の壁がメラメラと燃え上がる。
濁った烈火は俺と森の間を透かさず遮断したのだ。
何をしてくるか分からない、そう思った瞬間に炎の一部が濃い影を帯び、その中から露草色の第六の天魔王が俺に向って突撃ッ。
その魔人の脇腹を霞めつつ暗黒の一閃が此方へと襲来する。
脇構えから繰り出される影を纏った大振りは勿忘草の武人の胴を断ち切り暗黒と衝突し互いに消滅し……。
魔人の腹を突き破り青色の迦楼羅炎を纏い気が付いた時には俺の目の前まで迫っていたのだ。
「グハッ」
「とのっっ」
何時しか自分は込み上げてきた酸っぱい液体を吐き出しながら後方へ吹き飛ばされている。敵の渾身の蹴りは見事に俺を吹っ飛ばしていた。
不思議と痛みは感じられない、ただ体がダメージを負ったということは分かる。
魔人の攻め掛けも、突きもこの一撃をお見舞いするが為のフェイク。
膝の骨を蹴りで砕き割れるのが水準である戦国時代の武将の一撃、多分相当効いているだろう?
すぐさま立ち上がり手の甲で口を拭う。
何があっても刀を離す事は無い。
敵も敵でこの蹴りに全身全霊を込めていた為に転がった俺に槍での一撃を加えることは出来なかった。
敵の手のから黒い棒のようなものが浮き出てそれが段々と槍の形を帯びる。
「人間無骨。我々とは違い脆弱な人間よ、柔い現代人よ。この一撃は相当効いたであろう?」
「この野郎、よくも殿を‼」
魔人の爆発によって全身を阻まれていた道満が髪を逆立てんばかりの勢いで剣を振るったが敵の槍の大振りにより防がれてしまう。
「ふっふっふ」
こんな時になってもこんな時になったからこそ腹の底から笑い声が浮かび上がってくるのだ。今一度戦おうと刀を締めなおした瞬間、プチンと何かが切れる音が奥底から響きその音と共に体全身が雷に撃たれ体の隅々までに電流が駆けずり回った。
「これで勝ったと思うなよ、こんな程度で俺が屈すると思うなよ。武蔵狩りだ、鬼神退治だ、俺は井伊直政や水野勝成にでもなってやろうじゃないか」
「水野……。井伊、イイ、イイ。クソ坊主が、あのクソ坊主が、坊主のくせして俺に弓を撃ち掛け、坊主の癖して戦場で我々のように槍を振るいやがって……」
自らを中心に周囲の地面が焼かれる。
俺は飛翔し教会に並べてある教会特有のベンチタイプの椅子の、平たくなった背凭れの上の所に立った。
「我を馬から撃ち落としたあの鉄砲武者はまだ許せる、だが、ダガ、ダガ。イイノアノボウズハユルサナイ。チチヲコロシタエンリャクジノボウズモユルサナイ。オレハ、オレハ、オレハ」
ブンッと槍が振るわれる槍の穂先を足場の良くない椅子の上を飛び躱す。
奴も同じ足場の悪い壇上に上がった。
「焼きたかった、父を殺した延暦寺を、あんな見せかけだけの焼き討ちではなく寺の全てを焼いて落としたかった、でも上様はそれを許してはくれなかった」
敵の猛襲を後退しつつ躱していく。
法師はあの青く燃える魔人のせいで此方には参戦できなさそうだ。
「クヤシイ、クヤシイ、そして憎い。坊主への復讐の為に鍛えてきたこの槍の腕が、別の坊主に通じなかった事が……。そしてその朱色の坊主の武者っぷりをちょっとでも天晴と思ってしまった俺が、悔しくもあり、トテモニクイ」
相手は今日一番の動きを見せる。
敵の眼の中にニヤリと楽し気に笑う俺が映る。
敵の椅子の背凭れを砕いてしまいそうな踏込からの突きが俺に向って放たれる。
降下する、落下する。
そのまま後ろに飛び、教会の隅の絨毯の上に立った。
十文字槍は右斜め上の頭一つ高い所を抜ける。
俺は刀を闇に消し傍に放置されている一人用の椅子を少々高い所にいる森武蔵に向って投げた。
木製の椅子は勢いをそのままに真っ二つに叩き割られその切り口からはオレンジ色の火がチロチロと舌を出して燃えている。
次々に下を走り椅子の上から俺を追撃する敵に向い椅子を投げつけていくが次々に椅子は真っ二つにされ炎上する。
すっと少しばかり敵を引き付け、顔面に向い椅子を飛ばす。
上から下へと落ちた雷槍は天に向って飛び上がるモノを打ち落として見せた。
「これは仕返しだっ」
振り下ろされた朱色の槍の柄中ほどから真っ二つにして見せる。
これだけではまだ終わらない。
森長可の後ろから怒れる右腕であり剣であると自ら称す家臣が突如現れる。
道満はこの鬼神様と崇め奉られる鎧武者の背から腹にかけて倍返しだと言わんばかりに刃を突き立てた。法師の肩のあたりまで迫っていた青い靄の天魔がふっと消える。
「なるほど、お主の眼は紫水と逆、確かにこれは運命であり真逆の者だな。にわかに信じられなかった姫君のいう宿命というモノが信憑性を帯びてきたな」
口から血を吐きながらも鬼はそんなことを口にする。
「法師逃げろ」
口から吐かれた血は紅炎の吐息へと変化し、消えたはずの青い第六天魔王は再び森長可の内から現れ……。
いや違う。
法師は敵に差し込んだ刀を抜く事無く青い光炎を鎧のように纏った鬼神から離れた。
どうやら躱しきれなかったようだ、法師は両手に手に火傷を負い火傷を負った手で火傷を負った手を押さえゴロゴロと地面を転がった
「これはやはり止めねばなるまい。俺の命を燃やしてでも。紫水は、殿は器がある、上様にも劣らぬ数百年に一度出るか出ないかの稀代の器の持ち主。彼奴は必ず世を変える、彼奴は予言通りのこの世を壊し新世界を築く王となるのだ」
予言? あの銀髪の姫君も美優も似たような事を言っていた。予言とは一体なんなんだ……。
美優もレイも何を知っているというんだ。
「彼奴が王をやってくれるかな?」
鬼神の手にある棒切れは神の赤く鋭く尖り朱の聖槍となった。
「殿はもう既に王だよ紫水はもう完全なまでの王様だ。俺とレイと宍戸は随分苦労させられた、彼奴が全然上に立ってはくれないのだから」
あれ? おかしいぞ。
彼奴は彼奴自身が人の上に立つことをあまり好いてはいなかったな。 いや違う、彼奴は誰かの上に立つことを心から拒絶していた
彼奴は何時も誰しも対等に接しようとしていた。
聖槍は此方に向って投擲される。
飛翔してそれを躱す。
「彼奴が無理やり担ぎ上げられてでも、結局でも王をやるってことはそれはもう空から槍が降ってくるくらい異常なことだ。その空から槍の雨を降らせる神や仏と戦争でもするつもりか?」
俺は再度ベンチの背凭れの上に乗る。
「まぁな、彼奴はこの世の全てをぶち壊すんだ。態々高天原まで行って神をその役から下ろさせもする」
冗談で言ったつもりが大真面目な顔でそんな返事が返ってくる。
「壊す? 守るの間違いじゃないのか?」
腹に剣を刺さったままで敵は腰の刀を抜き放ち刀を振るう。
「ああ、守るために壊すんだ。この世界は間違っているからな、間違いを正さなければ皆を守ることなんて出来ない」
訳が分からん。それは本当に紫水が望んでいる事なのか? まだ人も鬼も纏めて救うぞとか言い出すのは分かる。ただ全部をぶっ壊して救うとか言う紫水の想像は俺には全くできない。
となると、この坊主絶対許さないDQNヒャッハー系武将、ついにおかしくなっちまったのか?
前に戦った宍戸も死に際に訳の分からないことを言い出し暴走し大烏になり果てていたしな。
「お前正気か?」
刀と刀が擦れ合い音を上げる。
「ああ、戦場では我を失った者から死ぬのが相場だ。俺は全く以て正気だ」
「俺はお前が正気のようには見えんがな、訳分らん事ばかり言いやがって」
「いい、お前は知らなくていい。お前は自らの定めを自覚せずにここで死ぬんだ」
剣戟の応酬は次第に熾烈を極め、次々に椅子の上を渡り歩いていく。
「草薙大和ここがお前の最後の場所だ。一騎打ちだ」
気が付いたら俺の前後の椅子どちらともが轟轟と火を上げ炎上している。
炎の鬼神は自らの命を薪に身を燃やす。
「ああ、殺せるもんなら殺してみろよ」
少々後退していた鬼が突きの構えを見せた後一気に加速する。
逃げるわけにはいかない、ここは一騎打ちに応じるしか……。少し遅れて俺も敵目掛けて駆ける。
敵はにやりと笑った。
ハッと気が付いた時にはもう遅い。
敵は空で刀を振るい地獄の底から呼び寄せた業火を一直線に飛ばすのだ。
「やるしかないな」
彼奴と俺何方がどれだけ強いか。
迫り来る大火、これに当たれば一瞬で戦闘不能。
「はぁぁぁ」
ギリギリまで朱に近づき木製のベンチの先を力一杯に踏みしめ横へと飛ぶ。どうやら敵も俺のやろうとしていることの真意に気が付いたようだ。
お前はこれを俺を阻む壁として認識し何もしなかった。
椅子と椅子の間に位置する柱を蹴り上げもう一段高く飛びあがる。
「どうやらここが俺の死に場所ではないようだな」
そのまま落下の力を利用して……。
此方に向けられた敵の刀が紅く、そして闇を帯びる。
だがもう遅い。
山城は闇を噴き上げ敵の喉へと吸い込まれていく。
流星群のように空から一気に駆け下りる。
「ただでは死なんぞ」
このままではしなんと言わんばかりに敵に憑依していた火炎の鎧がまたも姿を現し落下する事しかできない俺に襲い掛かる。
「グハッ」
首に同族の宿った黒い鋼を喰らった鬼神は踏みしめていた木製の地面から堕とされる。
敵の刀の先が腹の傍を通り抜け……。
炎が迫る、烈火が迫る、業火が迫る、此奴の上様が、莉乃の先祖が俺ごと地獄に引き摺り込もうと手を広げる……。
妙に時が遅く感じる。
「先に逝くぞ、殿、いや我が新たなる王紫水よ」
差し込んだ刃を思うがままに右に払うと……。
奴の首が飛ぶ、首と共に体も後方へを押し飛ぶ。
奴の首を飛ばした瞬間、目の前に確かにいた魔王は、周りを塞いでいた炎は一瞬で姿形が崩れ光りとなりキラキラとしたものに変わった。
首からは血が噴水みたく噴出される。
すんでのところで魔王は地獄に引き戻された、残った光の中をくぐった俺は血を浴びつつ見事に椅子の上に打ち付けられた。
「ふう、どうやら勝ったようだな」
未だに敵の教会だというのにばたりと倒れた俺はそう呟いた。
「大事な所で助太刀出来ず申し訳ない」
何処かで法師がそんなことを言う。
きぃぃっという扉の開く音と共に段々周囲の音が耳の中に入ってくるようになる。
鬼神教の援軍か? それとも味方か? ここで休息というわけには行かないようだ。
「大和君、無事ですか。生きてますか、死んでませんよね」
ふう、総大将様がこんなところまで出張ってきやがって……。
その言葉と共に重い体をぐっと起こした。




